第42話「あれ」





 スラムから出て、王城を目指して馬を進める美しい私。

 そんな私に声をかける者がいた。


「ま、まってくれ!」


 振り返ると、今スラムから飛び出してきたと言わんばかりの可愛らしい少女がいた。

 もちろんその格好はちょっと良いところのお嬢様といった感じだし、飛び出してきたスラムもスラムというより前世の閑静な住宅街のような場所になっているのだが。


「なんでしょうか」


「あんた、一体何者だ! そんでどういうつもりだ! スラムをあんな……あんな、その、うまく言えないけど、なんか、あんな風にして!」


 どんなやねん。

 と思ったが私は言葉遣いも美しいので口にはしない。


「何者かと問われましても。私はただの、通りすがりの……通りすがりの美人です」


 他に答えようがなかったのでそう答えておいた。

 すると少女はぽかんと口を開けた表情でつぶやく。


「……自分で言うのか。いや確かに美人だけどさ……」


「それで貴女は、この通りすがりの美人に何か御用ですか?」


「あ、そうだ! スラムだよ! なんでスラムをあんな、あんな風にしたんだ!」


 あんな風にとは、魔法できれいにしたことだろう。

 それはスラムに限らず、この少女の格好も含まれているに違いない。

 であれば私の答えはひとつだ。


「それを貴女がたが望んでいたからです」


 そのモノの望む美しさを体現すること。

 あの魔法の唯一の効果がそれである。そのために作られた魔法であり、それ以外に目的などない。


「アタシたちが……望んだ……?」


 そうでなければあの魔法でこのような姿にはならない。


「望む姿と違いがありましたか?」


「それは……いやいや、たしかにこんなきれいなおべべ着れたらいいなって思ったことはあるけど、それはあくまでよそ行き用とかそういうのであって、普段着はもっと普通の……まあ、でも望んでいたってのも間違いないけど……」


「間違いないなら問題ないですね」


「いや問題あるだろ! なんであんなことしたんだよ! 理由がわかんねえ! 知らんやつに理由も分からずいきなり望みを叶えられるとか、怖くてしょうがねえだろ! なんなんだあんた! てかやっぱりあんたがやったのかあれ!」


 少女は興奮して色々捲し立ててくる。できれば質問は一つずつにして欲しいところだ。


「あれとおっしゃるのがどれのことなのかわかりませんが、文脈からするとたぶん私がやったやつだと思います。それとやった理由ですが、冒険者の方々の匂いがきつかったからです。貴女は匂いがきついのは平気ですか?」


「へ? 匂い? いや、平気じゃあないけど……別に耐えられなくもないかな。自分らもついさっきまで酷い匂いだったし……」


「そうですか。私は駄目でした。なのできれいにしました。その結果があれです」


「その結果があれ」


 少女が鸚鵡返しにつぶやく。


「その結果があれです」


 なので私もそうした。

 すると少女は眉間に皺を寄せ、キューティクルの輝く髪をぐしゃぐしゃと掻きむしり、しばらく考えた様子を見せたあとに、私の頭の上のビアンカたちを見て納得したように頷いた。


「なるほど。わかった。あんたあれだな。ちょっとあれな人なんだな」


「あれとおっしゃるのがどれのことなのかわかりませんが、たぶんあんまり良くない意味ですよねそれ」


 それにしても代名詞の多い会話である。積極的に使っているのは少女の方なので、語彙が少ないのかもしれない。スラム育ちなのだとしたら、満足に教育を受けられなかったのだろう。

 であればきちんと教育を受けた大人として寛大に接してやる必要がある。多少要領を得ない話でもわかっているふりをしてやるべきだろう。


「ちょっとあれだが、それでもあんたはすげー力を持ってる。すげーっていうか、正直意味わからんすぎて今でも怖えけど。

 そんなあんたに、頼みがある」


「なんでしょう」


 実家でも王都でも屋敷からあまり外出していない私だが、貴族としての心構えは叩き込まれている。

 ここは他国であるしノブレス・オブリージュとまでは言わないが、平民から助けを求められればそれに応じてやるくらいの度量はあるつもりだ。

 少なくとも、私が尊敬する両親や兄たちならそうするだろう。

 もしかしたら、あの可愛らしい王子様でもそうするかもしれない。

 ならば私が応えないわけにはいかない。応えないのは美しくない。


「……アタシらのボスに会ってもらいてえ。スラムを纏めてるお方だ。あんたを追いかけたのもそのボスの命令だった。どういうお方で何を狙ってあんたに会いたがっているのかは、会ってから聞いてほしい」


 これは「平民から助けを求められている」に含まれるのだろうか。

 ちょっと違う気がする。


 誰かに対し自分以外の誰かに会ってもらいたい、と依頼するという意味では、前世でも似たようなことをしているものたちがいた。

 男性と女性を引き合わせる場を提供する、いわゆるマッチングアプリなどがそれだ。合コンとか結婚相談所も近い形式と言えるかもしれない。


 そうだとすると、この少女は若くしてマッチングアプリ(に似たシステムの何か)で働かされているということだろうか。スラムで暮らしていたようだし、有り得る話だ。


(若いうちからマッチングアプリにどっぷり浸かって生計を立てているというのは、ちょっと健全とは言えませんね……。ここは私から当座の生活費を渡し、そんな組織からは足を洗うよう説得するのが貴族としての──)


「──あいたっ!」


 と言っても本当に痛かったわけではない。急にぼふっとした感触が顔を直撃しびっくりしただけだ。

 頭の上のビアンカとネラから尻尾攻撃を受けてしまったようだ。

 二匹は不満げに抗議をしてくる。私が考えていたことに対する抗議らしい。


「わふ」


「なー」


「え、違う? でも──あいたた! もう、わかりました。わけがわかりませんけど、とりあえず貴女についていくことにします。そのボスさんのところに案内してください」


「……いや、あんた、マジで大丈夫か? 今、犬とか猫とかと会話してなかった? もしかして連れて行くべきなのはボスのところじゃなくて別のところなんじゃ……?」


 少女は私を別のところへ連れ込みたいらしい。

 こんな幼気な少女さえも魅了してしまうとは、美しさって罪。


「ぴ」


「ぶるるん」


「わかってますよ。冗談です」



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美しすぎる伯爵令嬢(♂)の華麗なる冒険 原純 @hara-jun

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