第65話「そして次のミッションはやってくる」

”音楽祭とか演劇祭とかそう言うのはあくまで前座。本番は夏の祭典、コミクリよ! ぶっちゃけそれだけありゃ何も要らんわ!”


某TV番組でのインタビュー




Starring:スーファ・シャリエール


8月9日 ランカスター芸術学院空き教室


 あれから三日。『放浪少女と陽気な王様』の評価と、ブレイブ・ラビッツが引き起こした騒動のせいで、脚本の改変問題が明らかになってしまい、「Moralモラル」への風当たりは強くなっている。彼らは新代表を迎えて活動再開するそうだが、この問題からは手を引いたようだ。


 劇の初動は上々といえるものらしい。自分やラビッツが散々やらかしたと言うのもあるが、やはりスタッフやキャストのがんばりだと思う。カミラもカルロスも、演劇雑誌でかなり褒められていた。


 落ち着いたら一杯誘いたい。いやその前に公演修了の打ち上げに呼ばれるのか。楽しみにしている自分がいる。

 そんなスーファ・シャリエールがいつもの教室に入った時、いつも通り馬鹿たちは馬鹿やっていた。


「落丁、乱丁してはダメ。全力で参りましょう!」

「はぁ!? それで脱字? だらしないったら!」

「ダブルチェックでミスをしらみつぶしにするんや! 残った作業の数、決して多くないで!」


 ドロシー・ナツメが狂乱状態のオタクナードたちを率い、檄を飛ばしている。なんだこれは。どうやら何かを製本しているらしいが、論文レベルの数ではない。百部単位なのではあるまいか。職業病のせいか、何かの密造現場を発見してしまったのではないかと、勘繰ってしまう。それをあんぐりと見守っていると、ポットを持ったユウキ・ナツメが現れた。


「みんな。お茶持ってきたから、交代で休憩してね」


 今日は東方式の緑茶らしい。湯気は立ってないから、この蒸し暑い夜には清涼剤だろう。


「やあスーファ。新作の方はどうだい?」

「新作って、何で知ってるのよ?」

「ファンだからね」


 そう言って彼はコップを渡してくれた。わざわざ水出しで冷たいのを持ってくる辺り、こだわりが伺える。


「それで、この騒ぎは何事?」


 ユウキは苦笑して、恥の机で何か作業しているライカ・コーレインとノエル・ウィットマンを指さした。


「ねえライカちゃんもう間に合わないよ! ここの背景は諦めようよ」

「駄目に決まってんでしょ!? あーもう! 印刷所に検閲官センサーの査察とか! 覚えてなさいよぶっ●してやる!」


 セミロングの髪をがりがりきながら、ペンを振るっている。いつもの気だるそうな態度はどうした。


「コミクリで売る同人誌さ。検閲官が余計な事をしてね。業者が使えないから人間が頑張って製本してるんだ」

「あー要するに、いつものサバトね」

「そうとも言うかも。うちの集まりでも出すし、ライカ先輩はそれとは別に一冊出すから、今は修羅場モードだね」


 コミクリと言うのは、ナード同士が作った本を売り合うイベントらしい。そう言えばもう、来週だ。


「でも、焦らなくてもまだ時間はあるんじゃないの? 来週だし」

「本来はね。でも最近は学校側もこう言うのにうるさくなってるから、当局が摘発に動く前にさっとやってさっと隠しちゃうのが良いんだよ。それに……」

「それに?」

「当日までにあと何冊か作んないといけないんだ。それを考えると今日がデッドラインなんだよ」


 スーファは派手な溜息を吐いた。やはりナードは馬鹿である。呆れつつも興味自体はあったので、何とも無しに刷られた絵をのぞき込む。……男と男が連結して大変な事になっていた。


「そうよね。あなた達の本分は”こっち”だったものね」


 頭痛を堪えつつ、後ずさりして距離を取った。ユウキには思いっきり苦笑されたが。


「気持ち悪いと思うかい?」


 そんな事を聞かれたから、つい頷いてしまって、更なる苦笑を招いた。


「そう思わなくもないわね。今は無くても構わないとは思わなくなったけど」

「そうか」


 相槌を打つ彼は何処か嬉しそうだ。彼がこの話題を持ち出す時は、どうにもやりにくさを感じる時がある。


「じゃさ。それならお願いがあるんだ」


 ユウキの顔が、いつものにやけ面に変わる。かなり嫌な予感がした。


「四ページでいいんだ。頼むよ。もうみんなパンク寸前でさ」


 彼はささっと原稿用紙を渡してくる。自分のこめかみが、ぴくぴくと動くのが分かった。


「あなたがやれば良いじゃないの!」

「やったよ! やったけどさ! もう書きすぎてアイデア切れだよ! それにこれ以上僕が書くと合同誌じゃなくて僕の本になっちゃうでしょ? そんなの面白くないじゃないか!」

「知らないわよそんなの!」

「お願いだよ! 原稿料は少ないけど出すから!」


 ぎゃあぎゃあと言い合っていたが、なんかもう言い負かすより何か書いた方が早い気がしてきた。


「私キャラクターなんて知らないし、練る時間も無いからエッセイで行くわよ」

「おお! 女神よ!」

「うっさい!」


 悪態と共に、スーファはどっかりと腰を下ろし、何を書こうか思案するのだった。




 一通り終わった後、スーファはベンチで夜風に当たり、ぐったりしていた。時間に追われる事は日常茶飯事だが、あのナード特有の熱量は夢に出そうだ。ちなみにスーファ達の原稿が終わった後も、製本作業は進行形で続いている。


「あー、今回はやばかった。検閲官まじありえないわ」


 ぼさぼさになった髪をうるさそうにかき上げるその姿は、とてもいつものライカ・コーレインとは思えない。って言うかだれだこいつ。


「まあ、これから当日まで地獄は続くで。たぎるわぁ」


 拳を握りしめるドロシー。何故こいつらは自分自身に苦行を強いてこんなに楽しそうなのだろうか。彼女ら三人は休憩を名目で出てきたが、戻ったらまた何かさせられるのだろうか。


「で、スーファちゃん、お姉さんたちに聞きたい事があるんじゃなぁい?」


 ライカがすっかり崩れた口調で問う。”その話”は、ユウキが直接話してくれると思っていたが、どうやら彼女らを通して語られるらしい。


「ほなゲームや、なんやひとつ質問してーや。うちらはそれだけ答えるで?」


 ドロシーはふふん、と自慢げに笑う。あれだけ手を焼かされたスーファに対して優位に立っているのが嬉しいのかも知れない。

 少し考える。「ブレイブ・ラビッツとは何なのか?」はふんわりとし過ぎていて浅い答えしか返ってこない気がした。あの怪ロボットは? スパイトフルの義手は? ラビッツの組織力の秘密は? 色々考えて、スーファはひとつの質問を選択した。


「ブレイブ・ラビッツのルーツを。ローラン王国で起こった事について教えてちょうだい」


 ふたりは顔を見合わせ、頷き合った。どうやら、正解らしい。


「もう気付いとるやろ。ブレイブ・ラビッツの主要メンバーは全員、旧ローラン王国からの脱国者や」


 まあそこまでは分かる。ブレイブ・ラビッツのルーツが、恐らくローランにある事も。だが何故彼らが、隣国で”抵抗運動”などやっているのだ?


「スーファちゃんはさぁ。この国が好き? それとご家族が暮らす祖国が好きかしら?」


 不意に、ライカがそんな事を言う。スーファもこの国を気に入っている。お祭り気質に辟易へきえきさせられる事もあるが、温かい人たちが多い。もちろん、祖国の事も愛している。


「うちは元祖国は嫌いやな。と言うより、うちら全員、あの国を見限った」

「……続けて」


 酷い物言いだが、もちろん杓子定規しゃくしじょうぎに叱責する気は無い。ライカが言う。


「私の家族、ノエルの家族。ドロシーの家族もユウキの家族も。皆リドーの森に眠っている」


 ドロシーとユウキの「家族」を別に挙げたと言う事は、やはり二人は偽装の姉弟きょうだいだと言う事らしい。

 そして彼女が言った「眠っている」は、どういった意味だろうか。”リドーの森”とは、王都近隣に広がる大森林だったと思うが、そこに大きな墓場でもあるのだろうか。


「埋葬されたんやない。自分で穴を掘らされて、その穴に掘り込まれて生き埋めや。うちやユウキの両親は、絞首刑やったけど」

「まさか!」


 突拍子もない話だ。そう切り捨てようとした時、ドロシーが畳みかけるように言った。


「やったのは、通称”白シャツ隊”。検閲官と目的を同じくする組織や」


 あり得ない。革命政府の統治は、概ね上手くいっていると聞く。実際にローランの人間何人かから話を聞いているので間違いない・・・・・はず。


「私の父も、何度も警告したわ。あいつらはやばいって。でもみんな笑っていた。考えすぎだ。この平和な国でそんな事が起こるわけがないじゃないかってね」

「その笑いが止むのは、事情聴取やなんて連れていかれた人間が返って来なくなる。そう気づいた時やね」


 スーファはウリウスの言葉を思い出す。


『われわれ脱国者は、祖国の事は言えません。ローラン大使館が雇っているごろつきが嫌がらせに来るからです』


 何かが起こっているとは思ったが、にわかには信じがたい。


「そして、あの国にはもう革命政府に反対する人はいないわ。服従させられているか、もう死んじゃったか」

「では何故、この国で活動しているの? 祖国奪還のために戦うべきじゃ?」


 スーファは、いつも陽気なドロシーがほんのわずかに、鼻を鳴らした事に気付いた。


あの人たちローラン国民は、吊るされるうちの家族に石を投げたんや。その後自分達に起こる事も知らずに、お父様・・・があれだけ警告したのに」


 ドロシーは吐き捨てるように言う。複雑な感情が坩堝るつぼのように、煮えたぎっている事が想像できた。ライカが言葉を引き継ぐ。


「だけどこの国は違うわ。まだ自由は生きている。でも、それすら死につつあるの」


 彼女たちの言いたい事は分かった。ユウキ・ナツメが時折見せる激情も筋が通る。だが、話しがあまりにも大きすぎてすぐには信じられない。続けて質問したかったが、二人はもう切り上げるつもりのようだ。張り詰めた緊張感が消えて行く。


「ま、そんなわけね。今日話した事はレッスンワンってところ」


 レッスンワン、ね。そもそも彼女たちの意図もつかみかねる。


「何故、私にこの話を? 黙っていれば、少なくとも当面はばれないじゃない」


 ライカが笑う。その顔は悪戯を仕掛けるユウキを想起させた。


「スーファちゃんと今後共闘することがあるなら、知っておいて欲しいと言うのもあるけど。多分ユウキは、純粋に分かって欲しいのよ。私たちの守ろうとしている物の”価値”をね」


 価値、か。表現の自由。それが如何に大切か。そして自分がそれをかろんじていた事。今回嫌と言うほど思い知らされた。だがラビッツにとって、それ以上に守るべき何か・・があると言う事なのだろうか。


「ま。定期的に対話・・の時間は取りたいなぁ。今までユウキばかりに独占されとったから寂しかったわ」


 要するにラビッツの面子は、自分と仲良くなりたいらしい。自分としては慣れ合う気は無いのだが。


「そうそう、一番大事な事を言い忘れてたわ」

「何かしら?」


 スーファは、新たな情報を聞き逃すまいと神経を集中した。ドロシーはにししと笑う。


「うち、ユウキに惚れとるねん。スーファっちとは今日からライバルや。よろしゅうな」

「はあぁ!」


 夜の校庭に、スーファの叫び声が響く。冗談じゃない。自分が何故ドロシーとあんなの・・・・を取り合わなければならんのか。いらいらと口元を引きつらせるスーファに、ドロシーがまた勝ち誇った顔をする。言ってやったぞと言わんばかりだ。ライカもあははと大口をあけて笑っていた。


 こうして。スーファ・シャリエールとブレイブラビッツの戦いは、新たな局面を迎える事になるのだった。彼女にとっては不本意な事に。

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ブレイブ・ラビッツ ~我ら最強ナード怪盗団、表現規制にざまぁする~ 萩原 優 @hagiwara-royal

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