なんだと睨むと清孝も睨み返してきた。

 付き合いの浅いやつらにはわからないだろうが幼なじみの俺にはわかる。ものすごくわかりにくいが唇を尖らせてすねた表情をしている。清孝がこういう表情をする理由は一つだ。


「俺が千佳に抱きつかれたのがうらやましかったか」


 にやにやと笑いながら尋ねた。


「私がやれるだけやらなかったせいで清史郎が死んじゃった」


 なんて言って、千佳が泣くなんて天変地異みたいなことが起こる方がよっぽど怖いのは俺だけじゃない。清孝も同じ。

 だから左腕に数字が現れたとき、俺は真っ先に清孝に話をしに行った。清孝も清孝でしばらく黙り込んだあと、


「天変地異を起こさないためにはどうしたらいいか。死ぬまでに考えろ、バカ清史郎」


 なんて言ってきた。

 一年弱で死ぬと言っている人間に大丈夫かの一言もなく、真顔でそんなことを言い放つ冷徹な幼なじみに遠慮なく舌打ちして俺は心の中で笑っていた。

 こういうやつだからなんだかんだで十数年、幼なじみとして付き合って来れたのだ。お互いにお互いの千佳への気持ちに気付いていながら幼なじみとして付き合って来れたのだ。


「不可抗力だろ、あれは。龍に振り落とされた勢いで地面に叩きつけられるところだったし、しがみついてきたのは千佳の方だ」


 言った途端にため息が漏れた。清孝の表情が鬼の形相に変わったからだ。お互いにお互いの千佳への気持ちは知っているけど状況が状況だ。


「余命半年の幼なじみに良い思いさせてやろうとか大目に見てやろうとか、そういう心の広さはないのか、お前には」


 俺は穏やかな笑顔で尋ねてみた。


「あるわけないだろ、ボケ、カス」


 間髪入れずに一刀両断された。ボケにカスまでつくのか。清々しいまでの心狭いですよ宣言にため息を通り越して笑いが漏れた。ケラケラと笑う俺をじっと見下ろして清孝はふと真顔になった。


「不戦勝も不戦敗もなしだ。お互い、生きてるうちに決着をつけるぞ」


 付き合いの浅いやつらにはわからないだろうが幼なじみの俺にはわかる。常日頃から無表情なせいでわかりにくいけど、今、清孝はむちゃくちゃ本気の顔をしている。

 ゆっくりと瞬きをして、一つ、息を吐き出して――。


「はいはい、わかりましたよ。わかりました」


 俺はへらへらと笑いながら左の拳を突き出した。

 付き合いの浅いやつらにはわからないだろうがきっと幼なじみの清孝にはわかるだろう。へらへらと笑っているけどこちらも本気でのぞむつもりだ。

 思い切り。容赦なく。俺の拳に自身の拳を打ち付けて、清孝は満足げにうなずくと俺に背中を向けた。


「ほんっと、心狭いな。清孝は」


 清孝の馬鹿力にぴりぴりとする手をさすって、俺はゆっくりと左腕を掲げ見た。


 182:11:33:12


 182:11:33:11


 182:11:33:10……


 俺の左腕に現れた数字は刻々と変化していた。

 182日と12時間弱なんて、きっとあっという間に過ぎていくのだろう。ぼんやりとしている暇も、怖いと思う暇も与えずに。


「清史郎、清孝ー! ステイ解除! 二人ともさっさと着替えろー! 風邪引くぞー!」


 感傷に浸っている暇すらも与えずに。


 千佳の大声に俺は顔をあげた。土手の上では千佳が子供みたいに飛び跳ねて両腕を振っている。


「さっさと行かないと千佳の機嫌が悪くなるぞ」


 振り返った清孝がにこりとも笑わずに言った。

 左腕をそっと撫で、龍と水蛇たちが飛び去った水のない川を見回して、俺はよっこらせと立ち上がった。


「それは困るな。死ぬよりよっぽど怖い」


 鼻で笑う清孝ににやりと笑い返し、俺は千佳が笑顔で待つ土手へと走り出した。

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龍狩り 夕藤さわな @sawana

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