2-1『録な思いでのないあの場所で』
「これで七件目完了っと──へへェ、いいペースだ」
時刻は、正午まで残すところ数分に迫った頃。
メビウス区都心部にある広場のベンチで、
満足げな顔で空を
砂漠の国オアシスは、今日も今日とてカンカン照りの
そんな中、
「さーて、もう
ジンは、スマコを
ジンは肩を
その表情は、日差しにも負けないほどに晴れやかだった。
『Uber Foods』とは、オアシスで最も利用されている食事配達サービスだ。
スマコにダウンロードしたアプリを通じて、注文した料理を指定した場所、時間に届けることを目的としている。
アプリには二つの
特徴的なのは、この配達する側だ。
なんとアプリ登録後に申請すれば、専用のリュックサックとロードバイクが
その手軽さから隙間時間の小遣い稼ぎに丁度いいと
余談だが、近頃は富裕層向けに『より早くより正確に』という
「よし、八件目も終了っと……流石に腹ァ
時刻は正午を越えて、はや半時間。
入国当初はあらゆる物事に目を奪われていた彼も、数日経てば慣れたもの。
ドローンが飛行していても目で追わず、画面から映像が飛び出しても驚かず、コンビニ強盗に巻き込まれても直ぐさま対応したりと、今ではすっかりオアシスという国に順応していた。
「はァ、どこも混んでやがんなァ……」
目に留まる飲食店を確認する度に、小さく溜め息を吐く。仕方ないとはいえ、今の時間帯はどこの店も満席だ。
今日の配達ノルマは二十件、現時点でまだ半分も終えてない。であれば当然、食事に時間など掛けていられない。
いっそコンビニ弁当で済ませるか、などと思案し、即座に
とはいえ、わざわざ列に並ぶのも時間の無駄。
ジンは、その場にロードバイクを停めると、しばし考える。
コンビニ弁当で
手早く済ませるか、並ぶの時間の消費に目を
ジンは考える。考える。考える。
第三者が理由を知れば呆れて絶句するであろう程に考える。
その時、
「……おや?
不意に背後から、聞き覚えのある声がした。
振り返るジン。
そこには、
「お前さんは……もしかしなくても、マーリンか?」
「その通り、もしかしなくてもマーリンさんだよ。覚えてくれているようで何よりだ」
相変わらず
反して彼女は、涼しげな表情で言った。
「ここで再会したのも何かの
「昼飯食うために、コンビニ弁当か店にするかで悩んでいる真っ最中だ」
「なるほど。つまりヒマということだね」
「絶賛大忙し中なンだわ。午後の配達も控えている、せっかくで悪ィが付き合ってる時間は無ェよ」
「配達?」
マーリンはチラリと、ジンが押すロードバイクや背負っているリュックサックを確認する。
途端、全てを察した彼女は「なるほど」と頷いた。
「確かに、そういう事情なら引き留める訳にもいかないね。今回はタイミングが悪かったと引き下がろう」
「すまねェな。また都合がついた時にでも誘って──」
「キミさえ良ければ、私行き着けの店で
「喜んでご同行させて頂きやす」
タダ飯と聞いて靡かない旅人はいない。それはこの世の
配達はどうするのか? 問題ない。こういった突然の事態にも融通が利くのがUver Foodsの利点だ。
ジンは尻尾を振る犬のように、上機嫌でマーリンの後に続いた。
※ ※ ※ ※ ※
「……まァ、こんなこったろうと思ったよ」
「おや、不満かい?」
「ったり前ェだ、
マーリンの後に続いたジンは、やがて到着した場所を見るなりゲンナリとした表情で肩を落とした。
案内されたのは、入国した翌日、エイムに連れてこられた噴水広場にあるオープンテラスのカフェ。
焼け焦げた跡の残る地面や建物の壁は、暴走ドローンとの戦闘や、その後の爆弾処理の生々しい痕跡が深く刻まれている。それらの出来事は、ジンの記憶にも新しい。ついでに、やたらと安くて固いパンの記憶も。
はっきり言ってしまえば、ジンにとって
そんな彼の反応に、席に着いたマーリンは申し訳なさげに言う。
「期待を裏切ってしまったのなら申し訳ない。誘っておいてなんだが、私も、あまり余裕がある訳ではないからね。けれど、どうしてもというのなら他にもアテは……」
ションボリと肩を落とすマーリン。まるで叱られた子犬のようだった。
そんな彼女の姿に、ジンはバツが悪そうな表情を浮かべると目を逸らして後頭部を
「あ、いや……その、アレだ。こっちも馳走になる身だ、出されるモンや値段に対する文句はねェよ。だから不満っつーか、なんだ。この間のことがあったから、ちょっとばかし
あたふたと言い訳めいた言葉を並べるジン。
せっかくタダ飯にありつけたのだ、これを最初で最後の機会にしてはならない。
旅人とは、かくも
「納得してもらえて何よりだよ。
「あァ、わかる気がする。儂も似たようなモンだ」
ジンの言葉に、マーリンは
ホッと息を吐くジンは、彼女に続いて席に着く。
「ふむ、その様子だと無事に就職できたようだね、それに
「あァ、お陰さんで……って言いたいトコだが、実際に働いたのは最初の一回きりだ。その一回のお陰で無事に納税も済んだみてェだが、以降は何の連絡も来やしねェ」
「なるほど。それでUver Foodsに手を出した、と」
便利屋に就職してからというもの、ジンは足しげく事務所に通い詰める──ことはなかった。
「お前に最適な依頼が来たらこっちから連絡する」と社長に言われ、それから連絡を待ち続ける日々を過ごしていたからだ。
とはいえ便利屋の経済状況やショーガンが依頼に訪れた時の態度、資格の勉強を進めるノノを
であれば指を
そうして探し回っていた折、エイムに相談して勧められたのがUver Foodsだった。
ちなみに納税の手続きや昇級に関するアルコレについては、
「まァそんなところだな。おかげで今はこっちが本業みてェなモンだ」
「仕事を紹介した私が言うのも何だが、
「全くだ」
二人揃って頷くと、それぞれ運ばれてきた固いパンと薄味のスープを口に運ぶ。
食べられないほど
その時、
「ン……悪ィ、ちょっと電話だ」
「お構い無く」
懐に仕舞っていたジンのスマコが、不意にブルリと揺れた。着信の知らせだ。
ジンはマーリンに断りスマコを確認すると、画面に浮かぶ文字を見て目を見開く。
「噂をすればなんとやら、ってやつだな」
「ということは、便利屋からかい?」
「あァ、それも社長
マーリンの問いかけに頷くジンは、スマコを耳に当てる。
心なしかその仕草は、期待に胸が弾んでいるようにマーリンには見えた。
「よゥ、社長。そっちから連絡してきたってことは、仕事の相談で間違いないよな?」
『ああ。お前
電話口から聞こえる渋い男の声。紛れもなく社長のものだ。
途端、待ちわびたとジンの口端が無意識につり上がる。
しかし"お前宛て"という言葉を聞いた途端、ふと脳裏を
それならばと、ジンは
「で、どんな依頼だ」
『それなんだが……ぶっ、っくくく』
「おい待ちやがれ。なんでちょっと笑ってやがる」
笑いを噛み殺す社長の声。いや、もはや半分ほど漏れ出ている。
そんな社長に若干語気を強めるジン。
悪い悪いと全く反省していない声が電話口から発せられると同時に、社長は
『アリア嬢からのご指名だ。ジン様に、"デート"の
「……は?」
直後、ジンは真顔で首を傾げた。
未来都市の歩き方~流浪のサムライと徒然なるガンガール~ 佐藤 景虎 @whimsicott547
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