1-16『未来都市での一日の終わり』
その後、到着したアイギスに誘拐犯と間違われるなど
しばらくしてアリアを迎えに来たショーガンとアイギスの間でトラーバの
やがて二人が便利屋の事務所に戻る頃、時刻は日付を
「さて、何はともあれ依頼は達成だ──よくやった二人とも」
「本当に、本当に無事で、よかったです……!」
満足げに
しかし、
「正直、
労いを受けるジンは、明らかに
理由は明白だった。
「あと一秒。一秒あれば、身代金も取り返せた。そうしたら、そうしたら……!」
「……自分を
「追加の報酬金だって、手に入ったかもしれねェのにッ!」
「……え?」
エイムはジンの責任感に驚きを見せつつ、
しかし顔を上げたジンが発した言葉は、およそ責任感とは
途端、目を白くするエイムに、ジンは
「考えてみろ。身代金一億Bに対して報酬金が二千万Bだぞ? そんでショーガン氏は、お嬢のためなら何だってするような男だ。そこに身代金まで戻ってきたとなれば、
「心配して損した」
そうだ、ジンは旅人だったとエイムは目を細める。
旅人は基本、契約を
とはいえ旅人は世間から疎まれる存在。関わろうとする者は勿論、簡単に信用する人間など当然存在しない。そのため旅人は、あらゆる形で信用の獲得に勤しむ。その代表的な例の一つが契約だった。
しかし、だからといって
ジンも例に
エイムは、彼が仕事熱心な人間だと一瞬でも思い込んだ自分を恥じた。
「まァ過ぎたことを気にしても仕方ねェか……それよりもだ、社長。依頼を受ける前にした話、忘れちゃいねェよな?」
「ああ、当然だ」
一方、呆れるエイムを
しっかり覚えていたジンにヤレヤレと肩を竦める社長は、(仮)が付いていない契約書をテーブルに置いた。
「依頼達成、及び無事の帰還。よくやった、ジン。便利屋は、お前を心から歓迎しよう」
「っしゃァ!」
社長の言葉に、ジンは拳を固めてガッツポーズ。すぐさま契約書を掴み、いそいそと氏名欄に名前を記入する。
そうして書き上がった用紙を社長が確認し、
オアシスでの目標の一つ『仕事を見つける』、無事達成である。
「さて、これで用事も済んだな。ならとっとと帰れお前ら。電気代もタダじゃねえ、すぐ締めるぞ」
「あ、すみません。すぐ準備します」
「じゃあ、お疲れ」
「!?」
しかし達成の
それに続き、ノノは
その様子に気付いたノノは、申し訳なさそうに理由を説明した。
「今回、ジンさんとエイムちゃんの活躍で無事に依頼を完遂した訳なのですが……実は報酬の振り込み日が、電気代を始めとした
「節制期間中……そういや初めて
聞くに連れて明らかになる便利屋の実情に、ジンはゴクリと唾を飲む。
……どういうことだ、こんなに
あれほど苦労して雇用を勝ち取ったというのに、就職して即倒産など洒落にならない。
不安がるジンに、ノノは諦めに満ちた暗い笑顔で言った。
「
「新入社員に
「いつまで話してやがる。メーターの数字がギリギリだ、早く出ろ!」
社長の怒号に押され、二人は慌てて事務所を飛び出す。直後、社長は流れるような動作で部屋の明かりを消し、鍵を締めた。
やがてビル出た三人は別れの挨拶を済ませると、それぞれ
そんな中、帰る家のないジンが向かった先は──。
「……なに、してるの?」
「儂の
「そうじゃなくて、いや、それもあるんだけど、その……なんで?」
高層アパートの最上階にある、エイムが暮らす部屋の前。ジンは、そこで膝を曲げて両腕をつき、
エイムは突然のことに困惑しつつも、不審物を見下ろすような眼差しでジンに行動の
「頼む、泊めてくれ。凍え死ぬ」
「えぇ……」
明かされた理由は、この上なく単純なものだった。
依頼を達成したとはいえ、振り込みの関係上ジンは報酬の受け取りを済ませていない。当然、
このままでは昨晩同様、路地裏で凍えることになる。おまけに一日の疲労もあり、もし
危機に
「神様仏様エイム様。部屋の掃除から飯の用意、洗濯から買い出しまで何でもやる。なんなら家賃も半分出す。だから住み家が見つかるまでの間、
闇金から借金をこさえた
果たして、その思いが伝わったかは定かではない。
ただ、
「……とりあえず近所迷惑だけはゴメンだから。中、入って」
エイムは心底、面倒臭そうな表情を浮かべつつも、
夜も遅いため周囲に人の姿はないものの、このまま部屋の前に
野良犬にエサをやった責任と割りきり、ジンを部屋に招き入れた。
途端、ジンの瞳が
「いやー、すまねェな! 恩に着る」
「別に……あくまで家が見つかるまで、だから。それよりジンが便利屋で働けるようになったことで、わたしも恩返しを果たした。これからは対等だってこと、覚えておいて」
「あァ、分かってるさ」
むしろ世話になる分こっちが
ついてきて、と背中を向けるエイムを追って、傘立てに刀を置くジンは廊下を進んでいく。
それからほんの数歩で、見覚えのあるリビングに到着した。ジンの脳裏に、朝の記憶が
「いきなり眠らせて、また縛り着けたりはしないよな?」
「それはジン次第」
「……」
あ、やるなコイツ。そう思ったが口にはしない。
問い詰めたところで
思うところはあれど、ジンはそれらを一旦無視して部屋を見回す。
泊めてもらえると決まった時点で、初めにすることは決まっていた。
「
「他に部屋もないし、寝るなら
「あァ勿論。家主様の
言うや
薬が入った茶色の小瓶、財布、針と糸が入ったケース。
使い古した
昨晩は薬で
「よし、どれも無事だな」
「……気になったんだけど、ジンはそれだけで旅をしていたの?」
その様子を眺めていたエイムは、ふと疑問を覚えた。
ジンは、ヒラヒラと手を振って答える。
「まさか。
「"あった"って……じゃあ、なんで今は持ってないの?」
当然の疑問だった。
オアシスの周囲は三六〇度、一面に広大な砂漠が広がっている。まともな荷物もなしに砂の海を越えようなど自殺行為に等しい。
幸いジンは運良く辿り着けたからよいものの、旅慣れた人間がそんな
なにか
するとジンは、どこか恥ずかしがるように頭を掻いた。
「いやァ……前の国で、ちょーっとやらかしちまってな」
「なにしたの?」
「大したことじゃねェんだが──」
そう前置きして、ジンはオアシスを訪れる以前に
「
「……」
笑い話のように語るジン。
一方エイムは無言のまま、スンとした表情でジンを見ている。言外に『アホかこいつ』と物語っていた。
エイムは途端に興味を失くし、肩を竦めてリビングの隣にあるキッチンに移動する。
「お、夜食か? そういや儂も腹減ってたんだ。なんかあるか?」
「栄養バーとホットミルク」
「栄養バーか……」
「文句があるなら食べなくてもいいよ」
「
ブンブンと首を振り、慌ててエイムの後に続くジン。
しかしキッチンに足を踏み入れた途端、エイムが厳しい眼差しで彼を睨んだ。
「わたしが準備しておくから、ジンはシャワーを浴びてきて。
「お、おゥ……」
思えば、最後に身体を洗ったのはいつだっただろうか。流石に今のまま調理場に立ち入るのは許されなかったらしい。
ジンはエイムの剣幕に
途中、「着替えはこれを使って。あと風呂敷にしまったシャツは捨てて」と、赤に白のラインが入ったジャージを渡された。
言われるがまま受け取り、シャワールームに入るジン。
それから十分後。
身体を洗い終えたジンはリビングに戻る。
食卓には湯気を立てるホットミルクと未開封の栄養バーが二人分用意され、席でウトウトと船を漕ぐエイムと向かい合うように置かれていた。
「あ゛ー、いい湯だった……って、待っててくれたのか? 先に食っててもよかったんだぞ?」
「別に……これくらい大丈夫。それよりジン、これ」
「あ? これは……あァ、お嬢に持たせたスマコか」
ジンが席に着いたのを確認したエイムは、
ジンがスマコを受け取ったのを確認して、エイムはミルクが入ったコップを持ち上げる。
「とりあえず今日一日、本当にお疲れさま」
「おゥ、お疲れさん。乾杯」
エイムに
キンッと甲高い音と共に二人はミルクを
それから、しばらくの無言。やがて沈黙が破られたのは、エイムが栄養バーを食べ終えた頃だった。
「……どうだった、ジン。この国は」
「どうした?
エイムは徐に口を開く。
その内容は、この国の印象に対する問い掛けだ。突然の質問に首を傾げるジンは訳が分からず聞き返す。
しかしエイムはそれ答えず、ただジンの返答を待っていた。
いまいち意図が汲めないものの、ジンは腕を組み、今日一日を振り返るように語り始める。
「……正直、『治安どうなってんだよ』ってのが真っ先に思ったことだな。特に昼間の暴走ドローン、あれが比較的よくあることとか考えたくもねェ」
真っ先に出た言葉は愚痴と文句だった。
昨晩の路地裏での出来事、昼間の暴走ドローン、誘拐されたアリアの救出。
トラブルを指折り数えるジンはヤレヤレと肩を竦める。
一方、
「ただ景観と技術とか、その辺は儂が訪れた国の中でも間違いなく一番だ。どれ一つとっても胸が踊るっつゥのかな。出国料金の制度さえ無けりゃまた来たいって思えたよ」
無論、駄目な部分ばかりではない。彼が訪れたどんな国よりも技術的に最先端を行くのは真実だ。旅人として
しかし最後の一言に限っては、紛れもない大嘘である。一日でも速くオアシスを出たい、それがジンの揺るがぬ本音だ。
出国料金問題は置いておくとてしても、下手をすれば旅の最中より身の危険が多く、おまけに旅人にも身分制が適応される国に望んで滞在しようとする者などそうそう居ないだろう。
住人であるエイムがいる手前、率直な感想を述べるのが
「とまァ、まとめるならこんな感じで一概には言い切れねぇな。っつーわけで評価は保留だ」
総括としては、これが最も
しかし、その評価を聞いたエイムの表情はあまり満足したものではなかった。
ジトりとした眼差しでジンを見つめ、続けて問う。
「じゃあ、もっと単純に訊くね──旅かこの国なら、どっちがいい?」
「そりゃ旅一択だろ」
「……!」
「あ、ヤベ……いやほら、旅人的に、そこはやっぱり譲れねェというか……」
迷う要素の一切ない質問に、ジンは思わず取り繕う間もなく答えた。
直後、大きく目を見開くエイム。
その反応を見て、ジンは口を滑らせたことに気付く。せめてもう少し悩む素振りを見せるべきだった。
とはいえ後悔先に立たず、ジンは慌てて誤魔化そうとする。
しかし、
「やっぱり、そうだよね」
「……エイム?」
顔を上げたエイムの表情は、どこか嬉しそうな笑みを浮かべていた。
途端、ジンはポカンとしながらエイムを見る。
それに気付いたエイムは慌てて表情を整えると、意を決したように話し始めた。
「わたしは、この国が嫌い。だから、いつか出て行きたいって思っているの」
「出て行きたいって……もしかしてお前さん、旅人になりたいのか?」
「結果的には同じことだから、間違いではないよ」
突然の告白に困惑するジン。
一方エイムは、その言に熱を増していく。
「この国は、すごく窮屈。産まれた時点で社会のレールに乗せられていて、それなのに一度でも足を踏み外したら
「そうなんだろうな。で、そんな話を、どうして儂に? 結局なにが言いたいんだ?」
身分制度について言っているのだろう。
確かにストーンに
とはいえ、ジンには関係のない話。なにより突然こんな話を始めたエイムの意図が読めず、ジンは結論を迫った。
「わたしに、外での生き方を教えて欲しい。いつか訪れる、出国のときに備えて」
「外での、生き方?」
その返答は、予想だにしないものだった。
思わず訊ね返すジンにエイムは頷く。
「うん。それがジンをこの家に泊める条件」
「え」
そして続けて放たれた言葉に再び疑問符を浮かべるジン。
泊めてもらう為の条件に、家事全般ならやってやると進言した筈だ。
そんなジンの反論に、エイムは得意気に言う。
「家事についてはジンが"自主的"に言い出したことだからノーカウント。わたしからは、まだ一つたりとも条件を出していない」
「……ホントに
ガックリと肩を落とすジン。しかし、それも数秒のこと。
その強かさに見込みを感じたのだろう。なにより教えたところで減るものでもない。なによりそれで胸を張って居候できるのなら安いもの。
ジンは椅子から立ち上がり、了承の意を込めて右手を差し出そうとする。
しかし、
「あ……れ……?」
立ち上がった瞬間、不意な
それは昨晩、玄関で昏倒させられた時と
「エイム……お前さん、ミルクに
「あ、やっと効いてきた。ごめんねジン。男の人より先に寝るのは、まだ少し不安だから。大丈夫、今朝みたいにグルグル巻きにはしないから安心してほしい」
「こいつゥ……」
席を立つエイムは大きな
抵抗する力も残っていないジンは、そのまま
そして意識を保っていられたのも、そこまで。
ジンの未来都市での一日は、こうして幕を閉じたのだった。
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