第64話「強襲、脱出限界点 ~Tracer wave~」

”外でそんな事やってたんか! 見に行けばよかったけど、劇の方も良かったんだよなぁ”


観客へのインタビュー




Starring:スパイトフル


同日、18時3分 ヴァルター劇場前広場


 スクラップと化したドールを目の当たりにし、アナベラ・ニトーは呆けた様子で、二人の化物を眺めた。


「いったい、あんたたちは何なの?」


 やっと吐き出した問いかけに、二人は超然と答えた。


「私はスーファ・シャリエール。探偵よ」

「俺はブレイブ・ラビッツのスパイトフル。怪盗だぜ」


 スーファを見たら、真似をされていらっとしている様子。ちょっとだけしてやったりと思う。


「ふざけやがって! 私はこのままでは止まらないわ! 壁は全部壊すの! そうじゃないと、全部無駄になるじゃない!」


 嗤ってやる気持ちはあった。今回は暗い怒りで動いていた部分もあった。必死に叫ぶ彼女を見るまでは。


「私だけがこんな目に遭うのはおかしい! 報われたっていいはず、もっと! もっと戦えば……」


 虐待と路上生活、公的機関の無理解。暴力への恐怖。きっと地獄だったろう。父親に殴打される母親を毎日のように見せられ続ける苦痛はいかほどか。救済を望む気持ちが使命感となり、共感を集め、それ故歪んだ。

 だが人々から文化を奪う行為もまた、この国を地獄に変える。ブレイブ・ラビッツは、決してそれを許さない。


「見ていられないな。謝罪も主張もできないなら、俺はもう行くとしよう」


 結局彼は放置を選んだ。言葉で解決できるほど彼女の闇は浅くないし、かと言ってこんな状態の人間をつるし上げる趣味もない。スーファもそれは同じだろう。

 ところが放置は許されなかった。一台の高級車が検閲官センサーの隊列をかき分けて、騒動の渦中に入る。中から降りてきたのはローブの女性。清貧教の神官だ。白い髪と褐色の肌から、東方系でも南部をルーツに持つ人種だと分かった。何よりも――。


(こいつ、強いな)


 有無を言わせぬ凄みと言うか、何となく雰囲気で分かる。スーファも同じことを考えているだろう。ステッキこそ構えず地面についているが、警戒は解いていない。神官は言う。


「アナベラさん、あなたには清貧教の名前を使い、監査室の装備品を無断使用した疑惑があります。創世皇そうせいおうの名前の下に、自首をして頂けないでしょうか?」

「何を言っているの!? 私は確かにあなたからドールを!」

「妄言はおよしなさい」


 そこまで言われてニトーの顔がさっと青ざめる。おそらくハメられたのだろう。本当にドールを託されたとしても、証拠は出てきまい。


「あんたたち! 助けなさい!」


 検閲官たちに叫ぶが、彼らは直立不動で動かない。彼女はついに崩れ落ちた。


「気を張っていたのでしょう。どなたか、彼女を医者へ」


 検閲官の一人が敬礼し、ニトーを抱え上げた。あっけないもんだ。闇に寄生しようとして、闇に呑まれたか。女神官は群衆に向き直り、丁寧なお辞儀をした。


部外者・・・とは言え、清貧教と関りがある者がご迷惑をおかけし、慙愧ざんきに堪えません。怪我をされたなど、補償が必要な方は教会までお越しください。それと皆様がお払いになったチケット代は、清貧教が持たせて頂きます」


 場が一気に沸き立った。「いいぞ!」「太っ腹!」などの声援を放つ者もいる。スパイトフルは小さく舌打ちをした。こいつ人に苦労させておいて、美味しい所を持っていきやがった。


「じゃあ、俺はそろそろお暇しようかな」


 悔しいがここで巻き返そうとするのは印象が良くない。相手も正義の味方・・・・・ならなおの事だ。スーファとの決着もまた後日になってしまった。

 スパイトフルはスチームガンを抜くと、頭上に向け最小出力の【火炎弾ファイア】の魔法を使用する。甲高い蒸気音とともに現れたのは、飛行ロボット〔アルミラージ〕だ。群衆にはいきなり出てきたに見えるだろうが、隠すところはいくらでもある。


「はぁい、みんな。今日は歌えなくてごめんね!」


 〔アルミラージ〕の背中からサイレンが顔を出す。彼女のファンたちが叫び声を上げて手を大きく振った。


「じゃあ皆さん。大人の事情もあると思うけど、創作は面白くてナンボだと思うよ。わははっ!」


 いつもの捨て台詞と共に【跳躍リープ】の魔法で〔アルミラージ〕に飛び乗った。後には、苦虫をかみつぶしたような表情でこちらを見上げるスーファと、静かに一礼する女神官、そして熱狂する群衆が残された。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



Starring:サイレン


 作戦ミッションは成功したと言うのに、スパイトフルの表情は冴えない。顛末を聞けば無理もなと、飛行する〔アルミラージ〕の背中で思う。


「あの女神官、ユリア・リスナールの腹心かしら?」

「タダ乗りされたな。あれじゃ清貧教は被害者で、それなのにあえて責任を負った正義の人だ。まんまと一杯食わされた」


 アナベラ・ニトーはもう終わりだろう。後ろ盾である清貧教を失ったし、lMoral《モラル》も金を出してくれる方につくから、彼女を切り捨てるだろう。彼女を守るものは、もう何もない。


「そうね。ところで」


 いきなり話題を切り上げたのは、ここでどうこう話しても解決しない問題だからだ。他のメンバーやボンとも協議しなければならない。第一まだ逃げ切れたわけでは無い。


「スーファ・シャリエールと息ぴったりよね? 私はもう背中を任せて貰えないのかしらねぇ」


 スパイトフルはきょとんとする。それはそうだ。いままでこんな拗ね方はしたことが無かった、いや意識してやらずにいたから。


「まさか。スーファとは根っこの部分で共感してはいるけれど、相棒って同じならいいわけじゃないだろ? サイレンが一番俺を理解してくれてる」


 我ながらちょろいと思うが、わずかに顔がほころぶのが分かった。付き合いの長さから、彼の言葉が嘘でないと分かる。少しだけ喜ぶくらいは良いだろう。


「いったい何なんだ突ぜ……」


 彼が言いかけた質問は、最後まで告げられることは無かった。


「〔アルミラージ〕! 上昇しなさい!」


 しゅーっ!


 体の各所に取り付けられた排気口から、返事をするように蒸気が吐き出された。そして、脚部の飛行魔法が出力を上げる。先程まで彼女たちがいた空間に、ヒュンヒュンと風切り声を上げて弾丸が通過していった。後方を確認したスパイトフルが、驚きの声を上げる。


重機関銃マシンガンか! 搭載量の小さいワイバーンに良く積み込んだな!」


 追撃者は二騎のワイバーン。〔アルミラージ〕と一定の距離を以てマシンガンを撃ちかけてくる。高性能蒸気演算機のおかげで回避は出来ているが、運の悪い一発が魔力の噴射口に飛び込まないとも限らない。


「多分、重量軽減の魔法とかを使いながら飛んでいるんだわ。詳しくはノエルピンヘッドに聞かないとだけど」


 つまりこれも、ドールと同じ軍の新兵器と言うわけだ。

 サイレンは腰のホルスターから〔ワイズマンNo.Ⅳ〕リボルバーを抜いて、〔麻痺パラライズ〕の魔法を撃ち返してみる。が、この銃の弾丸はスーファの〔パピードッグ〕と同じもの。空中戦では威力が足りない。


「じゃあ、振り切っちゃいましょうか?」


 検閲官がどの程度〔アルミラージ〕の能力を見積もっているのかは分からないが、ワイバーンを振り切る出力くらい軽く出せる。問題は能力を使えば使うほど、相手に分析される余地を与えると言う事だが。


「前方13時!」


 スパイトフルが叫ぶ。その先には更にふたつの点。増援らしい。挟み撃ちだ。


「ついに軍のワイバーン部隊が出てきちまったか」


 おかげでこれからは、今までのように楽に空を移動は出来なさそうだ。想定内だが、官憲の皆さんもどんどん本気になってきている。それはラビッツの活動が人心を動かしている事の証左でもあるが。


「このまま増速しても、弾幕の中に飛び込むわね」


 装甲は問題ないが、ラッキーパンチで飛行装置が失われたら、地面に激突するはめになる。恐らく下に何もない城壁の外へ追い出して包囲するか、一斉攻撃で墜とすつもりだろう。


「サイレン。あれをやっちまうか」

「あれ? いくらなんでも……」


 今日のお昼はシチューにしよう。彼はそのぐらいの気安さで言ってくるが、サイレンにとってそれはヤバイ賭けであった。だが彼は本気な模様。


「あーはいはい分かりました! また滅茶苦茶やったってライカ先輩マウサーキャットに怒られるわよ?」


 文句は言ったものの、それが最善手と理解している。いや、最善手は他にあるだろうが、それを考える時間が必要な時点で最善手ではない。


「〔アルミラージ〕! 推力急速偏向!」


 しゅーっ!


 脚部の飛行装置の稼働音が突然甲高いものになる。そして〔アルミラージ〕の上体が起き上がり、空中で立っている姿勢、つまり風の抵抗を最も受ける姿勢に転じた。空気抵抗で推力を殺された機体は、凄まじい勢いで速度を落す。追跡してくる二騎のワイバーンは、たちまちこれを追い越し、後ろを取られた。凄まじいGと風圧が二人を襲い、サイレンは歯を食いしばって耐えた。


「〔アルミラージ〕! 増速しなさい!」


 しゅーっ!


 空中で踏ん張るように、飛行魔法を噴射。アルミラージはどんどん速度を上げて行く。やがて、ワイバーンを操る騎兵の顔が見える距離で並走する。


「ご苦労様」


 サイレンが再び拳銃を放つ。【貫通ペネトレーション】の魔法なら、例え鉄の塊であるマシンガンであっても破壊は必至。吹き飛ばされた銃身を呆然と見つめながら、竜騎兵は高度を落として離脱する。拳銃で応戦は可能だが、ロボットに接触すれば真っ逆さまになるのは彼の方だからだ。


 スパイトフルはもっと過激な行動に出た。もう一騎のワイバーンに向け跳躍し、飛び移って騎兵を殴りつける。気絶した相手から、まんまとワイバーンを奪い取った。


「飛竜もなかなかいいな。こいつ連れて帰ったらだめだよな?」

「駄目よ!」


 しゅー! しゅー!


 スパイトフルがとんでもない事を言うが、当然二人・・から否決される。なお〔アルミラージ〕の抗議は「浮気するな」と言う意味らしい。


「残念」


 悪戯っぽく笑うと、マシンガンから弾薬を引き抜き、下を確認してぽいと投げ捨てた。これで銃などただの筒である。


「じゃあな、ご主人様を連れ帰ってやってくれよ」


 それだけ言って、スパイトフルは跳躍。再び〔アルミラージ〕の背中に戻ってきた。黒いロボットは、嬉しそうにしゅっと短く蒸気を吐き出した。


「それじゃあ、正面の二騎を突破して、おうちに帰るとしますか」

「この位置からだと、ピックアップは旧市街が良いわね」


 回収班は複数用意してある。既にマウサーキャットが動いてくれている筈である。


「了解、じゃあもうひと仕事だ」


 スパイトフルはにやりと笑い、〔アルミラージ〕のボディをそっと撫でた。

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