1-16『未来都市での一日の終わり』

 その後、到着したアイギスに誘拐犯と間違われるなどささやかなトラブルこそあったものの、遅れてやってきたエイムが事情を説明したことで誤解はけ、無事にジンの初仕事は成功という形で幕を閉じた。

 しばらくしてアリアを迎えに来たショーガンとアイギスの間でトラーバの身柄みがらに関する小競こぜり合いがあったというが、その結果はジンとエイムの知るよしもないことである。

 やがて二人が便利屋の事務所に戻る頃、時刻は日付をまたぐまで残り一時間を切っていた。


「さて、何はともあれ依頼は達成だ──よくやった二人とも」

「本当に、本当に無事で、よかったです……!」


 薄暗うすぐら蛍光灯けいこうとうともる便利屋の事務所に、社長、ノノ、ジン、エイムの四人がつどう。

 満足げにうなずく社長は、無事に仕事を終えたジンとエイムにねぎらいの言葉を送る。その隣では、ノノが安堵の表情を浮かべて胸に手を置いていた。

 しかし、


「正直、消化不良しょうかふりょうな感じは残るがな。最後の最後で、やらかしちまった」


 労いを受けるジンは、明らかに不服ふふくな表情で二人から目をらした。握りしめた拳が、悔しげに震えている。

 理由は明白だった。


「あと一秒。一秒あれば、身代金も取り返せた。そうしたら、そうしたら……!」

「……自分を卑下ひげすることないよ、ジン。確かに身代金は残念だったけど、アリアの救出は無事に成功した。つまり依頼は完遂かんすいできたんだよ。なにより、こうして生きて帰ってられただけでも十分……」

「追加の報酬金だって、手に入ったかもしれねェのにッ!」

「……え?」


 エイムはジンの責任感に驚きを見せつつ、なぐさめるように彼の功績こうせきたたえる。

 しかし顔を上げたジンが発した言葉は、およそ責任感とは無縁むえんの欲にまみれたモノだった。

 途端、目を白くするエイムに、ジンはたたみ掛ける。


「考えてみろ。身代金一億Bに対して報酬金が二千万Bだぞ? そんでショーガン氏は、お嬢のためなら何だってするような男だ。そこに身代金まで戻ってきたとなれば、羽振はぶりにだって期待できたかもしれないのにチクショウ!」

「心配して損した」


 そうだ、ジンは旅人だったとエイムは目を細める。

 旅人は基本、契約をたがえることはない。自由気ままに生きていても、食料の調達や消耗品の補充など結局は何らかの形で俗世ぞくせに関わる必要が発生するからだ。

 とはいえ旅人は世間から疎まれる存在。関わろうとする者は勿論、簡単に信用する人間など当然存在しない。そのため旅人は、あらゆる形で信用の獲得に勤しむ。その代表的な例の一つが契約だった。

 しかし、だからといって真摯しんしに仕事に取り組む者は少数派だ。目的は飽くまで信頼の構築と報酬であり仕事内容そのものに対する誠意せいいは一切ない。

 ジンも例にれず、むしろ隙あらば値上げ交渉を企んでいる分、中々にたちが悪い部類である。

 エイムは、彼が仕事熱心な人間だと一瞬でも思い込んだ自分を恥じた。


「まァ過ぎたことを気にしても仕方ねェか……それよりもだ、社長。依頼を受ける前にした話、忘れちゃいねェよな?」

「ああ、当然だ」


 一方、呆れるエイムを他所よそに勝手に立ち直るジンは、事前の約束について社長に確認する。内容は当然、便利屋への正規雇用について。

 しっかり覚えていたジンにヤレヤレと肩を竦める社長は、(仮)が付いていない契約書をテーブルに置いた。


「依頼達成、及び無事の帰還。よくやった、ジン。便利屋は、お前を心から歓迎しよう」

「っしゃァ!」


 社長の言葉に、ジンは拳を固めてガッツポーズ。すぐさま契約書を掴み、いそいそと氏名欄に名前を記入する。

 そうして書き上がった用紙を社長が確認し、印鑑いんかんが押されたことで、ジンはようやく旅人むしょくから便利屋へのジョブチェンジを果たした。

 オアシスでの目標の一つ『仕事を見つける』、無事達成である。


「さて、これで用事も済んだな。ならとっとと帰れお前ら。電気代もタダじゃねえ、すぐ締めるぞ」

「あ、すみません。すぐ準備します」

「じゃあ、お疲れ」

「!?」


 しかし達成の感慨かんがいひたる気分もつか、社長はパンパンと大きく手を叩くと解散を呼び掛け、そそくさと部屋の明かりを消し始めた。

 それに続き、ノノは早々そうそうと帰り支度じたくを始め、荷物が少ないエイムにいたってはさっさと部屋を出てそのまま帰っていく。

 余韻よいんのよの字も感じさせない切り替えの速さに、思わず目をくジン。

 その様子に気付いたノノは、申し訳なさそうに理由を説明した。


「今回、ジンさんとエイムちゃんの活躍で無事に依頼を完遂した訳なのですが……実は報酬の振り込み日が、電気代を始めとした諸費用しょひようの支払日の翌日でして。滞納たいのうしている分もいくつかあり、今は少しでも消費をおさえるべく節制期間中せっせいきかんちゅうなんです」

「節制期間中……そういや初めて事務所ここに来たときも、部屋の電気がいてなかったな。ノノ、お前さん確か経理担当だったよな? 大丈夫なのか、この職場は」


 聞くに連れて明らかになる便利屋の実情に、ジンはゴクリと唾を飲む。

 ……どういうことだ、こんなに切羽詰せっぱつまった状況だなんて聞いてねェぞ。

 あれほど苦労して雇用を勝ち取ったというのに、就職して即倒産など洒落にならない。

 不安がるジンに、ノノは諦めに満ちた暗い笑顔で言った。


さいわい、今回の報酬で三ヶ月ほど延命の目処めどが立ちました。ですので、その間に資格の勉強をすれば転職に役立ちますよ……?」

「新入社員にすすめる話じゃねェと思うなァ」

「いつまで話してやがる。メーターの数字がギリギリだ、早く出ろ!」


 社長の怒号に押され、二人は慌てて事務所を飛び出す。直後、社長は流れるような動作で部屋の明かりを消し、鍵を締めた。

 洗練せんれんされた無駄のない動きは、常日頃から気を張っていることがわかる。なんとも世知辛せちがらいものだとジンは密かに思った。

 やがてビル出た三人は別れの挨拶を済ませると、それぞれ帰路きろにつく。


 そんな中、帰る家のないジンが向かった先は──。


「……なに、してるの?」

「儂の故郷こきょうに伝わる最上最大のモノの頼み方──土下座だ」

「そうじゃなくて、いや、それもあるんだけど、その……なんで?」


 高層アパートの最上階にある、エイムが暮らす部屋の前。ジンは、そこで膝を曲げて両腕をつき、ひたいを地面にこすり付けていた。

 エイムは突然のことに困惑しつつも、不審物を見下ろすような眼差しでジンに行動の意図いとを問う。


「頼む、泊めてくれ。凍え死ぬ」

「えぇ……」


 明かされた理由は、この上なく単純なものだった。

 依頼を達成したとはいえ、振り込みの関係上ジンは報酬の受け取りを済ませていない。当然、いま無一文むいちもんの身であり、階級は人権対象外ストーンのままだ。

 このままでは昨晩同様、路地裏で凍えることになる。おまけに一日の疲労もあり、もし眠気ねむけに襲われれば今度こそあらがう間もなくお陀仏だぶつだ。

 ゆえに、土下座してでも頼み込む。

 危機にひんした旅人に、プライドなど無かった。


「神様仏様エイム様。部屋の掃除から飯の用意、洗濯から買い出しまで何でもやる。なんなら家賃も半分出す。だから住み家が見つかるまでの間、居候いそうろうさせちゃァもらえねェだろうか……!」


 誠心誠意せいしんせいい真心込まごころこめて。

 闇金から借金をこさえた債務者さいむしゃが、支払期限の延長を願うような必死さでジンはう。

 果たして、その思いが伝わったかは定かではない。

 ただ、


「……とりあえず近所迷惑だけはゴメンだから。中、入って」


 エイムは心底、面倒臭そうな表情を浮かべつつも、なかば折れるようにドアを開いた。

 夜も遅いため周囲に人の姿はないものの、このまま部屋の前に居座いすわられて変な噂が立ったらたまったものではない。

 野良犬にエサをやった責任と割りきり、ジンを部屋に招き入れた。

 途端、ジンの瞳がにわかに輝く。


「いやー、すまねェな! 恩に着る」

「別に……あくまで家が見つかるまで、だから。それよりジンが便利屋で働けるようになったことで、わたしも恩返しを果たした。これからは対等だってこと、覚えておいて」

「あァ、分かってるさ」


 むしろ世話になる分こっちが下手したてに出る立場だからな、と言いそうになった口をジンは噤む。旅人は、わざわざ自分が不利になるようなことは言わない。

 ついてきて、と背中を向けるエイムを追って、傘立てに刀を置くジンは廊下を進んでいく。

 それからほんの数歩で、見覚えのあるリビングに到着した。ジンの脳裏に、朝の記憶がよみがえる。


「いきなり眠らせて、また縛り着けたりはしないよな?」

「それはジン次第」

「……」


 あ、やるなコイツ。そう思ったが口にはしない。

 問い詰めたところではぐらかされるのは明白だ。それどころか機嫌を損ねて追い出されたら目も当てられない。

 思うところはあれど、ジンはそれらを一旦無視して部屋を見回す。

 泊めてもらえると決まった時点で、初めにすることは決まっていた。


早速さっそくで悪いが寝床ねどこはどうしたらいい? ベランダ以外なら、どこでだって眠れるが」

「他に部屋もないし、寝るならリビングここにして。寝具しんぐは、そこのカーペットを使っていいから。それとトイレとキッチン、シャワールーム以外の部屋には勝手に入らないこと。もし破ったら、すぐに追い出す」

「あァ勿論。家主様の意向いこうさからう気はねェよ」


 言うやいなや、ジンは指定されたカーペットに腰を下ろすと風呂敷を広げた。そして中から様々な道具を取り出し、その場に並べていく。

 薬が入った茶色の小瓶、財布、針と糸が入ったケース。

 使い古した雑巾ぞうきんのような色をしたTシャツ、下着が数枚、いつのものか判らない干し肉etcなどなど……。

 就寝前しゅうしんまえの荷物整理は旅人の基本だ。国内だろうとそれは変わらない。

 昨晩は薬で昏倒こんとうさせられ出来なかったが、今回はちゃんと確認できたこと、そして欠品がなかったことにジンは満足げに頷く。


「よし、どれも無事だな」

「……気になったんだけど、ジンはそれだけで旅をしていたの?」


 その様子を眺めていたエイムは、ふと疑問を覚えた。

 ジンは、ヒラヒラと手を振って答える。


「まさか。寝袋ねぶくろとか水筒すいとうとか、他にも荷物は色々あったんだ」

「"あった"って……じゃあ、なんで今は持ってないの?」


 当然の疑問だった。

 オアシスの周囲は三六〇度、一面に広大な砂漠が広がっている。まともな荷物もなしに砂の海を越えようなど自殺行為に等しい。

 幸いジンは運良く辿り着けたからよいものの、旅慣れた人間がそんな無謀むぼうを犯すだろうか。

 なにか退きならない理由があったに違いないと、エイムは唾を飲み込む。

 するとジンは、どこか恥ずかしがるように頭を掻いた。


「いやァ……前の国で、ちょーっとやらかしちまってな」

「なにしたの?」

「大したことじゃねェんだが──」


 そう前置きして、ジンはオアシスを訪れる以前に滞在たいざいしていた国での出来事を語り始めた。


酒場さかばで知り合った女を流れで一晩抱ひとばんだいたんだが……そいつが国の有力者の娘だったんだよ。で、それを知った親がそりゃもう御冠おかんむりでな。軍隊まで引っ張ってきやがったモンだから、身着みきのまま風呂敷に適当なモン詰め込んで慌てて飛び出してきたって訳だ。いやー、参った参った」

「……」


 笑い話のように語るジン。

 一方エイムは無言のまま、スンとした表情でジンを見ている。言外に『アホかこいつ』と物語っていた。

 エイムは途端に興味を失くし、肩を竦めてリビングの隣にあるキッチンに移動する。


「お、夜食か? そういや儂も腹減ってたんだ。なんかあるか?」

「栄養バーとホットミルク」

「栄養バーか……」

「文句があるなら食べなくてもいいよ」

滅相めっそうもない」


 ブンブンと首を振り、慌ててエイムの後に続くジン。

 しかしキッチンに足を踏み入れた途端、エイムが厳しい眼差しで彼を睨んだ。


「わたしが準備しておくから、ジンはシャワーを浴びてきて。におう」

「お、おゥ……」


 思えば、最後に身体を洗ったのはいつだっただろうか。流石に今のまま調理場に立ち入るのは許されなかったらしい。

 ジンはエイムの剣幕にされ、すごすことシャワールームに向かう。

 途中、「着替えはこれを使って。あと風呂敷にしまったシャツは捨てて」と、赤に白のラインが入ったジャージを渡された。

 言われるがまま受け取り、シャワールームに入るジン。

 それから十分後。

 身体を洗い終えたジンはリビングに戻る。

 食卓には湯気を立てるホットミルクと未開封の栄養バーが二人分用意され、席でウトウトと船を漕ぐエイムと向かい合うように置かれていた。


「あ゛ー、いい湯だった……って、待っててくれたのか? 先に食っててもよかったんだぞ?」

「別に……これくらい大丈夫。それよりジン、これ」

「あ? これは……あァ、お嬢に持たせたスマコか」


 ジンが席に着いたのを確認したエイムは、まぶたこする手を止めてポケットからあるものを取り出す。ジンのスマコだった。

 ジンがスマコを受け取ったのを確認して、エイムはミルクが入ったコップを持ち上げる。


「とりあえず今日一日、本当にお疲れさま」

「おゥ、お疲れさん。乾杯」


 エイムにならいジンもコップを持ち上げ、互いのフチを軽くぶつける。

 キンッと甲高い音と共に二人はミルクをあおり、栄養バーにかじりついた。

 それから、しばらくの無言。やがて沈黙が破られたのは、エイムが栄養バーを食べ終えた頃だった。


「……どうだった、ジン。この国は」

「どうした? やぶからぼうに」


 エイムは徐に口を開く。

 その内容は、この国の印象に対する問い掛けだ。突然の質問に首を傾げるジンは訳が分からず聞き返す。

 しかしエイムはそれ答えず、ただジンの返答を待っていた。

 いまいち意図が汲めないものの、ジンは腕を組み、今日一日を振り返るように語り始める。


「……正直、『治安どうなってんだよ』ってのが真っ先に思ったことだな。特に昼間の暴走ドローン、あれが比較的よくあることとか考えたくもねェ」


 真っ先に出た言葉は愚痴と文句だった。

 昨晩の路地裏での出来事、昼間の暴走ドローン、誘拐されたアリアの救出。

 トラブルを指折り数えるジンはヤレヤレと肩を竦める。

 一方、


「ただ景観と技術とか、その辺は儂が訪れた国の中でも間違いなく一番だ。どれ一つとっても胸が踊るっつゥのかな。出国料金の制度さえ無けりゃまた来たいって思えたよ」


 無論、駄目な部分ばかりではない。彼が訪れたどんな国よりも技術的に最先端を行くのは真実だ。旅人としてたかぶらない訳がない。

 しかし最後の一言に限っては、紛れもない大嘘である。一日でも速くオアシスを出たい、それがジンの揺るがぬ本音だ。

 出国料金問題は置いておくとてしても、下手をすれば旅の最中より身の危険が多く、おまけに旅人にも身分制が適応される国に望んで滞在しようとする者などそうそう居ないだろう。

 住人であるエイムがいる手前、率直な感想を述べるのがはばかられただけだ。


「とまァ、まとめるならこんな感じで一概には言い切れねぇな。っつーわけで評価は保留だ」


 総括としては、これが最も無難ぶなんな落としどころだろう。なるべくかどが立たないよう意識して話を纏めたジンは、言い終えるとミルクを呷る。

 しかし、その評価を聞いたエイムの表情はあまり満足したものではなかった。

 ジトりとした眼差しでジンを見つめ、続けて問う。


「じゃあ、もっと単純に訊くね──旅かこの国なら、どっちがいい?」

「そりゃ旅一択だろ」

「……!」

「あ、ヤベ……いやほら、旅人的に、そこはやっぱり譲れねェというか……」


 迷う要素の一切ない質問に、ジンは思わず取り繕う間もなく答えた。

 直後、大きく目を見開くエイム。

 その反応を見て、ジンは口を滑らせたことに気付く。せめてもう少し悩む素振りを見せるべきだった。

 とはいえ後悔先に立たず、ジンは慌てて誤魔化そうとする。

 しかし、


「やっぱり、そうだよね」

「……エイム?」


 顔を上げたエイムの表情は、どこか嬉しそうな笑みを浮かべていた。

 途端、ジンはポカンとしながらエイムを見る。

 それに気付いたエイムは慌てて表情を整えると、意を決したように話し始めた。


「わたしは、この国が嫌い。だから、いつか出て行きたいって思っているの」

「出て行きたいって……もしかしてお前さん、旅人になりたいのか?」

「結果的には同じことだから、間違いではないよ」


 突然の告白に困惑するジン。

 一方エイムは、その言に熱を増していく。


「この国は、すごく窮屈。産まれた時点で社会のレールに乗せられていて、それなのに一度でも足を踏み外したら挽回ばんかい修羅しゅらの道。だから誰も彼も、みんな安定を求めた無難な生き方をしたがる。そしてレールから踏み外した人を、みんなこぞって指さして笑い者にする」

「そうなんだろうな。で、そんな話を、どうして儂に? 結局なにが言いたいんだ?」


 身分制度について言っているのだろう。

 確かにストーンにもうけられた制限を思えば、エイムの言い分は間違いではないのかもしれない。

 とはいえ、ジンには関係のない話。なにより突然こんな話を始めたエイムの意図が読めず、ジンは結論を迫った。


「わたしに、外での生き方を教えて欲しい。いつか訪れる、出国のときに備えて」

「外での、生き方?」


 その返答は、予想だにしないものだった。

 思わず訊ね返すジンにエイムは頷く。


「うん。それがジンをこの家に泊める条件」

「え」


 そして続けて放たれた言葉に再び疑問符を浮かべるジン。

 泊めてもらう為の条件に、家事全般ならやってやると進言した筈だ。

 そんなジンの反論に、エイムは得意気に言う。


「家事についてはジンが"自主的"に言い出したことだからノーカウント。わたしからは、まだ一つたりとも条件を出していない」

「……ホントにしたたかだな、お前さんは。──いいぜ、ノった」


 ガックリと肩を落とすジン。しかし、それも数秒のこと。

 その強かさに見込みを感じたのだろう。なにより教えたところで減るものでもない。なによりそれで胸を張って居候できるのなら安いもの。

 ジンは椅子から立ち上がり、了承の意を込めて右手を差し出そうとする。

 しかし、


「あ……れ……?」


 立ち上がった瞬間、不意な眩暈めまいと足元が覚束おぼつかない感覚に襲われた。この感覚には覚えがある。

 それは昨晩、玄関で昏倒させられた時と酷似こくじしていて──。


「エイム……お前さん、ミルクに仕込しこんでやがったな……」

「あ、やっと効いてきた。ごめんねジン。男の人より先に寝るのは、まだ少し不安だから。大丈夫、今朝みたいにグルグル巻きにはしないから安心してほしい」

「こいつゥ……」


 席を立つエイムは大きな欠伸あくびをすると、どこからともなくロープを取りだしジンへと迫っていく。

 抵抗する力も残っていないジンは、そのまますべなくカーペットに運ばれ拘束された。

 そして意識を保っていられたのも、そこまで。

 ジンの未来都市での一日は、こうして幕を閉じたのだった。

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