第63話「衝突戦域 ~The Battle Area~」
”だんだん派手になってくわ。すごいけど、すごすぎてちょっとだけ引いた”
見物客のインタビュー
Starring:スパイトフル
黒衣の怪盗が降り立った時、確かに喝采は起きた。それが正義の騎士に向けたものではなく、道化に対する冷やかしと感じて、スパイトフルは安堵した。正義は名乗るがそれを後ろ盾にするつもりはない。ブレイブ・ラビッツの使命は、危機を警告する事だ。悪神を告発した、東の国の
「やあ諸君、ブレイブ・ラビッツのおでましだよ」
誰かが「待ってました!」と叫んだので、手を振り返す。目の前には
そして、目の前には仁王立ちする元凶、アナベラ・ニトーがいた。
「出やがったなクソオス。あの名誉男性は何処行きやがった?」
拡声器でがんがん叫ぶニトーに、スパイトフルは大げさに肩をすくめて見せる。
「言葉が汚ねーよ」
群衆からわははと笑い声が漏れる。ニトーが拡声器をがんっと叩きつけた。煽り耐性は無いらしい。
「てめえ誰を敵にしてるかわかってんだろうな!?」
「聞こえねーよ」
再び笑い声が上がる。ニトーは青筋を立て、代わりの拡声器を受け取った。すー、はーと息を整える。
「ブレイブ・ラビッツ。あなた達を障害、器物破損、騒乱罪の容疑で逮捕します」
「おいおい、表現物の所持ならともかく、障害やなんやらの逮捕権は検閲官にはないぜ?」
「うっせーな! 現行犯だよ! それだけじゃねえ! こんなクソな劇を見てる奴は全員逮捕だ!」
「おいおい!」
まさかここまで暴走するとは思わなかった。どうやらさしもの清貧教も、彼女を制御できてはいないらしい。
「待ちなさい。法的根拠は何よ? 権限のない逮捕は共和国刑法第七条第16項に抵触するわ」
二階のバルコニーから跳躍、スーファ・シャリエールがすとんと着地する。そしてニトーを見据えた。誰かが「スーファちゃん! 待ってたよ!」と声援を送るが、彼女は当然のごとく無視をする。
「現れやがったな名誉男性が!」
ニトーは吐き捨てるように言うが、そりゃ観客まで巻き込むとなったら、彼女も出て来ざるを得ないだろう。
「てめーら全員、有害表現物所持の容疑がかかってんだよ。任意同行だついてきやがれ!」
騒乱罪はともかく、有害物表現とやらの製作・所持は禁じられていない。あくまで圧力を受けたメーカー側が自主規制しているだけ。それを根拠に事情聴取の名目で連行し家宅捜索、気に入らない本があれば押収と言う素晴らしい
「どうしよっか? 法の番人の探偵さん?」
煽るように言ってやるが、ここまでの状態になれば、彼女も動かないわけにはいかない。共闘の道しかないはずだ。と思ったら。
「提案があるわ。市民を巻き込みたくない。私がここでラビッツの頭目を拘束して引き渡します。その上で私も後日出頭する。それでお帰り頂けないかしら?」
「ちょっ、おまっ!」
ニトーにとっても悪い話ではない。手を汚さずにスパイトフルを逮捕できて、スーファ自身も出頭すると衆人環視の中で宣言したのだ。だが彼女はそれに乗るまい。ニトーの目的はスーファをなし崩しに逮捕して、適当な冤罪を押し付ける事。準備を得た上で弁護士同行で出頭されても、違法な取り調べが行えなければ意味がないからだ。スーファは、そこまで読んでいた。
「
「そう? 残念ね」
ほらね。これで彼女が介入する建前が出来た。「不当逮捕から市民を守る為にやむ無く」と言う体裁が立つからだ。もっともニトーが了承したら、躊躇なく自分を叩きのめすつもりだったろう。さっきまで慣れ合っていた相手に対し、そこまでやるかこの女。そこがますます気に入ったが。
「てめーこいつと組んだら、例え勝っても犯罪者だぞ? 必ずぶち込んでやる!」
「甘いわね。この広場には、証人の私服警官と、ラジオに見せかけた蒸気録音機がごまんといるのよ? 流石にあなた達の主張が通るのは無理じゃない?」
あわれ、ふたつ目の拡声器もまた、地面に叩きつけられる末路を辿った。
「気に入らねえんだよ! どいつもこいつも! 男に媚びる名誉男性もキモイ絵でセン●リこくオタどもも!
あーあ。本音が出ちゃったよ。彼女の生い立ちが悲惨なものであったのは、既に情報収集済みだ。それは、地獄を知るスパイトフルだからこそ知りうる、身震いするほどの辛酸。だがそれを理由に、人の生活や人生を狂わせて良い筈がない。彼女の幼少時代、ブレイブ・ラビッツがそこに居たら。その苦しさから救い出せたろうか? いやそれは、今考えても栓無き事だ。
二人は、検閲官に向けて構えを取る。彼らは悟っただろう。最も厄介な相手に手を組ませてしまったと。前列に構えた検閲官が抜刀し、
「ドール! 立て!」
幌を外した蒸気トラックから、2.2ヤード=約2.5メートルの小型ロボットが顔を出した。検閲官にコマンドを撃ち込まれ、ゆっくりと上体を起こす。
「なんだ? あれ」
流石のラビッツも、あんなものの情報は持っていなかった。清貧教が旧ローラン王国の兵器を持ち込んだと言う情報は無いから、この国の軍隊の物か?
「あれは”ドール”ね。陸軍が次世代の歩兵として開発した試作品。ラビッツ対策に検閲官に貸与されたんだって」
「ははぁ。俺達は軍のテスト相手ってわけね。それにしても、そんな情報ソースはいつ手に入れたのさ?」
「もちろん教えないわ」
「だよねぇ」
我ながら緊張感がないとは思うが、このくらいがいい。ポーチからショットガンサイズのぶっとい薬莢を三発抜き、義手に装填する。スーファも同じように杖を通して魔法を発動させる。
【
【
【
一気に三つの魔法を発動させ、二体のドールに立ちふさがる。
「しょうがないわね。やりますか」
「おーけー、やっちゃいますか!」
「悪いけど、これじゃあ速度が足りねぇな!」
そのまま義手でワイヤーをひっつかみ【強化】魔法の膂力に任せてワイヤーを引きちぎる。正式採用されれば火器が搭載されるのだろうが、流石に群衆の中マシンガンなど使えまい。スーファを見やると、既に彼女は強化魔法とステッキでドールを投げ飛ばしていた。
「やることが遅いんじゃない? 怪盗さん」
「なんのなんの!」
スパイトフルはドールの懐に飛び込み、【電撃】を纏った正拳を撃ち込む。甲高い音がして、装甲がひしゃげる。なるほど、これは頑丈だ。もう一発と拳を振り上げた時、ドールの胸部が展開。中から出てきたのは複数の砲身。そこから飛び出してきたのは、何十発と言う散弾。恐らく非殺傷なものだろうが、周囲に犠牲を出す気は無くても、痛めつける気は満々らしい。
ドコン! と言う重低音がして大量の散弾が吐き出される。その瞬間スパイトフルは宙返りしてドールを飛び越えていた。後ろからなら狙えるか? そう思った時、ドールの上半身がぐるりと回転し、更に散弾を発射した。
たまらず後方に飛び退く。
スーファもまた、ドールの硬さに舌を巻いているようだった。時間を稼げば警官隊が来るかと思ったが、魔法の使い過ぎでへばってしまう方が早そうだ。
「どうする?」
聞いてくるスーファに、全然進退窮まった様子はない。自分も同じだが。
「硬い物同士がぶつかったらさ。外はともかく、中身はぐちゃぐちゃになるよね?」
「じゃあそれで行きましょう」
二人はまた駆け出す。
ドールは再び左手のワイヤーガンを撃ち出す。スパイトフルはそれをひっつかみ、今度は引きちぎらなかった。代わりに力まかせにワイヤーを手繰り寄せ、ドールの状態を崩す。
【強化】
【強化】
【強化】
三連で【強化】の魔法を発動させる。これで今の自分は完全にパワー馬鹿だ。
「それでいいんだけどねっ!」
スパイトフルは更にワイヤーを引っ張り、ぶんぶん振り回す。ドールは空中をぐるぐると旋回した。
「いち!」
期待通り、スーファもドールを投げ飛ばす準備が出来ている。自分のように魔法を三連発で使うパワーは無いから、背負い投げの要領で放り投げようとしている。
「にいっ!」
そして、タイミングを計る。スーファが大きく一歩を踏み出し、反動をつけて抱えた腕を大きくひねった。
「さんっ!」
放たれた鉄塊は激突。ばきっと砕ける音を立て、広場の中央に倒れ込んだ。だがドールはまだ、手足をバタつかせよろよろと立ち上がる。
「じゃあ、これは観客の皆さんにサービスだ」
スパイトフルは、魔力を吐き出して空になったパウダーを
【強化】
【
【
三連続で発動した【電撃】魔法を右足にエンチャントする。スパークする右足を大地に叩きつけながら跳躍! 空中で宙返りをして反動をつけ、ドールに向けて急降下する。
『リミットブレイク【電磁ブレイク】!』
稲光をほとばしらせたスパイトフルの身体は神速でドールに突き刺さり、二体重ねて貫通した。コアを打ち貫いたスパイトフルは、ドールに開けた大穴を通って反対側に飛び出し、着地を決めた。鉄くずと化した小さな巨人は、がしゃんと音をたてて倒れ込み、そのまま動かなくなった。
歓声が広場を包む。スパイトフルは親指を立てて、スーファにかざした。彼女は腕を組んだまま、ぷいと他所を向いた。
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