第62話「三度の三つ巴」

”劇は観られなかったけど、門前で場所取りしてよかったよ。こんな面白いものがみられるなんてね!”


ランカスター市民のインタビュー




Starring:クロエ・ファーノ


 幕が閉じた時、スーファ・シャリエールはどうするか一瞬だけ思案した様子だったが、すぐに拍手をした。会場は大いに沸いていて、「今年は大当たりだ」なんて声も聞こえてくる。観客はこの二週間の紆余曲折を知らないから、しごく当然の反応であるが。

 その拍手を彼女はただずっと聞き入っていた。


「及第点、かしら」


 沈黙から覚めて最初に口にしたのは、ユウキへの”評価”だった。ユウキ・ナツメは子犬みたいに嬉しそうな目で、それを見つめる。スーファはうっとうしそうである。


「厳しいな。どこが駄目だった?」


 そう言いはするが露骨に彼は喜んでいる。尻尾があれば振っていそうなほどに。いつも自信満々そうなユウキがこんな顔を見せるとは、かなり意外である。


「あなたの色がまだまだ出過ぎ、主人公の台詞にちょっと入れ込んだでしょう?」


 ユウキは「やべっ」と声を上げた。


「変えようか入れようか徹夜で悩んだんだよ。でも主人公の気持ちを伝えるのに、あれが最善だと思った」

「確かにね。だから及第点」

「言葉もないね。次はオリジナルで君に勝つけど」

「待ちなさい。何であなたが勝った事になるのかしら?」


 あれなんだろうと。感じたのは、違和感がない事への違和感。この二人の会話はあまりにも自然すぎる。


「今日のお姉さま、なんかユウキさんと凄く噛み合ってます」

「はぁ!?」


 それを聞いたスーファは過去最高に顔をしかめ。逆にユウキはにんまりと笑った。

 基本的にこの二人は別の世界を生きていると思っていた。目的は同じでも、それを達成する方法が致命的に相容れないからだ。だけどまあ、まさか同じ土俵でケンカするまでになるとは。それもたた共通の趣味が出来たというだけで。


「でも、『及第点』と言う事は、満更でもなかったって事ですよね?」


 スーファはまた嫌そうに眉を寄せた。不機嫌顔のまま、投げやりに言う。


「あのヒドイ改悪と比べればね。まあ、約束通り許してあげる」

「お姉さま素直じゃないです」

「うるさいわよクロエ」


 怒られてしまったので、以後余計な茶々は入れないようにする。


「ありがとう、本気でうれしいよ」


 礼を述べるユウキは、ほんの一瞬目尻を拭った。多分それは本人も気づいていない。スーファはばつが悪そうに黙り込む。彼は握手を求めてきて、スーファはやりにくそうにそれを受けた。


「それで?」


 本当に照れくさいのか、スーファは急に話題を変える。そうだ。今日は演劇を見に来ただけではない。これから何かが始まるのだ。


「それでというのは?」


 先程までのけなげさはどこへやら、ユウキは涼しい顔でシートに体を沈めた。完全に人を食った笑顔に戻っている。


「あなた達の”作戦”よ。私を喜ばせるために予告まで出してこんな大それたことをしたわけじゃないでしょう?」

「おや? 喜んでくれたのかい?」


 ユウキは隙あらばの態度で茶化す。案の定思いっきり足を踏まれて悲鳴を上げた。


「私はビジネスの話をしてるのだけど?」

「悪かったよ」


 ユウキは前置きして、機械式の懐中時計を取り出した。


「そろそろじゃないかな?」


 スーファが眉間にしわを寄せる。ユウキが続きを話そうととするが。


「ああ、待って。それだけで分かった。あなた、アナベラ・ニトーを挑発して騒ぎを起こす気でしょう?」


 彼は左手の指をぱちんと鳴らす。


「御名答。ただ劇の改悪を食い止めて、ニトーの面子を潰しても何にもならないからね。僕らが暴れて騒ぎになれば、それだけ劇の再演を望む声が出る。劇団は儲かって、ポリコレに屈する必要が無くなる。Win-Winだろ?」

「ニトー以外はね」


 何て大胆な事を考える人だろう。それをぴたりと言い当てるスーファも大概だと思うが。


「でも、ニトーさんって別に強くないですよね? どうやって喧嘩売って来るんですか?」


 二人は顔を見合わせ、アイコンタクトをする。どうやら相手がどこまで知っているのか腹の探り合いを始めたらしい。


「それはまあ彼女、検閲官センサーとも仲良しだからね」

「性格上自分が引き連れてやって来るでしょう。私を叩きのめすためにね」


 何というかニトーさんと言う方は、かなり足りない方なのだなと思う。そんな人にスーファが傷つけられた事は、未だ許せなくはあるが。


「それでも、彼女一人で動かせる部隊はたかが知れている。バックの清貧教も、こんな私闘の為にリスクを冒して介入してこないだろう」


 ユウキはにやりと笑っていう。まだ誰とも戦っていないのに、勝ち誇った笑顔だった。


「軽くひねってくるから、その後に決着をつけようじゃないか。三度目の正直でね」

「ふーん? あなたにしては趣味のいいアイデアね」


 スーファも同じようににいっと笑う。あ、これは受けて立つ気満々だ。


「OK、じゃあ着替えてくる・・・・・・とするよ」


 彼は席を立つ。それをすまし顔で見送ると、スーファ・シャリエールはステッキで床を小さくついた。


「それじゃ、私も行ってくるわ。あなたは次の劇を見てていいわよ」


 スーファに言われるまで忘れていたが、大喝采とは言え彼女の劇は前座。これからメインの演劇が始まるのである。すこし残念ではあるが、演劇にはリバイバルがある。


「いいえ、私もお供します!」


 クロエは元気よく立ち上がり、スーファの後に続く。こうしてスーファ・ラビッツ・検閲官による三つ巴の戦いが、三度始まるのだった。

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