2-1『録な思いでのないあの場所で』

「これで七件目完了っと──へへェ、いいペースだ」


 時刻は、正午まで残すところ数分に迫った頃。

 メビウス区都心部にある広場のベンチで、緋色ひいろの着物を着流きながし腰に刀をたずさえる一人の男──ジンが、スマコに表示された画像を見てご機嫌に呟く。

 満足げな顔で空をあおげば、彼方かなたまで広がる透き通るようなあお。次いで、ジリジリと陽炎かげろうく強烈な日差し。

 砂漠の国オアシスは、今日も今日とてカンカン照りの日光浴日和にっこうよくびよりに見舞われていた。

 そんな中、


「さーて、もう一踏ひとふりと行こうかねェ」


 ジンは、スマコをふところ仕舞しまうと立ち上がり、『Uver Foodsウーバーフーズ』というロゴが大きく表記された箱形のリュックサックを背負う。かたわらには、リュックサックと同じロゴがラッピングされたロードバイクが立て掛けられている。

 ジンは肩をほぐすようにグッと伸びをすると、ロードバイクにまたがりメインストリートに向かって力強くぎ出す。

 その表情は、日差しにも負けないほどに晴れやかだった。


 『Uber Foods』とは、オアシスで最も利用されている食事配達サービスだ。

 スマコにダウンロードしたアプリを通じて、注文した料理を指定した場所、時間に届けることを目的としている。

 アプリには二つの項目こうもくがあり、一つは料理を注文する側、もう一つは配達する側と分かれている。

 特徴的なのは、この配達する側だ。

 なんとアプリ登録後に申請すれば、専用のリュックサックとロードバイクが即日貸与そくじつたいよされ、誰でも、どんな時でも、自由に配達員として出向することが可能なのである。

 その手軽さから隙間時間の小遣い稼ぎに丁度いいともっぱらの評判であり、さらには移動した距離に比例して報酬も増加することから、便利屋という収入が不安定な職に勤めるジンにとって天職とも云えるような副業だった。

 余談だが、近頃は富裕層向けに『より早くより正確に』という謳い文句モットーでドローンによる配達も行われている。

 閑話休題かんわきゅうだい


「よし、八件目も終了っと……流石に腹ァいてきたな。どっかに良さげな食事処しょくじどころは──」


 時刻は正午を越えて、はや半時間。

 早々そうそうに次の配達を終えたジンは、ぐぅぐぅといななく腹を手でさすりながらバイクを押して路肩を歩く。

 入国当初はあらゆる物事に目を奪われていた彼も、数日経てば慣れたもの。

 ドローンが飛行していても目で追わず、画面から映像が飛び出しても驚かず、コンビニ強盗に巻き込まれても直ぐさま対応したりと、今ではすっかりオアシスという国に順応していた。


「はァ、どこも混んでやがんなァ……」


 目に留まる飲食店を確認する度に、小さく溜め息を吐く。仕方ないとはいえ、今の時間帯はどこの店も満席だ。

 今日の配達ノルマは二十件、現時点でまだ半分も終えてない。であれば当然、食事に時間など掛けていられない。

 いっそコンビニ弁当で済ませるか、などと思案し、即座におのれの考えを否定。アレは値段に対して量が少ない、論外だ。

 とはいえ、わざわざ列に並ぶのも時間の無駄。

 ジンは、その場にロードバイクを停めると、しばし考える。

 コンビニ弁当で妥協だきょうするか、適切な量と値段でキチンと腹を満たすか。

 手早く済ませるか、並ぶの時間の消費に目をつむるか。

 ジンは考える。考える。考える。

 第三者が理由を知れば呆れて絶句するであろう程に考える。

 その時、


「……おや? Mrミスター.ジン、Mr.ジンじゃないか?」


 不意に背後から、聞き覚えのある声がした。

 振り返るジン。

 そこには、


「お前さんは……もしかしなくても、マーリンか?」

「その通り、もしかしなくてもマーリンさんだよ。覚えてくれているようで何よりだ」


 薄青色うすあおいろの長髪をなびかせる、美しい顔立ちの女。以前、仕事探しで世話になった情報屋──マーリンの姿があった。

 相変わらずすその長い紺色の外套コート羽織はおっており、見ている方が逆に暑さを感じてしまいそうな格好をしている。

 反して彼女は、涼しげな表情で言った。


「ここで再会したのも何かのえんだ。Mr.ジン、キミは今ヒマかい?」

「昼飯食うために、コンビニ弁当か店にするかで悩んでいる真っ最中だ」

「なるほど。つまりヒマということだね」

「絶賛大忙し中なンだわ。午後の配達も控えている、せっかくで悪ィが付き合ってる時間は無ェよ」

「配達?」


 マーリンはチラリと、ジンが押すロードバイクや背負っているリュックサックを確認する。

 途端、全てを察した彼女は「なるほど」と頷いた。


「確かに、そういう事情なら引き留める訳にもいかないね。今回はタイミングが悪かったと引き下がろう」

「すまねェな。また都合がついた時にでも誘って──」

「キミさえ良ければ、私行き着けの店で馳走ちそうしてあげようと思っていたのだが」

「喜んでご同行させて頂きやす」


 タダ飯と聞いて靡かない旅人はいない。それはこの世のことわりであり、あらがいようのない真実だった。

 配達はどうするのか? 問題ない。こういった突然の事態にも融通が利くのがUver Foodsの利点だ。

 ジンは尻尾を振る犬のように、上機嫌でマーリンの後に続いた。



※ ※ ※ ※ ※



「……まァ、こんなこったろうと思ったよ」

「おや、不満かい?」

「ったり前ェだ、畜生ちくしょうめ」


 マーリンの後に続いたジンは、やがて到着した場所を見るなりゲンナリとした表情で肩を落とした。

 案内されたのは、入国した翌日、エイムに連れてこられた噴水広場にあるオープンテラスのカフェ。

 焼け焦げた跡の残る地面や建物の壁は、暴走ドローンとの戦闘や、その後の爆弾処理の生々しい痕跡が深く刻まれている。それらの出来事は、ジンの記憶にも新しい。ついでに、やたらと安くて固いパンの記憶も。

 はっきり言ってしまえば、ジンにとってロクな思い出のない場所だった。

 そんな彼の反応に、席に着いたマーリンは申し訳なさげに言う。


「期待を裏切ってしまったのなら申し訳ない。誘っておいてなんだが、私も、あまり余裕がある訳ではないからね。けれど、どうしてもというのなら他にもアテは……」


 ションボリと肩を落とすマーリン。まるで叱られた子犬のようだった。

 そんな彼女の姿に、ジンはバツが悪そうな表情を浮かべると目を逸らして後頭部をく。


「あ、いや……その、アレだ。こっちも馳走になる身だ、出されるモンや値段に対する文句はねェよ。だから不満っつーか、なんだ。この間のことがあったから、ちょっとばかし面食めんくらっただけであってだな……」


 あたふたと言い訳めいた言葉を並べるジン。

 せっかくタダ飯にありつけたのだ、これを最初で最後の機会にしてはならない。

 旅人とは、かくも意地汚いじきたない生き物である。 


「納得してもらえて何よりだよ。如何いかんせん、情報屋の収入などたかが知れているからね」

「あァ、わかる気がする。儂も似たようなモンだ」


 ジンの言葉に、マーリンはほがらかに微笑む。どうやらえにしの糸は無事のようだ。

 ホッと息を吐くジンは、彼女に続いて席に着く。


「ふむ、その様子だと無事に就職できたようだね、それに二等国民ブロンズへの昇級も。便利屋の仕事は順調かい?」

「あァ、お陰さんで……って言いたいトコだが、実際に働いたのは最初の一回きりだ。その一回のお陰で無事に納税も済んだみてェだが、以降は何の連絡も来やしねェ」

「なるほど。それでUver Foodsに手を出した、と」


 便利屋に就職してからというもの、ジンは足しげく事務所に通い詰める──ことはなかった。

 「お前に最適な依頼が来たらこっちから連絡する」と社長に言われ、それから連絡を待ち続ける日々を過ごしていたからだ。

 とはいえ便利屋の経済状況やショーガンが依頼に訪れた時の態度、資格の勉強を進めるノノをかんがみるに、そもそも依頼があることすら稀ということは十二分に察せられる。

 であれば指をくわえて時が訪れるのを待つより、少額でも稼げる何かをするべきなのは明白。

 そうして探し回っていた折、エイムに相談して勧められたのがUver Foodsだった。

 ちなみに納税の手続きや昇級に関するアルコレについては、ほとんど社長とエイム任せだったためジンは詳しく知らない。


「まァそんなところだな。おかげで今はこっちが本業みてェなモンだ」

「仕事を紹介した私が言うのも何だが、世知辛せちがらい話だね」

「全くだ」


 二人揃って頷くと、それぞれ運ばれてきた固いパンと薄味のスープを口に運ぶ。

 食べられないほど不味まずくはないものの、美味とも言い難い味わいが口いっぱいに広がった。

 その時、


「ン……悪ィ、ちょっと電話だ」

「お構い無く」


 懐に仕舞っていたジンのスマコが、不意にブルリと揺れた。着信の知らせだ。

 ジンはマーリンに断りスマコを確認すると、画面に浮かぶ文字を見て目を見開く。


「噂をすればなんとやら、ってやつだな」

「ということは、便利屋からかい?」

「あァ、それも社長直々じきじきにだ」


 マーリンの問いかけに頷くジンは、スマコを耳に当てる。

 心なしかその仕草は、期待に胸が弾んでいるようにマーリンには見えた。


「よゥ、社長。そっちから連絡してきたってことは、仕事の相談で間違いないよな?」

『ああ。お前てに、とっておきの依頼だ』


 電話口から聞こえる渋い男の声。紛れもなく社長のものだ。

 途端、待ちわびたとジンの口端が無意識につり上がる。 

 しかし"お前宛て"という言葉を聞いた途端、ふと脳裏をよぎる違和感。とはいえ気にしたところで依頼内容が変化する訳でもない。

 それならばと、ジンはかすよう内容をたずねる。


「で、どんな依頼だ」

『それなんだが……ぶっ、っくくく』

「おい待ちやがれ。なんでちょっと笑ってやがる」


 笑いを噛み殺す社長の声。いや、もはや半分ほど漏れ出ている。

 そんな社長に若干語気を強めるジン。

 悪い悪いと全く反省していない声が電話口から発せられると同時に、社長はおもむろに言った。


『アリア嬢からのご指名だ。ジン様に、"デート"の依頼おさそいだとよ』

「……は?」


 直後、ジンは真顔で首を傾げた。

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未来都市の歩き方~流浪のサムライと徒然なるガンガール~ 佐藤 景虎 @whimsicott547

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