本文

 それはずっと昔に起きたこと


 僕は何故かそれを忘れられない


 誰もいない古い家

 探偵ごっこをする子供が二人

 君は名探偵で僕は大怪盗

 大怪盗が狙うのは君の大事なペンダント。

 コインにチェーンをつけた銀色のペンダント

 表はハートで裏は杖を抱えた髭のひと


 誰もいない古い家の中

 机に置かれたハートが刻まれたペンダント。

 僕がこっそり持っていく。

 それを合図に君が僕を追いかけた。

 そして最後に君が僕をつかまえる。

 こうして大事なペンダントは探偵が取り返し、

 大怪盗は名探偵につかまった。

 けれど、君はペンダントをまた机に置いて言う。

「もう一度やろうよ」

 君は名探偵で僕は大怪盗


 あれから随分経ったよね

 僕らも、もう小さくない


 コインに掘られていた髭の人は聖ベネディクトゥス

 それを知ったのはつい最近。


 君は本物の名探偵で僕は本物の大怪盗

 あれから随分経ったよね。

 僕は今でも、君のハートを狙ってる。


第1話 怪盗と名探偵の日常


 10年後


 ガイスト・ザ・ブラックを名乗る怪盗が、その大胆な盗みで世間を賑わしていた。

 狙うのは高名な美術品に名のある宝石。

 毎回、街を巻き込む捕物の末、まんまと警察から逃げ切るガイスト・ザ・ブラックはメディアを騒がす絶好のネタだった。

 そしてもうひとつガイスト・ザ・ブラックとともにメディアを騒がす人物がいた。

 いくつもの難事件を解決し、日本のみならず、海外でも事件を解決し、その名を轟かせた美少女名探偵。

 その名は、美月ロア。

 ブラック・ザ・ガイストの最大のライバルである。



 夜空には警察のパトロールヘリが飛び交っていた。

 サーチライトが建物の屋上に立つ人物を照らす。

 タキシード姿のその男は金属製の黒い仮面をつけ、さらには黒いマントをなびかせていた。

 彼の名は、怪盗ガイスト・ザ・ブラック。

 ある会社が所有していたダイヤモンド”アフリカの涙”を盗むと予告状を出し、そして見事に成功したのだった。

 予告状を出したからには当然、警察も厳重な警備にあたっていたが、まんまと出し抜いたのだった。

 だがその後、追い詰められ、宝石を手に入れた彼は、ビルの屋上に立ち、警官隊が包囲する様子を上から眺めているのだった。


 ビルの周囲は、警官隊が取り囲み、その外側ではマスコミや野次馬たちが遠巻きに様子を見守っている。

 そんな中で警官隊を指揮する美月警部は悔しげに屋上を見上げた


「ガイストめ! おかしな小細工をしやがって」

「どうしますか? 警部」

「包囲は?」

「完璧です!」

「よしっ! ビルに突入する。一気にヤツを押さえるぞ!」


 警部が、いざビルの中に乗り込もうとしたその時だ。

 赤いBMWが警察車両の横に急停車する

 見覚えのあるその車を見た警部は苦い顔をした。


「警部、あれってもしかして……」

「言うな!」


 車からさっそうと降りたのは長い髪を明るいブラウンに染めた美少女だった。

 彼女に気がついた近くにいる警官たちがひそひそと話している。


「おい、あれ……」

「ああ、テレビで見たことがあるぞ。あれは、名探偵の美月ロアだ」


 羨望の眼差しでいる警官たちの横を颯爽と通り抜ける美少女探偵は、警部の傍らに来るとビルの屋上を見上げた。


「ヤツの動きは? 美月警部」

「ああ、ダイヤモンド保管庫から姿を消したと思ったらいきなりビルの屋上に現れやが……って、お前、女子高生が、こんな夜遅くに……補導するぞ! コラっ!」

「えーっ、夜遅くって、まだ8時前だよ、パパ」

「パパじゃありません! うちの門限は8時なの! 早く家に帰りなさい!」

「なら8時前に決着がつけばいいんでしょ? この事件、私に任せてよ」

「これは警察の仕事だ。名探偵とはいえ、民間人にまかせられるか!」

「パパ、刑事訴訟法213条って知ってる? 現行犯人の逮捕は、司法警察職員に限らず何人でも逮捕状がなくても行うことができるとされている」

「知るか! とにかくひっこんでろ! 名探偵が今頃やってきても遅い。やつはもう追い詰めた。袋のネズミってやつ だ。お前の出番はねえ!」

「ふーん」


 ロアは、ビルをしばらく見上げた後、一人うなずき、踵を返す。


「分かりました」

「えっ?」

「帰ります。それじゃ」

「な、なんだよ。馬鹿に素直じゃねえか。また何か企んでるんじゃねえだろうな!」

「見たいテレビ番組があるだけよ」

 

 そう言ってロアは、包囲する警官たちの横を通り過ぎると、車に乗り込む。

 同時に運転席から声がかかった。


「ご帰宅しますか? 先生」


 ハンドルに手を置きながら振り向いたのは、どうみても小学生のような少年だった。

 彼の名はコバヤシ。

 美月ロアの探偵助手である。


「そんなわけないでしょ。ガイストがいるのに」

「ですよね。で? どうします?」

「少し行ってほしい所があるんだけど」

「お安い御用です。何かあったんですね」

「ちょっとね……少し気になるものが見えたの」

 車は方向転換すると通りに走り去った




 美月警部と警官隊は、屋上までやってくるとガイストのいる場所に向かった。

「ガイスト!」

 叫ぶ警部にガイストが振り向く

「やあ、警部」

 加工された声が答えた

「怪盗ガイスト・ザ・ブラック! 大人しく盗んだ宝石を返せ!」

「ああ、これかい? さっきそこで拾ったんだ。届けようと思ってたんだけどだめかね?」

「嘘つけ!」

 ガイストは肩をすくめた。

「何をふざけたこと言いやがって! もう逃げられないぞ!」

「それはどうだろうか」


 ガイストはそう言うと、ひょいっと柵の上に飛び乗った。


「ま、待て!」


 警部は、一瞬観念したガイストが身を投げるのではと焦った

 だが違った。ガイストに身投げをする気なぞない。

 彼は滑車を取り出すと張ってあった見えないワイヤーロープに引っ掛けると勢いよく、宙に飛び出した。

 滑車に掴まったガイストは、ものすごいスピードでいくつかのビルを通り越して滑っていく。


「しまった!」


 遠くに離れていくガイストを憎々しげに睨む警部は、自分たちが罠に嵌った事を理解した。警官隊は、ずべてビルへの突入と周辺の警備にあたっている。

 つまりおびき出されたのだ!

「くそっ! ガイストめ!」

 遠くに離れていくガイストを憎々しげに睨む警部だった。



 ワイヤーロープは長く、複数のビルを通り越していった。

 やがて、ひとつのビルの屋上に到達する。

 屋上に降り立つと、素早くワイヤーロープを切断した。

 これで誰もワイヤーを伝って追いかけてくる事はできないだろう。

 とはいえ、そもそも特殊な滑車でなければこのワイヤーロープは滑っていけないのだが、そこは用心の為だ。

 盗んだダイヤモンド”アフリカの星”を手に取りじっくり鑑賞していたガイストだったが、誰かが近づいてくるのに気がついた。


「誰だ!」


 暗闇から現れたのは、ブラウンのロングヘアの美少女。


「美月ロアか……」


 ガイストはダイヤモンドをポケットにしまうとロアの方を見た。


「待っていたわ。ガイスト」

「結構入念に仕掛けた筈なんだがね。まあ、気づくとしたら君だろうとは思っていたが……」

「あなたが屋上で待ち構えているのが不自然に思えたのでね。脱出するならどうすのか考えて、観察していたら極細のワイヤーが張られているのに気がついた。そして長く続くワイヤーを追って来たらここにたどり着いたってわけ」

「さすが世界的名探偵だ。その観察眼にはおみそれする」


 ガイストは恭しく頭を下げた。


「ほ、褒めたって無駄なんだからね! とにかくアンタは、もう逃げられないわよ!」

「ふふ、同じセリフ、ついさっき美月警部にも言われたよ。やはり親子だな」

 ロアは顔を赤くする

「う、うるさいわね。今日こそは捕まえるんだからね!」


 ロアはジャケットの内ポケットから拳銃を取り出すとガイストに向けた。


「おいおい、君は女子高生だろ? 拳銃なんて持っていていいのか!」

「麻酔弾だから大丈夫!」

「いや、そういう問題じゃないと思うのだが……」


 言うが早いかロアは躊躇せず引き金を引いた。

 だが、銃弾は全てガイストの横をかすめる残念な結果に終わる。


「さ、さすがガイストね。私の射撃をかわすなんて」


 ガイストは一瞬何を言ってるのかと戸惑う。


 頬を赤らめながら咳払いするロアにガイストが察した。

 

「お……お、お前ごときの撃った弾丸など当たるものかーっ」


 ガイストは思いっきり棒読みで言った。



 * * * * * * *



 その時、ガイストの足元に銃弾が跳ねた。


「うっ!」


 思わず飛び上がってガイストが飛び退く。


「先生! 大丈夫ですか!」


「コバヤシ君」


 駆けつけたのは美月ロアの頼れる助手であるコバヤシ少年だ。見た目は小学生だが頭脳は大人。実年齢も小学生。


 オートマチック拳銃の銃口をガイストに向けている。


「ガイスト! ロア先生は、超射撃下手だけど、僕は違うぞ。ちゃんと当てるぞ」


「おいっ! コバヤシ!」


 ロアがとんでもない形相になっている。




 次の銃声でガイストのマントに穴が開いた。


「おいおい、小学生が拳銃持っていいのかい?」


「大丈夫です。これは麻酔弾ですから」


「いや……そういう問題ではないのだが」


「とにかく神妙にお縄につきなさい!」


 若干戸惑っているガイストにロアがビシッと指さした。

 ガイストは、待ってましたとばかりに柵の上に軽々と飛び乗ると高笑いをしてみせた。


「わはははは、君たちの相手は本当に楽しいよ。だがこれまでだ。私はそろそろ失礼させてもらう」


 そう言ってガイストは身を翻すとビルから飛び降りてしまう。


「あっ! よせ!」


 ガイストの無謀な行動にロアとコバヤシ少年は、慌てて駆け寄った。

 だがしかし、ガイストは飛び降りたのではなく、小型のハングライダーらしきものを使って飛び去っていく。


「あいつ、まだあんな仕掛けを!」


 ロアは悔しげに飛び去るガイストを睨みつける。


「追いますか? 先生」


「もちろん! でもまず警部に連絡よ! 警察のヘリに追跡してもらい……ん?」


「先生、どうしました?」


 ロアは、足元に転がっているダイヤモンドを拾い上げた


「あっ! それは、もしかしたら盗まれたダイヤモンド【アフリカの星】ではないでしょうか?」


 手渡されたダイヤモンドをじっくり調べるロア


「どうやら、そのようね」


「あいつ逃げるのに慌ていて落としたんでしょう。ざまあみろだ!」


「でも……」


 ロアは、何か気になったのか宝石をじっと見つめている。


「先生?」


「え? ああ、そうね。そうかも。さあ、警部たちのところに持っていきましょう。きっと喜ぶわ」


「そうですね」


「先に追跡の連絡も忘れないでね」


「もちろんです」


 非常口に向かう二人。




 二人が去った後、屋上は風の音としか聞こえない。


 だが、しばらくすると柵を誰かがよじ登ってきた


 それはハングライダーで飛び去ったはずのガイストだった。何とか柵を乗り越えるとそのままへたり込む。


「ふう……やっと行ってくれたか」


『タケル様、ご無事ですか?』イヤホンマイクから通信が入る。


「ああ、カトー。なんとか逃げ果せたよ。ロアのヤツ、しつこさがましてきている。だんだん美月警部に似てきた」


『それは結構』


「簡単に言うな。これでもロアの追跡をかわすのが大変になってきてるんだぞ」


『そのロア様はどうしてらっしゃいますか?』


「それなら僕の姿を模したバルーンを追ってる。”アフリカの星”も無事にロアの手に渡った」


『それは上々ですな。では、もうタケル様を回収いたしますがよろしいですか?』


「ああ、もう疲れた。欲しいものは手に入れたしね。もう夕飯にしたい。」


 ガイストは、そう言ってUSBをぽーんと手の上で放り上げた。



 * * * * * * *



 身を潜めながらビルの地下駐車場にたどり着いたガイストは、待機していたバンに密かに乗り込んだ。


「お帰りなさいませ、タケルさま」


 運転席に座るカトウが振り向いて言った。


「様子はどう?」


 ガイストが運転席を覗き込むと、カトウがカーナビの画面を切り替える。


 画面には街中に設置されている監視カメラをハッキングした映像が映し出された。


「予定どおり、警察はガイストの姿を模したカモフラージュドローンを追っていますな。ロア様たちも同じくですが、ロア様の事ですから。じきに気がつくとおもわれます」


 ガイストは、仮面を外した。加工された声は地声に戻る。


「だろうね。でも、明日は機嫌が悪いぞ」


「では、覚悟されておいたほうがよろしいかと」


「慣れてるさ」


 ガイストの服装から着替えたタケルはノートPCを開くと盗ってきたUSBメモリーを差し込んだ。


「暗号ロックがかかってるフォルダがあるけど……無駄なんだよね」


 タケルはロックを解除してしまう。


 フォルダが開き、データが表示された。


「おっ……あるある、スパイラルのダミー会社へ金の流れがばっちり記録されてる」


「やはり、犯罪結社スパイラルの関係会社でしたか」


「ああ、表向きは健全な企業だったが扱ってるのは品物だけじゃないってわけだ」


「いかがなさります?」


「ネットに流しても大したダメージはないだろうさ。それにガイストのダイヤモンド騒動に目を奪われてデータを盗まれた事は気づいてない筈さ。奴らの動きを把握するのに僕がうまく使うさ……ん?」


「どうしました?」


「いや、このファイルなんだけどね……」


 それは、十年前に世間を賑わした怪盗紳士についての調査報告書だった。




 怪盗紳士とは、世界的大泥棒だ。


 覆面で顔を隠し、予告状を出して盗みを働く怪盗で、いまだに警察には捕まっていないし盗難品も見つかっていない。


 その金額は国家予算級だという噂だ。


 盗みのテクニックは大胆不敵で巧妙。


 タケルはその盗みのテクニックを徹底的に研究し、ガイストとしての仕事に活かしている。


 だがそれはついで。


 実のところ、タケルが怪盗紳士を研究しているのは、そのキザな行動なのだ。


 盗む家に美女がいたら紳士的で華麗な振る舞いで美女を口説き落とす。


 怪盗紳士のロマンスの噂は山ほどあるのだ。


 奥手なタケルには、まさにこっちの方を手本にしたい相手なのだ。


 なぜならタケルは……




「タケル様」


「えっ! な、何?」


「その情報はもしかしたら古いものなのでは?」


「え? ああ、そうかもね……いや、更新の日付がごく最近になってる。でも、昔の怪盗の情報をなんで今頃集めてるんだろう?」


「何か裏がありそうですな」


「うん……僕は、このデータをもう少し洗ってみる。今夜は徹夜になるかな……あっ! 明日は日直だった」


 タケルは明日の学校の事を思い出した。


「では、データは私が調べておきましょう。学校生活に滞りが合ってはよくありませんからね」


「ありがとう。頼むよ」


 カトウの運転するバンは地下駐車場から走り出した。

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①怪盗は名探偵の心臓(ハート)を狙う ジップ @zip7894

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