1-14『形勢逆転』
「これはこれは、ジン様でしたか。失礼、
アリーナの出入り口から姿を現す人影。その正体は、ジンが名前を呼んだ通りトラーバだった。
しかし当然、そんな言い
「よく言うぜ、真っ直ぐお嬢を狙いやがったクセによォ。吐くならもっとマシな嘘にしやがれ」
「……」
ジンの言葉にトラーバは足を止めると無表情で黙り込む。アリアが無事に保護されたにも関わらず、彼の指は引き金に掛かったままだ。
二人の間で、無言の
先に沈黙を
「……なァお嬢。お嬢が
「……っ」
いきなり話を振られ、ビクリと震えるアリア。
けれど彼女は意を決して、"トラーバが現れてから"
「み、見ているだけ、でした。秘密の遊び場を教えてあげると路地裏へ連れ込まれ、そしたら突然複数の男性に囲まれて……。何度助けを求めても、トラーバはただ、見ているだけで……」
当時の出来事を思い返すアリアは、徐々に顔色を青ざめると
トラーバが敵であることに、もやは
「答えは出たな。ったく、不埒者はどっちだゲス野郎が」
「……」
ヤレヤレと肩を
けれど瞳は、
一方トラーバは、相変わらず無言のまま立ち竦んでいる。
「ま、弁解があるなら聴いてやるさ。片方の言い分だけじゃ不公平だからな」
しかしトラーバは、ゆっくりと首を横に振った。そしてジンの真意を見透かすかのように再び銃を構える。
「……いいえ、必要ありません──エイム様が来るまでの時間稼ぎに付き合う気はありませんので」
「チッ、やっぱバレてんのかよッ!」
直後、再び持ち上げられるトラーバの腕。連続で放たれる弾丸。
服を脱いだ際、一緒に刀も手放した今のジンにそれを防ぐ手段は無かった。
アリアを抱えたまま、全力で回避に
「……よく避けますこと。もしかして弾が見えているのですか?」
「さァて、どうだろうな──ッ!」
トラーバの射撃には一切の
また、その
とはいえ、どれだけ銃の腕が良くても弾が無限に撃てる訳ではない。
「……っ」
不意に銃声が止む。弾切れだった。
残弾の確認を
トラーバは
その
「──今ッ!」
逃げの姿勢から一転。刀を拾うためトラーバが居る方向へと一気に駆けるジン。
そんな彼の
「浅はかな」
トラーバは呆れるように目を細めると、慌てることなく銃を構えた。
寸前、
そして──。
「間一髪、儂の勝ちだ」
「なっ!?」
弾けるような金属音に、トラーバは目を見開いた。
まさか、と思う他なかったのだろう。銃弾が刃物に両断されるなど、と。
そんなトラーバの反応に、ジンはニヤリと
「こいつがありゃ、もう逃げ回る必要はねェ。形勢逆転、こっからは儂が狩る側だ」
「……運が良く弾が刃に当たっただけでしょう。それで得意になるのは
「あァ、その通りだな。確認のために、もう何発か試してみるかい?」
再び動きを止めて睨み合うジンとトラーバ。けれど二人の間に流れる緊張は、先程までとは比較にならないほど重い。
そんな中ジンは、こっそりとアリアに耳打ちする。
「お嬢、後ろの出入り口から外に出ろ。そんでエイム……あー、銀髪の姉ちゃんと合流したら、ここでのコトを伝えてくれ」
「じ、ジン様は、どうなさるのですか……?」
「ちょいとトラーバをブチのめす。なァに負けやしねェさ──こいつは、お嬢にしか頼めねェ役目だ。出来るかい?」
視線はトラーバから外さない。それでもアリアが小さく頷いたのがジンには分かった。
それを合図に、ジンはアリアを抱える腕の力を徐々に緩めていく。
そして、
「行けッ!」
ジンの声と共に腕から飛び出すアリアは、後方の出入り口を目指して力いっぱい駆け出した。
「させませんよ」
当然、トラーバが
アリア目掛けて、何度も引き金を引く。
しかし、それはジンも同じこと。
「こっちがな」
アリアを
それから幾度となく、アリーナに銃声と金属音が響く。激化する攻防。
その間に出入り口に到着したアリアは、一瞬ジンへと振り返り、すぐさまアリーナの外に脱出した。
途端、空気が一変する。
「……ふゥ。
ジンの──否、便利屋の目的は人質の救出である。
アリアが無事に誘拐犯、及びトラーバの元から脱したこの瞬間、ジンに戦闘を
とはいえ、それがトラーバにも当てはまるかは別の話。
答えは
「お前さんはどうするよ? トラーバ。お嬢の殺害に失敗した以上、続けたところで無用な傷を増やすだけだ。さっさと降参するのが賢明な判断だと思うぜ」
「……なにか勘違いをされているようですね」
銃は通用せず、仲間の誘拐犯も全滅。更には人質という最大の切り札であったアリアにも逃げられている。
もはやジンでなくとも、この状況でトラーバに逆転の目があるとは思わないだろう。
ただし、それはトラーバの目的が"アリアの殺害"であると前提した場合の話である。
肩を竦めるトラーバは、面倒そうに息を吐きながら口を開いた。
「"俺"の目的は、あの小娘を殺すことじゃない。それは飽くまで、後々ショーガンにチクられない為の保険だ。本命は別にある」
「……いよいよ
「決まっている──身代金だ」
急速に崩れていくトラーバの口調。これが執事として
それを補強するかのように、肩を落とすトラーバは
「一億B。それだけあれば、この俺が毎日クソみてぇな雇い主の顔色を
「儂らの活躍で叶わなかった、と。お前さんの不満は知ったこっちゃねェが、要は上司が気に入らない上に仕事が面倒だったってコトだろ。とんでもねェコト
「
「返す言葉もねェ」
トラーバの言い分に心底呆れるジン。
とはいえ就労経験を盾にされては何も言えない。
風向きが悪いことを察し、ジンは慌てて話を逸らす。
「にしても、誘拐してからの
「テメェはショーガン・ウエポンって男を知らなさ過ぎる。あれはガキのことになると、どんな
「あァ、なるほど。お嬢を殺すのが保険ってのはそういう意味か」
追っ手を
アリアを殺して自身も誘拐犯に殺されたことにすれば、晴れてトラーバは自由の身。どれだけ
ジンは納得するように頷きかけて、ふと違和感に首を傾げた。
「……それで、お嬢が逃げ切った途端、急に
「単純な話だ。一つ取引きをしよう──俺と組まないか? ジン」
それは予想だにしない提案だった。
アリアを逃がしたことで
であれば当然、ジンが首を縦に振る筈もない。
「
「そう
「おら、とっとと話せ」
「……」
『得のある話』、『ビジネスチャンス』。元旅人の心に、その言葉は深く響いた。
バカにするような態度から一変。宝の地図を見つけた海賊のように、ジンの瞳が
そんなプライドの
とはいえトラーバにしてみれば、ジンを味方に付ける絶好のチャンス。これを逃す手は無い。
「単純な話だ。俺は金が欲しい、お前は……どうせ旅人だ、出国料金が必要なんだろう? なら身代金を必要な分だけ割り振ったとしても互いの目的を果たすことは十分に可能だ。俺はメビウスから、お前はオアシスからオサラバできる。どちらにとっても悪い話じゃないと思うが」
「確かに、そりゃ魅力的な提案だな」
トラーバの言葉に、ジンは顎に指をあてて考え込む。
正直に言ってしまえば、確かにトラーバの提案は悪い話ではなかった。
そもそもアリア救出に出向いた大本の目的は、便利屋に雇ってもらい出国料金を稼ぐためである。逆に言えば、必要額を用意できるのなら便利屋に
おまけにアリアの救出も完了した今、後ろ髪を引かれるようなことが果たしてあるのか。
理由を並べればキリが無いほどに、トラーバの提案は魅力を増していく。
しかし、
「まァ、お断りなんだが」
いっそ
「……理由は?」
その答えに、トラーバは思わず絶句する。しかし発言の意味を理解していくにつれ、彼の表情は
それでも
対して、ジンの答えは至ってシンプルだった。
「旅人にとって、その場限りの口約束は無いも同然なンだよ。信用して背中見せた瞬間、後ろからズドンなんてよく聞く話だ。まァつまり──個人的に、お前さんが信用ならんって話よ」
「……はぁ、まさか
ジンの返答を聞いたトラーバは、小さく息を吐くと残念そうに首を振った。
もはや彼に怒りはない。まるで食肉に加工される豚を眺めるような、そんな
そして
「うおっ、なんだ急にっ!? 脱ぐな脱ぐな儂にそういう趣味は無ェ……って」
しかしタキシードの下から現れたモノを目にした途端、ジンの警戒はそこに移った。
「なんだ? そのダセェ
タキシードの下から現れたモノ、それは独特な
スーツはトラーバの首から手足の指先まで全身を丸々と
胸部には水晶のような蒼白い
「パワードスーツ……といっても、お前には理解できないだろうさ」
「なんだとゴラァ」
明らかに
一方トラーバは、ジンを無視して胸部の水晶を軽く撫でる。
途端、水晶は
そしてトラーバは一歩、地面に強く足を踏み込む。
刹那──。
「理解する頃には、くたばっているだろうからな──!」
「っ!?」
地面を一蹴りしただけで、トラーバの身体は突風のような勢いでジンに迫っていた。
その速さは、ジンをして反応が遅れるほど。
「いい反応だ。だが、腰が入ってないな」
「なッ!?」
辛うじて刀を振るったものの、あろうことか刃はトラーバの拳に受け止められる。
目を見開くジン。そんな彼の反応を見て、トラーバはニヤリと笑った。
「形勢逆転、だな──さて、第二ラウンドと行こうか」
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