第7話
ちびりちびりと喉に酒を流すたびに、顔の傷がじんじん痛む。
それでもアルバーノは酒を飲み続けていた。なにせ酒は、万能薬である。
コーラと飲み始めて、どれだけの時が経っただろう。もうコーラとは何回も飲んでいるが、こうやってお互い無言のまま飲むのは始めてだ。こういう時は、だいたいコーラが、なにか喋っていた。
「わたしは」
そして今回も、最初に話し始めたのはコーラだった。
「わたしはコーラだ」
「そりゃそうだろ」
「自称」
「まあ、そりゃあな。お前、あの時、名前考えてたしな」
コーラの名前は、自分で考えた。その瞬間に立ち会った以上、アルバーノもそれぐらいはわかっている。
「じゃあなんで、わたしがコーラと名乗ったと思う?」
「それは……なんでだ?」
「コーラ・リビングストン。わたしの住んでいた世界で、名を残した人からちょうだいした名前さ」
「名字付きとは随分上等だな。そっちの世界の女王様か」
「こっちと違って、わたしの世界はみんな名字があるのが普通だから。この人は、女子プロレス。女性によるプロレスを始めてやったと言われる人なんだよ」
「ほう。お前が向こうで取材していたプロレスは、女性もやるものだったのか。その、始めての女か」
「その言い方は何か嫌だな……」
うーんとなるコーラ。微妙に意味が変わっている気がする。
それはそれとして、始まりの女性。どんなものでも始祖には興味が湧く。
「その始まりってのは、どうだったんだ?」
「知らない。なにも、わかっていない」
アルバーノの質問へのコーラの答えは簡潔だった。
簡潔すぎて聞き返せないくらいに簡潔だった。
「ただ、それをしたとしか残っていない。対戦カードも、どんな技が得意だったのかも、いつ生まれていつ死んだのかも。ただ、始めてやった。それしか歴史に名が残っていないのさ。わたしはこれが、酷だと思う。だから、この人の名前を名乗った。二度と、そんな酷なことがないように」
彼女にとってコーラとは、決意の名であった。
「わたしは、君には華が無いといった。華があるのはマーキンやアントンのような男だ。彼らを使わなければ、雑誌は成り立たない。でも本音で言うなら、君だけでなく、冒険者全員を引き立てたい。わたしが冒険者の友に腹を立てたのは、あの本は冒険者の名前だけを載せた本だからだ。あれではみな、コーラ・リビングストンになってしまう。物語までとはいかなくても、せめて功績や業績が、その人がわかるように遺したい」
「それはいいことだ。冒険者なんて、ギルドに所属していようがいまいが、結局は何処で何時死ぬかわからない職業だ。死んじまったらそこまで、名前が遺るだけでマシなくらいだ。だがもし、月刊ギルドガイドがすべての冒険者を遺してくれたら、誰もが救われる」
アルバーノも、既に何度か死線をさまよっている。死線をさまよったまま死んだ同業者は数え切れない。そしてそんな同業者の顔も名前も、困ったことに年々薄れてしまっている。もし本当にそんなことができたなら、月刊ギルドガイドは取材元であるギルドすら越える存在になるだろう。
「まだ今は、空想以下の話だけどね。人も金も、もっと集めなければ、到底出来ない。あのアントンは恐ろしい人だよ。向こうの世界に顔も名前もよく似た人がいたけど、あの人はアントンより純粋で無謀で山師だった。でもたぶん、アントンと渡り合うぐらいじゃないと、夢はかなわない。あの人がこちらを支配できないとわかるぐらいに、強くならないと駄目なんだ。わたしは、コーラを名乗って、この夢の始祖になってみせる。そしてコーラ・リビングストンのような扱いを、誰にもさせない。向こうの世界では結局できなかったけど、こっちの世界でやる。異世界に来たことを、チャンスにして見せる」
コーラの告白は、アルバーノの心を動かすほどの強さがあった。初めて見るアントンの一面が怖さなら、コーラの一面は理解であった。
「グラス、空になってるぞ」
そう言うと、アルバーノはコーラのグラスに酒を注ぐ。
そして注ぎつつ話す。
「ったく、剣も魔法も何もない異世界人なのに、良い度胸してやがる。だったら、俺がお前に足りないところを担当してやる。こう見えても、そこそこの強さとそこそこの経験とそこそこのコネがある身でな」
満杯になったところで、アルバーノは酒瓶を置いた。
コーラはその酒を瓶手に取ると、同じく空になっていたアルバーノのグラスに酒を注ぐ。
「いや、最初から協力してもらえるものかと……よわよわな、わたし一人を捨てていくような人間じゃないだろうとは思ってたんだけど」
「ド厚かましい!」
そう言っている間に、アルバーノのグラスも満杯になった。
二人はグラスを掲げ、互いの目を覗き込んだ。
「じゃあ改めて」
「乾杯ってか」
グラスを合わせ、乾杯する両者。
アルバーノは何故か、これがコーラとの初飲みに思えた。いままでさんざん酒席を共にしてきたのに。きっと、なにかの壁が消えたのだろう。
「ああ。そういえば、ツケの話なんだけど」
「あんだけ儲かったんだ。迷惑かけたし、倍にして返すって話か?」
「いやいや。経費や付届けで随分使っちゃってねえ、相殺ってとこかな。なにしろ、いいネタにはいい金額がかかる!」
「どんだけ派手に使ったんだよ。まあ、この間のサイクロップス退治で儲かったからいいけどよ。待つってだけで、チャラにするってわけじゃないから勘違いするなよ」
「よし! 金を貸してくれ!」
「お前のお陰で貰った仕事だありがとうって、こっちが言おうとする前に言うなよ! 貸す気なくなるわ!」
やいのやいのと、にぎやかな話を続ける二人。
月刊ギルドガイドの理想はまだ遠いが、この瞬間こそ、夢見た未来に一歩足を踏み出した瞬間だった。
月刊ギルドガイド 創刊号~若き冒険者の反逆! 新ギルド設立!?~ 藤井 三打 @Fujii-sanda
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます