ロックンロール野郎
ビービービービーッ!
聞き慣れない電子音に目を覚まし、目に映ったのは見知らぬ白い天井だった。
鼻につく香りから自分が病院にいるのだと、理解する。
「大丈夫ですか、落ち着いてください」
仰向けの視界に、少し緩やかなウェーブのかかった金髪の女性看護師が入ってくる。
何処かで見た覚えがあったが、それは入院時だったのかもしれない。
落ち着いてください、と言われてもやけに落ち着いている自分に驚いているぐらいだ。
「長いこと眠っていたのですから、何が起きたのか不安になるのは当然のことです。大丈夫、落ち着いて。ゆっくりと説明していきますから。ええ、落ち着いて」
何か反論したわけでもないのにやたらと落ち着けと言われ少し苛立ったが、そこで反応しても話は進まないので静かにすることにした。
女性看護師は満足したように頷き、話を続ける。
「貴方が眠りについてもう十年も経ちます。ああ、大丈夫ですから、落ち着いて。その十年のことも、ゆっくりと説明していきますから。ほら、大丈夫ですから」
じっと女性看護師のことを見ていただけなのだが、どうしても落ち着いていないことにしたいらしく、何度と落ち着けと指示される。
もしかすると自分の意志に反して、表情に焦りか何かが出てしまったのかもしれないが、それを確認する術は無い。
目に映るのは真っ白な天井に、真っ白なカーテン、真っ白な壁に、真っ白な白衣を着た看護師。
そういえば、この場合担当医などは呼ばないのだろうか。
看護師に説明責任があるのだったか?
「貴方は宇宙空間での戦争に出兵することになった、元空軍パイロットです。覚えていますか?」
看護師に問われ、うっすらと浮かんだ記憶を辿るように思い出し、小さく頷いた。
少し記憶に自信が持てなかったが、そう言われればそう思えてくる。
「任務は月戦域範囲での偵察任務。大型の護衛船はあれど、レーダーはまだそこまで万能ではなく各機個別のレーダー網を頼りにする部分が多い時代でした」
作戦上の話は明らかに軍事機密だったのだが、目の前の看護師はまるでお伽噺のように話し出す。
十年そこらで化石のような扱いをされるとは、眠ってる間にどれほど技術は進歩して、かつての戦争扱いになっているのだろうか。
絵本をなぞるように、教科書をなぞるように、看護師は何があったかを話続ける。
ドラマチックな装飾が多少あれど、要は偵察任務中での鉢合わせである。
偵察任務とレーダー機器優先で武装を最低限にしたことが裏目に出て、呆気なく我が部隊は壊滅。
隊長のお涙頂戴な最後の台詞を、看護師が 雄弁に演じるがどう考えてもくどい。
機体に搭載されたレコーダーに記録されていたのかはわからないが、実際には聞いてる余裕も無かったので隊長の遺言は知らなかった。
看護師から聞く言葉も、僅かな期間共にした隊長の口からでた言葉とは思えなかった。
そんな部隊が壊滅する中、奇跡的に生き残り、コックピット周り以外は破壊された機体を他の隊に拾われ、こうして地球に送られて治療を受けられることになったらしい。
十年と時間はかかったが、五体満足よくも無事で──。
ん? 五体、満足?
「ああ、大丈夫です、落ち着いてください。ほら、大丈夫ですから、落ち着いて。確かに貴方の身体は五体満足とは、いきませんでした。ですが、大丈夫ですから、落ち着いて」
視界を動かす。
顔中に何か管やら何やらつけられているので固定されている中、眼だけは自由に動き見ることが出来る。
十年ぶりに動かす為か、目の周りの筋肉がひりつく。
視界を、動かす。
視界の端に映るはずの、腕が無い。
右腕、左腕。
「ああ、そうです、貴方の腕は失われました。でも、大丈夫ですよ。今の時代、義手の技術は進歩してることは御存知でしょ? 十年前だって普通の手足と遜色無かったのですよ、知ってましたか? ましてやそれから十年経ってますからね。大丈夫、落ち着いてください」
手足?
そう言われて、目を動かして足を見ようとする。
顔の角度を変えないと視界には映らず、足があるのか判断できなかったが、視界に映る看護師の表情を見るに明白だった。
足も無い、いや、下半身が存在していないんだろう。
「いや、ですから、あの、落ち着いてください。大丈夫ですから、ほら、今の技術なら、あの、その、そういったものも補える、はずですから、お、落ち着いてください」
金髪を手でかきあげたり慌ててみせる様子の看護師に苛立って、口に突っ込まれた管を吐き出し大声で叫んだ。
何を言ってるかは自分でもよくわからなかった。
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