第26話 フィナーレ
ぴーひょろろろ……
遥か上空で、数羽の鳥が鳴きながら飛び回っている。
あの鳥は、アオのいる島にも飛んでいくのだろうか。
そんなことを考えながら、ぼんやりと緋亜は上空を眺めていた。
「平和ですねぇ……」
その隣でのほほんと茶をすするのは、五本柱の一人だった。
「うん……」
風持ち、つまり風の精霊躁術力を持つ男だ。名を、翠斗という。
「元気出してください。緋亜さんには、レオンさんという素敵な婚約者さんがいるではありませんか」
約五年もの間一緒に暮らしていたアオが、彼女の生まれ故郷の島に渡ってから、一ヶ月が過ぎていた。
「うん……」
翠斗は、同じ地盤を共有する海を挟んだ隣の島に住んでいる。
今回は、測づてに緋亜に婚約者ができたと聞き、その顔見たさに緋亜を訪ねていた。
ちなみに、五本柱には年に二回会合があり、互いに顔見知りである。
「なんか、心ここにあらずですねぇ……私が、慰めてあげましょうか?」
「いらない」
翠斗の申し出に、緋亜は即答した。
翠斗は妻子持ちだが、かなりの自由人だ。その恋愛対象は、老若男女を問わない。
それを、緋亜はよく知っている。
だから、レオンに会わせる前に何度も念を押したのだ。
「取っちゃだめだぞ」
と。
「わかってますよぉ、私が緋亜さんの大事な方を奪うなんてこと、するはずないじゃありませんか」
ニコニコと笑って言った翠斗はしかし、レオンを一目見てその瞳を輝かせた。
「美しい……漂う気品、涼やかな瞳……あなた、私とお付き合いしませんか!」
と、うっとりした表情で初対面のレオンに向かって言ったのだ。
「あの、私は緋亜さんの婚約者ですよ……」
それでも丁寧な口調で、レオンは言った。
その手を強引に掴み、翠斗は叫ぶ。
「そんなこと、構いません! 私は、美しい人が大好きなんです!」
「……おい」
力説する翠斗の服の裾を、くい、と緋亜が引っ張った。
「だから、取るなと言っただろ」
途端に、服の裾から焦げたような臭いが漂い始める。
緋亜の感情を鎮めようとした、火の精霊のせいだ。
「あ、つい、いつもの癖で……すみません」
すぐに、翠斗はレオンの手を離した。
「あの、気が向いたら、いつでもお相手致しますから、遠慮なさらず」
「いえ、遠慮します」
翠斗の申し出に、レオンは即答したのだった。
そんなつい先刻のやりとりを思い出し、翠斗は言った。
「アオさんがいなくなってそんなに寂しいのなら、もういっそのこと、レオンさんと一緒に暮らしたらどうですか?」
「……いや、そういう問題じゃないんだ……」
それは、当のレオンからも言われていた。
「側にいましょうか?」
と。しかし、緋亜は首を左右に振った。
「少し、心の整理をしたい」
「……わかりました。でも、私が必要だと感じたら、いつでも言ってください」
レオンは、レオンだ。アオの代わりにはなれない。
「このつぐみ屋のお団子、いつ食べても美味しいですねぇ……」
もぐもぐと口を動かしながら、翠斗は言った。
アオも、この団子が好きだったな。
緋亜は思い出す。
アオはいつも、お喋りな緋亜の話を、うんうんと笑顔で聞いてくれた。
「……あれ……珍しい人が来ますよ、緋亜さん」
「うん……」
「なんと、龍神さまにそっくりです」
ハッと緋亜は顔をあげた。
「アオ……」
その視線の先で、アオが笑っていた。
「すみません、戻ってきてしまいました」
みるみる、緋亜の瞳に涙が浮かんでくる。
「おやまあ、そういうことでしたか」
のんびり茶をすすりながら、翠斗は言った。
その視線の先では、緋亜とアオが抱き合って、再会を心から喜びあっていた。
「帰ってきたんですか」
渋い表情を浮かべたのは、レオンである。
「悪かったな、帰ってきて」
アオは素っ気なく言った。
ちなみに、今この場に緋亜はいない。
「私がいない間に、緋亜さんに迫ったりしてないだろうな?」
アオがレオンに凄みを効かせる。
「そんなことしていませんよ、私はそこらのケダモノとは違うんです」
実は、さり気なく緋亜に同棲を申し込んだが、断られた事をレオンは言わなかった。
「よくここに戻って来れましたね」
「あぁ……あの銃、役にたった……その礼だけは、しておく」
「それは良かったです」
「私は、姫巫女様の補佐役になったんだ。だから、年に一度は向こうに行って、龍の尾に力を注ぎに行く。それさえすれば、自由にして構わないと言われた」
なるほど、それで戻ってきたのか。
「お前が、ちゃんと緋亜さんを幸せにするとわかる日まで、私はここにいる」
「……なんですって……」
それなら今すぐにでも、と言いたいところだったが、結婚資金が貯まるまでは少なくともあと一年はかかりそうだった。
「頑張りますよ、私は……見ていなさい……」
低い声で、レオンは呟く。
バチバチ、とレオンとアオの視線が絡み、火花を散らした。
「おーい!」
と、その時、遠くから緋亜が走って来るのが見えた。
途端に、レオンとアオの表情が和らぐ。
大好きで、大切な人。そんな人と、一緒に過ごす一瞬は、とてつもなく幸せなものだ。
緋亜は満面に笑顔を浮かべ、右手でレオン、左手でアオの手を握った。
「二人とも、大好きだ!」
そして、叫ぶ。
「おれも入れろ」
どこからかリンがぬっと姿を現し、レオンにすり寄った。
これは果たして、天使の矢の効力なのか、どうなのか……
「青春だな……」
その様を遠くから盗み見ながら、天使は笑って呟いたのだった。
四大精霊銃物語 鹿嶋 雲丹 @uni888
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