第6話

漆黒のサタン6、記録6



私とアスモデウスが顔を見合わせ頷き合うと、パンと弾ける音が部屋に響いた。


「やったー!ついに落花生を剥いで中身を取り出せたわー!」


何かと思うと、落花生と黙々とにらめっこしていたスカーレットがテーブルの上に粉々になった殻をぶちまけていた。


「おお!」

「ついにか!」

「や、やりました!数ヵ月の成果が実りました!」


喜ぶバーミリオン、ピュース、クリムゾン。


殻が粉々になったが、中身もどこかに飛んでいって探すのに苦労しそうだ。

手で破った方が早いんじゃないのか・・・。


私は微妙な顔をしながら喜ぶ4人を眺めながら冷たい視線を送った。


「さ、さあ、紋様の描き写しをして資料室に保管しておかなくては。」

「あ、じゃあ頼むわねクリムゾンちゃん。」


クリムゾンとスカーレットは小部屋に入り、なにやらやるようだ。

私も二人について入ってみた。


先程私が描いたスカーレットの下腹部の紋様。薄い紙を当てて描き写すのか。

ローブを脱いで下腹部を再びさらすスカーレット。


「こ、これは妙な模様ですね・・・。」


クリムゾンが眉をしかめる。

ハートマークをたくさん並べたファンシーな模様が妙とはなんだ。


「粉の量と水の割合はぁ・・・。」


腹の模様をクリムゾンが紙を当てて描き写しながら、スカーレットは別の用紙にペンで記しているようだ。


完成した施術の情報をまとめているらしい。


「術が定着するまで数日はこのままにしておかないといけないけど、うっかり消しちゃったりするかもしれないからねー。」


スカーレットが不思議そうに見ている私に呟いた。


「数日?ではその間、水浴びなんかはできないのか?ばっちいなー。」

「それは大丈夫よー。今から模様だけをコーティングして水では溶けないように撥水させるから。」

「汗とかでも、お、落ちてしまいかねませんからね。」


私の疑問にスカーレットとクリムゾンが答えた。

凄いんだかショボいんだかよく分からないな。


クリムゾンが薄い紙をどけて手のひらから淡い光を放った。

それをスカーレットの模様に当てて、コーティングというやつをやっているらしい。


「さーて、これでこの段階は終わり。定着に向けて落花生を割りまくらないとねー!」

「そ、そうですね。理事長にもやっと良い知らせを届けられます!」


二人は今しがた書いた書類を手に、落ち着いた様子で大部屋に戻ろうとしている。

私もカルガモの親子のようにそれについていき、後ろから声をかける。


「それだ。理事長。」

「理事長?それがどうかしたの?」

「どうもこうもない。今まさに謎の粉を仕入れるために出掛けているというのだろう?お前達はどこでどうやって粉を手に入れているのか知りたいとは思わないのか?」

「うーん。気にはなるけど、秘密だと言われていたからねー。」

「さきも言ったが、もし理事長とやらに何かあったらただでは済まんのだろ?秘密にしておくのはいただけないのではないか?」


大部屋に戻りつつ私とスカーレットが話す。

そこにテーブルの周りに立って持っていたバーミリオンとピュースも入ってきた。


「危険と言っても、道中にモンスターの襲撃はもう無いだろうがな。」

「いやー、モンスターの襲撃は無いだろうが、危険が無いわけではないと思うよ。」

「どういうことだ?レッド元理事長のように何か病気にでも、ということか?」

「いやいや、それも気を付けておかねばならないだろうけど、襲ってくるのがなにもモンスターだけじゃないってことさ。」


意味ありげにピュースが一同を見る。


「ほら、ここからタイクーンに行くにはソロモン山脈を通らないといけないだろ?知っての通り行商は国に登録されてる護衛を付けて隊商を組むのが通例だ。いつモンスターに襲われるか分からないからね。だが少々値が張る。だから独自で腕利きの用心棒を雇って行商をするものもいる。そういうやつの一部に帰って来ず、どこに行ったとも分からないまま消えてしまう行商人もいたんだ。」

「聞いたことある話ねー。」


スカーレットが相づちをうった。


「ソロモン山脈を通る旅人に道を外れて森に入った奴がいて、そこで偶然消えた行商人達を発見したそうだ。白骨化したそいつらは身ぐるみを剥がされて森に打ち捨てられていたとさ。」


ピュースは私達の顔を見回した。


「どういうことだ?」

「どうって・・・。」


私がよく分からないので聞き返すと妙な顔をされた。


「モンスターに襲われたのなら遺体を森に捨てるわけないし、身ぐるみを剥いでいくわけないだろ。あそこには山賊が居るってことさ。」


山賊?人間が人間を襲っているというのか。


「そうだな。今までモンスターによる被害とされていたものも、詳しく調べたわけじゃない。実状は分かったものじゃないな。」


バーミリオンが呟いた。


「えーい。そんなことはどうでもいい。それよりおっさんがさっき理事長に使いの者を行かせていただろう!それはもう出たのか?」


私は雄叫びをあげた。


「いやー、昨日理事長が出発したばかりだからね。いつもの護衛隊は出払っているし使いを出すんならまだ準備出来てないんじゃないかな?」

「というかわざわざ使いを出そうとしてるのか?数日もすれば戻ってくるのに、危険な山道を往来させる必要あるとは思えん。」


ピュースとバーミリオンが言う。


「でも重要な情報だと思うから早く伝えたいというのは分かるけどねー。」

「そ、そうです。施術開発できる方が加わったというだけではなく、パウダーを増殖できるとなれば・・・。」


スカーレットとクリムゾン。

その言葉で一同は固まってしまった。


「ま、待てよ・・・。粉を増殖できるんなら、むしろ理事長がもう粉を取りに行く必要の方がないんじゃないのか・・・?」

「掘っているのか採っているのか買っているのかは知らないけど、コストをかけて入手しているのなら、その方が無駄かもしれないよ。」


バーミリオンとピュースが今さらのようにアスモデウスの能力に驚愕した。


だがそれは理事長という綱渡りがアスモデウスという綱渡りに変わっただけという感じもする。一人の人間の力を頼ることに違いはないのではないか。


私がそう考えているとアスモデウスが私の考えを読んだかのように口を開いた。


「私だって一生ここで粉を増やし続けるつもりはないわよ?だから紙をもう一枚もらえるかしら?」


クリムゾンが不思議そうに持ってくる。

アスモデウスがそれを受けとると、紙をカードサイズに切って2枚にし、それに両方何か書いた。


「触れたものを7つ増やす。一枚目のカードを使用して二枚目のカードをプラス7枚で8枚に増やす。8枚に増えたカードを4枚使用して32枚に増やす。これを無限に繰り返せば最後の二枚を使い果たさなければ私が居なくても永久に増殖させられるでしょう?」


無限増殖!思っていたよりヤバイ能力だ。

私の睡眠縛鎖がしょぼく感じてしまう。


顔を見合わせるスカーレット達4人。


「これ凄くない!?理事長に伝えに行きましょうよ!」

「とんでもないものが舞い込みやがった!歴史を変える気か!?」

「理事長の、お、驚く顔が見れそうです!」

「施術の開発も上手くいったし、ついでに報告だねー。」


にわかに騒がしくなる一同。

どうやら理事長の元へ向かう手筈になりそうだ。



我々はその後理事長代理のおっさんの部屋とゾロゾロと降りていった。

目を丸くしたおっさんが先程と同じように粗末なデスクに座って我々を迎える。


「どうしたんですか?皆さんおそろいで。」

「どうしたもこうしたもないわよー!カーマインさんが連れてきた新人さんはとんでもないものをやってくれたんだからー!」


おっさんにスカーレットが先頭に立って答える。


「さっき理事に使いを出したと言っていたな?まだ出発はしてないのだろう?」

「ええ。警護の者が揃い次第。明日くらいには出発してもらえると思いますよ。」

「そんなものはいらん。我々が直接理事に会いに行こうではないか。」

「ええ!?」


私が話を引き取って要件を伝える。


「護衛がいらないって・・・。そこは付けとくべきだろ。」


私の独断にバーミリオンが後ろで呟いた。


「いらん。」


私は断言した。

ただでさえ人数が多いのにこれ以上増えて扱いが難しくなるのは困る。


「山賊が出るかもと言ったばかりじゃないか。護衛が付いてなければ狙われるかもしれないよ?」

「構わん。ついでに返り討ちにしてやる。」


ピュースの説得にも私は応じなかった。

やれやれと肩をすくめるピュース。


「それで、カーマインさん。使いを出そうとしていたのなら、理事長がどこへ向かっているのか知っているというわけですね?」

「まあ、それはもちろん。」


アスモデウスがおっさんに尋ねる。


「では、その場所を教えて下さい。理事長は今どちらにおられるのですか?」


顔をしかめるおっさん。

教えないようなら私が再び眠らせて真相心理から聞き出すか?

スカーレット達の目の前でやるのは避けたいところだが・・・。


「本当に重大な報告があるのよー!パウダーがもう要らなくなるかもしれないっていうー!」

「え?」


スカーレットが気の抜けた声で叫ぶ。これで重大さが伝わるのか?

おっさんが理解出来ないという顔で我々の顔を眺める。


「とにかく重要な事態だというのはわかりました。理事の宿泊先をお教えしましょう。ですが、宿泊先に常に居られるかは私も知りませんよ?連絡先として聞いているだけですから。」

「じゅうぶんだろう。あとは我々で勝手に探す。」


観念したおっさんに私が言い放つ。


「理事長との連絡はタイクーン公国東の都市、グワランのグロムリンという宿で行うようになっています。ですが言ったようにそこでは護衛隊を休ませ置いていき、さらにどこかへ数人の付き添いと出掛けるようです。」

「その場所はおっさんも知らないと?」

「はい。残念ながら。」

「まあいい。とりあえずそこへと向かえばなんとかなるだろう。」


おっさんとの話は終わりだ。

私は皆の方を向く。


「よし。早速出発しよう。」

「ま、ま、待ってください!せっかく書類を作ったのですから、資料室に保管しておきませんと・・・。」


クリムゾンがいきなり水を注した。

見るとわざわざさっき書いていた書類を手に持ってきていたようだ。


「なんだそんなのさっさと済ませれば良いではないか。」

「そ、そうですが、暇がなかったもので。」

「まあいいわ。資料室に行きましょう。」


スカーレットが先導しておっさんの部屋を出ていく。


やれやれといった顔でそれに付いていくバーミリオンとピュース。

私とアスモデウスも仕方なしに付いていく。

おっさんは呆気にとられてポカンとした顔で我々を見送っているようだった。



「出発って言ってたが準備はできているのか?数日かかる道のりだぞ?護衛もなしにふらっと危険な山道を通るわけにはいかないだろう。」


どこにあるのか知らないが資料室とやらに歩きながらバーミリオンが言った。


「もちろん用意はしなければな。食料、水、武器、着替えにタオル。馬車も必要だ。」

「あなたお金持ってないでしょ?」

「ふえーん。恵んでくれー。」

「もー。口だけ偉そうなんだから。」


私にアスモデウスが突っ込む。


「あはは。それくらいならあたし達で用意できるわよ。」


スカーレットが言ってくれた。

やはり持つべきものは忠実な家来だ。


1階からさらに下に降りる階段に回り込み、地下へと進んでいくクリムゾン。

薄暗い通路を通り粗末な木造のドアの部屋に入る。

中も薄暗く、ひんやりとして古い紙のカビ臭い匂いが立ち込めるている。天井まで棚が伸びて並んでいる一目見て資料室と分かる広い場所だ。


「さ、さて、目録に開発状況を書き記して、資料を各カテゴリーに分けて、ほ、保管しなければ。」

「あたしが複写しておくわー。」


クリムゾンとスカーレットは資料室の一角に置いてあるデスクに向かい、資料の複製と目録を書き込んでいるようだ。

私達他4人はそれを眺めながら手持ちぶたさになった。

見るともなしに部屋をぶらぶら歩く私達。


部屋一面に並んでいる棚には番号の付いたファイルや、箱が並べられている。パッと見ただけでは何か分からないし、面白いものはない。


「つまらんなー。」

「お仕事なんだからおとなしく待ってましょう。」


私とアスモデウスが話す。


ふと、奥にドアの付いた小部屋があることに気付いた。

部屋に札などない。何の部屋か分からない。


「これは何の部屋なのだ?」


私の声に気付いてバーミリオンとピュースが近付いてきた。


「理事長の秘密の部屋だよ。何が入っているのかは知らないし、見たことも入ったこともない。」

「いつも鍵がかかっているからねー。鍵は理事長しか持っていない。」


特に興味があったわけではないが、2人の言葉に気になってきた。


「ふーん。怪しいではないか。」

「昨日もそうだったけど、タイクーンに行くときにはこの部屋から何か持ち出して行ってるみたいだねー。なんなのかは全く想像できないけどね。」


私はドアの前に立ち、ドアノブを回した。


ガチャリ・・・。とドアが開く。


「え?開いてるのか!?」


バーミリオンが驚いている。


アスモデウスにかけてもらった能力。7つのドアを解錠する・・・。二つ目のドアを開けたというわけだ。


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