第7話

漆黒のサタン7、記録7


構わず理事長の秘密の小部屋に入っていく私。アスモデウスもそれに続く。

バーミリオンとピュースは顔を見合わせるが、好奇心には勝てなかったのか私達を追って入ってきた。


中は四方に棚が囲んでいる物置小屋といった感じだ。地下なので当然窓もなく、灯りもついていない。

真っ暗な部屋の中で目を凝らして周囲を眺める。


外の資料室とさほど変化はなく、棚に木箱が並んでいたり、本や書類がファイルされていたり、パッと見て面白いものはなさそうだ。


「おいおい。入ってもいいのか?いくら開いていたって入っていい理由にはならないぞ?」


口では非難するが出ていこうとはせず、辺りを見回すバーミリオン。

それを無視して木箱の中身を改めさせてもらう私とアスモデウス。


棚から半分引き出して中を覗き見る。


「うーん。文字が消えかかって読めない書類。子供の落書きのような描きなぐった乱雑な絵が続く本。」

「ビー玉みたいな装飾品?どこかのお土産屋にあるみたいな置物。何のためのものなのかさっぱり分からないわね。」

「こっちのファイルも似たようなものだね。元々白紙だったのか何も書いてるように見えない用紙がファイルされてる。」


私とアスモデウスに続きピュースも部屋を探り始めた。


「なんでそんなものをこんな部屋に大事にしまってあるんだ。」


バーミリオンはあくまで様子を見ているだけで手を汚さないようだ。


「記念品なのかしらね。思い出は人によって違うから。私達が見てなんでもない物も、誰かにとっては重要だったりするじゃない?」

「こんなガラクタがか?」


アスモデウスがもっともらしいことを言うが、私はうんざりして持ち場の棚を離れた。

そしてドアの正面にある棚へと歩みを進める。


そこには他の棚と違う部分がある。

いや、ない。と言った方がいいのか。


高さは20センチくらい、横幅は150センチくらいあるか?

下から4段目くらいの棚に空白があるのだ。

埃のつもり方からして、横に長い箱のようなものが、そこにあった。


ピュースが言っていた、理事長が持ち出したもの。それがここにあったということらしい。


「今ここにあるものは粉を取りに行くのに必要ではないものということだ。ここに無いもの。それが私達にとって重要なものなのだ。」


空いた棚を見ながら私は呟いた。


「無いものは調べようがないな。もういい。埃っぽいから出ようぜ。」


バーミリオンが部屋を出たがっている。

もっともな意見でもある。


「謎は深まるばかりかー。」

「仕方ないわね。旅の支度を始めましょう。」


ピュースとアスモデウスが観念してドアを出ようとする。


私は空いた棚の端に手をかざして握り拳をつくる。


間違いない。


剣だ。


この棚には剣が入っていた箱が置かれていた。


危険な旅だ。武装して出ていくことは当然だろう。しかしこの部屋には他に武器などの装備品は無い。

何故剣だけがここに置かれていたのだ?

何故秘密の部屋に隠す必要があるのだ?


バーミリオンが言う通り、無いものは調べられない。

いずれ理事長とやらに直接聞いてみようではないか。



そこを出るとスカーレットとクリムゾンが用事を済ませていたようで、入り口の横で待っていた。


「もうー。遊んでるんじゃないのよー。」

「すまないな。ちょっとあって。」


スカーレットにバーミリオンが妙な言い訳をする。


「しかし鍵が開いたままで良かったのかな。」

「構わんだろう。気にするような物など無いではないか。」


ピュースに私が言った。が、私がドアを閉めたら勝手に鍵がかかったので無用心ということはないだろう。



「さてとー。とにかく馬車を用意しなくちゃねー。協会で使ってるいつもの馬車でいいかしらー。」

「山道だからな。二頭立ての幌馬車で越えた方がいいだろう。」

「そ、そうですね。いつもの軽装馬車は旅向きではありません。」

「出費はかさむが用意した方がいいだろうね。」


スカーレット、バーミリオン、クリムゾン、ピュースが1階に上がる階段を昇りながら話す。


「それと、本当に護衛はいらないのかい?山賊に狙われるかもしれないよ?」

「えーい。くどい。そんなものいらん。・・・いや、待てよ。やっぱり要る。私が護衛になろうではないか。」


ピュースが聞いてきたので私が良い思い付きを提案した。


「なんでお前を・・・。武器も持ってないただの女子じゃないか。」


いぶかしむバーミリオン。


「私はただの美女ではないぞ。剣は実家に置いてきてしまった。剣を買う金を恵んでくれたら実力を披露してやろう。」

「美女とは言ってないし、頼んでもないのに金をとるのかよ。」

「ごちゃごちゃうるさいやつだなー。」


私が護衛してやろうと言っているのに何が不満なのか。


「武器が欲しいならちょうどよかったわー。あたしはその、武器を作るのが役割だからー。」


スカーレットが入ってきた。

武器を作る?


1階に戻り、受付のお姉さん達を通り抜けてドーナツ状の広場に戻ってきた。

ドーナツの内側にいくつかあるドアを開けて、広い練習場といった部屋に入った。

ここは施術の訓練でもする場所なのだろう。

床は木造だが、壁、天井はコンクリートで出来ていて、堅牢な建物だと思わせる。

内部にはこれといった家具、収納用具はなく、マットレスが床に敷いているだけだった。


スカーレットは部屋の真ん中に立ち、手のひらに力を集中させている。

そしてスカーレットの目の前の何もない空中から、剣の柄の部分がじわりじわりと生えてきた。


「これは!」

「凄いわ。スカーレットさんは武器を生成させる施術の使い手だったのね。」


私とアスモデウスが驚く。

施術協会に居るのだから施術を使えても不思議はないのだ。今更のように気が付いた。


「さー、この剣を使ってみてー。」


私が柄の部分を手にして剣身を引っこ抜く。


「斬るものが無いようだが?」


私は剣身の長さ太さ重さを測るように目で一瞥しながら剣を手首を返しながら振ってみた。

唸るようにヒュンヒュンと音を出して返事を返す剣。


「では、こ、これを。」


クリムゾンが白い拳大のものを突然飛ばしてきた。

施術で作り出したものか?


2つ、4つ、6つ。


私の剣は全てを空中で切り裂いた。


おおーっと騒ぐ4人。


落ちたものを見ると斬ったのは白い餅だった。


「す、凄い剣の早業です!ぜ、全部斬ってしまうなんて。」

「確かに凄いな。持ったばかりの剣で突然始めた試験を全部クリアしてしまうなんて・・・。」


クリムゾンとバーミリオンが感嘆の声をあげる。


「こんなもので驚かれても困るのだが。」

「これは本気で護衛の必要が無いのかもしれないね。」

「そうねー。ルーシーちゃん。こんなに可愛いのにとっても強いのねー。」


私が困っているとピュースとスカーレットが満足気に声をかけた。

私はルーシーという名前ではないのだが、名乗ってしまった以上仕方ない。

これではタイトルが漆黒のルーシーになってしまいそうだ。なんとかせねば。


「クリムゾンさんの使う施術は餅を作ることだったのね。」

「いざというとき食いっぱぐれないのはいいが、飲み物がないと喉に詰まらせそうだな。」

「そ、そうなんです。飲み物は必須です!」


アスモデウスと私にクリムゾン本人が肯定したのだった。


「もったいないから焼いて食べるか。俺の火炎の施術で殺菌消毒こんがり美味しく食べれるぜ。」


バーミリオンが言った。


「さっき昼食を食べたばかりだろ。それにやることがまだあるんだから。」

「それもそうだな。」


ピュースが否定してバーミリオンがあっさり引き下がった。

お餅焼いて食べたい。


「剣はこれを使わせてもらえば良いのか。」

「あーん。ごめんなさい。私の施術の剣は1時間くらいしかもたないの。少ししたら消えちゃうと思うわー。」

「なんだ。手に馴染む良い剣だと思ったのに消えちゃうのかー。」

「残念なんだけどねー。でも褒めてくれたのは嬉しいわー。」


やはり常備用の剣は必要か。トホホ。アスモデウスに取り上げられると思って持ってこなかったのが悪手だった。


「それじゃー手分けしてお買い物をやっちゃいましょー。あたしとクリムゾンちゃんは食料と水、バーミリオンとピュースは馬車とテントとかタオル毛布とかの備品、サラさんとルーシーちゃんは武器を見てきてね。」

「なるほど。それでは出発は明日になりそうか。」

「そうねー。明るい内に出た方が良いでしょうからね。買い物を済ませたら一旦ここに戻って、今日は自宅で休みね。着替えも持ってこなくちゃだし。」

「よかろう。」


私はアスモデウスを見た。

泊めてくれという願いを込めて。


嫌そうにするアスモデウス。

何故だ。



部屋を出て門から外に散っていく我々。

門の所につなげていた私の青毛のサラブレッドに近付く。

周囲の草をモリモリ食べていたようだ。


「良い馬じゃないか。お前の馬なのか?」


バーミリオンとピュースが私の様子を見て問うた。


「そうだぞ。」

「じゃあ、馬車の馬はあと一頭でいいか。」


私の青毛のサラブレッドを馬車馬として使うつもりか。

うーん。まあいいか。


「それじゃーまた後で。」

「相手は何人いるか分かったもんじゃないんだ。せいぜい身を守れるような装備も頼むよ。」


アスモデウスとピュースが別れを言う。

私とアスモデウスはここに来た時のようにサラブレッドに二人で乗って、パカパカ町へと繰り出した。


「とんだ長旅になりそうね。」

「暇潰しとしては最高ではないか。」

「私はあなたほど暇じゃないんだけど・・・。」

「えー。喜んでいるのは私だけなのかー?」

「そうじゃないけど・・・。」


「それよりお前の複製の能力はヤバすぎなのではないのか?何かリスクなど有るのではないのか?」

「ああ、別に無いけど・・・。でも逆に応用というか、悪用がいくらでもできるから、制限はあえてかけといた方がいいかもしれないわね。増やせるものを特定するとか、4人以上の目があるところでしか発動しないとか。文面を足してね。一応私が強制的に能力を解除もできるけど、預かり知らないところで起こったことは責任持てないしね。」

「両方かけといた方が良いだろうな。」

「そういえばお金もらってないけど武器を買う分って後でもらえるのかしら?あなたお金持ってないから私が出さなきゃいけないじゃない。」

「護衛として雇うつもりなんだからもらえるに決まっているだろう。多分。」


怪しそうに私を見ているだろうアスモデウス。私の後ろに乗っているので顔は見えん。


「あんまり高いものは買えないわよ。」

「命の値段にケチをつけるな。まあ、私にかかれば人間相手など剣さえ要らんが。」



町を散策して適当な武器屋に入った。


私は店に入り壁に展示してある数々の剣を眺めた。

どれも今風に装飾が施してあり、鍔などにレリーフのような紋様が飾られたり、剣身に波のような彫りが付けてあったり、実用とは思えないものばかりだった。

折れるだろこんなもの。

一見ピカピカして立派そうだが、ただの置物だな。


私はシンプルな剣がいいのだ。やはり城に置いてきた黒い剣が一番いい。

しょうがないので隅に置いてあったボロい剣を手にした。


「オヤジ。これをくれ。」

「へい!お安いご用で!お嬢さんホントにこれでいいですかい?こいつは伝説の剣ですぜ?」

「伝説の剣?」


見た目はショボいが、どんな伝説があるというのか。


「10年経っても売れ残って棚の守護神になったという曰く付きの剣でさぁ。」

「ただの悪評ではないか。」


気に入らないが他に無いのでしょうがない。

私はオヤジに剣を預けてアスモデウスの所に行った。


「どうだ?」

「鞣し革のベストを一応買っておきましょう。防寒にも良さそうだし。」

「そんなもの防具として役にたつのか?」

「大丈夫。鋭利な金属を7回弾くという能力を付けとくから。致命傷は防げるでしょ。」

「なるほど。それなら安心だな。」


他に短剣とマントを人数分、弓矢を一挺。


「会計を頼もうか。」

「へい!まいど!」

「結構かかるかしら。」

「まず伝説の剣が1万ゴールド・・・。」

「1万ゴールド!?このボロい剣がか?」

「へ?まあ一応かなりお安めの価格ではありますんで・・・。」

「半額にしろ。どう見ても中古だし、棚の守護神なんだろう。」

「えー・・・!?またですかい!」

「またとはなんだ?」

「いや、最近同じ剣を半額で買い叩いたお嬢さんが居たんで・・・。」

「なんだ。半額で売っていたのではないか。では私にも半額で売れ。」

「いやー、まー、へい。そうさせてもらいやす。」


こうして我々の買い物は済んだ。

剣を買い叩いたお嬢さんとは誰だったのかは知らないが、おかげで私も半額で買い物ができた。良かった良かった。


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