第4話 サイボーグ転校生と強化人間幼馴染とわたし

「セーフ……」


 机につっぷして一息つくと、隣からくすくす笑う声が聞こえた。


「あいかわらずそそっかしいなぁ、ラグナは」


 顔を向けると、幼馴染の冬埼冷弥が目を細めて笑っていた。

 相変わらずさらさらの黒髪と色白な肌が良く似合う美少年だ。


「むー、女の子の朝は忙しいの! あ、そうだ冷弥。これ食べる?」

「なんだい?」

「朝食のトースト。食べかけだし一回落として砂利まみれだけど」

「おいおいラグナ……」


 冷弥は真面目な顔になって、トーストを掴んだ。


「いいのかいもらって?」

「いいよぉ」


 わたしが頷くと冷弥は「ありがとう!」と子供みたいに笑うと、と音を立てて口が耳まで割け、一口でトーストを飲み込んだ。


 昔、パ〇サイト・イヴ2ってゲームをやった時に似たようなシーンがあったなぁなんて思う。


 冷弥は普段こそ線の細い美少年だがその実体は遺伝子編集技術【クリスパー】によって改造された強化人間。


 実際の彼は人というより鬼に近い見た目でいまの姿のままでも常人の何十倍もの腕力を持っている。そのかわりカロリーの消費が激しいらしくしょっちゅうなにかを食べているし、とてつもなく強力な胃酸を分泌するので土でも壁でもなんでも食べる。


 なんで彼がそんな能力をもっているのかといえば、彼は街の平和を守る表のヒーロー。公安部隊【|Knights《ナイツ》】の一員だからだ。


「あいかわらずなんでも食べるねー」

「地球は食べ物なのさ」


 指をぺろぺろ舐めながら答える冷弥。お行儀悪いぞ。


「最近お仕事はどうなの?」

「ぼちぼちかな。この街にはラグナーニャもいるし、それに新しいメンバーも増えたしね」

「そうなんだ」

「ま、僕としては強化人間だとかサイボーグみたいな有象無象より、ラグレークに加入してもらいたいと思ってるけど」

「な、なんで?」


 急にラグナレークの名前がでてきてどきり、とした。


「彼女は強いからね。強い人が仲間になればそれだけ救われる人も多くなる。……僕や君みたいに、悲しい思いをする人もいなくなるはずさ」


 冷弥の両親はカルマーンによって命を奪われたそうだ。

 そんな彼が正義感に駆られてナイツに入ったのは自然な事なのかもしれない。自分の目的に向かってまっすぐ向かっていける尊敬できる幼馴染だ。


 気軽な気持ちで魔法少女になったわたしとは魂のステージが違う気がする。


「そ、そっか……でもきっと、彼女は彼女で忙しいんだよ」


 こうやって誤魔化しちゃうあたりがわたしのショボさを際立たせる。

 とはいえ本当のことなんて打ち明けられないしなぁ……。


「かもしれないね……っと、それはそれとして、今週の土曜日どこか遊びにいかない?」

「え? なんで?」


 ずいぶん急に話題が変わったなぁ。

 なんて、思っていたら……。


「あー、えっとそれは……いちおう、デートのお誘い……のつもりなんだけど」


 冷弥は照れくさそうに頬を掻いて呟いた。


「ええ⁉」


 驚きのあまり席を立ちあがると同時に予鈴が鳴った。


「……鳴ったよ、予鈴」

「……う、うん」

「……座ったら?」

「……うん」


 心臓がばくばくしながらも着席するわたし。


 で、で、デート……。幼馴染からのデートのお誘い……。


 ああ、でも、そんな。わたしどうしたらいいの⁉ そんなの急にいわれたって困っちゃうよ!


 でもでも、よく考えてわたし。デートなんてなんだか青春っぽいじゃない? これって普通の人間らしいことをするチャンスなんじゃないかな⁉


 ああー、でもでもでもぉー! デートなんて恥ずかしいよぉー!


 頭の中でちっちゃなわたしたちがわちゃわちゃと言い争う中。


 教室の前の扉が開いて先生が入ってきた。


「えー、今日は転校生が来る予定でしたがー、えー、どうも遅刻しているようでしてね……紹介はまた――――」

「うおおおおおおおおっしゃあああああああ!」


 先生が話している最中に、窓ガラスをぶち破って学ランを着た男の子が飛び込んできた。


 あれって、今朝の不良さん⁉


「俺は炎堂焔……」


 学ランの男の子は教壇の上に着地してかがんだまま呟き、ゆっくりとこちらに向き直りながら立ち上がった。


「……よろしく」


 彼は生身である左の額にガラスの破片を突き刺したままわたしたちを見下ろした。

 どくどく、と頭から血を流しながら自己紹介をする。


 炎堂くん……痛くないのかな。


「……ええー……まぁなんといいますか……彼はもともと隣町のナイツで職場の異動に伴って――――」

「ああー! 今朝のトーストちゃん!」


 炎堂くんは教壇の上でわたしに人差し指をむけた。


「わ、わたし? トーストちゃんってわたし?」

「そうそう! よっと!」 


 軽やかに教壇から飛び降りる遠藤君。

 金色のチェーン・ネックレスがちゃり、と鳴った。

 遠藤くんはそのまままっすぐ歩み寄り、わたしの席の前で立ち止まった。


「いやー、今朝はありがとな!」


 炎堂くんは夏の日の太陽みたいに笑った。

 右目もドット表示で笑った目つきになっている。

 そこ、感情表現できるんだ。


「ええと、わたしなにもしてないよ?」

「そんなことないさ。あんたが方向を教えてくれたからなんとか間に合ったんだからよ。だから、ありがとな!」


 間に合ってない気がするけど。


「そっか。じゃあ、どういたしまして」

「でさ、もしよかったら今週の土曜日、お礼になにかおごらせてくれないか?」

「え⁉」

「ついでにこの街のことを教えてもらいたしいさ。な、名案だろ?」

「ええと、それは……」

「ちょっと待ってもらおうかな。新人くん」


 冷弥が立ち上がって遠藤くんに詰め寄った。

 あちゃあ、こうなると思った。

 冷弥は見かけによらずすぐ熱くなるから。


「なんだよお前。なんか文句でもあるのかよ」

「あるね。大ありだね。悪いけどラグナは今週の土曜日に僕と出かける予定なんだ。残念だけど君と一緒に出かけることはできない」

「そっかそっかラグナっていうのかお前。俺は炎堂焔。焔でいいからな?」


 冷弥の話を無視してわたしに微笑みかける焔くん。

 なんていうか、我が強いタイプみたい。


「あ、う、うん……」

「話を聞け新人!」

「さっきからうるせぇなぁお前! なんだよ新人新人って! いつから俺がお前の後輩になったんだコラァ!」


 怒鳴りながら額のガラス片を引き抜く焔くん。びゅっ、と血が噴き出したけど大丈夫なのかな。


「ふん、僕はこの街のナイツだ。つまり君の先輩なんだよ」

「ああん? 知るかよそんなこと。だいたい俺はずっと隣町でナイツやってきたんだ。新人じゃねー」

「へぇ……なら君は何年ナイツをやってきたのかな?」

「あ? 三年だよ文句あるか?」

「ふっ、僕は三年と四カ月だ。ということはやはり僕のほうが先輩じゃないか!」

「ム・カ・ツ・ク・野郎だなテメー! 俺は三年と四カ月と三日だコラァ!」

「僕は三年と四カ月と三日と十時間だ!」

「なら俺は――――」

「ならってなんだならってーーーー」


 わーわーぎゃーぎゃーと言い争う二人。

 な、なんでこんなことになっちゃったの?


「やっちゃいましたねぇラグナちゃん」


 イヤリングからプルートが囁いた。

 わたしは言い争う二人に背を向けて可能な限り声量を落とす。


「こ、これってわたしのせいなの?」

「それはそうでしょう。これはいわゆる、三角関係というやつなんですから」

「ええ……そ、そんなの困るよぉ」

「まぁ、我々としては仕事さえしてくれればラグナちゃんがどのような人間関係を構築しようとも関与しません。それにこれは、君が望んでいたいわゆる青春というものなのでは?」

「な、なんでそんなに他人事なの? この悪魔!」

。ま、がんばってください」

「ちょっとプルート? ……もう……」


 それきりプルート・デスメタルは返事をしなくなった。


「俺は――――」

「僕は――――」


 二人はいまだ言い争っている。


 どうしようどうしよう。確かにこの星の文化を学ぶために読んだ漫画にドハマりして、わたしもこんな青春をおくりたいなぁーなんて思ってたけどさ。だからといってフィクションと現実は違うよ。


 正直二人の男の子に好意をもたれて嬉し恥ずかしの学園生活なんてのも捨てがたいけどでも、そんなのダメったらダメ。


 ただでさえ魔法少女として活動しているのに、これ以上人目を引くようなことをしたらいよいよ問題だよ。いつかボロがでてもおかしくない。



 わたしの正体は、絶対に、誰にも、決して、バレちゃいけないの。



 だって、わたし……わたし……本当は……




 



 ――――世界を滅ぼす邪神なんだから!






 そんな感じで、強化人間の幼馴染とサイボーグ転校生と魔法少女で邪神なわたしの奇妙な三角関係は始まったのだった。

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魔法少女ラグナレーク 超新星 小石 @koishi10987784

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