ピンクモンキーバード
ビービービービーッ!
「被験者2434。バイタル異常。コードイエロー」
人一人が入れるカプセルが数十台並ぶ大部屋を監視する者達。
画面に表示される情報を責任者に報告する作業員。
「2434の訓練を中止しますか?」
作業責任者に問われ、後ろ手に手を組む老齢の男は首を横に振った。
軍服の襟元に輝く勲章の形から、かなりの地位にいる男だと周知される。
「いや、コードレッドまで継続しろ。壊れるまで訓練を続けていい」
ハッ、と短く答えると作業管理者は、他の作業員達にその旨を伝える。
作業員達に戸惑いはあれど、上からの指示に逆らうものなどこの場にはいない。
逆らって得るものなど、こめかみに銃弾ぐらいのものだ。
そこに道徳心も大義もありはしない。
「戦争帰還者の
老齢の男の背後、少し距離を置いて様子を窺っていた女性が眉をひそめながら問いかける。
少し緩やかなウェーブのかかった金髪をかきあげるのが、彼女のストレスを感じたときのクセらしい。
目に映る光景は、世にある診療としての対策などとは程遠い人体実験である。
トラウマを抱える者達が集まって自分の体験を語り合う集会などとは全く別の、他人を尊重する気を微塵も感じさせない所業。
「新しい対策だとも。いや、正確にはそれほど新しくも無いのかもしれないがな。要はトラウマを作ってしまう兵士を生み出す前に、トラウマを作らない強い兵士を作ろうという試みだ」
「根性論ですか、こんな時代に?」
「いやいや、それとは違う。それは当人を鼓舞して解決させようとする個人の能力に委ねた案だが、今やっていることは予めこちらから耐性を用意してやるということだよ」
その用意された耐性とやらを乗り越えれるかどうかは個人の能力に委ねられているのだから、何も変わらないのではと女性は思ったが、老齢の男は大真面目にそれを提言しているようであった。
「トラウマを抱えた戦争帰還者が社会に溶け込めないというのは、長年の問題としてこの国に根付いているのは君も知っているだろう? いや、実感しているというのが正しいか。君の家族は元軍人の発狂に巻き込まれて殺されたんだと聞いたが?」
眠ってる間も襲撃に備えて緊張し続けてしまう。
目が覚めたら、誰もいない場所に向けて銃を発砲していた。
街中で聞いた音を、爆撃の音と勘違いして身を潜めてしまう。
ポケットから何かを取り出す素振りに反応して、殺られる前に殺らなければとナイフで刺した。
「・・・・・・父は六歳になる私のために誕生日プレゼントを買いに行っただけでした。玩具屋で、レジで財布を取り出したところ、後ろに並んでた男に刺されました」
それは無念だな、と老齢の男は呟く。
同情なんて、と女性が睨むように老齢の男を見るも、老齢の男は苦しそうに目を細め、遠くを見ていた。
「私の息子は、街中で突然見知らぬ母子を撃ち殺した。そのあと警察に逮捕されることなくその場で射殺されたよ。何故そんなことを、と私は彼の持ち物を調べたが、走り書きのような日記に戦地で出逢った人間爆弾にされた母子の話が書いてあったよ」
国に忠を誓い戦い続けた兵士は、国を守る為に、民を守る為に、帰ってきた国でも幻覚に囚われていたのだろう。
あの日、目の前で爆発した母子が脳裏に焼きついて離れない。
震えた文字は確かにそう綴ってあった。
「・・・・・・何故、一介の新聞記者の私がここに呼ばれたんですか?」
金髪の女性が問う。
二人の会話が続く間も、モニターに映る大部屋ではそれぞれのカプセルが黄色やら赤色やらとランプを点滅させては、けたたましく警告音を鳴らす。
「我々の施策がクリーンなものであると記事を書いてほしいんだ。君の書く記事は最近よく話題にあがり若者の支持も高い。よくある話だろ?」
「金を払えば願い通りの記事を書く、私はそんな記者を反吐が出ると罵ってきたのですが?」
「機密保持契約、というものは何も秘密を持たれた側が不利だから出来た契約では無いんだ。秘密を持たされた側への警告でもある」
「断れば、消される? コードレッドになった彼らのように?」
金髪の女性がモニターを指差す。
赤く点滅したランプの下、カプセルが開き中からグッタリとした青年が複数の作業員に引きずり出される。
最早どんなに粗雑に扱おうと何の反応も示さない。
「これは個人でやってることじゃないんだ。国がやってる事業なんだよ、必要あらば抹消するというのは簡単な話なんだ。カプセルの中の彼らも、ここにいる作業員も、君も、私も。求めてるのは、面倒ごとを起こさない兵士、ただそれだけさ」
老齢の男は自嘲するように口角を吊り上げる。
金髪の女性は、大丈夫落ち着いて、と繰り返し呟き髪をかきあげた。
それは父親が亡くなった後に受けたカウンセラーから聞いた、心を落ち着かせる魔法の言葉だった。
大丈夫、落ち着いて。
大丈夫、落ち着いて。
月世界の白昼夢 清泪(せいな) @seina35
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