1-15『覆面集団』
「はぁ……はぁ……『銀髪の姉ちゃん』様は、どこに、いらっしゃるのでしょう……」
無事アリーナから脱出したアリアは、ジンが言った『銀髪の姉ちゃん』なる人物と合流するため、ひとり
けれど
銀髪の姉ちゃんに関する情報を、ジンから何一つ聞かされていなかったのだ。容姿はもちろん、落ち合う場所もである。
「どこに、どこ……に……」
走り続けるアリアの
心細い状況下で
一度でもネガティヴな思考に犯されたら最後、精神はジワジワとマイナス方向へと
やがてアリアの足は徐々に進む力を無くし、最後は今にも泣きだしそうな顔でその場に立ち
その時、
「見つけた。一体どこに向かって──あれ?」
ふと背後から聞こえた、自分以外の声。聞いたことのない声だった。
それは救いか。はたまた
電流が流れるようにピンと背筋を伸ばすアリアは、恐る恐る振り返る。
そこに居たのは──。
「銀髪の、姉ちゃん様……?」
「……もしかしてアリア? どうして一人で、こんなところに」
銀色の髪をした、見るからに自分より年上の少女。襲いかかってくる気配は、ない。それどころかスマコを片手に疑問と驚愕が入り交じった表情でこちらを見ている。
アリアは一目見て直感した。彼女こそが、ジンの言っていた『銀髪の姉ちゃん』であると。
「あぁ……ようやく合流が叶いました。これでジン様のがんばりを無駄にせずに済みます」
目的の人物と合流したことで力が抜けたのだろう。アリアはその場にへたり込む。
そんな彼女に、銀髪の姉ちゃんと思しき少女は困惑しながら口を開いた。
「えっと、安心しているところ悪いんだけど、どうしてアリアがこんなところに? それにジンのスマコの反応まで」
「スマコ、でございますか?」
何のことか分からず首を傾げるアリア。
しかし冷静になったことで、服のポケットに覚えのない
思わず手を入れてみると、見覚えのないスマコが顔を出した。
「間違いない。ジンのスマコだ」
「まぁ、どうして私のポケットに……? あぁ、そういえば」
やっぱり、と銀髪の姉ちゃんが
一方アリアは不思議そうに、より深く首を傾げる。
しかしふと、あることが脳裏を過った。
思えばトラーバに襲われジンに
あの時は気にしている余裕など無かったが、恐らくそこで忍ばされたのだろう。
アリアは、それを銀髪の姉ちゃんに伝える。
「さすが旅人、抜け目ない。……ところで、トラーバさんに襲われたってどういうこと? ジンは今、何をしているの?」
「あ、そうでした。実はジン様から、銀髪の姉ちゃん様に
すっかり安心して気が抜けていたのだろう。
銀髪の姉ちゃんに訊かれ、目的を思い出すアリアは慌てて
「……事情はわかった。一先ずアイギスに通報して、わたし達は廃街を出よう。ついてきて、アリア」
「あ、あの! ジン様は大丈夫なのでしょうか……」
不安げなアリアの声。
なにせジンの相手は、常日頃からボディーガードとして傍にいたトラーバだ。その実力は彼女も十分に理解している。
だからこそジンを心配せずにはいられなかった。
しかし、
「大丈夫」
銀髪の姉ちゃん──エイムは、揺るぎない自信と声で言い切った。
「ジンは負けないよ……わたしの知る限り、この国で彼より強い人はいないから」
果たして、
しかし──。
※ ※ ※ ※ ※
アリアの心配に対する答えとして、エイムの言葉には一つの間違いもなかった。
「
金属がぶつかり合うような音に、
およそ人間とは思えない速さで
しかし、
「
「ぐぅっ!?」
その先にいる男──ジンは、まるで子供の相手をするかのように全ての拳を刀で
また、それだけに留まらず、拳を振り抜いて隙だらけなトラーバの脇腹に
途端にトラーバは
「何故……何故だっ! さっきは確かに、
まるで相手にならないと、トラーバは奥歯を噛み締める。
パワードスーツを起動して以降、彼は幾度となくジンに攻撃を仕掛けていた。
しかし真っ当に撃ち合えたのは最初に迫った時の一度きり。その後の攻撃は一度たりとも届いていなかった。
だが決して、それはトラーバが弱者であることを意味するわけではない。
歳は若くなく腹も出っ張っているが、それでもショーガンが
仮にパワードスーツを着ていなくとも、そこらの不良数人程度では相手にならない実力を持っている。
だからこそ、"こう"なる理由は一つしかなかった。
「あァ、急に詰められた時は
「そんなこと、出来るわけ……」
「どれだけ速く動き回られようが銃弾よりは
「……ありえない。お前は、本当に人間なのか? ……どちらにせよ、これ以上の戦闘に意味はない、か」
人間としての
けれど事実として、まともに戦ったところで
であれば、これ以上戦闘を続けても無意味に自分を追い込むだけだ。せめて身代金の回収だけでも済ませたかったが、それもジンを相手にしながらでは不可能だろう。
ここらが
「悪ィが、逃がしゃしねェぞ」
「っ!」
しかしジンが、それを見逃す筈もない。
背を向けようとしたトラーバは次の瞬間、全身が凍り付くような
思わず反射的に銃を抜き、振り返る。
その先ではジンが、
腰を引いて足を前後に開き、"両手"で握った刀を肩の位置で水平に構える姿は、まるで獲物を襲う準備ができた肉食獣のよう。
「くっ……!」
やらかしたと、トラーバは内心で舌打ちする。ジンの迫力に
再度、逃げようとしたところで間に合わない。
無意識に呼吸が速まる。額を流れる汗が
逃げる以外にこの場を切り抜ける手段がない一方、下手に動くことのできないジレンマ。
なにか、なにか
「は……?」
その時だった。トラーバの視界から、
目を離した訳ではない、離す
だが
瞬きという一秒にも満たない刹那の
隠れた? どこに、どうやって。
実はジンなんて存在しなかった? 全ては幻だった? そんな訳がない。
不可解な出来事を前に、混乱するトラーバの脳裏で
それを破ったのは──。
「──
「……っ!?」
背後から聞こえた声。ジンのものだ、それもかなり近い。
途端、トラーバは反発する
しかし、ふらりと右足から力が抜けたかと思えば、その身体はバランスを崩して
「なん、で。足に、力が……」
目を白黒させ、トラーバは足元に目をやる。そこには、知らぬ間に赤い液体の
赤い液体は、自身の
顔を上げれば、月の逆光で表情を闇に染めたジンが、感情の込もっていない声で言葉を発した。
「
「あ、あぁ……」
トラーバがその言葉の意味を理解するのに数秒かかった。
しかし遅れてやってきた痛みと、肌を
「あああああああああッ!!!」
「
直後、喉が張り裂けんばかりの絶叫。それは痛みによるものか、はたまた
しかし当然、そんな射撃が命中する筈もない。そればかりかジンが放った
今のトラーバに自身を
「ちょっと黙ってろ」
「や、やめ……」
腕を振り上げるジン。月光を浴びた刃が銀色に
「やめろおおおおおお!!!」
痛みを感じる前に意識を手放せたことだけが、トラーバにとって唯一の幸福だった。
※ ※ ※ ※ ※
「
白目を
振り下ろした刃がトラーバの
刃がトラーバの
「儂が勝手に手ェ下すのも、なァ。その辺はショーガン氏に丸投げした方がいいだろ」
ジンが思い返すのは、便利屋でトラーバに圧を掛けていたショーガンの姿。そしてウエポン邸でメイドから聞いた話。
アリアが無事とはいえ、それでトラーバに温情が掛かるとは思えない。なんといっても彼は、この誘拐事件の主犯だ。
この男の
そう結論付け、ジンはトラーバからパワードスーツを脱がせ手足を拘束する。
そして
「いやはや素晴らしいお手前だよ。あのトラーバを、こうも
パチパチと、
それは誘拐犯でも、当然トラーバでもない第三者の声だった。
「……ったく、次から次へと虫みたいに沸きやがって。いい加減しつけェぞ」
誘拐犯を全滅させたと思えば、次は黒幕トラーバの登場。そしてトラーバを倒したかと思えば、新たに現れる
ジンは「またか」と大きな溜め息を吐くと、心底ウンザリした口調で声のした方向を睨み付けた。
「ああ、ごめんよ。連戦で疲れているもんね、ずっと見ていた。でも安心してほしい、ボクに戦う意思はないからさ。というか、戦ったところで勝てるとも思えないしね」
そこに居たのは、明らかにサイズが合っていないブカブカの白いジャケットを着た十代半ばから後半頃の少年。
ショートカットの銀髪は誰もが
しかし何より目を引いたのは、顔の下半分を覆うように装備している紺色のガスマスクだ。
オアシスを訪れてようやく一日が経とうとしているジンの知識でも、その出で立ちが一般的なモノでないと判断することは容易だった。
「……こんな時間に、こんな場所を子供が
「ご忠告どうも。お言葉通り、そうさせてもらうよ。それに用事も、ホラ。たった今済ませたところだからね」
「っ……!」
状況を
しかし少年が手にしているモノを目にした途端、その表情に焦りが浮かんだ。
「……お前さん、それが何か分かっているんだろうな」
「勿論。身代金だろう? でもアリアは無事に救出された。ならコレの役目はもう終わったんだ、だったらボクが代わりに頂いても問題ないだろう?」
「問題しかねェよ。冗談で済むうちに、さっさと返せ」
少年との距離は、およそ一五メートル弱。平場なら一瞬で迫れる距離だ。
しかしジンがいる広場と客席を
少年がトラーバ同様パワードスーツを装備していると仮定した場合、逃げ切るには十分過ぎる時間だ。
「残念だけど、それはできないかな──それじゃあね」
「チッ、逃がすかよ」
歯噛みするジンに、少年は勝ち誇るような笑みを浮かべて背を向ける。
間に合わない。
そう判断したジンは鞘を壁に立て掛けると、それを足掛かりに一気に客席へと駆け上がった。
丸腰になってしまうが仕方ない。対応は追い付いた後に考える。
しかし、
「へぇ、その機転は素直に驚いたよ」
客席には
代わりに
そう、頭上からだ。
「……クソがッ」
悪態を吐かずにはいられなかった。
ジンが見上げる先には、巻き取り式のワイヤー銃を手にした少年が、既にアリーナの天井近くまで上昇していたのだ。
こうなった以上、もはや打つ手はない。どれだけ身体能力が優れていようと、人は自在に
追うことも叶わず
「ここまで頑張ったんだ、ご褒美くらいはあげるよ」
しかし最後の一瞬まで
そして、告げた。
「
そう言い残す少年は、やがて天井に辿り着くとそのままアリーナを出る。
それから暫くして、廃街にはアイギスの到着を知らせるサイレンの音が響き渡った。
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