第7話 我々の業界でも拷問です

「見えてきたわよ。」


「あれが?」


「そう、地獄殿。」


 


 理不尽に嘆いている間も文字通りの地獄の行軍は続き、

 僕と女神は、おそらく目的地だろう、地獄殿とやらに辿り着いた。


 赤褐色の柱に、青が混ざった緑の瓦。

 外観は京都とかでよく見る感じの神社仏閣みたいな造りで、中へ入るためには門をくぐる必要がありそうだ。


 

 『いつ見ても壮観ねぇ』という女神の言葉に俺は静かに頷く。


 建物の前は、大型都市丸々一つ入るんじゃないかという広大な広場になっている。

 そこには石畳が敷かれ、目を凝らすと地平線すら見えている。

 また、どうやら僕が歩いてきた道にも連絡通路があったようだ。

 今いる場所から見下ろすと、機関車の保管庫のように、無数の路が折り重なりながら、放射状に広がっていたのだ。


 


 さらには空からは、時折牛車のようなものが降り立っている。

 その中からも、千やら万では足りない数のヒト型の何かが運び出されており、

 広場はラッシュ時の主要駅を何倍ものしたように夥しい数の亡者でごった返していた。



 最後尾に立たされた自分が中に入るまで一体何日かかるのか。

 考えるだけで頭がズンっと重くなる。


 

 などと考えていると、

 『何を悩んでるのよ。』となおも頭の奥の方で、女神の声がする。

 無知に悩むより、知って絶望した方がマシか…などと考え、

 そのまま質問してみると、女神からの返答は意外にも気楽なものだった。


 

「おのぼりさんねぇ…体感時間的には五分もかからないわよ」


 適当なことは言わないでほしいもんだ。


 この地平の先まで続いているヒトの波を数分で捌けるわけがないだろう。

 


「時術よ。時術。」

 俺の抗議に呆れたような声で返すと、女神はそのまま言葉を続けた。


 

「入り口付近とここらで、十五万倍は時間軸をずらしてるのよ。」

「…ほう?」

「例えば…あんたとくだらない会話をし始めてもう四十秒は経つけど、

 屋敷の中では千六百六十六時間…つまり七十日ぐらい経過してるわけ。」

「なるほど?」

「信じてないわね…。ほら、辺りをみなさい。もう広場中央まで移動させられてるでしょ?」


 

 その言葉に従い周囲を見渡してみると、確かに先ほどまでいた丘の上から、広場のど真ん中あたりに移動させられていた。

 もちろん、自分の足で移動した記憶はない…。

 魔術か何かか?


 

 とかなんとか、女神に質問するよりも前に、尋ねておかなきゃいけないことが僕にはあった。

 


「女神様。」

「敬いの言葉なら間に合ってるわ。」


 

 よし。

 無視して続けよう。


 

「先ほど説明にあった…じ…じじゅ…」

「時術。」

「そう、その時術とやらに感銘を受けたんですが、

 もしかしたら何百日の道のりもあっという間に移動できるんでしょうか…?」


 

『うーん』と悩ましげな声を上げると、女神はそのまま続けた。


 

「移動するのが術者本人かそうじゃないかによるわね…術者本人を移動させようとすると…目的地へのベクトルを計算した上で、それにあったモーメント量を仕込んでおく必要があるから…いやでも、広義の時術には空術も含まれるから組み合わせれば…そうね、できるわ。」



なるほど、できるらしい。


 

「それがどうしたの?あ、興味があるなら、まず術式の構成要素から教えて—————」

「いや、それはいいんですが。」と話を断ち切って言葉をつづける。


 

「今、我々にそれを行使できるなら…ここまでの移動でもできますよね。」

「そりゃそうだと思うわよ。」

「じゃあ、なんであの地獄の行軍をさせられたんでしょうか…?」



『あんたバカなの?』という呆れたような声を上げると女神は続けた。


 

「古今東西。古往今来。権威はあるけど実はやっている方も観ている方も、

 『あれこれ何のためだっけ?』ってなってる無意味な儀式の原因は同じでしょ。」

「…もしかすると?」

「ええ、趣味よ。あのえんまとかいうちびっ子の。」


 

 なるほど…聞くんじゃなかった。


 

 さて、ここまでの地獄の所業が『趣味』ということに、正直な話、目眩を覚えそこらへんに横たわってしまいたかったのだが、そうは問屋が卸さないようで。

 女神の言葉通り、僕と女神はものの数分で地獄殿の門前に突き出され、倒れることも許されず、地獄殿に足を踏み入れることとなった。

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世界最強と間違えられ、俺TUEEも即死する地獄へ転生させられた件 マイルド・ロッコス @Shujiiiin

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