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 落ち着いた雰囲気のバーのカウンター。心地のよいジャズが流れ、周囲には統一感のないアバターがお酒を楽しんでいる。ここは電脳世界vu(virtual universe)のとある喫茶点。知る人ぞ知る名店。カウンターで細身の男が突っ伏しながら店員に絡みながら酒を飲んでいる。


「はあ...マスターお代わり」


「これで10杯目ですよ。身体に害はないとは言え電脳酔いは控えてくださいよ」


「それは仕方ないだろ。今日、俺、会社クビになったんだし」


 マスターと呼ばれた老紳士は、グラスを拭く手を休め、やれやれといった様子で度数の高い酒を慣れた手つきで注ぐ。


「俺はそこそこ優秀な研究者だったんだよ?それなのにあの新人と来たら、馬鹿で無能で、おまけに下手に社長の親戚だから手出しできないし。あああ糞!!!!」


「汚いですよ。現実の話は控えた方がいいのでは?」


 細身の男は顔を動かさず目だけで周囲を確認する。


「大丈夫。誰も気にしないですよ」


「そういえば、今日はいつものメンバーもログインして無いですしね」


「まあ彼らの大半も社会人ですしね」


 氷だけになったグラスを置く。


 アバターを殆ど現実のままの姿にしている細見の男の名は狭間ロイ、今日のお昼にリストラを告げられ電脳世界vuで愚痴を溢している。


 ロイの職場は四井重工・生命科学研究室裏では生物兵器開発部と呼ばれるだ。四井重工は400年以上の歴史を持つ大企業、しかし実状は超ブラック、社員を生体改造をして不眠不休で働かせようという倫理観が終わってる企業だ。


 しかし、ここは2303年。


 平気で人権を無視する時代。超資本主義という金と暴力が全てのような潮流。大企業はどこも裏で兵器を平気で売りさばく。四井重工も漏れずに兵器を開発している。社員の生体改造に目を瞑ればまだホワイトになるのだから、イカレてる。


 だが何故、ロイがリストラされたのか。


 先日、新入社員(四井重工の社長の親族)が入ってきたのだ。これがまた無能で研究のサンプルをパァにし、無断欠勤しまくり、おまけに傲慢と来た。


 ロイは今年で23歳、若いが大人の一人である。長い物には巻かれろ。触らぬ神に祟りなし。もちろんそんなことは知っている。しかし余りにも度が過ぎていた。既に彼の同僚はロイに新入社員の世話を押し付けて逃げてしまっていた。


「あの…非常に言いにくいのですがもう少し。ほんの少しばかり態度を改善してほしいんですが」


「はあ?俺に指図するのか??」


 それが傲慢な新入社員の気に触れ、激怒。人事部に圧力を掛けて無理やりリストラにした。その上、失敗を俺に押し付けて


 理不尽極まりないリストラ、ロイは上司に掛け合ったが手の施しようがないと言われる。


「無能上司め!!!どうしていつもは会社の利益を優先する癖に、なんで今回は社長の甥っ子だからって理由で保守的になんだよ!!!」


「防音フィルター書けたんで他のお客様の迷惑にはならないですけど、普通だったら出禁にしますよ??」


「すみません。ちょっと気持ちの整理が...」




 ロイは酒を飲むだけではそこまで変わらないがストレスを抱えたまま酔ってしまうと饒舌になるのだ。


「まあ500万新円は貰ってやったけどな!!!ガハハ」


「うるさいですよ!!出禁バンしますよ!!」


しかしタダで転ばないのがこの男。ゴネにゴネ、最終的にかなりの退職金を吹っかけて退職。機密保持の為にその場で殺されてもおかしくなかったが、意外なことに殺されなかった。


 しかし、気に入っていた職場から離れるのはかなりのストレス。コネが無いので再就職は難しいか。ロイはそれを悟り、こうして電脳世界でマスターに泣きついているのだ。


「そうだ。いいアイデアがある、というより直接お仕事のお願いがあるんですが」


 マスターはカウンターの内側を少しばかり漁り、一枚の紙(といっても電子上なのでテクスチャだけだが)を取り出す。


「これ、現実リアルの友人が作ったものなんですけど一向に応募が来ないので私の方で適任者を探してくれとお願いされていまして…」


「なになに。え〜『キメラ農家募集。町おこしをする手伝いをしてください』」


「場所がドが付くほどの田舎なのが問題なんですけど住みやすい所ですよ」


「ここマスターの地元じゃないですか!!」


「大体200年前の暮らしなんですよね。」


「まあvuのオンラインショップも使えるし、ぶっちゃけ都会暮らしよりは、平和そうではある」


「ロイさんは生命科学の研究者で確かキメラ制作もできるとか」


「まあ本職は少し違うんですけどね」


 ロイは古臭いフォントで書かれた紙を手に取る。国の中央都市の大企業で働いてたが現在無職、身寄りもなく、お金にも余裕があるがいつかは底が尽きる。


 マスターの住んでる所を馬鹿にしたが正直に言ってしまえば都会の喧騒にはウンザリだ。治安も悪いし、電子ドラッグも流行っている。おまけに大企業が下町を支配し、力のない人間はただ搾取される。


どうせなら田舎暮らしもいいかもしれない。


「なるほど、マスター俺を騙そうとしてるな。そんな上手い話には裏があるに決まっているでしょ。」


 ”キメラ”なんてマイナーな分野、しかも大規模な農場があるなんてバカバカしい。世迷い事でももっとマシな話をする。


 水を一杯のみ若干酔いが冷める。


「これ行政の町おこしの策なんですよ」


「そういや、前もここでマスターの町に移住しないか、ってイベントありましたよね。オフ会ゼロ人って悲しい結果でしたけど」


「...それは無かったことにしてくださいよ」


「それで、お給料は幾らになるんですか」


マスターは耳打ちする。


「前職のお給料の三倍は出せます(囁き)」


「その話乗ります」


どの時代も結局はお金なのだ。

ロイは田舎にIターンすることを決意した。


***

数日後


 荷物をまとめる。といっても大した量ではない。荷物は中型ドローンで運ぶ事になっている。空箱となっていく部屋はどこか寂しげな空気をまとっている。ダンボールに詰められた荷物をアンドロイドが運んでゆく。


「ありがとうございました」


 見送りに来てくれた大家さんに挨拶を述べる。大柄な男性は無言で頷いた。


 カツカツと一人階段を降りる。


 2000年代、「車は将来的に無くなる」とある小説家は語った。

 

 しかし飛行技術は発展するもイカレた地上乗用車至上主義エンジリズムが飛行車両を否定する。この運動によりパラダイムシフトは起こらなかった。

 

 交通手段は自動交通車タクシーが主流となっている。そして中流階級以上になりようやく車を買えるという歪な社会になっている。


 高度100メートルは飛行車両専用となっており、極小数の富裕層が独占している。


 黒いSUVが地下の駐車場に止まっている。洗練された暴力的なデザイン。それと相反する静音性は高い評価を受けている。


 これは退職金を使って買った「ベトソンPHANTOM」だ。逆輸入した日本製無駄に馬力がある水素合成エンジンのV8ターボチャージャーは最高品質言い換えれば時代遅れ。グリップが効くため繊細な走りが出来る一品だ。頑丈な車体は外部の攻撃を弾く。最高速度は時速200キロ、700馬力と過剰だ。


 何故こんな法執行機関が乗るような車を何故買ったのか。田舎に行くまでは治安が非常に悪い。暴走し野生化したアンドロイドやドローンから身を守るのにはこのくらい頑丈なやつが最適だからだ。



 まぁぶっちゃけると、一目惚れしてしまった



 マットブラックの車体に頬擦りする。



 運転席に乗り込む。車内のライトが付き気分が上がる。


「これからよろしく頼むよ」


 そう呟きながらエンジンを掛ける。静かな起動音。アクセルを踏み込み加速する。


 アパートの地下駐車場を抜る。早朝にも関わらず光り続けるネオンライトのビル群が後方に過ぎる。


 見慣れた景色が少しずつ遠ざかる。


「そろそろ自動運転で大丈夫そうだな」


 目的地は既に設定してある。ハンドルから手を離す。


 目を瞑り、vuの中に移動ダイブする。


 ──目を覚ます


 狂騒の中に降り立つ。この煩さから逃げるようにインターフェースを開きブックマークからいつもの喫茶に移動する。


「いらっしゃいませ……ってロイさんじゃないですか。今日出発では?」


「どうも。今車から繋げてるんですよ」


「なるほど、ではいつもので?」


 ロイは頷く。ウイスキーが出される。軽く口につける。


 電脳世界vuではお酒や物を食べると満足感を得る事が出来る。お酒の場合は特殊で酔う事も出来る。これは電脳酔いと呼ばれている。脳が錯覚して酔っているような感覚に陥るのだ。ほとんど人体に影響はない為、現実で飲む代わりにvuで酔う人が多い。


 ここvuは大規模メタバースと呼ばれるものであり、様々な情報がやり取りされている。高校生の遊ぶ予定から軍の機密情報まで幅広く扱われている。


 この一つのプラットフォームがインターネットを独占しているのには訳がある。


 それはvuの異常性だ。このプラットフォームは250年前に作られている。

 

 その上2303年現在までアップデートが今までに行われた形跡がないのだ。最初は個人のサイトから生み出されたワールドとされているがコードの言語も不明、サーバーにハッキングするのも不可能なのだ。何億人もがアクセスしているが未だにサーバーが落ちたことがない。

  

 天才学者すら遺物オーパーツと呼び、研究を投げ出す。


 6G世代の時点で通信速度にほとんど遅延ラグがなく、超容量のデータもコンマゼロ秒で行われる(これはあくまで理論値でありハードの読み取りに最適な速度で受信される)。


 更に過去に何人か有名なハッカーが言語の解読を試みた結果、一人残らず発狂したという伝説がある。


 この伝説からサーバーへの直接攻撃は禁止であると暗黙の了解になっているのだ。


 グラスを傾けるとカラメル色も仮想重力に従う。


 いつも呑んでいるウィスキーの名前コードはWI-1075-001だ。1070番台はロイが好きな系統だ。中でも1075はバニラとココナツのような上品な味わいがある。



「旅に出て最初の一杯は格別です」



 マスターが同意するようにうなずく。グラスに残ったウイスキーを飲み干す。喉が焼けるような刺激が走る。この瞬間がたまらん。

 

 ***

 今から60年前の2239年、第四次世界大戦が起こった。切っ掛けとなったのは大統領の暗殺。その後30年にも及ぶ戦争。連合国・枢軸国および中立国の軍人・民間人の被害者数の総計は7億人とされる。世界の人口8%ほどが犠牲になった。皮肉にもこれにより懸念されていた人口過剰が抑えられ、計画的な出産が世界全体で取られている。


 現在、どの陣営の先進国と呼ばれる国家群はこの戦争で一度荒廃し、その国力を半分にまで落としていたが各国とも国力増強に努め、現在ではかつての勢いを取り戻している。


 未だ戦争の爪痕は残り、戦争によって荒廃した発展途上の地域では復興もままならない状況が続いている。


 そしてこの日本もまた、世界の情勢と同じくして不安定な状況にあった。20世紀の平和思想と打って変わって、この国は今や米国に次ぐ有数の軍事大国として成長していた。国民の生活水準と国の財政状態は良好であり、治安の良さも相まって世界有数の安全な国として知られている。


 他国に対しての侵略行為を行うような攻撃的な国でもなければ、国民全員が平和主義者というわけでもない。国民の中には自国こそが世界をリードするに相応しいと考える者もいる。そのような思想を持つ者の多くは自らを愛国者と称し、現実非現実問わず愛国活動に勤しんでいる。


 そんな彼らも日本の外の世界――すなわち紛争地域などの話を聞くと、途端に顔を青ざめさせ、口をつぐんでしまう。


 それほどまでに現在の日本を取り巻く環境というのは不安定かつ不鮮明なものなのだ。


 そんな日本は現在、2245年に憲法改正された国防軍――旧自衛隊の後継組織を有している。そして国防の要である国防軍の主な任務は、国外からの敵性勢力の脅威に備えることである。


 国内における治安維持も重要な任務の一つではあるが、それについては警察機構や公安機関、大企業の治安維持兵が機能しているため、国防軍が担当することはほとんどないと言っていいだろう。だが、国外において国防軍が担うべき役割とはそれだけではない。国外における国防軍の主な仕事は同盟国の支援だ。具体的には、周辺諸国からの脅威に対抗するために同盟国と協力し、防衛作戦に参加する。また、同盟締結国が危機的状況に陥った際には速やかに救援に向かう。それが主な役割である。


 大戦の余波により人類のサイボーグ化が急激に進行し、人ひとりに必要な食事の量を減らすことに成功した。更に大戦中は食糧不足を改善する為に、固形レーション、プランクトンジュース、培養肉などが戦時食として多く使われるようになった。

 

 この効率的な食料により、飢餓が起こることは稀となった。穀物以外の伝統的な農業はプランクトン水槽や培養肉に置き換わった。これらの食品はいずれも保存性に優れており、長期間の保存が可能だったのだ。その為、戦時中は多くの人間が栄養失調に陥るという事態を免れた。特に軍用に開発された人工合成タンパクを用いた製品に関しては、安価でありながら非常に優れた性能を誇っていたため、多くの兵士が愛用したと言われている。戦闘飯とも呼ばれるそれらの製品は現在でも民間でも一定の需要が有り続けている。


 戦時中、遺伝子組み換え技術の大幅な発展に伴い「キメラ」と呼ばれる様々な生物の因子をデザインされた新種の生命体を人類は作り出した。しかし、前時代的な畜産はコストパフォーマンスが低く一般には普及しなかった。


 多くの一次産業は様変わりしており、伝統的な農業も変化しつつ衰退していった。しかし伝統的な農業が無くなったわけではない。今でも一部の発展途上の地域では昔ながらの農業が行われている。国によっては彼らは被差別者扱いだ。日本では郷愁主義の動きが戦後盛んであったため、超資本主義から逃れられた田舎暮らしは憧れの対象だ。そういった場所では未だに昔の生活様式が残っている。とはいえ、それは飽食の時代ではなく、質素な生活を強いられる時代のことだ。


 戦時中では超個人主義かつ非国家的なvuは、多くの国で規制されていた。しかし非合法なツールを使って電脳世界にログインする”脱法ログイン”が行われていた。これによりログアウトが出来なくなる事件や国家転覆が計画されるなど様々な事件が起こった。


 話は戻るが、戦時中さまざまな開発が行われた。長距離移動用水素合成エンジン。人型機動兵器。ブラスターライフルなどの光線基幹技術。これらは軍事から民間技術に転用された。人体改造による身体能力の向上や、義肢の発達などにより兵士の負傷率は劇的に減少した。また、ナノマシンによって病気の治療が可能になった。それにより、平均寿命は飛躍的に伸びた。このように戦時中の技術革新は非常にめざましく、日本を含む先進国の技術力は他の追随を許さない。


 そして現在、急速に発達したサイボーグ化手術とナノマシン治療の組み合わせにより、人の身体を機械に置き換えることが可能となった。この技術が確立されたことにより、人間の肉体を機械化し、強化するサイボーグ化という選択肢が生まれた。そして、このサイボーグ化という選択をすることは、一種のステイタスになりつつある。


 ここで、戦後大きな技術革新は起こらなかったというのは間違いである。


 近年の偉大な発明は再生液や転移装置が挙げられる。しかしこれは大衆化には程遠いものばかりだ。



 特筆したいのはデメテル社の完全栄養サプリだろう。人類の食事情を根本からひっくり返した完全食サプリメントは、『1錠飲めば1週間は飲まず食わずで健康的に活動できる!』と謳い、発売当初は効能を疑う声も多かったのが、その利便性から爆発的に普及している。これにより多くの人がより効率的に生活できるようになった。



 またハード面の進化によりvuでも完全に五感を再現することが出来るようになった。味覚の再現技術と味の分析データ。これによりお金を使わず、健康に影響を与えず電脳世界で食事を楽しめるようになった。


 


 2300年、「食」は娯楽に成り下がったのだ。


***

「さて、ついたぞーっと」

 

 車から降り、大きく伸びをする。道中何事も無くここに着いたのは幸運か。久しぶりの地面の感覚が心地よい。


 目の前に見えるのはvuで馴染みの店「黒の輪」と同じ外観の喫茶店。こんな田舎にvuの(隠れた)名店と外見が全く同じ店があるとは誰も思わないだろう。


 一つ違うのは店の名前が「白の輪」になっている。”昭和”と呼ばれた時代の雰囲気を醸し出す喫茶店。とても渋い。closeと書かれた木製の札を無視してドアを開ける。


 カランコロンと心地よい音色でドアベルが鳴る。


「こんにちは」

「は~い。どちら様でしょうか」


知らない声。


 ロイが半分ドアを開けたまま店内を見渡すと、見慣れたレイアウトの店内のカウンター。


 そこにはマスター...ではなく細身で美しいブロンドヘアーの女性がたたずんでいた。


「あ、どうも初めまして。狭間ロイです」


「始めまして。お待ちしておりました。お掛けになってください」


「ありがとうございます」


 勧められるままに席に着く。机の上に珈琲が置かれる。


「この度は父が申し訳ございません」


 突然、女性が頭を下げる。


「ちょっと、どうしたんですか大丈夫ですよ。頭を上げてください」


 ロイは慌てて頭を上げさせる


「無理にこんな田舎に呼んでしまい申し訳ございません。私、娘の榛原クロエと申します。初めまして。いつも父からロイさんの話をよく聞いてます」


「そ、それはどうも。マスターには感謝してます。恥ずかしながらリストラされてしまった所で牧場の求人票を用意してくださったんですよ。...それにしてもこの町は良いところですね。自然に囲まれて静かという点が素晴らしいです」


 そう言って出されたコーヒーに口をつける。フルーティーなアロマとまろやかなコク。酸味のきいた繊細で芳醇なテイスト。もしかしたらvuで飲むものよりも美味しいかもしれない。


「お口に合いましたか?これは海外から特別に取り寄せたものなんですよ」


「そうなんですね。とっても美味しいです」

 ロイは微笑みながら答える。


「ふふっ。良かったです」


 クロエが嬉しそうに笑う。


 暫く他愛のない話をしていると


「お待たせしました!」


と言ってマスターが二階からやってくる。心地よいバリトンボイス。初老だが芯が通った姿勢であり、衰えを一切感じさせない。優雅な動作でカウンターに立つ。電脳廃人とは思えないイケオジだ。


「ロイ君。どうも初めまして。改めて自己紹介させてください。私の本名は榛原宗一郎と言います。喫茶『黒の輪』と『白の輪』のマスターをしています」


「こちらこそはじめまして。狭間ロイと申します。これからお世話になります」


「よろしく頼むよ。それにしても少々緊張してるね。この前みたいに発狂されても困るんだがね」


「その件は、すいません...」


「ハッハッハ冗談だよ。それじゃあこれからよろしく頼むよ」


 提案に乗ったのは良いものの部屋を借りようか迷っていたが、マスターがしばらく家に泊めてくれるというので、その言葉に甘えてしまった。


 二階はかなり広く三人暮らしするのに十分な設備が整っていた。ベッドは大きく二人で寝ても余裕があるほど広い。窓の外を見ると田んぼと民家が遠くに見える。


「荷物はすでに運んでいるので確認してください。今日の夜、馴染みの客を呼んで歓迎会をしたいんですけど大丈夫ですか?」


「もちろんです」


そうマスターに答える。


***

 歓迎会は賑やかに始まった。目の前に広がる豪華な料理の数々。どれもこれも美味しそうだ。この料理は村で少数栽培されている物を使っているため味付けは非常にシンプルだ。急に歓迎会をすることになったが馴染みの客は五人ほど集まった。


「それでは、改めまして。ロイさん。ようこそ、茨ヶ丘いばらがおかへ。新しい仲間に乾杯」


「「「乾杯!!」」」


 全員でグラスを合わせる。今の時代お酒はかなり希少だが、茨ヶ野では伝統的な地酒として作られている。それが地ビール『日陰』。味はとても濃厚で深みがあり、喉越しが良く、後味が良い。まるでワインのような風味だ。


「こんな若い子がこんな田舎に来るなんて世の中面白ぇもんだ」


 そう話しかけてきた好々爺は身長が180センチを超え、全身をサイボーグ化している。腰には刀らしきものを帯刀している。マスター以上に只者ではない物々しい雰囲気を纏っている。


「彼は井下 茂樹さん。みんなはシゲさんって呼んでいるよ」


「よろしくお願いします」


「そんなかしこまらなくていい。わしはただの隠居老人だ」


「ははは……」


 見た目は70歳くらいに見える。マスターの話では、60年前の大戦の時には前線で戦っていたらしく、当時は大佐だったらしい。今でも現役バリバリらしいと言っているが。流石にそれは誇張してるだろう。


「まあお爺さんが何言っているの」


 そう横から話に入ってきたのは井下彩さん。見た目は20歳ほどで若々しい。シゲさんのお孫さんかと思ったのだが、まさかの妻という事だ。驚きのあまり年齢を聞いてしまった(どの時代も女性に年齢を聞くのは失礼)。なんとシゲさんより年上らしい。彩さんは軍の実験で老化が止まっているそうだ。他にも様々な能力を持っているらしいが怖いので詳細は聞かなかった。


「あらあら、まあまあ!貴方、私のこと知りたいの?なら私がたっぷり教えてあげるわ!まず、私の身体の構造は……」


「夫の前でそんなことしないでくれよ」


「あらあら、私はあなたが一番よ」


 そう言ってシゲさんの頬にキスをする。なんともお熱いことで……


 クロエさんと彩さんが二人仲良くキッチンにいる、いまどき料理が出来るのは一部のレストランや料理人たちくらいだ。そんなことを考えていると



「お待たせしました!!!」


 勢いよく扉が開く。


「仕事が立て込んでてすみません!!あ、この人が私と『町おこし』をしてくれるんですか!!!」


 そこにいたのは傾国の美女。という形容が正しいような綺麗な人だった。髪はサラリとした黒髪ロングで、目は大きく、肌も透き通るように白い。モデルのような体つきをしている。一気に距離を詰められ手を握られる。


「初めまして。狭間ロイと申します」

「私は茨ヶ丘 雫と言います」


 心が高鳴っているのを隠し、冷静な振る舞いで挨拶をする。


「どうぞよろしくお願いします」


 彼女は丁寧にお辞儀をして微笑む。


「はい!こちらこそよろしくお願いします」


 満面の笑みで握手を求める彼女。可愛い。この笑顔を見ただけでこの町に引っ越してきて良かったと思える。

「ロイさん。この子はこの辺りで一番の美形と言われていてね。市長の娘さんだからあまりメディアには出ないけどね」


 マスターが小声で話しかけてくる。確かに……かなりレベルが高い。vuで見た芸能人や女優にも引けを取らない。いや、もしかしたらそれ以上かもしれない。


「それでは改めて乾杯!」


 マスターの音頭で再び乾杯し、歓迎会は盛り上がる。


 ***

「それじゃ、ロイ君。今日はゆっくり休んで明日からよろしく頼むよ」


 シゲさん達を見送った後、部屋のベッドにダイブしこれからの事を考える。


(まさかvu繋がりからこんないい人達と出会えるとはな)


 そんな事を考えているうちに旅の疲れからか、すぐに眠りについてしまった。

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④サイバーパンクな田舎で”町おこし”しようと思う ウミウシは良いぞ @elysia

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