第6話

 おそらく、順風満帆とはこのような状況を言うのだろう。

 結局、マーキンとヨシアがパーティーを組むことはなかった。彼らが選んだのは、新たな冒険者ギルドを作ることであった。いかんせん、マーキンについてきた冒険者と、集まった理想が大きすぎたのだ。

 コーラはそんなマーキンやヨシアの奔走に密着し、密着記事を作ることに成功した。ある意味、コーラに振り回された結果の今だが、マーキンやヨシアはコーラを責めなかった。内心どう思っているかまではわからないが、少なくとも人前では笑顔で接している。

 その密着記事をメインにした『月刊ギルドガイド創刊号 若き冒険者の反逆! 新ギルド発足!?』は、とんでもない勢いで売れた。マーキンを華として飾りつつ、新たなギルドを作る過程まで追う。マーキンの物語と実務的な技術書。この二つの売りは、一般市民だけでなく冒険者ですら惹きつけたのだ。ギルド発足のやり方がわかる本なんて、今までなかった。

 そして結果的に、アルバーノは蚊帳の外にいた。マーキンにギルドに誘われたが断った。監修としてコーラを手伝ったが、コーラ当人の働きに比べれば、大したことない仕事だ。あとはコーラとの雑談が、多少の記事になったぐらいだ。

 最初から携わったものの、終わってみれば、代わりのきくポジション。それがアルバーノの立ち位置であった。


                  ◇


 冒険者の友の編集部は歓喜の輪に包まれていた。稼ぎを実感した上で生じる、心地よい疲労を酒で癒やす。最初はコーラを放置していた彼らも、最終的にはコーラに巻き込まれ、皆で月刊ギルドガイドに協力する羽目になった。その結果の大儲けが、ぬるま湯に浸っていた編集部に熱を覚えさせた。

 輪の中心で酔っ払っているのは、当然コーラである。


「はーっはっは! どうだいどうだい、やってみるもんだろう! こんな大当たり、わたしだって初めてさ!」


 銅貨で売る雑誌も、桁外れに売れれば銀貨を経由して金貨となる。金貨の山は机の上に乗っているが、もし銅貨なら見ていてうんざりするくらいの巨山になっていただろう。

 君も関係者の一人だとコーラに誘われたアルバーノは、ただその喧騒を見守っていた。人が退いたところで、創刊号を手にコーラにたずねる。


「それで、これは……いったい、なんなんだ?」


 つまるところ、この雑誌は何故こうまで大金を稼ぎ、多くの人を動かすにいたったのか。遠回しな聞き方であるが、コーラならこれぐらいの聞き方でも分かるだろう。

 コーラはアルバーノに向け、意味ありげな笑みを浮かべた。


「わからない」


 意味ありげな笑みを浮かべての、これである。

 アルバーノは思わず、背負っている大剣の柄に手をかける。


「そんな、怖い顔をするなよう。そうだね、この雑誌は……ホラだ」


 ホラ。嘘ではなく、ホラ。この女は、出会った時からこの言葉を好んでいた。


「真実を追い求めるのでもなく、嘘で人を傷つけるのでもない、ホラを膨らませてみんなを楽しませる! わたしは、向こうの世界に居た頃からそういう仕事が好きだったのさ。これで、この世界も楽しくなるぞう!」


 まったく、最初に他所様の部屋を占拠していた時から、何も変わっていない。変わっていないからこそ、その危うさがわかる。コーラがこれから何をなすのか、そしてどれだけ無事でいられるのか。


 理屈で考えるなら、彼女はここで殺しておくべきだ。


 この雑誌の完成に携わった冒険者として言える、正直な感想であった。


「それなら、それでいいさ」


 だが人間、理屈のみで動いているわけではない。アルバーノはそう言うと、一度編集部の外に出る。夜風を浴び、少し冷えた頭で判断したかった。これからコーラとどう付き合うべきか。いや、すぐにでも縁を断つべきなのか。

 編集部の裏にある空き地で、アルバーノは天を仰ぐ。その手には、ワインが入ったコップがあった。

 なぜ、それができたのかと言えば、なんとなくしか答えようがないのだろう。

 コップを即座に投げ捨てるアルバーノ。コップは背後に居た黒ずくめの男に当たり、その衣装を酒で濡らした。


「ああ。お前、ヨシアだろ」


「せっかく顔も隠してきた意味がねえなあ、それじゃあ」


 覆面を取る男。出てきたのは、マーキンと共に行動しているはずのヨシアだった。

 このタイミングで、この格好でアルバーノの前に出てきた。穏当な話とは、到底思えない。

 これからやることは決まってるが、礼儀としてアルバーノはヨシアに聞く。


「マーキンの差し金か?」


「違う。アイツは何も知らない」


「なら、自分で考えて、俺を狙ったのか?」


「違う。これは俺にとっての宿題みたいなもんだ」


 ヨシアに宿題を出せるような者なんて、一人しか思い浮かばない。

 アルバーノがその答えを確かめるより先に、ヨシアが口を開いた。


「できれば、大剣を持ったお前と戦いたかったよ」


 街中かつ酒席、アルバーノの大剣は宿に置いてきた。

 一方、素手で構えるヨシア。両手を前に軽く構える、打撃戦の構えだ。ヨシアの技は、格闘術である。人と戦うことを想定した格闘術は、対人戦なら並大抵の武器より上をいく。

 アルバーノは弱みを見せず、両手を大きく構え、腰を落とした。ずっしりとした体型のアルバーノがこのような体勢を取る。それだけで、身体の重みが2割増しに見える。


「お前は我儘だな。俺は、どんな状況でも、お前と戦えるのが嬉しいぞ」


 見栄や挑発ではない、アルバーノの本音だ。

 獅子の玉座の影の実力者であるヨシアとは、一度やりあってみたかった。最近、いろいろ悩み、コンプレックスも抱えている中、ただひたすらに力を振るうだけでいいのは悪くなかった。

 王都の最強候補かつ、華と縁遠い二人の冒険者の対決は、二人以外いない空き地にて始まった。


                   ◇


 二人が戦い始めてから、どれだけの時が経ったのだろう。

 ヨシアのフックがアルバーノの顔をかすめる。


「何!?」


 外したのではなく、避けられた。それを自覚した時には、既にヨシアの身体は宙に浮いていた。


「どりゃぁぁぁっ!」


 相手の体を持ち上げてからの、逆落とし。コーラがいた世界ならバックドロップと呼ばれていたであろう投げ技は、ヨシアの頭を地面に叩きつけて戦闘能力を奪った。

 寝たまま動けないヨシア。一方、アルバーノはゆっくりと立ち上がる。


「しばらく寝てりゃあ治るだろうよ。コイツは、デカいオークを素手で仕留める技よ。格闘術の達人でも知らない、対魔物用の技だ」


 アルバーノはフン! と鼻をかみ、詰まっていた鼻血を出す。顔も腫れ上がり、腕も少し変な方向に歪んでいる。ダメージが大きいのはアルバーノだ。だが、勝ったのもアルバーノであった。

 地面に寝たまま仰向けで動けないヨシア。だが、口は動く。 


「ああ、これが秘伝の。さすがは元王国……」


「それ以上言うと、トドメ刺すぞ」


「刺さないのか?」


「刺すかよ。だいいち、お前も本気じゃなかっただろ。本気なら、手甲だのなんなのつけてくるだろうが。せいぜい、時間稼ぎを頼まれたってとこか」


 伸びをするアルバーノ。時間稼ぎの目的は一つだろう。狙われているのは、間違いなくコーラだ。


「まあ待て。ちょっとだけ話を聞いてくれ」


 動けぬヨシアがそう言う。

 アルバーノの足が止まったところで、ヨシアは話す。


「俺はお前の思っている通り、誰かの意志でお前を襲った。だが、それがすべてじゃない。俺と一緒にマーキンについた連中は、本当にマーキンの理想に共鳴している。俺もそれは同じだ。マーキンを立派な男にしてやりてえって気持ちには嘘はない」


 声が震えている以上、ヨシアの言っていることは本当なのだろう。この男にその手の器用さがあれば、もっと日の当たるところで、ギルドのエースとして君臨できていた。


「本当に悪い奴は、別にいるんだよ」


 ヨシアの言う悪い奴とは、誰のことなのか。

 それを当人に聞く気はない。これほど打ちひしがれている男に聞けるはずがない。


「明日からは、ちゃんとマーキンたちの仲間でいてやってくれ」


 宿題を終えた以上、ヨシアは自由だ。

 アルバーノはそれだけ言い残すと、編集部へと戻る。計ったわけではないが、この空き地で結構な時間を使ってしまった。


「コーラはいるか!」


「ああ? いやもう飲み直すって言って宿に。なんだその顔、何があった!?」


「ハンサムになっただろ。じゃあな!」


 驚く編集長をあしらい、アルバーノは宿へと急いで戻る。全力疾走でたどり着いた宿の一階、酒場部分には複数の人間の気配があった。

 なんでこんなに、殺したほうがいいとすら思っている人間のために全力疾走をしてしまったのか。アルバーノは荒々しい息のまま、中に入ろうとする。


「待て待て待て」


 そんなアルバーノを物陰から止めたのは、アルバーノがきっとこの場に居ると予測した人間だった。


                  ◇


 もはや慣れた様子で酒場の一席に座るコーラ。部屋で原稿を書いて、たまに外に行き、酒場で飲む。もはや彼女のルーチンワークである。常日頃いけしゃあしゃあとしているコーラだったが、今は心地悪そうに眉を歪めていた。

 居るはずの他の客や、この酒場を取り仕切る店主たちは、すでに追い出されている。ようは、人を追い出すような無粋者たちとコーラの差し向かいである。


「困るんだよなあ。ああいうこと、されちゃさ」


「せっかく頑張ってアイツを追い出したのに、これじゃあ俺たちが馬鹿みたいだろうが。あの女に払った金だって、安くはなかったんだぞ」


 コーラを詰めている、二人の冒険者。この戦士と魔術師は、マーキンがギルドを追放される時に野次を飛ばしていた二人。そして、マーキンがギルドを追放される原因となった顔面丸焼き事件に居合わせた二人でもある。

 コーラは気だるそうに話す。


「やはりね。あの事件自体が、君たちの狂言だったのか。当事者であるマーキンが、焼け痕を確認してないから怪しいとは思ってたよ」


「これぐらいしないと、アイツを追い出せなかったんだよ。上から目線で剣を学べだの、魔術の精度が足りないだの、アイツがいたんじゃ鬱陶しくてしょうがない」


「まー……それが、正しいと思うけどねえ。だって、冒険者ってそういうもんだろ。実力がなければ死ぬんだろう?」


「物には限度ってもんがあらあ! アイツに付き合ってたら、強くなる前に潰されちまうよ! そもそも俺たちは、強くなりたいんじゃなくて、儲けたいんだ! 強さしか頭にないアイツがギルドを追い出されて無一文になると思ってたら、お前のせいで王都一番の人気者。金もがっぽがっぽ来るだろう。んな、理不尽な話があるか!」


「それで、結局何をして欲しいんだい。話によっては、要望に乗るよ?」


 脅しのループに屈した。と言うより、だらだらと続いている結論の出ない話に飽きたのだろう。コーラは二人の冒険者に先にいくよう促した。


「話が早いねえ。それじゃあひとまず、金をもらおうか。そもそも、俺たちがマーキンを追い出さなきゃ、あんたのくだらない雑誌だってそんなに売れなかっただろ。分前をくれても、いいよな?」


「はあ~~~」


 ため息を吐くコーラ。コーラにとって、目の前の二人の冒険者は、つまらなさの極地とも言える冒険者であった。あまりの派手なため息に驚く二人、コーラはため息の真意を丁寧に解説する。


「いやいや、そこで言うなら、次は自分たちを特集しろ。せめて、マーキンのことはもうネタにするな。どちらかじゃないと困るよ。なんだい、金をよこせって。直接じゃ強盗だから、頭をひねって理屈を考え出した風だけど、結局面白くも楽しくもない。どっちらけだよ、どっちらけ」


「お、お前! この状況がわかって言ってるのか?」


「わかってるよ。わかっているけど、その程度の脅しでビビるようじゃ、やってられないんだよ。わたしの知っている怖い奴らだったら、まず殴るところから始めてるからね」


「ならそうしてやるよ!」


 そう言って杖を掲げた魔術師が、唐突にぶっ飛んだ。


「だ、誰だ! アルバーノか!」


 戦士は腰のブロードソードを手に叫ぶが、目の前にいた人物を見て動きが止まった。


「あ、あんたは」


「シャイ!」


 乱入者の力任せのビンタが、戦士を魔術師と同じように景気よくぶっ飛ばした。

 見上げるような身長に、無駄一つなく鍛えられた身体。特徴的な、突き出た顎により弓なりとなった顔。獅子の玉座のギルド長であるアントンが、二人の不埒物を見下ろしていた。


「出てけ!」


「ひぃ!」


 アントンに一喝され、逃げ出す二人の冒険者。自分たちがやったことを、全部聞かれてしまった。おそらくあの二人が、獅子の玉座に戻ってくることは二度とないだろう。

 アントンは続いてコーラを見下ろす。合図をしたと意味ありげに言っていたのに、コーラはアントンを見て呆然としていた。


「えー……」


 きっとコーラは別の人物を想定していたのだろう。おそらく、ふいに姿を消した、アルバーノ辺りを。ずっと自分をチラチラ追っていた二人を誘い出すために、わざと姿を消した。そんな予想をしていた。

 だが出てきたのは、獅子の玉座のギルド長のアントンである。コーラのマーキンアゲの獅子の玉座サゲの記事にて、人気を落としたギルドの長だ。

 アントンは広げた手を大きく振り上げる。その手の高さは、先程のビンタより遥かに高く力強い。そのままアントンは、勢いよく手を振り下ろした。


「どうも先生、面倒をかけました」


「あービックリした。この局面で、まさかご本人登場なんて思ってもいなかった」


「ムフフ、サプライズですよ。サプライズ。それぐらいはしていい立場でしょう。ところで先生、真相は書くんですか?」


「この一件の? 獅子の玉座の恥になる上に、今現在のマーキンの物語のノイズになるような真相なんて、書くわけがない。わたしは、本当を元に、嘘を書かず、ホラを吹く人間だからね」


「なら安心しましたよ。やはり先生は、わかる人だ」


 アントンはコーラと握手をかわしていた。

 獅子の玉座のギルド長と、その獅子の玉座の立場を悪くした記者。この二人は、実は既に裏で手を組んでいたのだ。

 アントンは先程自分が引き止めたアルバーノを中へと招く。


「アルバーノ、どうした、来いよ」


「はいはい……」


 しぶしぶと、かったるそうな足取りで、酒場へと入ってくるアルバーノ。当たり前だが、アルバーノは不貞腐れていた。

 腫れ上がったアルバーノの顔を見て、コーラが驚く。


「なにがあった!? いつも山賊みたいな顔をした男が」


「野盗みたいになってるって? 村娘をさらうタイプの」


「なんでそんなに、自分を卑下するんだ? いやいや、その顔はいい。すごい戦いをしたって、一発で分かるような顔だ。有刺鉄線デスマッチを終えた後の勝者みたいだ。以前、君に華が無いと言ったのを訂正させてもらう。今のその顔には、間違いなく表紙になれるだけの色気がある!」


「……ありがとうよ」


 誇張抜き、嘘無しのコーラの絶賛により、多少アルバーノの機嫌は直った。

 アルバーノは少し考えてから、改めて二人にたずねる。


「で。結局これは、どういうことなんですか?」


 コーラは獅子の玉座に喧嘩を売ったわりに実に呑気なものだと思っていたが、こうして裏で談合していたのなら話は別だ。むしろ呑気というか間抜けなのは、そんな事情を知らぬまま心配していたアルバーノである。


「始まりは俺だな」


 手を挙げるアントン。


「最初は大した話じゃなかったんだよ。マーキンが嫉妬されてる。マーキンには、将来的にこのギルドを担うだけの才能があるが、このままでは足を引っ張るような連中に潰される。だから、ヨシアたちと一芝居うって、一旦マーキンを追い出した。そういう連中の性根は、俺が一喝しても治るもんじゃねえからな」


「そこまではそんなとこだろうと、わかってましたがね。マーキンに期待していたのは知ってますし」


「一度外を経験してもらうことで、マーキンにはデカい男になって欲しい。マーキンが外に出ているうちに、くだらねえことやってる連中を追い出す。そう考えてたところで、先生が話を持ってきたんだよ。先生!」


 アントンに先生と呼ばれるコーラ。なんで先生なのかはわからないが、コーラも特に反応していないので、それでいいのだろう。


「よし、バトンタッチだ。あの後、わたしは一人でこっそり獅子の玉座にお邪魔して、アントンさんと話し合ったのさ。あなたのやりたいことはわかるが、もっと面白くできるって。アントンさんは初対面のわたしの話をじっくり聞いてくれて、そこで協力関係になったんだ」


「あのはぐれた時に、んなことしてたのか。でも今のところ、獅子の玉座側に得が無いぜ。顔に泥を塗られて、何人も抜けて、挙句の果てにギルドガイドのダシにされて。いいことが一つもないのに協力?」


「まず、今みたいな大掃除が出来たことだな。狂言に乗った連中は、自称被害者だった女も含め、全員追い出した。だいたい本気でマーキンを追い出す気なら、あんな白昼堂々やらねえよ。さっきみたいにいきなりぶん殴って出てけ! これが楽。人をクビにする最短経路だ」


 アントンは一見機嫌の良い様子で、アルバーノに説明する。


「今、ウチの連中は燃えてる。あの出てった連中に負けるもんか! と、目の色が変わったよ。今までウチは巨人の頂きをライバルにしていたが、あそことは考え方がそもそも違う。ウチの連中もイマイチ盛り上がらなかった。だがマーキンたちは、俺たちが本家だ! とばかりに出ていった。これほどのいいライバルはいない」


「そいつあわかるが、随分と剛毅なことを。人が出ていってるのに」


「俺とお前の違いが一つあるとすれば、ギルド長であることだ。ギルドを作る。さらに維持するのは難しいんだよ」


「……マーキンたちが失敗すると?」


「五分五分。失敗したら、行き場のないマーキンたちをまた入れてやってもいい。成功したら、その時は叩き潰すのも仕方ない。あいつらの成否はともかく、俺には損が無いんだよ」


 ムフフと笑ってはいるが、アントンの目は笑っていなかった。自分がマーキンたちの風下に立つことは決してない。この自惚れにも近い強烈な自我を持つギルド長がいるかぎり、獅子の玉座が潰れることはないだろう。


「それに先生、ちゃんと約束は覚えてますよね?」


「ああ。月刊ギルドガイドの次号では、獅子の玉座を特集する。反論もちゃんと載せて、お互いが喧嘩腰になるように煽らせてもらうよ」


「俺は素知らぬ顔でブチ切れたフリをするけど、勘弁してくださいよ? 俺が大々的に協力していると知ったら、みんな冷めてしまう。喧嘩は本気にならないと意味がないですからね。それと、巨山の頂きの特集は後回しにすることもわかってますね」


「それも覚えているさ。ただ、再来月号では流石に触れさせてほしいね。あんな大きなギルドに触れないのは、いくらなんでも人の興味を削いでしまうよ」


「そこまでは言いません。先生は巨山の頂きにも声をかけているみたいですから、一応釘を刺させてもらいました。わたしは、これから冒険者を、王侯貴族をも越える立派な身分にしたい。この夢には、先生のような力が必要だと、本気で思っているんですよ。なにせ、先生にも夢がある!」


 笑顔で理想を語りつつ、自分のギルドの得を考え、ライバルギルドへの接近を知っているぞと口にする。今までただの強い冒険者としてしか見てこなかったが、このリーダーとしてのアントンの姿は、勝負する気にならないくらい恐ろしい。アルバーノは、フリーの冒険者ではわからぬアントンの一端に初めて触れた。


「細かい話はこんどまた、別の店でやりましょう。アルバーノもまた獅子の玉座の仕事を受けてくれ。巨山の頂きの仕事も、マーキンのとこの仕事も、バンバン受けてくれ。一流は忙しくするのが義務だ! ダーッ……ハッハ!」


 両腕をあげ、雄々しく帰っていくアントン。その大きな背が消えたところで、アルバーノはコーラに話す。


「この顔だがな、ヨシアに襲われてやられた」


「どうして?」


「マーキンは知らない。ありゃ、アントンの指示だ。ヨシアを使うことで俺を足止めして、お前を狙っていた二人をおびき出した。俺がいたら、あの二人は出てこなかっただろうしな」


 そしてたぶん、アルバーノが駆けつけるのが遅れていたら、アントンはもう少し遅くに、コーラが痛めつけられてから乱入していただろう。なぜならその方が、恩が売れるからだ。アルバーノの到着が、アントンの予定を狂わせた。


「そうすると、もしかしてヨシアはマーキン側に潜り込んだスパイなのかな」


「おそらくアントンはそのつもりでいるんじゃないか。だから、潰れた時はまたウチに戻ってこいみたいなこと言ってたんだよ。その時は、ヨシアがツテになるんだろうさ。でも、俺がやりあった限りでは、ヨシアは本当にマーキン側についてる。これだけは、やりあった人間だからわかるとしか言いようがねえけどな」


 ヨシアはもともと獅子の玉座の仕事人であり、アントンには深い忠誠を誓っていた。おそらく最初は猫の鈴として、ヨシアはマーキンの元に送り込まれたのだろう。

 しかしヨシアはアルバーノを襲った時、宿題みたいなものと言っていた。宿題は、終えてしまえば自由である。それに、マーキンを支えたい気持ちに嘘があるとは思いたくない。

 後の道を選ぶのは、ヨシア当人にしかできないこと。本当に悪い奴にこれ以上いいようにされないよう、祈ってやることしかできない。

 アルバーノは話す。


「俺も今の今までしっかり理解していなかったが、ありゃ怪物だ。アレと渡り合ってる巨山の頂きのギルド長も似たようなもんだ。お前、本当にあの怪物相手に楽しむつもりか? ホラだけで、アレと渡り合う気でいるのか?」


 ホラを膨らませて、みんなを楽しませ、ついでに金を儲ける。

 コーラのやりたいことはわかったが、それはあのアントンたちを相手に出し抜くということだ。夢の実現にコーラが必要というアントンの言葉におそらく嘘はない。共に夢を叶えたい。それはつまり、夢を叶えようとしている俺から離れるなという話でもある。


「そうだね。それについては」


 改めて席に着くコーラ。テーブルの上には真新しい果実酒と二つのコップが置かれていた。


「飲んで考えるとしよう」


 お前、酒に逃げる気か。

 怒鳴りつけてやろうとしたアルバーノであったが、コーラの面持ちを見て止める。

 その顔は、今までにないくらいにまともで、さっきまで酒を飲んでいたとは思えないくらい透き通っていた。


「ったく」


 ならば仕方がないと、席に着くアルバーノ。

 空のグラスにオレンジ色の柑橘酒が注がれた。

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