第61話「放浪少女と陽気な王様」

■物語の世界


 昔々、ある大陸を、一人の少女が旅をしていました。住んでいた国を焼け出され、安住の地を求めて長い長い道を歩いてきたのです。


 ぼろぼろになった旅の服、日に焼けた肌とかさかさになった唇、そしてぼさぼさの髪。立ち寄る村々で人々はひそひそ話をし、誰も話しかけてはくれません。


 いつの間にか少女は、言葉すら忘れかけていました。


 ある日、少女は小さなペンダントを拾います。着飾る事に興味なんかなくなっていましたが、何の気なしに石をのぞき込み、そして驚いて放り投げました。


「いてて、酷い仕打ちだなぁ。せっかく話し相手になってくれると思ったのに」


 少女、ペンダントを拾い、再び覗き込と、中にはハンサムなおじさまがウィンクしています。


「あなたは誰? 何故ペンダントの中にいるの?」


 少女は無邪気に尋ねると、おじさまはぱあっと笑顔を浮かべ、さっと髪をかき上げました。


「それは、まあ。ちょっとした行き違いがあって、封印されてしまってね。おかげでこのイケてる顔を誰かに見せることが出来なかった。代わりに君がたっぷりと見てくれて構わんよ」


 どうやらこの人は、石の中で生きているらしいと思いました。よくわからないけど、自分は久々に誰かと話をしている事に気付きます。


「あの、良くわからないけど。名前を聞いても良いですか?」

「そう! それ大事」


 おじさまは我が意得たりと、両手を広げます。


「構わんよ。私は何もかも完璧な王様! その情熱的で素晴らしい名前は――何だっけ?」


 どうやら、彼は自分の名前を忘れてしまったようなのです。でも、自分を王様だと言いました。


「それなら、あなたの事は王様と呼ぶね」

「ふむ、良いだろう」


 どちらが言い出した事でもないのに、二人は一緒に旅をする事になりました。ある時は遥か向こうの山を制覇した話を聞かせてもらったり、ある時は苦労して獲った川魚を食べられない王様を残念がったり。二人は今までの沈黙が嘘のように、色々なことを話し、大きな声で笑いました。




「君、水臭くないかね?」


 ある時王様が言いました。


「えっ、何が?」


 少女は戸惑ったように聞き返します。


「この完璧にして大陸一のカリスマにかかれば、どんな願いもかなえてあげられるのだよ? 出会ったその日に頼みごとをしてくる少女もいた。今でこそペンダントに捕らわれているが、もし外に出る事が出来たら。さあ、願いを言ってごらん?」


 なあんだ。つまらないと思いました。だって、そんなこと、聞くまでもありませんでしたから。


「別に、いい」


 王様は、ペンダントの中から怪訝そうに少女を見上げます。


「私の願いは、もうかなっているから、いい」


 王様はきょとんとして、それから大笑いしました。


「これは愉快。いや、ちょっと試しただけだよ。失礼したね、心の美しいお嬢さん」


 少女は、自分が美しいとは思いませんでしたが、王様が笑ってくれたのがとても嬉しく、一緒に大笑いしました。




「ねえ、王様。王様は優しい人なのに、どうして閉じ込められちゃったの?」


 そんなことを聞いてみた時、いつも楽し気な王様はとてもしょげてしまいました。


「私はね。ハンサムだけど優しい王様では無いんだよ」


 そんなことないと言おうとしても、王様は悲しそうに首を振りました。


「私はね、知ろうとしなかったんだ。ただ優しくすれば、みんな感謝してくれると勘違いしていたんだ」


 王様は、故郷を滅ぼされた悲しみから、誰も命を脅かされない国を作りました。新しい国は平和で、豊かになりました。でも、間違いを犯してしまいます。幸せな生活が当たり前になって、誰も王様に感謝しなくなってしまったのです。

 褒められることが大好きな王様は、思ってしまいました。もっと凄い事をしようと。彼は隣国から国を守るため、伝説の超竜を復活させようとしてしまいます。それを知った人々に糾弾され、封印されてしまいました。


「優しくするのは悪い事なの?」

「とても良い事だね。でも、優しくし過ぎるのは悪い事なんだ。だから私は、国を失った」


 そして王様は、自分の庇護を失った国が亡びるさまを、ペンダントの中で見守る事になります。彼はそれが自分への罰だと言いました。

 それでも少女は疑問に思います。王様は、間違いを犯したってこんなに優しいのに。


「お嬢さんは本当に優しいから、そのままでいいのさ。後はこの私、偉大な国王にしてカリスマが、君を守ってあげよう!」

「うん、ありがとう!」


 王様がやっと笑ってくれたので、少女はうれしくなりました。




◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



Starring:スーファ・シャリエール


 さあ、これからだ。スーファは思う。

 ここまでは、彼女が書いた初期稿と同じ。このままであれば追っ手の騎士と戦って王様が復活、二人で旅に出る展開だ。騎士は王様が持つアーティファクトを狙ってやってきたのだが、少女の「感謝の気持ち」が王様を呼び覚ますのだ。


 改悪版では、騎士はクラン人の女で、復活を果たそうとする王様を止めに来た事になる。悪王は、少女の”歌姫としての力”を利用しようとしたのだ。

 これだけ聞くと「歌姫の力って? そんな布石なんて無かったじゃん」と言われそうだが、スーファにもどうなっているかよく分からない。


 とにかく、改変は始まる。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



■物語の世界


 ある日の事、川で顔を洗っていると、ペンダントの中の王様が苦しみ始めました。緑色の光を放って、目はかっと見開いています。


「お嬢さん、私を川に捨てるんだ!」

「なぜ? そんな事出来ない!」


 迷う少女の前で、一人の騎士が現れます。長い青髪がきれいだと思いました


「その人に近づいてはいけません。その人は、超竜を復活させようとした魔王です。さあ、悪魔よ、正体を現しなさい」


 騎士は杖に魔力を込め始めます。悲鳴をあげて苦しむ王様に、少女もまた耳を塞ぎたくなるほど苦しみます。


「おねがい! やめて! やめて!」


 少女は騎士の杖に飛びついて、それを奪います。


「お嬢さん、いけません! 彼には神の裁きを与えねばならないのです!」



◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


Starring:スーファ・シャリエール


 ユウキ・ナツメは改変部分を再改稿すると言っていた。流れを元に戻すのは無理だ。王様と少女が手を取り合って空を飛んで行く没になった展開は、舞台装置を用意していない。かと言って騎士を倒してしまうのも興ざめだ。


 以前ユウキには「この展開であれば騎士を説得するしかない」と話した。そして、少女と王様は見送る騎士を背に、手を繋いで歩き出す。そこで閉幕だ。


 ではどうやって説得するかと言うと、全て王様に責任を負わせ、封印してさえ追っ手を送る人々の無情さを糾弾させるつもりだった。しかし、思いを朗々と伝える事が、果たしてこの少女のやるべき事なのか。違和感も感じていたのも事実。ついでに言えば、それを聞いたユウキ・ナツメがなにやら勝ち誇った顔をしていたのもムカツク。


 ユウキが自分の思う通りの人間であるなら、必ずここは変えてくる。妙な信頼感があった。

 再改変されたお話が始まる。それはスーファのもの? それともユウキのものだろうか?


 彼は少女に、何と語らせる?


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「神様なんて大っ嫌いよ! 私や王様が苦しくても辛くても、全然助けてくれないで! やっとやって来たほんの少しの幸せを、きまぐれに奪ってゆく理由は何ですか!?」


 女騎士は、驚いたように手を止めます。


「神をなじってはいけません。あなたは何でもできるのです。目先の幸福にすがらずとも、友達や家族だってきっと」

「そんなもの要りません! 王様は私を笑顔にしてくれたんです! 私も――」




「幸せに笑う王様を見たいんです!」




◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



Starring:スーファ・シャリエール


 ユウキ・ナツメ、やってくれた。

 そうか、そう言う事・・・・・か!


 スーファは悔しそうに眉間にしわを寄せると、真剣に劇を見守る、クロエ・ファーノを見やった。


『身近な誰かを想定して書くと言うのは良いやり方だよ』


 ユウキはそう言った。だから、少女には己の正義など主張させなかった。大好きなキャラクターが酷い目に遭わされたクロエの素朴な怒り。ただそれに寄り添っただけ。


 彼は、クロエに向けて作品を届けたいと言うスーファの思いを踏襲したのだ。そしてそれは、スーファ自身にも寄り添った事になる。


 負けたつもりはない。だが一本取られてしまった。またもや、ユウキ・ナツメの情熱を侮ったようだ。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 少女が叫んだ時、ペンダントが光り、そして粉々に砕け散ってしまいます。そして、光から現れたのは、壮年の偉丈夫。初めて見る王様は、思ったよりずっと長身でした。


「ありがとう。私は、ずっと感謝が欲しくて力を振るっていた。だけど、本当は誰かに私の幸せを望んでほしかったのだな」


 王様は少女に向き直り、手を差し出しました。少女は、そっと手を取ります。


「これからも、私と一緒に旅をしてくれるかね?」

「はい、喜んで!」


 騎士は、目の前の光景が信じられないと言うように、崩れ落ちた。


「封印を逃れたあなたと戦っても、勝つ事は出来ない。私の負けだ」

「いや、それには及ばない」


 そう言って、王様と少女はその場を去ろうとします。


「何故です? その男のせいで、私の祖先は亡びたと言うのに。何故罰を与える事が許されないのでしょう」


 少女は言います。


「わかりません。でも私は王様と一緒に行きます」


 二人は歩き出します。ふと、王様は足を止め、言いました。


「君の祖先が失った国が、私が興した国であるなら、東の山を調べて見なさい。そこには私が見つけて手つかずに終わった鉱山がある。やり方次第で国を再興することも出来るかもしれない」


 騎士は涙し、二人は今度こそ旅を再開します。


「海路はどうだね? 実は私は船乗りになりたかったんだ」

「私、船は初めて!」


 放浪少女と陽気な王様は、世界中を旅して、冒険記を残します。その物語は多くの少年少女を励まし、冒険の浪漫へといざなったのでした。


FIN

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