第5話
漆黒のサタン5、
禍々しい瘴気を放つ青い粉。
こんなものを体に塗ってよく正気でいられるものだと感心というより呆れ返る。
人間がどうなったところで私には関係無いが、70年も前からこっちこの粉を使って施術開発をやっていたというなら、まあ、大丈夫なのだろう。
「私達がこの粉の事を気付いたと気付かれない方がいいわね。」
アスモデウスが私に耳打ちする。
「そうだな。粉の特性が見えるのが我々の血筋が関係あるのだとすれば、正体を疑われる。」
私も納得した。
だが、とても触ってみる気にはならんがな。
「どうした?何か気になることでも?」
ひそひそと二人顔を寄せ合って話す私とアスモデウスを訝しげに眺めるバーミリオンが声をかけてきた。
「いえいえ。施術の作り方をちっとも知らなくて、ビックリしていたんですー。」
アスモデウスが嘘臭い感想でお茶を濁した。
私は知らなかったがお前は本などの知識で知っていただろう。
「うーん。気になる。」
私は小部屋に引っ込んでいったスカーレットが気になっていた。
「そのうち出てくるさ。ボク達は落花生の準備でもしておこう。」
ピュースが棚に入っている大量の落花生の瓶を用意しだした。
「きょ、今日は期待、で、できそうです。」
クリムゾンもそれにならう。
「どうしたの?何が気になってるのよ?」
アスモデウスは小部屋のドアを見つめる私に小声で呟く。
「鍵を閉めたようだな。開けれるか?」
「え?できなくもないけど・・・。急用?」
「もちろんだ。気になる。今。すぐに。」
私の雰囲気を察してか、アスモデウスは紙にさらさらと文字を書く。
「7つの鍵を開錠する。」
アスモデウスがそう言うと私の肩に触れた。
私は迷いなく小部屋のドアノブに手を伸ばしてそれを開錠し、ドアの中に入った。
「おい。」
後ろからバーミリオンの声が聞こえたが無視だ。
「え?」
狭い部屋で、すぐに寝台に腰を下ろして小卓に小皿を置いて筆で自分の体に模様を描いているスカーレットと目が合った。
ローブを脱ぎ、上にブラ一枚。下腹部を露にしたスカーレット。綺麗な下腹部に何やら怪しい紋様を筆で描いていた。
うおぉぉぉおおおっ!!なんといういかがわしさだ!
気になって仕方なかったお色気シーンではないか!!
「ちょ・・・ちょっと、あたし鍵かけてなかったかしら?」
顔を引きつらせながら困惑するスカーレット。
「忘れていたのではないか?そんなことより新人なのだ、私も手伝わせてもらおう。」
「そ、そーお?悪いわねー。」
私の入室を戸惑いはしているようだが、案外素直に受け入れてくれた。
粗末な寝台に私も座る。
スカーレットの背後に回るように方膝を立て、そっと寄り添う。
後ろから腕を回し下腹部に手を添えて指で撫でるように擦ってみる。
「あん。くすぐったい。」
「このあたりに模様を描くのか?どういう模様が良いのかな?」
そこにはすでに青い粉のインクで丸い模様が描かれていた。
私の指はその乾いていないインクを避けるようにぐるぐると輪を描いている。
「そうねー。例えば火に関係する術を作るなら火のような模様を描いたり、水なら波打った線とか定番はあるけど、落花生の殻を砕くとかはさすがに手探りなのよねー。」
「手探りか。では思いのまま試してみよう。」
私はスカーレットから筆を取り上げてその筆先を下腹部に押し当てる。
ピクリと体を震わせるスカーレット。
スカーレットの肩越しに私の頭を乗せて上から見下ろすように下腹部を見る。
腰から回した筆を持った右手がそこにハートのマークを描いていく。
左手は胸の下辺りに回して体を私の方へ引き寄せるようにスカーレットを抱き締めている。
「ん?んん?」
スカーレットは不思議な感じで呟いた。
「なんか変なポーズになってない?」
「黙っててくれないと模様が上手く描けないぞ?」
私は息を吹き掛けるように甘い声をスカーレットの耳元で囁いた。
そしてスカーレットはゾクリとして息を飲んだ。
「んっ・・・。」
おとなしくなったスカーレットは私の思うままに描いていく落書きに時折身を震わせる。
女体のキャンバスに適当に絵を描くというのも悪くない遊戯かもしれん。
帰ったら城のメイド達にもやってみよう。フフフ。
「あんたなにやってんのよ・・・。」
ふと見上げるとアスモデウスも小部屋に入ってきていた。
入ったまま音沙汰のない私を心配して見に来たのか。
「いやー。実際にペイントしている所を見せてもらわねば核心には近付けぬだろうと思ってなー。」
「そう?急に勉強熱心になったのね。」
私の言い訳に呆れるアスモデウス。
「はぁー。これでもう描けた?それじゃー、乾いたら服を着て術を試してみましょうか。」
スカーレットはぐったりしながら私から離れようとした。
「あのー・・・。質問なんですけど、何故そんなところに模様を描くんですか?さっきは腕とかに描くと言っていたようですが・・・?」
「え?ええ。人によってはねー。私はこれまでの経験で一番ここ辺りが力を感じるような気がしたから。」
「ほほう。普段どんなことをしたらそこに力を感じるようになるのかな?」
「いやーねー。そういうことじゃないわよー。」
アスモデウスと私の質問に照れながら答えるスカーレット。
「それと、この粉っていったい何なんです?原料とか成分とか、分かっているんですか?」
「うーん。それはわからないのよねー。」
「分からない?」
「そう。調べたって成分は該当なし。未知の物質としか答えられないの。」
アスモデウスの質問にスカーレットが照れながら答える。
いやいや待て。
未知の物質を分からないまま使うのか。
「ではこいつは何処から持ってきたものなのだ。希少と言っても古くから使っているのならそれなりにまとまった入手先があるのだろう?」
「それも不明なのよねー。どこでどうやって手に入ったものなのか。」
「不明?」
「それを知っているのは理事長だけねー。」
私の質問にスカーレットが答える。
私とアスモデウスは顔を見合わせる。
スカーレットは服を着ながら小部屋を出ていこうとする。私達もそれについていく。
大部屋の中央のテーブルには大量の落花生が山のように置かれていた。
それを囲むようにバーミリオン、クリムゾン、ピュースも待っている。
「さあ、準備はできたかな?」
「バッチリよー。今日は行けそうな気がするー。」
「そいつは結構。いつも言っているような気がするけどな。」
「が、頑張って下さい。」
ピュース、スカーレット、バーミリオン、クリムゾンがなんとも頼りなげに話している。
立ったままテーブルに近付いて落花生を手で弄くっているスカーレット。
なんだか険しそうな顔をしてぶつぶつ何か言っている。それを見守る他3人。
どうやらすぐに術が発動するわけではないようだ。
「粉の原料は不明、入手先も不明ということだが、怪しいとは思わないのか?」
私は納得いかないので質問を続けた。
「まあそうだな。しかしもう何年も前から続いていることだしな。不思議な術を使うのに不思議な粉を使っても不思議なことはないだろう。」
バーミリオンが答える。
「だが、理事長は知っているのだろう?少なくとも入手先は。」
「そう。世界でただ一人、理事長だけがその入手方法を知っているんだよ。」
今度はピュースが。
「世界でって・・・。この大陸には他にも施術の開発や研究をしている所もたくさんあるんでしょう?」
「そう、そうです。それらの開発や研究に使用されるパウダーも理事長がどこかからか工面してきたものを大陸中の施術協会支部から贈呈しているんです。」
アスモデウスの質問にクリムゾンが答える。
なんということだ。
人間の使う術はまさに全て一人の人間によって拡散されていっているというのか。
驚くというより呆れる。
「待って。それじゃあさっき言ってたこの世で最初に作られた施術にもこの粉が使われていたんでしょ?その時から理事長という人が関わっていたというの?」
「いや、それは違うな。最初に施術が作られたのは70年も前だ。その時施術の開発は王宮が行っていたし、俺達も詳しくは知らないが、そこはあるペテン師によって運営されていたようだ。」
ナイスだアスモデウス。バーミリオンから聞きたかったことを引き出した。
伊達にケツがデカイだけではない。
「ペテン師とは!?」
私は知らなかったような顔をして驚いて見せた。
少し困ったような顔をしてバーミリオンは続ける。
「この話は俺達の中ではタブー扱いなんだが、何故タブーなのかということもあまり詳しく知らない。俺がここに入ってきたときからすでにタブー扱いで話自体聞けなかったからな。みんなもそうだろう。」
バーミリオンの言葉に頷くピュースとクリムゾン。
スカーレットは落花生相手にぶつぶつ言いながら集中しているようだ。
「まあ、実際今やっているように、魔術なんて誰でも使おうと思えば使えるんだから、特別個人が凄かったというわけでもないってことなのかな?想像でしかないが。」
魔術の作り方に汎用性があるというだけでペテン扱いというのはいささか可哀想な気がするが、今の話でこいつらがグローリーのことを何も知らないということだけは分かったな。
「全人類の施術の発展を理事長とやら一人の手で担っているというのは、いささか危ない綱渡りなのではないか?どうやって粉を手に入れるのか知っているのがそいつだけだというのが本当なら、何かあったとき突然繁栄が終了してしまいかねんだろう?」
私は話を切り上げて思ったことを口に出した。
「実際危険だった。つい一月前までは街の外はモンスターまみれ。護衛を付けてはいたが馬車で外の街道を出向する時には度々犠牲が出て全員が無事帰還できることはなかったようだ。」
ピュースが答えた。
「いったい何者なのだ?その理事長とやらは。」
さらに私が問う。
「じ、実はつい一年くらい前に理事長は交代されたばかりなんです。」
クリムゾンが。
「交代?」
「はい。い、以前はレッド理事長が長い間勤めていらしたんですが、一年前、娘さんのマゼンタさんに交代なされたんです。」
誰が誰に交代したとか言われても知らないので興味ない。
「ということは、今出張している現理事長とは別に元理事長のお父さんもどこかに居られるの?」
アスモデウスが問う。
が、一様に暗い顔をしてバーミリオンが答える。
「いや、残念ながらレッド元理事長は3ヶ月前に亡くなられたよ。」
「亡くなった?」
話を聞き出せると踏んでいたのだろうアスモデウスも唖然とする。
「ああ。一年前に娘さんのマゼンタに交代した時はぜんぜん元気だったのに、急に老け込んだようになってな。」
「まだ50代だったというのに、白髪やシワが急に出てきておじいさんみたいに変わり果てた姿になっちまって、見るのが耐えられないって感じだったなー。」
「わ、私達にとって長い間理事長と言えばレッド理事長でしたから、交代もショックでしたけど、まさか一年も持たずに病死なされるなんて、お、思ってもいないことでした。」
バーミリオン、ピュース、クリムゾンが続ける。
「何かの病気を患っていたのなら、優先的に施術での治療法を開発すればよかったろうに、最期まで病名も明かさなかった。」
「そうだったの。お気の毒だったわね・・・。」
沈んだ様子で言うバーミリオンにアスモデウスも暗い顔で悔やみを言う。
「それで?現在の理事長であるマゼンタというのはどういう奴なのだ?」
続けて私が質問する。
「レッド元理事長と同じく厳格な女性だよ。まだ20代というのにしっかりしたものだ。」
「ほう。若いのか?」
バーミリオンに私が食い付く。
「就任する前は別の街の協会に勤めていたらしいが、俺達はよく知らないな。ちょうど昨日出張に旅立った所だから帰るのは10日くらいかかるんじゃないかな。」
「留守にしているそうだな。どこに行っているのだ?」
「だいたい粉を仕入れるときはタイクーンに赴くようだから今回もそれだろう。何人か連れていったみたいだしな。」
バーミリオンの言葉に私とアスモデウスが顔を見合わせる。
なんだと!?
今まさに謎の粉を仕入れるために出掛けているというのか!?
それを先に言え。
現状グローリーとの関係は有るのか無いのか分からないが、グローリーも使っていたという青い粉、その所在と正体を知っている世界で唯一の人間。理事長マゼンタ。
何故それを知っているのか、グローリーとの繋がりはあるのか?
追ってみる必要があるのではないだろうか?
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