第18話 8-1 クレイジークライマー
「こうして私は白い指輪を手に入れた。この指輪はね。指輪の魔法を無力化できるのよ。だからこれを身につけた瞬間、私は20年前、川島君に操られていた時の記憶を取り戻した。それからの私は、あらゆる手を使ってあの時の事を調べ上げた。まるで私が指輪を見つけるのを待っていたかの様に母の手帳を発見したわ。尋常ではない数の手帳が見つかり、そこには母の行動の全てが克明に書かれていた。それを読んだ私は『オロチの指輪』の存在を知った。その呪われた力を知った。そしてあの日の真実を知ってしまった。母が殺された事を知った。歩さんの指が切断されたのも事故では無かった。あれはあなたのお父さん達3人。仁木君と川島君、それに福原さんが指輪を手に入れるために起こした傷害事件よ。指輪の魔法を使い私を意のままに操ってね。あれから20年が経過して今更! 本当に今更それがわかった。あの頃、私の周りに起きた不可解な出来事には全て、この指輪が関わっていた。塾での歩さんの怪我や幕張の学校での爆発事故。そして母が行方不明になったみそら小の半壊事件。そのすぐあとに歩さんの自宅に突っ込んだ無人のロードローラー。1986年の秋に旭ヶ丘周辺で起こった不可解ないくつかの事件と事故。それら全てが仁木祐一、川島ささ、福原詩織が指輪集めをする過程で引き起こされたのよ。あなたのお父さん達は指輪を手に入れる為に私の母を。そして私の婚約者の歩さんを殺した! ……結局、3人は仲間割れの末に仁木君が生き残ったようね。仁木君はのうのうと生きながらえ、あまつさえ子供を作って幸せに暮らしていた。それを知った時の私の気持ちがわかる? 私から全てを奪っておきながら自分はちゃっかり生き残り、幸せに暮らしているなんて……。許せない。絶対に、絶対に許せない! どんな手を使っても復讐してやると決めたわ。私の味わった以上の苦しみを彼に与える! そして指輪は望み通りに私と仁木君を再び巡り会わせた。けれど私は……。仁木君を一目見た瞬間、反射的に彼を殺してしまった。もっと時間を掛けてゆっくりと苦しませるつもりだったのに……。彼の顔をみたらどうしても我慢ができなかったの! 出会うなり包丁で何度も何度も刺したわ。彼は指輪の魔法を使おうとしていたようだけれど、『拒絶』の指輪を持つ私には効かなかった。そして私の指輪の呪いはね。皮肉な事に若返りなのよ。見ての通り私は20代後半ぐらいの容姿に変化した。今更若さを取り戻したところで大切なものは何一つ手に入らないのに……。いえ、むしろ見た目がこの通り変わってしまったせいで、私は今の仕事さえ失ってしまうでしょうね。でもね。若返りの呪いのお陰で、私のこの顔を仁木君に見せることが出来た。彼が憧れていた若い頃の私をいやと言うほど彼に見せつけることができた。仁木君には何一つ説明してあげなかったけれど、彼はこの顔を見てそれはそれは取り乱していたわ。
ふふっ! はははぁ! あははははぁぁ!! 堪らない! 堪らないわぁぁ! 私は何度も彼の身体に包丁を突き立てながら、彼が浮かべる驚きと困惑! そして後悔の表情をじっくりと眺める事ができたの! それは最高の瞬間だった……。
あはっ! あははっ! あははははっ! そして私は思ったわ! ああ、彼のあの顔を見るためだけに、私のこの20年間はあったんだと!!! 」
そう言って寿円香は、しばらく気が狂ったように笑い、そして電池が切れたみたいに唐突に深いため息をついた。
円香の姿は確かに20代に見える。しかしその表情。そして佇まいは酷く老け込んでいる様に感じた。
いおなは顔をしかめて言った。
「パパはたぶん……、荻窪先生を殺していないと思います」
「では誰が歩さんを殺したの? 」
うんざりした声で円香はつぶやく。
「わかりません。でも円香さんが手に入れた寿校長の手帳には死んだ後のことは書かれていないはずです。そして荻窪歩さんの指輪は寿校長が亡くなられた時点で既に奪われていた。それなのにパパが指輪の無い荻窪さんを殺す理由がありません」
少し意外そうな顔をした円香は、しばらくの間、黙って考えていた。
「……或いはそうかも知れない。でもね、仁木君は小学5年生にして家族も学校も彼に関わる全てを捨てている。11才の子供にしては有り得ないぐらいの決断力と行動力が彼にはある。彼は普通じゃない……。もしかしたら仁木君は自分の過去を知る人間。特に指輪について何かを知っている人を始末してまわったかも知れないじゃない。冷徹な彼の性格を考えれば、それは充分にありえる事だわ。大体、生き残った仁木君と川島君以外の誰が歩さんを殺すっていうの? それに少なくとも私の母を殺したのは間違いなく仁木君達よ。お母さんが校舎の半壊に巻き込まれ行方不明になった夜、その場には確かに仁木君達はいた。20年前にみそら小が半壊した現場。つまりこの場所には私の母、寿美代子と仁木祐一、それに福原詩織の血痕が残っていたのだから。さらにバラバラに切断された福原さんの破片も見つかっているのよ。母の戦いについても途中までは手帳に記録が残っていた。母の最後の瞬間、その場には血痕の残っていない川島君を含めて、仁木君、福原さんがいた。母を含めた指輪を持つその4人がみそら小の職員室で殺し合ったのよ!! その結果、母は指輪を奪われ無残に殺された。何も殺す事は無かったのに! だから私は母を殺した3人に復讐する。それだけが今の私の生きがい……。死ぬ間際の仁木君から聞き出した情報によれば、福原さんは川島君が殺したようね。しかしその川島君も指輪の呪いで女性になり、あなたを産んでから死んでしまったのでしょう? にわかには信じられなかったけれど、こうして川島君に瓜二つのあなたを前にしてやっと納得する事ができたわ! 」
そう言った円香は強い憎しみの篭った視線でいおなを睨んだ。その瞳は燃えるように赤く輝いていた。相変わらずどこか遠くで太鼓の音がしている。
「私は歩さんと母を殺したのは、仁木君だと信じているし、私から大切なものを奪った仁木君達を絶対に許さない。そして仁木君が大切にしていたあなたも許さない。川島君にそっくりのあなたが酷い死に方をしたなら、きっと川島君と仁木君はひどく悲しむのでしょうね」
寿円香はそこまで話し、また深い溜め息をつく。それからおもむろに左手の人差し指に付けた銀の指輪をいおなに見せた。
(「あれは……、パパの指輪だ!! 」)
それを目にした瞬間、いおなの頭の中で「バチッ! 」と火花が散った。
「荻窪先生は殺してないって! パパはあなたの婚約者をヤッて無いって言ってるのに!! 大体、寿校長が死ぬ間際まで持っていたはずの手帳がどうしてあなたの手元にあるの? 誰かに操られているとは思わないの!? 大人のクセにどうしてそんな事が分からないの!! 」
いおなも憎しみの篭った瞳で円香を睨み返した。
「大人だから納得できないのよ!! たとえ誰かの意思で私が仁木君やあなたを殺させようとしているのだとしても……、そんな事、私にはどうだっていいのよ! だって歩さんが死んだという事実は決して変わらないのだから!! 」
円香が吐き捨てる様に言った時、2人の瞳に青い炎が燃え上がる。
そしてあの声が再び2人の頭に響いた。
『指輪ヲ奪エ! 全テヲ奪エ! 』
『指輪ヲ奪エ! 全テヲ奪エ! 』
『指輪ヲ奪エ! 全テヲ奪エ! 』
『指輪ヲ奪エ! 全テヲ奪エ! 』
その声は寿円香と仁木いおなの圧し殺していた衝動を激しく呼び覚ました。目の前の指輪がほしいという抗い難い欲求が2人を満たしていく。相手の指輪を奪うためならどんな事でもできる……。あの美しい指輪を自分だけのものにしたい……。指輪がほしい!! 全てがほしい!!!
指輪に思考を支配された2人の瞳から青い炎が波のように空気を揺らしている。
校庭の木々が青々と茂り、すぐに枯れて散っていく。花々は咲き乱れ、花壇の向日葵が朽ちて、桜の花びらが校庭に舞い踊った。
そして指輪を持つ彼女達の全身には力が溢れ出す。彼女達の意識は不思議な高揚感と多幸感に包まれる。
「あなたを殺すわ。出来るだけ苦しむ方法で! 」
吐き捨てる様に言った寿円香は、ゆっくりといおなに左手をかざした。円香の左手を包む空気が液体のように揺らいでいく。さらに円香は右手でポケットからメガネを取り出すと、ゆっくりとそのメガネを掛けた。
いおなは鼻を鳴らして円香を睨んだ。
(「この人がたとえ指輪を持っていても、パパを殺したこの人だけは……、絶対に許せない! 友達にはなれない!! でも……、きっと大丈夫だ。まだ次がある。リングホルダーはこの世界にあと6人もいるんだ。それにもし……、どのリングホルダーとも友達になれなければ……、願えばいい! 全ての指輪を集めて願えばいいんだ!! 」)
いおなの決意と共に、その瞳は青から燃えるような赤へと変化した。いおなの赤い瞳が円香の眼鏡越しの青い瞳を射抜く。ガランとした職員室にピリピリとした空気が充満していく。その時、ポケットに入れていたガチョピンが僅かに震えた気がしたが、今のいおなにはどうでもいい事だった。
(「コノオンナハユルサナイ……、このおんなはゆるさない……、この女は許さない!! 」
いおなは憎しみのこもった瞳で円香に言った。
「パパを殺した事、絶対に許さないから! 」
「だったら? 」と円香が冷たく笑った。
睨み合う2人。
指輪が「ドクン! ドクン! 」と鼓動する。
2人の指輪はいつにも増して妖しげに煌めいている。
この指輪をあといくつ集めたら願いが叶いますか? いまりょう @ryoryoryo2219
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