神に愛されすぎた勇者

サケ/坂石遊作

第1話


 魔王の侵略に人類は苦しめられていた。

 だが一年前。遂に王国は、魔王を打倒することができる勇者を発見する。


 王国が発見した勇者は、妹と二人暮らしをしている純朴な少年だった。

 誰もが勇者のことを、人類の希望として崇めた。


 その勇者は後にこう呼ばれることになる。


 神に愛されし勇者……いや。

 神に愛され勇者と――。




 ◆




 朝。王都の中心にある城の一室にて。

 目を覚ました勇者は剣を手に取った。

 そして廊下に出て、向かいの部屋にいるはずの妹へ声を掛ける。


「ミレイ。そろそろ俺、行ってくるからな」


 ドア越しに声を掛けるが返事はない。

 まだ寝ているのだろうか?


「魔王の配下がこの街に接近しているみたいなんだ。人類のために倒してくるよ」


 妹はもうずっとこの部屋を出ていなかった。

 それどころか、誰とも会話を拒んでいるらしい。

 だが今日は、ドアの向こうから声が聞こえた。


「何が勇者よ」


 ゾッとするほど冷たい声で、妹のミレイは言った。


「私をにしたくせに」


 返答することができず、勇者は外に出る。

 王都はとても賑わっていた。


「勇者様、頑張ってください!」


「応援しています!!」


 勇者は人々からの声援を受け、王都の外へ向かう。


「勇者様、こんにちは」


 その途中、勇者は知り合いの男に声を掛けられた。


「リシュナーさん、こんにちは。何してるんですか?」


「娘の玩具を作るために、その材料を集めに来たんですよ」


「手作りするってことですか?」


「ええ。勇者様も私の加護は知っているでしょう?」


 リシュナーは得意気な顔で言う。


「私の加護は『生産』。この国で私よりも物作りが得意な人間はいませんよ」


「そうでしたね」


「我ながら、いい加護を引き当てたものです。この力のおかげで私は何処に行っても職に困りませんからね」


 わはは! とリシューは笑った。


「ところで勇者様。鎧を装備していませんな。よろしければ私に作らせてください」


 そう言ってリシューは、唐突に鞄をひっくり返した。

 鞄の中から大量の石が出てきた。地面に転がった石に向かってリシューは両手を突き出す。


「――『生産』っ!!」


 石の形が変化し、一つの鎧と化した。


「勇者様、こちらを是非受け取ってください。防御力が5上がりますよ!!」


「あはは、ありがとうございます」


 勇者は鎧を手に入れた。


 ――この世界の人間は、神に祝福されている。


 神の祝福は加護と呼ばれ、人々はその力を行使することで生きていた。

 たとえばリシューという男は、生産の神に祝福されている。だから『生産』という加護で、自由にものを作ることができる。


 加護は一人につき一つ。

 そして、同じ加護はこの世に存在しない。


 だから人々は加護によって、社会における唯一無二の役割を負っていた。

 加護はその人の個性であり――存在意義そのものだった。




 ◆




 勇者とボスの戦闘が始まった。

 だが勇者は劣勢だった。


「ぐはははは! 勇者よ! レベル上げを怠ったな、それでは私を倒せんぞ!!」


「くそぉ、このままじゃ負ける……! 街の皆も殺されてしまう……ッ!!」


 勝たなければならない。

 絶対にこの場で、目の前のボスを倒さなくてはならない。


 そう思った時、勇者の頭に選択肢が浮かんだ。

 ボスを倒すためには、新たな力を手に入れるしかない。


「神よ! この勇者に、新たな力を与えたまえ!!」


 その願いを、とある神様が聞き届けた。


 ――勇者は加護『生産』を手に入れた!!


 生産の神が、勇者に加護を与えた。

 勇者はその力を使う。


「――『生産』!!」


「なっ!? き、貴様、どうやってポーションを作った!?」


「これで体力を回復して、お前を倒すッ!!」


「ぐああああああああああ――ッ!?」


 勇者はボスを倒した。

 だが、その心は晴れない。

 勇者は膝から崩れ落ち、涙を流しながら己の選択を悔いた。


「あ、あぁ……ああぁ……っ!! 使ってしまった……! 勇者の力を、使ってしまったぁ……っ!!」 




 ◆




 勇者は街に帰ってきた。

 すると城へ戻る途中、青褪めた顔で棒立ちしている男と会った。


「リシュー、さん……」


「ゆ、勇者様! 聞いてください、大変なんです……! か、加護が……私の加護が、消えてしまったんです……!!」


 神の加護は、一人につき一つだけ。

 そして、同じ加護はこの世に存在しない。


 だが勇者は――。

 神に愛されすぎた勇者は、願えばいくらでも神様に振り向いてもらえるのだ。

 それこそ、他の人を祝福していた神様も、勇者に鞍替えしてしまうほど――――。


「お、おかげで私は職を失ってしまった……これじゃあ家族も養えない……!! 今朝作った娘の玩具も、すぐに売って金にしないと……!!」


 リシューは頭をかきむしった。

 だが勇者には何もできなかった。


 勇者の力。

 それは、他人の加護を自分のものにすることだった。


 魔王を倒さなければ、どのみち人類は滅ぶ。

 勇者はそう自分に言い聞かせた。




 ◆




「勇者様! 朗報です! 私の『錬金』という加護と、彼の『筋力倍加』という加護を組み合わせて、訓練場の建造が完了しました!」


「訓練場?」


「はい! これで勇者様のレベルアップの効率が上がります!」


 ある日、街の施設が一つ増えていた。

 勇者はそのワケを聞いて考える。


(そうか、俺が加護を奪わなければ、皆がこの街を豊かにしてくれる。そうすれば勇者の力に頼らなくても魔王を倒す方法が見つかるかもしれない……)


 勇者は決意した。

 第二のボスが街に迫っている。だがそのボスは、勇者の力を使わず――誰からも加護を奪わずに倒してみせよう。


「よし! 街を成長させて、皆で魔王を倒すぞ!」


「「「おおー!!」」」




 ◆




 街の成長には時間が必要だった。

 だから勇者はボスとの戦いで、勝つことはできなくても、何度か撃退してみせる。


 しかし――それも限界に近かった。


「勇者様! 遂に大砲が完成しました!」


「あ、ああ……」


 勇者は窶れた顔で返事をした。


(マズい、思ったより開発のペースが遅い……。第三のボスもこちらに向かってきているんだ。早く第二のボスを倒さないと、第三のボスと合流してしまう。流石に二対一では勝てない……)


 街の成長速度が想像より遅いことに、勇者はまいっていた。


(思えば、リシューさんから加護を奪ったのがマズかったんだ。『生産』は施設の建造に役立つ加護だからな……)


 原因は自分にある。だから誰も責められない。

 その時、絹を裂くような悲鳴が聞こえる。


「ひ、ひったくりー!!」


「へへへ! 俺の加護『迅速』を使えば、誰にも追いつかれないぜ!!」


 勇者はすぐにひったくり犯を追いかけて捕まえた。

 レベルの上がった勇者は、加護を使わなくても犯人に追いつけた。


「くそ~~!! 覚えてろ~~!!」


(こういう奴からは、むしろ積極的に加護を奪ってもいいかもしれない。その方が治安もよくなって、街の成長が早くなるかも……)


 その時、また何処かから悲鳴が聞こえる。


「強盗よーー!!」


 勇者は犯人を捕らえた。

 しかしその犯人には見覚えがあった。


「リシューさん!? どうして強盗なんか……っ!?」


「う、うるさい! 加護がなくなって、妻と娘にも逃げられた! 俺はもう金を稼げないんだ!! こうやって生きるしかないだろ!!」


 勇者は罪悪感でいっぱいになった。


(そうだ……俺が加護を奪えば、こんなふうに人が変化してしまうかもしれないんだ……)




 ◆




 やがて勇者は第二のボスと五度目の戦いを始めた。


「ぐはははは! 勇者よ、今度こそケリをつけてやろう!!」


「く、そ……っ!!」


 今の勇者には二つの選択肢があった。

 勇者の力は使わず、街の成長を待ち、やがて皆と一緒に魔王を倒す。

 或いは――街の皆はどうなってもいいから、勇者の力を使う。


 

 それはとても重たい責任だった。


(苦、しい……)


 この戦いでボスを倒さなければ、次はいよいよ第二のボスと第三のボスが合流してしまうだろう。

 今の街の設備では、二人を同時に倒すことはきっとできない。


(俺は、街の皆を信じたい……!! でも、毎回こんなギリギリの戦いをするのは……もう嫌だ!!)


 街の成長を待つのは本当に大変だった

 頼まれたお使いを何度もこなし、時には喧嘩の仲裁などお悩み相談にも乗った。

 その上で、限られた加護だけでボスと戦い、撃退しなければならなかった。

 もう――疲労が限界だった。


「神よ! この勇者に、新たな力を与えたまえ!!」


 勇者の願いを、とある神様が聞き届けた。


 ――勇者は加護『二段ジャンプ』を手に入れた!!


 ――勇者は加護『我慢』を手に入れた!!


 ――勇者は加護『氷魔法』を手に入れた!!


 勇者は加護の力でボスと戦った。


「これで、トドメだあぁあぁあぁあぁぁぁぁ――ッ!!」


「ぐああああああああああああ――っ!?」


 勇者はボスを倒した。


「は、はは……」


 勇者の口から、乾いた笑い声が零れた。


(そうだ……加護を使えば、こんなにも簡単に勝てるんだ。こんなにも、簡単に……)




 ◆




「ふふふ、ついにここまで辿り着いたか勇者よ。我こそが魔王……さあ、最終決戦を始めようではないかッ!!」


 遂に勇者は魔王と対峙した。

 だが、勇者はもう迷わない。

 もう――後に退けない。


「神よ! この勇者に、新たな力を与えたまえ!!」


 勇者の願いを、とある神様が聞き届けた。


 ――勇者は加護『威圧』を手に入れた!!


 ――勇者は加護『バリア』を手に入れた!!


 ――勇者は加護『調合』を手に入れた!!


 ――勇者は加護『人形化』を手に入れた!!


 ――勇者は加護『斬撃』を手に入れた!!


 ――勇者は……。


 ……。






「ぐあああぁあぁああぁぁああぁぁぁああ――ッ!?」


 勇者は魔王を倒した。

 圧倒的だった。


「ははははははははは! ははははははははは!!」


 勇者は笑う。

 世界中の加護を自分だけのものにして、使い放題にして……。


 最初からこうすればよかったのだ。

 こうすれば、簡単に魔王を倒せたのだ。


 こうして世界は平和になった。


 だが、守りたかった人類は――――。




 ◆




 今日は勇者が凱旋する日。

 魔王討伐に成功した勇者は、新品同様のピカピカの鎧で街に帰ってきた。


 だが、出迎える者は誰もいない。

 華やかだった王都は今や――見るも無惨なスラムと化していた。


「飯ぃ、飯をくれよぉ……!!」


「ぎゃははははは!! その金は俺が貰っていくぜぇ!!」


「き、君ぃ……その腕時計は、私のものではないのかね……?」


「はぁ? どうせてめぇも盗んだだけだろうが!!」


「うえーーーん! ママー! ママーーーー!!」


 加護を奪われ、存在意義を否定された人間がマトモに生きていけるはずがない。

 今や街の人々は、誰もが悪の道に走り、それを咎める者もいなかった。


 勇者はもぬけの殻になった城へ向かった。

 城の廊下に飾られていた絵画や置物は、全て誰かに盗まれて今はない。


 勇者は彷徨うように玉座の間に行く。

 そこには勇者の妹――ミレイがいた。


「お兄ちゃん、覚えてる? お兄ちゃんが初めて勇者の力を使った日……私の加護を奪った、あの日のことを」


 勇者は頷いた。


「あのね、私、あの日からずっと分かってたんだ」


 ミレイは笑う。

 その手には、小さなナイフがあった。


「お兄ちゃんは勇者なんかじゃない。お兄ちゃんこそが――魔王なんだって」


 ミレイは、そのナイフで自らの首を切った。

 鮮血がアーチを描く。


「……」


 勇者は床に落ちたナイフを拾った。

 そのナイフを――自らの首に向けた。






【独りぼっちの英雄END】




※攻略のヒント※

・街の皆と協力して魔王を倒せば、皆が幸せになるエンディングが見られるかも!

・悪人を見かけたら積極的に加護を奪おう! 放置すると住人が減ってしまうぞ!

・妹に根気よく話しかけると仲直りができるかも! 加護を奪われる苦しみを人一倍理解している妹は、加護を奪われた人を正しく導いてくれるかもしれないぞ!







・どうして勇者は加護を奪ってしまうんだろう? どうして神は勇者だけ特別扱いするんだろう? 魔王と対話できたら、神様の真実に辿り着けるかもしれないね!

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