万引き世界一決定戦

たけし888

※良い子はマネしてはいけません

 万引き──それは商店から品物をこっそり盗み出すという犯罪。

 「懲役10年以下または50万円以下の罰金」という利益に対してあまりにも重すぎるリスクがあるにも関わらず、この犯罪に手を染める者は後を絶たない。

 それは単に魔が差してしまうためか、お金に困っているからか──


 しかし!!


 今ここに集うは世界に誇る『万引き愛好者』!!


 お金のためでもない!!

 名誉のためでもない!!

 出来心で手を出すわけでもない!!

 ただただ万引きを愛しているが故に!!!


 人生の全てを万引きへと捧げた常習犯たちが、今!!

 この『万引き世界一決定戦』へと結集しております!!


 総勢146名の参加者たちから頂点にたどり着き、世界最強の万引き師の座を手にする者は一体誰なのか!?

 彼らの勇姿を最後まで見逃すなッ!!!



*****



「解説の今沢さん、大会2日目に突入して参りました。今の心境はいかがですか?」

「そうですね、正直予想以上のペースで脱落者が出たことに落胆しています。

 1日目にして82名が逮捕されてしまいましたからね。

 これには我々を警戒した警察の努力によるところも大きいでしょうが」


「ええ。トーナメント進行中、更に16名が死亡し、残った参加者も46名が敗退しています」

「ということは……2日目にして、早くも決勝戦ということですね!」


 アナウンサーと解説者がスタジオへ顔を向けると、観客たちは一斉に歓声を上げた。

 彼らもまた、それぞれが万引きを愛好する者の一人だ。


 如何に美しく万引きを成功させるか?

 如何に高額な万引きを成功させるか?

 日々その道を探究して止まないクズの求道者たちが、決勝へと辿り着いた最強の万引き師の姿を固唾を飲んで見守っているわけである。


「それでは改めてルールを説明いたしましょう。

 挑戦者にはこれから指定された商店へ入店し、各々自由に万引きを行っていただきます。店舗から1km離れたゴールまで、バレずに辿り着ければ成功ですね。

 被害総額に加え、視聴者の皆様の投票を加味したポイントを競う競技となります」


「今沢さん、今回の勝負でカギになるのはどういった所なんでしょうか?」

「決勝の舞台は昨年度大会で告知された通り、某市の埋立地に位置する巨大ショッピングモールです。会場が広いぶん、事前準備が大きく行方を左右するでしょうね」

「ありがとうございます。それでは早速、挑戦者を紹介して参りましょう!」


 スタジオのモニターには真っ黒なスーツに身を包んだスキンヘッドの男が映る。

 その容貌は無個性にして中性的。掴みどころのない男である。


「先攻──『雲隠れのヒデ』!!」


 挑戦者の名前が呼ばれた途端、スタジオは万雷の拍手に包まれる。

「いけーっ!! お前ならやれるぞ!!」

「香川県の誇りを見せてくれ!!!」

「ヒデちゃん、頑張って~!!!」


「香川県出身、両親も万引きの常習犯だったことから『趣味:万引き』に目覚め才能が開花!

 幾度となく記念撮影から存在を忘れ去られた経験を元に、存在感の薄さを活かした別次元の万引きをモノにしました!!


 前大会準決勝で惜しくも逮捕となった彼ですが、今回大会には刑務所から釈放されたその足で駆けつけてくれたと言います!!

 はたして今回はどんな技を見せてくれるのか!?

 皆さん、一時も目を離さぬようご注意願いますッ!!!」



*****



 拍手と共に画面が切り替わり、ついに雲隠れのヒデがスタート地点から動き出す。

 ヒデがスタート地点として選んだのは、ショッピングモールの搬入口にほど近い駐車場であった。


「今沢さん、まず立ち上がりはいかがでしょうか?」

「堅実ですね。予め配達業者の制服とトラックを入手しておき、搬入口を利用して出入りしようという算段でしょう」


 解説者が言う通り、ヒデの居住まいは一見して配達業者そのものであった。

 帽子を着けタオルを肩にかけ、いかにも仕事用らしきバインダーを持って歩き回る。


「この決戦会場には客や事業者が利用できる配達センターが設置されております。決勝戦ならではの準備が光る戦略と言えるでしょう」

「では光学迷彩を身に着けたカメラマンも並走し、後を追っていきます」


 ヒデはいくつものダンボールを台車に載せ、それでいて誰にも怪しまれず会場を移動していく。

 その素早さと自然さを見たスタジオからは「おお……」と感嘆の声が漏れる。


 商品でも何でも無いカラ箱を運んでいる不審者のはずなのに、汗を腕で拭い道行く客に「すみません通りまーす!」と元気よく謝りながら駆けていく姿を見ればそれだけで応援したくなってくるのだ。

 前科8回の厳しい刑務所暮らしが為せる腰の低さであった。


「さて今回の会場ですが、ショッピングモール全体が行動範囲ですのでどの店舗から万引きを行うかは自由です。果たしてどの店舗を選ぶか注目ですね」

「おっとここでヒデ選手、地図で宝石店の位置を確認しています!

 どうやらまず単価の高い宝石を狙うようです!」


 観客たちは困惑していた。

 宝石の単価が高いのは確かだ。

 だが宝石店はその分警戒も強く、商品がショーケースに収められていて触れないことがほとんどである。

 しかも少しでもヘマをすれば即刻警備員を呼ばれてしまう。

 少し万引きに慣れた者ならまず主戦場として選ばない魔界なのである。


 しかし『雲隠れのヒデ』は、ここで驚くべき戦術を見せた。


「あ……あぁーーっと!! 停電です!!

 都合が良すぎるタイミングで停電が起きました!!」


「本大会の規定には『協力者を配置してはならない』という決まりはありません。

 過去には店員全員の買収を試みた選手もいたほどです。

 ヒデ選手は電気系統に詳しい協力者をフロアへ配置していたのでしょう」


「この暗闇で何が起きているのか!?

 急ぎカメラマンが予備の暗視カメラへと切り替えています、少々お待ちください!!」


 スタジオの面々は固唾を呑んで画面を見守る。

 何も映っていないが、スピーカーからは店員や客のどよめきと共に何か鈍い音が聞こえていた。

 これは一体何なのか? ヒデが引き起こしているものなのか?

 

 そして、十数秒が経過すると画面が切り替わり──


「ふんッ!」

「ぐわぁッ!」

「な、なんだ……今何か聞こえ……ぐぅッ!!」

「はあぁっ!!」


「こ……これはぁーーーーッ!!」

「ヒデ選手!! 次々と店員や客の首をトンッてしています!!

 トンッと言うよりドンッという音が響いていますが、強く叩くことで気絶させているようです!!」


「本大会には『窃盗以外の犯罪をしてはならない』という規定も存在しません……しかしこれでは停電から復帰した場合すぐに警察を呼ばれてしまいますよ!」


 予想外の事態に慌てふためくアナウンサーと解説者。

 あまりの蛮行に、大会経験者のカメラマンもたじろいでいる様子がカメラの揺れから伝わってくる。

 だが当の本人は、極めて冷静に状況へと対処していたのだった。


 バキッ……!

 バキボキッ……ゴキッ……!!


「これは……!」

「店員からカギを奪い……その上で……ダンボールに押し込んでいます……!!」


 犠牲になった人々は次々と凄まじい力で圧縮され、ダンボールへと詰め込まれていく。

 その数4名。

 激しい音からは店員たちが生きては戻れないであろうことが容易に分かってしまう。

 ヒデはこの大会に勝つために、人の命を殺めるという決断へ踏み切ったのだ。


「だ、ダンボールの内側には鉄製の箱が仕込まれています……。

 恐らく血液を外に漏らさずに隠すためでしょう……!」

「2つのダンボールを持ち込み、1つは邪魔者の死体を入れるために使いもう1つは商品を持ち帰るのに使う……!

 ここまでやるのか、『雲隠れのヒデ』!!」


 ようやく停電が回復したのは、ヒデが全ての宝石と死体を回収し店を飛び出した後だった。

 ほっと胸を撫で下ろす客たちのスキマを抜け、「あっスミマセン台車通りまーす!」と再び快活な声で謝罪を振りまきながら駆けていく……。


「これは翌日のニュースを見たお客さん方の精神状態が心配になりますね」

「私もいま警察へ通報すべきかどうかかなり迷っています」


 アナウンサーたちが引き気味に実況する中、ついにヒデはトラックへと乗り込む。

 ダンボールの1つは割れ物を扱うかのようにゆっくりと丁寧に。

 もう1つはドガシャァッ! と乱雑に放り込んで運転席へ移動した。


 助手席へ乗り込んだカメラマンが我慢しきれずヒデへと声をかける。

 するとヒデは、顔色を一つも変えずに言う。


「前回大会は店員に取り押さえられるという初歩的なミスを犯してしまった。

 だから今回は店員をその場で排除するという発想に至ったんだ。

 この後死刑になったとしても、万引きの頂点に立てるなら悔いはない」


 その目には爛々とした『覚悟』が灯っているのだった……。



*****



「えー……鑑定の結果、被害総額1.5億円ということで、ヒデ選手は今回大会の全参加者に圧倒的な差をつけてのゴールインとなりました」

「視聴者票も全て合計して500万票程度ですから、これは金額で上回る事ができなければ後攻の敗北が確定してきます」


「しかし目玉の宝石店は全てヒデ選手にかっさらわれてしまいました。

 じきに店員と客の消失が警備に気付かれる可能性もありますから、後攻にとっては非常に厳しい展開です」


 ──しかし。

 後攻に立つこの男は、決して棄権するそぶりを見せなかった。

 サングラスにフーセンガム、身体はタトゥーだらけのノースリーブ……先攻のヒデとは正反対に、忍ぶ気が一切ない特徴的な格好だ。


「後攻は『マジシャンのタク』!!

 実家の圧倒的な太さを武器に世界各地を飛び回り、現在49カ国で指名手配を受けるクズ中のクズです!!

 今年度大会の舞台となった日本でも警察に追われており、買収等々の離れ業を駆使しながらの挑戦となりました!!


 しかししかし!!

 果たしてその財力は殺人へと踏み切った先攻選手ヒデに対抗するもの足り得るのかぁ~っ!?

 実況は引き続き、会場内展示ホールのスタジオからお送りして参ります!!」


 タクはこの時、スタート地点でスタジオの様子を確認していた。

 観客たちの歓声やアナウンサーの実況を聞きながら、不敵に笑う。


 彼は、既に勝利を確信していた。



 ズゴゴゴゴゴ……



「な、何でしょうか? これは……スタジオが揺れている?」

「地震でしょうか!? とうとう万引きトーナメントに罰が当たったか……!?」


「いや、違うさ」


 困惑するスタジオへ言い聞かせるように、タクは叫ぶ。


「これが……オレの全てを賭けた『万引き』だぁぁぁぁぁッ!!」



 ズゴォォォォォン!!!!!



 轟音と共に、スタジオの揺れは更に激しくなる。

 だがこの時揺れていたのは、スタジオだけではなかった。

 いや、地面でもなかった。

 揺れていたのは……


 埋立地そのもの……!!



「カメラマン、種明かしをしてやれッ!」


 カメラが向けられたのは、タクが乗り込むヘリコプターの窓!

 そこから見えるのは、埋立地全体が何十艘もの潜水艦に引っ張られる光景……!


 今この瞬間、埋立地故の緩い地盤から引き剥がされ、会場そのものがゴール地点へと移動していた……!!


「会場の客たちはこの事態に気付いていないだろう……

 つまりこのまま会場をゴール地点へ叩き込めば……

 埋立地全体の地価がそのままオレの得点になるッ!!!


 いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!!!」




 ズドォォォォォーーーーーーーン……………………!!!!!!!!







*****



「速報です。令和最悪のテロとなった『葛田アイランド輸送事件』ですが、また新たなニュースが入ってきました。NEONモール葛田近郊の駐車場にて6名の変死体が確認されたとのことです。周辺には垂れ幕や長机も配置されており、警察が身元の特定を急いでいます。


 なお警察の調べに対し、容疑者の度久豆琢磨(36)は『万引き愛好者なら命よりも大切なのは万引きのはず。地獄でまた万引きを共にしたい』と支離滅裂な発言をしているとのことです……」



「ねぇママー、万引き愛好者ってなに?」

「シッ! あんなクズとかかわり合いになっちゃいけません!!!!」

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