第2話

「セイタイシ、ですか?」


 キョトンとした顔で聞き返したのは、この店の主であるヨシカだった。


 イチが店に入り、その辺の従業員に仕事の営業をしたいと伝えた所奥から出てきた。


 未亡人という言葉が似合いそうなおっとりとした雰囲気の美女である。


 鮮やかな金髪を一本の太い三つ編みにしており、先の尖った長い耳からエルフと分かる。


 肩凝りに困っていそうな立派な胸の持ち主だった。


「それは、どのようなご職業なのでしょうか?」


 不思議そうにヨシカが尋ねる。


 この世界には整体という概念がないので、整体師も存在しない。


 これからこの世界で整体師として食べていくには、整体という概念を広める所から始める必要がありそうだ。


「心身の健康を整える仕事だと私は考えています。簡単に言いますと、この手で身体を揉みまして、様々な体調不調を解消する仕事ですかね」


「肩揉み屋さんという事ですか?」


「大雑把に言うとそんな所です」


「う~ん」


 ヨシカは怪訝そうだ。


 少しわかりやすく説明しすぎたらしい。


「歌手や芸人さんならともかく、そういうのはウチではちょっと……」


 ヨシカが店の奥に視線を向ける。


 冒険者の店は役場とレストランと宿屋が一緒になったような場所らしい。


 手前が役所のような受付になっており、奥が食堂。上の階が宿屋なのだろう。


 冒険者向けに余興でもやっているのか、ヨシカの視線の先にはちょっとしたステージがあった。


 なんにしろ、この程度で引き下がるイチではない。


 日本にいた頃はライバルの多い商店街で個人経営の店を出していたのだ。


 営業には慣れている。


「いえ、肩揉み屋というのは言葉の綾でですね。肩凝りや腰痛、頭痛に便秘、食欲不振や睡眠障害など、色々な不調を解消できるんです」


「はぁ……」


 今ひとつヨシカには響いていない様子だった。


 むしろ、疑わしく思われているようである。


「イチさんは医術士なんでしょうか?」


「いえ、整体師です」


 医術士がなにかは知らないが、多分この世界の医者のようなものなのだろう。


 その辺について一々ツッコんでいたら話にならないのでスルーしておく。


「ですよね。普通、身体の事と言ったら医術士か錬金術士の領分です。それだって難しい魔法や高価なポーションを使います。それを手で揉むだけで治せると言われても、ちょっと信じられません。ハッキリ言って胡散臭いです」


「いえいえ。私はなにも、怪我や病気を治せると言っているわけではありません。私に出来るのは先程言ったようなちょっとした身体の不調を治す事だけです」


「それだって十分凄いと思いますけど。医術士は怪我や病気は治せても、肩凝りや腰痛は治せませんから」


 やはり! とイチは思った。


 王様や先ほど見た冒険者が肩凝りや腰痛で悩んでいる事からそうなんじゃないかと思っていたが。


 これならばこの世界でも生きていけそうである。


 その為にはまず、どうにかして整体の力を認めて貰わなければ。


「信じられない気持ちはわかります。ですが現に、私は整体の力で多くの人々の身体の不調を治してきました。どうでしょう、こうして話しているよりも、実際に効果を体験して頂いた方が分かりやすいと思うのですが」


「あなたに私の身体を揉ませろと?」


 ジト目になってヨシカが睨む。


「はい! 揉ませて頂ければ必ずや整体の素晴らしさをご理解頂けるかと! その身体ではさぞ肩が凝りますでしょう?」


 無精ひげを撫でつつ、ついついイチの視線はヨシカの胸に向かってしまった。


 胸元の空いたワンピースからは、眩しい程の深い谷間が覗いている。


 これはG、あるいはHぐらいあるかもしれない。


「なぁっ!?」


 ギョッとして胸元を隠すヨシカを他所に、調子の出てきたイチは得意顔で営業を続ける。


「それに、整体というのは健康になるだけじゃありません。とっても気持ちが良いんです。特に私の整体術は気持ちがいいと評判でして。なにを隠そう私のモットーは【気持ちよく健康になる】で――うぼぁ!?」


 バチン! とヨシカの平手打ちが炸裂した。


「へ、変態! 気持ちよくって、どこを揉むつもりですか!?」


「ご、誤解です! いや、施術によっては胸を揉む事もありますが――」


 胸と言っても鎖骨の下の辺り、おっぱいで言ったら付け根の部分である。


 ここは全身のリンパが静脈に集まる要所で、リンパマッサージでは重要な場所なのだ。


 だが、素人のヨシカがそんな事を知るはずがない。


 余計な事を言って誤解を深めただけである。


「やっぱり! セイタイシとか言って、エッチな事がしたいだけなんでしょう! この詐欺師! 帰って下さい!」


「違います! 確かに私は女体を揉みたくて整体師になりましたが、仕事に関しては誰よりも真面目なつもりです!」


「でてけ~!」


 両手を挙げて無実のポーズを取るイチを、ヨシカが店の外に追い出そうとぐいぐい押す。


 女体がどうとか言わなければいいのだが、イチは馬鹿正直な男だった。


 いや、ただの馬鹿か?


 それに加えて、諦めの悪い男でもある。


「わ、わかりました! それじゃあ、身体に触れずに治せたらどうですか!? そしたら整体の力を信じてもらえませんか!?」


 イチの必死さが伝わったのか、ヨシカが押すのをやめる。


 むぅっと上目遣いで睨みながら。


「触らないならいいですけど……。そんな事が出来るとは思えません」


 疑わしそうに言うのである。


「まぁ、出来る事と出来ない事がありますが。場合によってはなんとかなるかと……」


 咄嗟に言った事なので、イチとしても自信はない。


 だが、ここで追い返されるわけにはいかない。


 下手をしたら悪い噂になって、別の店でも相手にされなくなるかもしれない。


 そうなったら整体師として食っていくのは絶望的だろう。



―――――――


 一話の最後の方変更しました。

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整体師召喚!? 役立たずと追い出されたが手に職があったのでどうにかなった。 斜偲泳(ななしの えい) @74NOA

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