ペルーシュと呼ばれるモノと不思議なルールの館

ユキネ

ペルーシュと呼ばれるモノと不思議なルールの館



 それは手離したら不安でしようがなくて────。


 あなたは今日からペルーシュです。そう言われ、名前を与えられ、館で生活するようになったモノ。

 それは誰の心を満たすためのペルーシュだろう?


 その館にはルールがあった。

 御主人様の前では何があっても動いてはいけないと。

 けれど、そんなルール……此処では必要ない。

 何故ならば……────。


 此処では逃げる事すら出来ないのだから。



 あなたは愛しきものの名前を呼んだ

 私の名前を けれど 私でない誰かの姿を浮かべて

 それでも 私は此処に あなたの傍に居る

 あなたが 望みつづけるのなら────



 一人のペルーシュが逃げていた。

 追ってくるのは、彼の御主人様だ。

 ペルーシュとはぬいぐるみ。このペルーシュは御主人様のぬいぐるみの一人だった。

 はてさて、何故逃げているのか?

 此処に居ることが限界だからだ。

 此処に居たらいずれ自分も殺されると思ったから。

 何故ならば、御主人様の暴力や暴言。

 それはペルーシュが掟を破ったから?

 確かにペルーシュは掟を破った。御主人様の目の前で。

 ペルーシュはペルーシュたることが出来なかった。でも。

 でも、違う。

 それだけじゃなく、御主人様は✕✕✕でないからと言った。

 ペルーシュは御主人様の大切な✕✕✕でなきゃいけないのに✕✕✕でないからと。

 だから、此処から。この館から出ようと必死になって出口を探していた。

 その✕✕✕でなければペルーシュは用済みだから。

 ふと、隠れた一つの部屋の中で。

 散乱した壊れたぬいぐるみの中に、何枚もの何か綴られた紙があった。


 ✕✕人目のペルーシュ、✕✕✕。


 一人の女性が目を覚ました。

 彼女の名は✕✕✕。御主人様にそう、名付けられた。そして、あなたはぬいぐるみであると告げられる。

 目の前には一人の少年。彼が御主人様だ。

 その少年は、彼女を優しく彼女の髪を撫でていた。

「キミはボクを裏切らないよね?」

 哀しそうに。哀しそうに。そう呟き、抱きしめられた温かさはヒトのそれだと思ったのだけれど。

 ぬいぐるみと違い、ぬいぐるみや御主人様の世話をする使用人が居た。彼らはインツーと呼ばれるらしい。そのインツーの一人が✕✕✕にこの館のルールを説明する。

 御主人様の前では何があっても動いてはいけないと。それがこの館のルールであると。

 ぬいぐるみとは、ただ、其処に居てくれるだけでいい。マリオネットのように御主人様の指に操られるだけでいい。

 けれど……。

 この御主人様は無邪気で残酷だった。

 悪夢のような世界。ぬいぐるみは必ず、何処かが失くなり、時には御主人様がいないのにうんともすんとも言わなくなる。

 それに堪えられなくなったぬいぐるみは御主人様から逃げることを考えるようになった。

 見つからないぬいぐるみ。けれど、何処からか見つけて来ては、御主人様は処刑を決行した。

「ひッ!!」

 今日も目の前で行われたルールを破ったぬいぐるみの処刑。

 それに✕✕✕はとうとう御主人様の目の前で声を上げた。

 そして……。

「……キミもボクを裏切るんだね」

 哀しそうに。哀しそうに。✕✕✕の躰を抱きしめながら……。

「キミは✕✕✕に似ているから気に入っていたのに……」

 そう耳元へ囁くと、✕✕✕は何も感じなくなった。


 ✕✕✕人目のペルーシュ、✕✕✕。


 御主人様は✕✕✕を嫌っていた。

 とても美しい御主人様。とても優しく、哀しいヒト。

 いつも俺に八つ当たりする。いや……心の処理の仕方が分からないのだ。

 今日も。

「君はどうして……」

 言の葉が途中で止まり、落ちていく。

 俺がペルーシュでなければ、その言の葉を拾うことが出来ただろうか?

 でも……あぁ……。

 この館には今、二人の御主人様が居る。

 それは刻によって御主人様の人数は変わるものだけれど、今、この館には二人の御主人様が居た。

 合わせ鏡の、昔、万華鏡の館と言われたこの館に住まう。

 けれど、彼ら御主人様は、誰一人、共に生活するモノを知らない。

 二人の御主人様は誰一人互いに逢うことはないのだ。

 不思議な空間。不思議な世界。

 昔、御主人様が言っていた。


「此処には亡くしたモノがあるヒトが来る場所なのだと」


「僕はね、大切なヒトを亡くしたんだ」

 そう御主人様が俺に呟く。

 優しく頭を撫でるのは、そのヒトを思い出しているからか。

「僕のせいで。僕が彼の手を離したせいで」

 後悔に泣き出す御主人様。

 その手を、その躰を抱きしめられたらどんなによかっただろう。慰められたらどんなに……。

 御主人様の名前を一度でも呼べたら。

 そう望んでも、俺は誰かの代わりだ。本物には敵わない。例え、同じものを何か持っていたからこのペルーシュに選ばれたとしても。

 それはまるでオリジナルとクローンのように。

(俺は、彼の代わりにはなれない)


 …………。

 ………………。

 ……………………。


 他にも同じような内容が書かれた紙が散乱していた。その紙を読んで思う。これは此処に喚ばれたペルーシュの記憶だと。

(でも、どうして……?)

 どうして此処にあるのだろう?

 そう思いながらも、他の記憶も読もうと手を伸ばして……。

「何処だい?」

「何処に居るの?」

 二人の声が木霊する。

 御主人様は御主人様に逢うことはない。

 私の時も確かにそうだった。

 何処か時差式のように、朝は一人の御主人様。もう一人の御主人様は夜にという感じで。必ず逢う御主人様によって時間が違うのだ。

 此処はこの館は同じ時間である筈なのに。

 廊下の音が、近づいて来ている音がする。

 順番に部屋の扉を開く音。乱暴なその音が……。

(……え?)

 扉が開かれる瞬間、この部屋に居たペルーシュの姿が消えた。



「初めまして、御主人様。哀しみの御主人様」

「おやおや、わたくしが見えませんか。聲は聴こえておられるのに」

「あなたの穴を、心の哀しみをわたくしが癒して差し上げましょう」



 大切な誰かを亡くした声は

 とても辛く とても悲痛で

 目の前には 館 知らぬ誘惑の声音

 それは甘く誘い あなたの心を満たす

 そしてあなたは 抗えず 私を……



「あなたは今日からペルーシュとしてこの館で生活するように」

 そう、インツーから言われ、この館の決まりを聞かされた✕✕✕と名づけられたぬいぐるみ。

「御主人様の前ではただ居ればいいのです。仕草も口答えもなくただ居れば。それがあなたの仕事です」

 その言葉に、それが正しいのだと思っていた。

「今日はとても楽しかったよ」

 安心するように御主人様が✕✕✕を抱きしめる。

 それはとても存在価値があるように感じていた。


 けれど もっとと 求めれば求めるほど

 あなたは 何か 違和感を覚える

 どうして? 私を愛していないの?

 問う声音が 震えていた

 この記憶も この躰も 私であるはずなのに

 あなたは 私を 見ない


「だから私は逃げ出した。あなたの元を。此処に私の居場所はないから」

「でもあなたは、それでも追ってくる」

「そして、私を壊し、造り直した」



 いつの世も哀しみの傍にはぬいぐるみがあった。

 昔、此処で御主人様と呼ばれた青年は想う。

 誰の代わりも出来ないのに、安心出来るそのモノ。

 ぬいぐるみは喋らずに其処にある。それが当たり前だ。けれど、此処にあるぬいぐるみ────ペルーシュは違う。

(俺はそれを知っている)

 だから……。

 腕の中にあるペルーシュと呼ばれ、けれど、掟を破って排除される筈だった出来損ないのぬいぐるみ。

 俺はそれを盗んだ。


「ねぇねぇ、始まりを知ってる? この館の始まりを」

「愛した者を亡くして狂った者のお伽噺」

「手当たり次第に愛する者の躰と魂を色んな箱庭、本、世界、星、鏡、運命から引っこ抜いて代わりにしようとした哀れな子供のお伽噺」

「そして、それに呼ばれたヒト達が同じように喚んだモノをぬいぐるみとして代わりにし、始められた狂った館のお伽噺」


 全ての始まり。

 雪の中、彼は、血に染められた愛しき人を抱いていた。

 愛しき人は世界の敵だった。その人を倒さなければ、この世界は破滅する。

 だから、彼は愛しき人の命を刈り取った。

 愛したその人を殺すことで大勢を救ったのだ。

 けれど、それは、自らを狂わせるもの。

 ある日、彼はこの物語自体が全て仕組まれたものだと知った。

 死ぬために産み出された人形────ペルーシュ。ぬいぐるみと名付けられた彼らは命のために己の命を使うように設定された寿命を持つ造られたものだと。

 俺は、それを否定するように全てを壊し、愛しき人に逢うためにペルーシュを産み続けた。

 愛しき人に逢うため、ペルーシュに必要なのは愛しき人の躰と魂。そのために様々な箱庭、本、世界、星、鏡、運命から情報を引っこ抜いた。

 それでも、出来たペルーシュは愛しき人と何処か違う。

 その違うことが赦せなくて。赦せなくて。

「だから俺は、あの館でルールを作った。御主人様の前では何があっても動いてはいけないと。それなら違うことが……このペルーシュがあの人でないことが分からないから……」

 でもそれでも、違うものは違う。

 彼らはペルーシュであってもあの人ではないと何度も告げられて。

 告げられて、俺は逃げた。この館の扉を開けたままで。

 けれど館は嘲笑った。必ず戻ってくると。

 そう、その通りだった。俺は何度も無意識に此処へ来ていた。

 此処へ来て、同じような存在を、ペルーシュを見るたび、また欲しくなって。

(出来損ないでもいいから)

 そう、逃げ惑うペルーシュを盗み続けた。

 今し方盗み出したペルーシュ。

 嗚呼……あの日のあなたのよう。

「なぁ……俺のペルーシュであって」


 あなたと違うと 分かっているのに

 手離したら 不安でしようがなくて

 だから もう一度……もう一度……と

 あなたを 求め 彷徨う

 何度も 何度も 記憶だけがあの部屋で頁となって降り積もる

 ぬいぐるみの残骸と共に

 刻だけが過ぎていくのに

 あなたは此処にいない

 ねぇ……いつになったら あなたは 本物のあなたは

 此処に ✕✕✕の傍に来てくれるの?



 ねぇ……君だけに教えてあげる。

 館からのヒントを。その答えを。

 御主人様は万華鏡。その中心に立つモノ。

 ペルーシュは絶対に逃げられない。

 何故ならば、追い掛けるのも、あなたを捕まえたモノも全ては同じモノだから。

 ペルーシュは狂った万華鏡の中をキラキラと光る宝石のような存在。

 ふふ……ねぇ、もう一度、はじめから繰り返して。



 あなたは今日からペルーシュです。そう言われ、名前を与えられ、館で生活するようになったモノ。

 けれど、その館にはルールがあった。

 御主人様の前では何があっても動いてはいけないと。

 けれど、そんなルール……此処では必要ない。

 何故ならば……────。



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