幕間『都市の闇に蠢くもの』
見上げれば天を衝くような
道路には
ここはメビウス区中央にあるタワーマンションや高級住宅が
《ブイ・アイ・ピー》』。
V.I.P.の名が示す通り、
「──はぁ、疲れた」
そんな都市の中でも
しかし少年は気にした風もなく歩き続け、やがて奥の部屋にたどり着く。
「やぁ、ボス。開けてほしいな」
入室してすぐ視界に映ったのは、
左右に首を振れば、バーを
「お前が直接顔を出すとは珍しいな──何があった」
その時、不意にソファから声が聞こえた。
同時に部屋の主──少年に『ボス』と呼ばれたその人物が、のそりとソファから上体を起こす。
振り返り
鼻筋は
少年は、そんな格好の女に肩を
「その前に、はい、これ。今回の戦利品」
「……」
少年が差し出した箱、それを無言で受け取る女は
入っていたのは金色の薄いカード、
女はテーブルに置かれたスマコを拾うと、カードの裏側にあるバーコードに
女は、それを確認するとカードをガラステーブルに放り投げ、再びソファに寝転がった。
「一億B、確認した。ご苦労だったな──それで、わざわざお前がここまで来た用件はなんだ。金の確認なら明日でも問題なかっただろう」
「トラーバに関する報告をいくつか、至急ボスの耳に入れておきたくてね」
「ハァ……話せ」
『トラーバ』。その名前を耳にした瞬間、女は
興味ない、聞きたくない、面倒くさい。
言葉にしなくとも、態度が明らかにそう告げている。
それでも目の前の少年が報告の必要があると判断したからなのだろう、女は発言を促す。
発言の許可を与えられ、少年は淡々と言った。
「じゃあ遠慮なく。まず一つ──トラーバが裏切った」
「……なに?」
途端、女の表情が一変する。
垂れた目尻を凶悪なまでに吊り上げ、ソファからガバリと身を起こす。
「どういうことだ」と問うように、女は少年を睨み付けた。
睨む相手を間違えてるよ、とでも言いたげな少年は肩を竦めて続ける。
「どうやら彼、今回の作戦で得た金を全額持ち逃げしようとしていたみたいだよ。幸いボスの元に届いたとはいえ、許されざる
「……私の前でその報告を挙げているんだ、当然ヤツの現在地は把握しているんだろうな。すぐに案内しろ」
「モチロン、ボクもそうしたいさ。ただ、場所がちょっと
「なんだ……まさか、もうメビウス区外に」
チッ、という舌打ちの音。
その様子を眺める少年は、頬を掻きながら、なんとも言い辛そうに口を開いた。
「それなんだけど……なんとトラーバ、アイギスに捕まっちゃった」
「……は?」
再び女の表情が一変した。それも困惑の割合が非常に大きい。
けれどヘラヘラとした少年の態度を見て、その表情に苛立ちが戻る。
「お前、ふざけているのか?」
「まさか。ボスに会う時のボクは、いつだって真剣さ」
ボクの発言は全て真実です、一切の嘘は吐きません。そんな
「
「……にわかには信じられん、あんな見た目だが実力は本物だ。……何者だ、その男とやらは」
女は
代わりに彼女の興味は、そのトラーバを
その反応に、少年はニコやかな微笑みを浮かべて続きを話した。
「うん、それが本題。といっても、ボクも知ってることは多くないんだけどね──」
そう前置きして少年が語ったのは、トラーバが打倒されるまでの
男がジンという名であること、便利屋アークなる組織から
途端、女は片目を開いて少年を見た。
「旅人?」
「うん、旅人。どうやら昨晩入国したばかりらしい。それに派遣されたといっても、非公式というか非公認というか……とにかく正規の職員という訳ではないとか、なんとか」
「……」
『何が言いたい』と女の目が少年に問いかける。
少年は、ニヤリと笑った。
「そんなアヤフヤな立場なら、アプローチ次第でウチに引き込める見込みもあると思わない? ちょうどトラーバが抜けた穴埋めにもなるし、ピッタリな人材だと思うな。だからこそアリーナから脱出する直前、わざわざ危険を承知で声を掛けた訳だし」
「……素性も知れない人間を引き込む気はない。だが──」
少年のプレゼンに女が首を縦に降ることはない。けれど同時に否定も無かった。
女は不意に立ち上がると、その場でバスローブを脱ぎ始める。
少年の前で秘部が露になるが気にした様子はない。また、それは少年も同様だ。
「そのジンという男に興味が沸いた。近く遣いを寄越す、構成員の何名かに待機命令を出しておけ」
「了解……楽しくなってきたね。ところで今日の昼、同時多発的にやったっていう"例のアレ"、どうだった?」
「試作品の型落ちドローンにしては十二分の成果だ。メビウス区各地でアイギスが手を焼いていたよ、幾らか取りこぼしがあったぐらいにはな。これが完成品となれば、その規模は倍以上になるだろうな」
「アハハ、最高じゃん」
少年は楽しげに言う。
一方、女はクローゼットに向かうと着替えを始めた。
真っ黒なコートに身を包み、顔の下半分を隠す深紅のガスマスクを被ると、窓から都市の夜景を見下ろす。
そしてポツリと呟いた。
「プロジェクト『パンデミック』、始動の日は近い。そして、今こそ──」
女はニヤリと笑い、コートから抜き出した銃を握る。
「『路肩の石に救いの手を、傲れる支配者に誅伐を』。」
夜の都市に、人知れず闇が
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