発明家の夢

森田 もずく

第1話

 21世紀、国を率いるリーダーたちは、どうしたら自分が世界のトップになれるのか思案した。その結果、市井の人々は戦争におびえて暮らすことになった。各国のにらみ合い、各地で起こる戦争。しかし幸いにも、第三次世界大戦には至らなかった。世界はまだ、20世紀の惨状を覚えていたからだ。


21世紀の人々はみな、未来の平和を願った。そして100年後の未来を決めるのは自分たちの行動だと口々に言ったが、起こる戦争を止めるなどできるはずもなかった。

状況は好転しないまま、時代は流れ22世紀になった。

争いは絶え間なかったが、人々は21世紀では考えられない暮らしをしていた。簡単に言ってしまえば、望むものはすぐ手に入るのだ。人口の増加によって相対的に研究者の数も増えた。その分技術も蓄積され、一日にいくつもの発明がなされた。何不自由ない暮らしといっても過言ではなかった。


しかし一つだけ、人々が未だ目にしたことのないものがあった。タイムマシーンである。新幹線は一種のタイムマシーンだと主張する人もいたが、明確に時代を超えることのできる機械は発明されていなかった。過去に行くのは不可能に近い。でも理論上、未来に行くことはできる。そう考えて、多くの発明家がその難関に挑んできた。

未来はどうなっているのか。人類は今より平和に暮しているだろうか。その答えは、タイムマシーンにある。多くの人がそう考えていた。


ある日、chatterbox(チャッターボックス)に一つの投稿がなされた。


「我々は、ついにタイムマシーンを発明した。ただのタイムマシーンではない。未来の音がきこえるのだ。自分ごと未来に行くのは様々な理由により危険極まりない。しかし我々はある特別なレコーダーを、狙った場所に送り込み未来の音を聞くことに成功した。おおまかな場所は指定できるが、細かく位置を決めるのはまだ難しい。多くの方がタイムマシーンに求めている、未来の世界が平和になっているかを確かめられるだろう。

明日の世界時間午前8時に、今日記録した、10年後・50年後・100年後の音声を順次公開していく。それぞれ1時間の録音になる予定である。世界の大きな変換点をみのがすなかれ。」


この投稿は、chatterbox(チャッターボックス)を使う全員のタイムボックスに現れた。chatterbox(チャッターボックス)は一時、「こんなアカウントをフォローした覚えないのに」「どうせネタでしょ」「どんな音声が公開されるかみもの」といったチャットで埋め尽くされた。世界中の誰も、この内容を信じていなかった。

しかし、人々がこの話題をいたずらとして忘れかけたころ、各国の研究者が一斉にあの投稿をシェアし始めた。ついには国のリーダーまでもが、反応を示した。どうもこれはただ事ではなさそうだ。人々はそう感じ始めていた。


予告された時間まで残り5時間を過ぎたときだった。これまで1000を超える発明品を世に送り出し、現代の発明王と称された、世界的権威の学者が、次のような投稿をした。


「世間を騒がせているこの発明に、私も参加している。あのアカウントは、私の研究所のものだ。みなさんはもうすぐ、新時代の幕開けに立ち会うことになるだろう。」


いよいよ騒ぎは本格化した。発明王の投稿の真意は。どんな音が録音されたのか。様々な憶測が飛び交い、世界中が時計の針のいく末をかたずをのんで見守った。


時刻ちょうど、またも全員のタイムボックスへ、未来の音なるものと、それに対する発明王の公式見解が投稿された。


「X年Y月Z日から、それぞれ10年後・50年後・100年後の音を、××国と〇〇国で録音」


「コンピューターに、録音されたすべての音の出どころを分析させ、一覧にした。そのデータとともに、公式見解を述べておく」


「××国は戦争大国の首都である。戦争で稼ぎ成長した国の中心部だ。今も戦禍の中にある。10年後の音声にも爆弾の音がはいっている。注目したいのが、50年後の音声だ。『新型爆弾を△△国に投下する。』という音声から、カウントダウンがはじまっている。それから人々が歓喜する声。△△国は××国の隣国であり、現在両市の関係は良好である。××国は核を保有しているが、この新型爆弾とされるものにはそれ以上の威力があるということだろう。そして100年後、恐ろしいことに、時々風の音が入るばかりで、人の声や生活音はしないのである。」


「次に、〇〇国について。〇〇国は戦時中立国であり、現在も比較的戦争の心配は少ない。10年後の音声でも、いわゆる人々の生活音や町の音が聞こえる。しかし、50年後の音声では、着弾の音や、逃げ惑う人々の声が録音されている。そして55分をすぎたあたりで、急にすべての音が聞こえなくなった。100年後、罵りあう声と、金属のぶつかりあう音が聞こえる。」


「これは一つの仮説にすぎないが、100年後に罵りあっている人々は、今から50年後の第三次世界大戦の生き残りで、原始時代同様の生活をしているのではないか。世界を滅ぼしたのは、××国が投下した新兵器、もしくは各国のなんらかの爆弾だろう。少なくとも100年後、現在使われている技術のほとんどは残っていないようだ。」


「第三次世界大戦が、50年後まで迫っているのだろうか。平和のために、私たちができることはないのか。今回公開した音声は、何通りにもありうる未来のほんの一つだ。これからの私たちの行動が、この未来を変えることを切に願う。」


世界を取り巻く状況が変わったのはその日からだった。今まで起こっていたすべての戦争は平和的話し合いをもって終結。いままでどこにあったのか、発展途上国に多額の寄付金が集まり、さらに全世界的に緑化が進められ……。

 

そこまで夢を見て、発明家は目を覚ました。自分の頭に付けた夢変換器を外す。


(ふむ。新しいタイプの夢を採取できたぞ。これは久しぶりにベティに見せる価値がありそうだ。)


発明家はダビング中の夢を眺めながら、心の中でそう思った。


「ベティ、どこにいる?ここまできてくれ。一緒に映画を見ようじゃないか。」


「もういますよ。」


隣を見ると、たしかにそこにクマのぬいぐるみが座っている。


「いまさっき採ったばかりの映像でね。調整剤を飲まなかったから、僕が見た夢にしては支離滅裂で長い気がするんだが……。さあ、変換し終わったようだ。」


そういって発明家は再生のスイッチを押した。

映像は意外にも15分ほどで終わった。


「どうだったかい。ベティの感想を聞かせておくれ。」


頭をなでられて、ベティは話し出した。


「はい。私は、今の映像を見て、発明王のあなたらしい夢だと思いました。平和を愛していて、きっと世界平和が実現すると思っている、一種のその愚かさがこの面白く味わい深い作品を生み出したのではないかと思います。また、先ほどあなたが指摘していた通り、」


そこまで聞いて、発明家はベティの手を握った。


(僕が6歳の時に買ってもらった動物型人間装置だからな。ベティの設定から外れたことを言うなんて、もう古くなっているのかもしれない。)


「そうかいベティ。あの時には多くの人がそう思っていたんだよ。平和な世界がいつか実現すると……。でも私たちはあまりにも受動的だった。一人一人の行動が積み重なってあの惨状になったとわかっていながら、自分が少し行動を起こしたところで何も変わらないと思ってしまったのだ。そして、今までの歴史をないがしろにして、持っている技術を全て捨て、あんな爆弾を作って、ついにはこんな地下で暮らすようになった……。」


「だが世界が半分滅んで、二度と東から上る太陽を見られなくなっても、人間は変われないのだ。人が考えること、すること、その結果。すべてが悪循環でしかない。

残っている人類はどれくらいいるのだろう。私の研究室の仲間も含めて。当時研究所にいた人々は、持てるだけのものを持ってこの地下に潜り、昔の発明を再現しながら生きてきた。」


ベティにそう話しかけながら、発明家はタブレットに「牛乳」と打ち込んだ。すると、ベッドに備えたサイドテーブルに、牛乳が現れた。


「地下で暮らす男は100人もいるが、子孫を増やすこともできなければ、他の人がどこで何をしているのかさえ分からない。もしかしたら私たち以外の生き残りはまだ上にいるのかもしれない。」


「でもあの時の最善策はこの生活しかなかったのだ。……そうだろう、ベティ……。」


自分の頭に置かれた熱を察知して、ベティが答える。


「すみません。よくわかりません。私は、先程からのあなたのお話は全て、矛盾していると思いました。他の人々が今どうなっているのか知りたいのなら、一度地上に上がってみてはいかがですか。」


発明家に手を握られ、ベティは話すのをやめた。


「地上に行ってなにが分かる。そんなの議論する余地もないのさ。あの爆弾を開発したのも、ボタンを押したのも、この私なのだ。全てが干からび、人っ子一人いないのを自分で確認しに行くなんて、耐えられない。今日見た夢にでてきたような生き残りが存在するのなら、喜んで地上に出るさ。」


ベティの黒い目玉が、発明家を見つめる。


「あなたが最も望んでいたものは平和だったはずなのに。なぜご自分でその夢を壊すようなことをしたのですか。ボタンを押すなんて。」


ベティがもう一度話し始めたことに驚きながら、発明家はベティを握る手に力を強めた。


「とうとう壊れてしまったかな。さて、油を売りすぎた。もう朝の会議が始まっているころだ。また寝坊したと怒られてしまう。なにを会議することがあるのか、甚だ疑問だがね。地球のほとんどを消滅させて、これから人類が滅ぶというときに。」


ただのぬいぐるみに戻ったベティを抱いて、発明家は会議室にむかう扉を開けた。


「矛盾しています、か。そのとおりだな。はは。平和を願い続けてきた私がどうしてこうなってしまったのか……。でも確実に滅ぶ未来におびえるより、これの他になにができたかね。」


そういって、発明家はベティの鼻を押した。

何か一つでも違えば、結末は変わっただろうか。過去の誰かが、何かが違えば。ああ、また私は……。そんなことを考えながら。

それは、現代の発明王が、すべてを終わりにするボタンだった。

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