もしもデスゲームの参加者が全員バカだったら

不許

もしもデスゲームの参加者が全員バカだったら

暗雲がどんよりと立ち込める。

岬に建つ屋敷は煉瓦造りでありながら、雨汚れにまみれ、もう長いこと人の手が入っていないように見えた。

屋敷を囲む塀は高く、門には鉄格子が嵌まっている。まるで牢獄のような印象だ。

だが実際は監獄ではない。この屋敷は遊戯場。

――道化師ピエロが、今まさにチェスの駒を進めようとしていた。


11人は立ちすくむ。

つい先ほどまで街に、職場に、家にいたはずなのに、ここはどこだ?

見知らぬ玄関ホールに、性別も年齢もバラバラな者たちが集められている。

この館は何なんだ。

やがて――ぷつんという通電音とともに、目前の巨大スクリーンに映像が映し出された。

真っ赤な鼻をした道化師が大げさにお辞儀をしてみせる。


『オヒョヒョ、ようこそ皆さま! コロシアイとアイの舞台へようこそ!』

「誰だ貴様……ここは何処だ!」

『ここは九龍館。血に塗れし呪いの館でございます。私はゲームマスターのピエロ、素敵なゲームにぜひ参加していただきたくご招待させていただきましたぁ』

「は? コロシアイだァ? 意味わかんねーし。俺帰っから」


早速チンピラが足を後方に向ける。目指す先は玄関扉だ。


『おやまあ気が早いお客様です。ですがルールも聞かない無法者には』


ガコンッ


「ギャッ……!?」


ドアノブに手を掛けた瞬間、床から槍が突き出て彼を串刺しにした。

はじけ飛んだ血が絨毯を染める。

腹を貫かれた彼はそのままずるりと崩れ落ちた。

凄惨な死に様に、一同は目を見開いた。


『おお神よ! このように無残な末路が待っているのです!』


芝居がかった仕草で道化師は十字を切った。


(オヒョッ早速死んでくれそうなやつが死んでくれましたね! デスゲームにおいては最初の死者は盛り上げに欠かせません! よきよき)


ピエロは内心ガッツポーズ。滑り出しは完璧だ。

ゴスロリ令嬢。正ヒロインっぽい清純娘。探偵。腹黒ショタ。メガネ。壮年の富豪。マッスル僧。人殺してそうなヤツ。若医者。謎の美女。

残りの面子もザ・デスゲームという感じでいい展開が期待できるだろう。うきうきと凍りついた場を見守る。


「愚かなこと。騒ぎ立てれば死が近づくというのに。愚者は愚者らしく死んでしまえばいいのだわ」

『おやおや薄情なお嬢様です。これでキリよく残り10人に――』

「静かに触れば、罠など発動しないのだわ」

『えっ』


ガコンッ


「ギャッ……!?」


ドアノブに手を掛けた瞬間、床から槍が突き出て彼女を串刺しにした。

はじけ飛んだ血が絨毯を染める。

腹を貫かれた彼女はそのままずるりと崩れ落ちた。

凄惨な死に様に、一同は目を見開いた。


『こ。これで9人になりましたね。オヒョッオ』


ピエロは震えながら動揺を隠すようケラケラ笑う。

ちょっと待って。一気に二人は早くない? 最初の一人が死んでから1分も経ってないよ?


(最初の一人が死んでからは膠着状態になって何かの事件を皮切りに続々死ぬもんでしょ? ちょっと早すぎってピエロ思うんだけど)


「貴様ァ! あのおなごを罠にかけおったな!」

『アッハイそうで~す! 男も女も問わずこのゲームでは死んでしまうのデス! オヒョヒョヒョ!』


マッスル僧のナイストスによりピエロがなんかやったせいになった。

危ない危ない。危うくアホが罠に掛かりにいって死んだというクソしょうもない真実が広まるところだった。

緊迫感が台無しになってしまう。まったく何のために屋敷を用意したと思っているんだ。


『本日はなんと皆様に謎解きに挑んでもらいます! 出される問題を解くだけの簡単なゲームですが……ジーザス! 間違えた方は死んでしまうのです』

「な、なんて馬鹿げた話だ。こんなところに居られるか! 僕は部屋に籠もるからな!」


若医者はたった一人、客室に向かう廊下へ歩いていった。


(も~どいつもこいつも気が早すぎ~! でもデスゲームもので様子を見に行ったら「し、死んでる」ってなるのは王道ですねぇ! いいですよいいですよ!)


「ケッヒャッヒャ……つまり全員殺せば解決!! 俺が唯一の生存者だぜェーッ!」

『は?』


人殺してそうなヤツがナイフを持って参加者を襲い始めた。寡黙で黙っていたのが嘘のように豹変している。

まだ何も起きていないのに。


(もう気が早いってレベルじゃねえよ! ピエロお前が場を乱す系のダークホースになると思って招待したのになんで渋谷ではケロッとしててここでは暴れるんだ)


暴れるならゲーム開始後にしろよ! と思うもののすぐに気を取り直す。

そうだ、この洋館にはいっぱい罠がある。

こいつをさっさと殺してしまおう。

ぶっちゃけ落とし穴そこら中にあるし。


(オッいい位置に来ましたねぇ! さっそく落とし穴を発動させてご退場いただき)


「お姉ちゃんは僕が守る!」


『!?』


ショタがヤツの前に躍り出た。

ナイフを舌なめずりして駆け出す、人を殺してそうなヤツ。

ショタが盛大にぶん殴られ――人殺してそうなヤツは勢いのまま、足を滑らせ頭を強打した。


「ぐはっ」


打ち所が悪かったのか小さな悲鳴とともにヤツは――死んだ。

ぽっかり空いた隣の落とし穴が寂しそうに泣いている……。


「少年大丈夫か!」

「しっかりして! お願い死なないで!」

「お、お姉……ちゃん」


ショタが綺麗な顔で正ヒロインっぽい清純娘を見ている。馬鹿な。

親族から巻き上げた金で豪遊生活、口癖は「家族はATM」ってプロフにあったのになんで綺麗になっとるん?


「僕ね……本当は、ずっとおかあさんと暮らしたかった……でもお金がなくって、病気が悪くなって、おかあさん……が……」

「やめて! これ以上喋っちゃだめ! すぐに助けが来るから」

「おかあさんそっくり……だね………会える……か……な……」

「そ、そんな――いやああぁぁぁぁぁぁ!」


少年の命がはかなく散っていく。見知らぬ人に一方的に気持ち押しつけて散っていく。


――せめてその告白はデスゲームで絆作ってここぞというときにして!?


ピエロの思いもはかなく散っていく。


「貴様ァァァァァ! あのような幼子まで……絶対に、絶対に許さんぞぉぉぉぉぉぉ!」

『オッヒョッヒョ』


マッスル僧のナイストスにも上手く返せない。もう笑うしかない。


(し、しかしまだ7人いる! まだ全然仕切り直せます! なんか全部ピエロのせいになっているし!)


不幸中の幸いである。緊張感は高まっているし謎の美女も「うふふ……」と笑っている。雰囲気だけはバッチリだ。

しかし不幸とは続くもの。


「隙ありだ」


壮年の富豪が穴にメガネを突き落とす。

ピエロが人殺してそうなヤツ用に開けた落とし穴を見つけ、すぐに有効活用してきたのだ。


(コロシアイ始めるの早えよ! なんでこういう時には知恵がすぐ回るんだ! まだデスゲームのデの字も出ていないじゃないですか! 

まままあしかし、今までのと比べたらデスゲームとしてはだいぶ正しいかな、うん)


ピエロのハードルはすでに地面にくっつくほど下がっていた。

富豪がいい影響を与えてくれたら……と思った矢先、富豪のズボンがぐいと掴まれる。

迂闊にも落とし穴のふちギリギリに立っていたので、落ちていくメガネの手の届く範囲だったのだ。


「貴様ァ! まさかこの儂の裾を掴んだだと!?」

「ふっ凡人のアンタにはわからないだろうが、天才の俺ならわかる。人間っつーのはかなり重いんだよ。それこそ服の端を掴むだけでアンタを道連れにできるのさ!!」

「馬鹿なっ! こんなもの儂の計算にはなかった! そんな、そんな、儂の完璧な計画が、プロジェクトが……やめろおおおおおお!」

「――悪いな、一緒に死んでくれ!」


二人の男が落とし穴に落ちていく。底のない、深い深い暗闇へと――


(なんか勝手に盛り上がって死んだ……)


あ然とする一同。もちろんそれにピエロも含まれた。


「……ど、どうしてぇ……どうしてみんな死んでくのぉ……」

(ホントだよ!!!)


心の中で全力で同意してても伝わらない。

なぜだ。なぜ死ななくていいところで勝手に死んでいく。


「フフッ医者の彼は正しかったみたいね。こうやって、お互い傷つけ合うことしかできないんだから……」

「貴様っ! 言って良いことと悪いことがあろう!」

(確かに医者のアイツは正しかったかもしれない)


少なからずともコイツらの愚かムーブに巻き込まれなかったことを考えると英断である。

残り5人、うち1人は部屋。そろそろデスゲームをするのが辛い人数になってきた。


『エッエー、では早速最初のゲーム、なぞなぞといきましょうか』

まだ最初……脱落者6人で最初とか嘘やろ……? と思っているが顔には出さない。

ピエロはプロだ。


『さてはて同族を殺すことも厭わない、なんとも愚かな生き物がおりました! その生き物は、はじめは4本足、次は2本足となります。では、最後には何本足になっているでしょうか?』


ピエロの声とともに5つのボタンがせり上がる。

12345。

番号が振られ、脇にはエジプト風の不気味な足の絵が描かれていた


『なお……ボタンを押せるのは1名につき1度きりになりますので、ご注意くださいませ?』


これは有名なスフィンクスのなぞなぞにまつわる問題だ。特にひねりもない。

生き物の正体は人間。生まれたときは四つん這い、成長したあとは二本足、そして老人となって杖をつき三本足となる。

つまり、答えは3。

スフィンクスを知っていれば誰でも答えにたどり付ける、あまりにも簡単な問題。


――この問題の本質はなぞなぞそのものではない。

「ボタンを押せるのは1度きりだけ」という事実の提示。


なぞなぞはやがて異常な難易度になっていく。そしてピエロより「最初の回答者の後追いをすれば生き残れる」「他の参加者の回答権と引き換えにヒントを与える」と不和への布石がまかれ始めるのだ。

絶望し、ついには憎悪を同胞へ向ける……。

その様を見るためのあまりにも悪趣味な仕掛け。


これは「デス」ゲームの先触れとなるゲームだ。

遊び半分で挑んだ者が死に、流血を見て始めて彼らは恐怖するのだ。

もう6人死んでるとか言ってはいけない。


「ふふふ……なかなか粋な問題ね」

『これはこれは、お気に召されたようで光栄でございます』


ピエロの企みを知ってか知らずか謎の美女はニヤリと笑う。


「まさか問題文に――何の意味もないだなんてね」

『なっ!?』

「何だと!?」


謎の美女、華麗にファウルボール。


「最初は4本足、次は2本足。そんな生き物は地球上には存在しない。つまりこの問題文は回答者を惑わせるための……意味のないデタラメ。完璧なミスリードよ」

(お前の辞書にはなぞなぞという言葉はないのかよ! パンはパンでも食べられないパンはなーんだにそんなもん無いって答えてんのか!?)


ピエロのツッコミを知らずスタスタとボタンへ歩き始めた。

ま、まずい。ここはゲームマスターとして方向転換させなければ。


『おーっとヒント!! ヒントを差し上げましょう!! 同族を殺すことも厭わない愚かな生物ところでここはデスゲーム! つまりこの生き物は、に、にん!?』

「答えは部屋の燭台の数。私の第六感がそう言ってるわ……答えは5」


謎の美女は5のボタンを押し――すっとんで来たギロチンに首を刎ねられた。

空を飛ぶ生首。

その顔は、自らの第六感を疑わない自信に満ちた顔のままだった……。


3人に衝撃が走る。あれほどピエロの裏をかこうとした謎の美女の突然の死。

場面だけ切り取ったらめちゃくちゃ盛り上がるシーンであろう。


(……嘘だ……)


もはやピエロは青息吐息だった。

腕を組み俯いている。

おかしい。人選にはかなり気を配ったのに小学5年生の問題ですら死人が出た。

引っかけてもいないところに勝手に引っかかって死ぬとかちょっと予想できない。

なんでマークシートを適当に埋める学生のような真似するん?


残ったのは3人。

頭脳派の探偵と性格に難のないヒロイン、屈強な肉体を持つマッチョ僧だけだ。


……あれ? これ結構戦えるんじゃないか? 協調性がありそうだから仲間割れしないだろうし、さすがに頭脳派もどきは壊滅しただろう。なんなら殺す気だった若医者も合流させてもいいかもしれない。

初見殺しを減らせば最後のゲームまで行けるかも。


「ぐぁぁぁぁぁぁぁ!!」


そんなピエロの希望はすぐに砕かれた。


「そ、僧侶さん!」

「何だ!? 何があった!」


何があったはこっちのセリフだ。

僧侶が4のボタンを押して血まみれになっていた。

ギロチンを避けようとしたが避けきれず体を大きく切られている。


「ぬおおお、すまぬ……生き残った人数が、4、だから4だと思ったんじゃ」

「馬鹿野郎! どうして相談しなかった!」

「ハハハッ、ワシは考えるのは苦手でな……これでのこり三択、じゃ……お前さんなら解ける、ワシはしん……じてお…………」

「そ、そんな――いやああぁぁぁぁぁぁ!」


マッスル僧の命がはかなく散っていく。残り三択にするためだけに散っていく。


――馬鹿野郎! どうして相談しなかった!!


ピエロの心の中でごもっともな正論がリフレインしていた。

こいつらスピード解決に命賭けすぎだろ。


「ううっひっぐ、僧侶さぁん……」

「……行こう。答えが、進むべき道が見えた。事件を解決するぞ」


もはやナイストスしてくれたあの漢はいない。

悲しみの中、探偵が立ち上がる。その様を見てピエロの死んだ目にも小さな灯りが灯った。

もしかしたら、もしかしたら。この探偵だけは馬鹿ではないかもしれない。

この際知能が小学生並みでもいい。最低限の用心さえしてくれれば。


「なっ冷たすぎません!? あの女性も僧侶さんも亡くなっているのに!」


8人も死者が出てるのに今更すぎる。


「だからこそだ! 彼らの意志を継ぎ生き残るんだ! ここで我々が屈したら彼らの思いが無駄になる」

(お、おお……!)

探偵の熱意。それはピエロがデスゲームに求めてやまなかったもの。

なんか勝手に死んでいく奴らとは違う生への執着。

輝かしいほどの希望――それがうち砕かれる様を、ピエロはずっと見たかったのだ!


『……オーッヒョッヒョ! いやはや素晴らしいご高説だ! 私めも舞台を整えたかいがあったものです』

「そこで見ているがいい。私たちは必ず貴様の元に辿り着き、正当な裁きを下させる!」

『ええ楽しみにしていますよ。貴方が絶望の中死んでいくのをね……!』


ピエロは言葉を吐きながらリビドーを感じていた。

これだ。ずっとこの感覚を味わいたかったのだ。

抗う参加者。悪意、善意、殺し合う人々。そして最後に残った希望と――それを失う絶望。

手のひらで転がす最高の愉悦……!

『ああ、貴方はまったく期待通りの方です……!』


いつものふざけた笑いを忘れ、ピエロは感慨にふける。

目前のカメラからは探偵がボタンの前に歩いていくのが見えた。

その姿はまさにレッドカーペット。

探偵はボタンの前で立ち止まり、すっと息を整え――


2のボタンを押した。


『えっ』


スパァーーーーン……!


空を飛ぶ生首。先ほどピエロに宣戦布告した男の首が、あっさり飛んでいく。

押されたボタンは2。

最後に残った希望と――それを失う絶望。

今、まさにピエロが参加者に求めていたことをピエロ自身が味わっていた。


男の生首が転がっていく。

ピエロはそれを信じがたい目で見ている。

嘘だ。嘘だと言って!

ヒロインみたいなことをピエロが考えている。


「た、探偵さん……いま分かりました……!」

『えっ!?』


そして当のヒロインはというと何かがわかったのかボタンの前へと駆け出した。


(えっ? えっ?)


ついていけないピエロ。

加速するヒロインの思考。


(探偵さんは……探偵さんは! 身を挺して三択から二択にしたんだ! それがこの超難問を解くための唯一の解法……! 確率はフィフティフィフティ、このボタンのどっちかが、正解!)


それは、同じIQでしか辿り着けない領域。

問題の解き方をまったく考えない者同士でしか成り立たないシンクロニティ。

ヒロインは迷うことなくボタンを押した――


1。


スパァーーーーン……!



ヒロインの首が転がっていく。

ちょうどそこに、廊下から歩いてくる若医者がいた。


「くっあの部屋に籠もるのも苦痛だ。ピエロ、僕も参加を――なんだこれは!?」


死亡フラグを自ら折った若医者が、無意味に10人が死んだ現場を見て恐れおののく。

そして転がる女の生首。


「う、うわっ……うわあああああああああああああ!!」


半狂乱になりながら若医者は駆け出した。

血を吸い込んだカーペットに足をとられた。


「あっ」


そして足を滑らせ頭を強打し、若医者は……死んだ。



ゲーム開始から5分。

生存者0名。



愕然としながらピエロが呟く。


『ぜ、全滅した……』



――デスゲームは終わった。

最後に残されたのは目の前の現実が直視できない、哀れな道化師ピエロだけだった――

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