魔王を追放する勇者
@stll
第1話
「今、なんて言った……?」
一滴地面に落ちる。よく見れば体の節々も震えているようだ。
「もうこのパーティから抜けてくれと言ったんだ」
聞き間違いではない事実に、頭を抱える。
「な、なんでだよ……。この間魔族と戦ったときは俺の支援魔法のおかげでかてたんじゃないか!」
「事情が変わったんだ……。申し訳ないが、勇者である以上俺達は魔王を倒さなければならない。……支援魔法だけ使えても、足手纏いなんだよ」
自分の思考を勘ぐられないように、声質や大きさなどに注意して一言一句はっきりと発生する。
「クラシア、今までありがとう」
そう言って俺は部屋の扉に手をかける。そしてそのとき一つのことを思い出した。
「……ああ、武器と防具は返してもらうぞ。一応、貸出扱いだからな」
そして俺は部屋の外に出る。クラシアが視界から離れた瞬間、俺は汗を吹き出すようにかいて膝をついた。
「ローグ、大丈夫?」
赤いツインテールの少女、ルビーに手を差し伸べられるが、俺はしばらく膝をついたまま、荒くなった呼吸を整えることに従事した。
「……ソフィとガレオンは?」
「部屋に籠もってる。まあ当然だよ。昨日の今日で納得出来る事じゃないし……私も納得したわけじゃない」
「それでも、俺を信じてくれて嬉しいよ」
「ちょっ……これはパーティの一員としての義務だから! 勝手に喜ばないでよね!」
ルビーが顔を赤くして大袈裟に反論する。何か気に障るようなことを言っただろうか。
「話すなら他の場所にしよう。……ここじゃ聞こえるかもしれない」
「……はーい」
さっきの大袈裟な反応が嘘のように、ルビーはテンションを落として、小さな声で返事をした。ただ、さっきの大声は絶対に聞こえてるだろうな。
「……ウソだろ……!?」
俺は一人取り残された部屋の中で、溢れ出るような汗をかきながら両手をついていた。
「もしかして、バレたのか……!?」
俺はまだ外にいるであろうローグ達に聞こえないような小さな声でポツリと呟く。
俺が何を危惧しているのか、それは俺のスキルに秘密がある。俺のスキル、
この世界では魔力量は強さに直結する。つまり、俺は他人を強化するだけで強くなれるということだ。
俺の魔力量は現在の、利息分減ったローグと同じくらいの量だ。ローグの魔力量が凄まじいこともあるが、元々俺が少ないってのもある。このまま一人でも戦えることには戦えるが、何分俺には戦闘経験がない。それをカバー出来るほどの魔力を取り立てようと思っていたのだが……こうなるとは予想外だ。もしこのスキルがバレていたら、俺は誰にもパーティに入れてもらえないだろう。俺が危惧しているのはこういう理由だ。
ただまあ、気づくのが遅いとも言えるだろう。今の俺でも十分倒せるモンスターを倒して戦闘経験を積めば、あいつらと十分対等に戦えるようにはなる。そうなれば足手纏いではなくなるため、また魔力を搾り取れる。
……完璧だ。そうと決まればすぐに動こう。武器と防具を取られた(ローグの言っていた通り借りている物なので返しただけ)のは痛いが、この仕込み杖さえあればなんとかなる。まずは丁度いい相手……ゴブリンくらいから腕試しをしよう。
「ガレオン、集中しろ。相手は
「あ、ああ、悪い」
グラシアを追放してから3日後。俺達はあいつ抜きで初めてクエストに挑んでいた。内容は
「チッ、俺に解毒は出来ねえし、早く二人のとこに戻りてえが……」
「それは出来そうにないな」
俺は痺れ始めた腕でガレオンの背後を指す。
「
「『
腕は動かずとも魔法は撃てる。俺は得意としている雷魔法で
「ガレオン、頼めるか?」
「ッ……、当たり前だ!……『剛波一刀』!」
大剣と怪力によって放たれるその斬撃は、
「
「冷静なだけさ。向こうも終わったらしいし、一旦合流しよう」
そう言って俺はガレオンに担がれる。
「まだわからねえよ。そんなに冷静なお前があいつを追放するなんて。まさか、この間言ってたことを本気で信じてるのか?」
「……ああ、そうだ」
この間、正確には5日前。グラシアを追放する前日に、俺は皆にあることをを話した。それは、グラシアのスキルが、力を貸したあとに相手から魔力を奪うものだということ。ガレオンは馬鹿馬鹿しいと一蹴し、ソフィは仲間を疑いたくないと悲痛の声をあげて部屋へ戻った。最後まで話を聞いてくれたのはルビーだけだった。
「あれが本当だったとしても、俺にはあいつが脅威になるとは思えねぇ。あいつとの付き合いが1番長いお前がどうしてそう思ったんだ?」
「付き合いが長いからこそ、だよ。俺とグラシアは子供の頃からの幼馴染だが、俺があいつのことを理解出来たことは一度もない。10年以上付き合いがある俺にさえ、腹の底を見せてくれないんだ。……警戒しないほうがおかしいよ」
「……そうかよ。とりあえず、この件について俺はもう口を挟まない。とっとと魔王ぶっ飛ばして、あいつも入れて、皆で飯を食おう」
「いいな、それ。追放した側なのに神経図太くて」
「ははは、言うなぁお前!」
こうして笑いながら二人の場所へ歩いていると、だんだん毒が効いてくる。表情まで痺れてきたとき、前からルビーの声が聞こえてくる。それはいつもより安堵をもたらしてくれた。
「あ、いたいた! ソフィ、あいつヤバそうだから早く行ってあげて?」
「はいよ」
綺麗なブロンドの髪を伸ばした修道服の少女がこちらに駆け寄ってくる。ソフィの好みのままに改造された修道服を羽織る姿を見ると、聖女とはかけ離れた存在に感じてくるが、こんなことを言うと拳骨を食らうので黙っておこう。というか、そもそも痺れて喋れなかった。
「ほら、こっちよこしな」
「おう、任せたぞ」
ソフィは胸の十字架を強く握り、目を瞑って祈りを捧げる。
「……
一粒の光が俺に触れた瞬間、全身の痺れや吐き気などが全て消え、背中の傷まで回復した。
「ほんと、腕は間違いないな」
「それじゃ腕以外に間違いがあるみたいな言い方じゃねえか」
「……ば、
後ろからポキポキと骨の音が聞こえるが、俺は何も気にしない。俺は逃げるようにルビーに目を向けた。
「これよこれ。足以外、全部灰になっちゃったのよね」
「逆になんで足だけ残ってるんだ……」
「あたしが切り裂いたから」
「全身凶器ってお前のことだったんだな。まあ、ナイス判断だ。これだけでも残ってれば討伐の証明になる」
フフンと誇らしげに胸を張るソフィに対し、ルビーは少し気まずそうにしていた。
「どうした?」
「いやー、やっぱ全部燃やすのはまずかったかな〜って」
「全然問題ない。お前の火力にはいつも助かってるんだ」
「……ホント?」
「ホントだ」
「へへ……」
ルビーは途端に照れるように笑った。……なんというか、こう、癒やされるような笑顔だ。
「……帰るぞ」
ガレオンの一言で俺は正気に戻る。そして手首の青い石に手を当てた。
「あ、ああ。それじゃ、皆集まってくれ」
全員の手が石に触れた瞬間、石は光輝いた。そして俺は目を瞑り、ある場所を思い浮かべる。
「帰還!」
俺がそう言うと、体が一瞬だけ浮いた感覚に襲われる。そして景色は暗い森ではなく、先程俺が思い浮かべた場所、ギルドに変わっていた。
「後は俺が済ませておくよ。三人は先に宿に帰っててくれ」
「んじゃ、任せた」
俺は三人を見送ったあと、依頼達成の証明のためにクエストカウンターへ向かった。
「はい、これは確かに
「ありがとうございます。……ついでに一つ聞きたいことがあるのですが……」
「はい、そう言った話はまだ聞いてません」
「……そう、ですか。ありがとうございます」
俺は安堵からなのか、はたまた別の感情からなのか、ため息をついてギルドをあとにした。
グラシア、少しくらいは俺のことを信用してくれてても良かったんじゃないか?
グラシアを追放してから3ヶ月、俺達は王都に来ていた。何故なら、ここが龍脈の地だとわかったからだ。龍脈の地は、勇者の力を覚醒させる効果があると言われている。あまり思い出したくないが、これは以前グラシアが文献から見つけたことだ。俺の人生の殆どがグラシアに助けられているような気がする。
俺は図書室の窓から風景を覗く。すると、そこには信じられない光景が広がっていた。
「空が……黒い……!?」
見渡す限りの暗雲が、王都中を覆っていた。それにただの雲じゃない、全てから魔力を感じられる。つまり、自然発生したものではなく、人為的なものということだ。ただ、こんな魔法を使えるのは俺の知る限りルビー一人。たが、ルビーはこんなことをする人間じゃない。
俺は最悪の予想が外れることを祈って、城の外へと飛び出した。
「『空亡』」
俺は上空から王都に手をかざした。すると、たちまち王都は暗雲に包まれる。太陽の光を遮り、おどろおどろしい音を奏でる雲は、自分たちの運命を悟らせるのにピッタリだろう。
既にローグ達は王都に龍脈の地があると気づいているだろう。だが何も問題はない。龍脈の地なんて、見つける前に破壊すればよいのだから。その過程であいつらを巻き込んだとしても。
「……どうせ戦う運命だ。関係無い」
そして俺はそのまま手を振り下ろした。
暗雲が現れてまもなく、王都は黒い雷と大雨に襲われた。悪天候なんてものじゃない、紛うことなき災害が目の前で始まったのだ。
俺は雨に打たれながら上空を見上げ、唇を噛んだ。
「……グラシア」
感じ取れる魔力は正しく悪魔そのもの。……最悪の予想が当たってしまった。
「……グラシアー!!」
俺は剣を抜き、グラシア目掛けて斬撃を放つ。……3ヶ月前とは比べ物にならない威力の斬撃を。しかし、その攻撃では傷一つどころか、あいつに届くことすらなかった。
「……ローグか。……やっぱ、いるよな〜」
「……!」
死角から斬りかかってみても難なく防がれる。そしてがら空きの胴体に掌底を受け、俺は時計塔に突っ込んだ。
3ヶ月間、あいつも成長したとはいえ俺だって成長した。……なのになんだ、この力の差は。これが、魔王の、選ばれた存在の力なのか……!
グラシアは巻き起こった災害を背に、ゆっくりと俺の前に降りてくる。相対した瞬間、圧倒的な魔力に押し潰されそうになる。それでも俺は怯まず口を開いた。
「……なんで魔王になったんだ、グラシア!」
「ローグ。……魔王を倒せない勇者はいらないよな」
「……だからなんだ。それじゃ答えになってない」
「……じゃあこうだ。魔王を倒すのは誰でもいい。……例え勇者じゃなくても」
「お前の言いたいことがわからない」
「もういいや。お前は昔からそうだよな。その鈍感さ、そろそろ直せよ」
魔力の高まりを感じた瞬間、グラシアの姿は俺の視界から消える。
「『
声がした方向に目を向けたときにはもう遅かった。俺は眼前に迫る暗黒の光線を、為す術もなく喰らってしまうのだった……。
「……はあ。流石に十年来の親友となると、殺すのは応えるぜ」
俺は崩壊した城を見てため息をついた。この惨状から見て、城にいた人間はまず間違いなく死んでいるだろう。問題はローグだが……こいつに関してはまだ生きてる可能性がある。確認しようにも崩壊した城の下敷きになっているため放置するしかない。まあ生きていてもそこまで問題はないからほっといていいだろう。残るは……。
「なんだよこれ……グラシア、お前がやったのかよ!」
「流石にこいつは、仲間といえど冗談じゃすまねえ」
「……ローグはどこ?」
特大剣に、改造された修道服、赤いツインテール。
「ガレオン……ソフィ……ルビー。探す手間が省けて良かったぜ。これは勿論俺がやった。ローグは城の下敷きだよ。仲間でもなんでもないやつだから、手加減なしでふっとばした」
それぞれの言葉に、自分なりに答える。途端に、3人の目の色が変わる。間違いなく俺を敵と見做したのだろう。迷いのない視線から、成長を感じられる。
「もう甘くないんだな」
「当然だ……『極天斬』!」
剣身が青く輝き、風を切り裂く音が聞こえてくる。ガレオンの怪力と剣のサイズを考えると、喰らったらかなり痛そうだ。
金属音が轟き、俺の攻撃から逃れた時計塔が余波で崩れ去った。
「流石に、受け止めさせて貰った」
「片手で……だと……!?」
ガレオンの一撃を、右手の短刀で受け止める。本来なら砕け散っているところだろうが、使用者は俺だ。膨大な魔力を精密に込めれば、時計塔を粉砕するような一撃にも耐えられる。
「魔力操作、随分と上手くなったな。だが、まだ足りない」
今度は左手に魔力を込めて……
「『
ガレオンの体はゴルフボールのように吹き飛んでいった。
俺が何処まで行くのか眺めていると、突然背中に痛みが走る。そうか、この力を忘れてた。
「ソフィか」
「私はまだお前のことを仲間だと思ってるんだがなぁ!」
「それはお前が馬鹿なだけだ」
顎を狙った廻し蹴り。仲間とか言いながら殺意満々じゃないか。拳になんかつけてるし。
「はぁ……。前も言ったろ。
「うるせぇ! 私は私だ!」
ソフィはこんなんでも一応聖女だ。
俺は拳が当たる寸前で腕をつかんで、攻撃を阻止する。
「なっ……!」
「危ねえ……そういやお前、聖女だったな」
俺はそのまま力を入れて、ソフィの左腕を折る。
「ッ……ああ!」
しかしソフィの攻撃は止まらない。痛みに耐えながら繰り出された右の拳が、俺の顔面に直撃した。
「気力は認めるが、何もこもってないその攻撃じゃあ、俺には何も与えられない」
「ああああ!!!」
勿論右腕もへし折って、城の残骸の方へと投げ捨てた。
「ルビー、残るはお前だけだが……どうする?」
「どうするって……なにをよ」
「まだお前、あいつに伝えてないだろ」
「なっ……!」
ルビーは俺の言葉にわかりやすく動揺する。全く、ローグも罪な男だ。こんな可愛い子を残して先に死ぬなんて。ま、殺したのは俺だが。
「だから時間をやる。城の残骸からローグを見つけ出して、お前の想いを伝えるまでの時間を」
「お、お、お、想いってなんのことよ!!!」
「……あれで隠せてると思ってたのがすげぇよ。で、どうすんだ?」
さっきまで紅くなっていた顔が、覚悟の決まった表情に早変わりする。昔だったらあのまま調子を戻さなかっただろうに。やはり一番の危険はこいつで間違いない。
「それ……あんたを倒したあとでも出来るのよね」
「……痺れるじゃねえか」
さっきまでのを見てまだ倒せる気でいるのか……とかなんとか。憎まれ口の一つや二つ叩いてやりたいものだが、実際に出来るだろう。ルビーは魔力量だけなら今の俺よりも上という、神からの寵愛を受けた天才。全魔力を注ぎ込んだ魔法を喰らえばひとたまりもないだろう。しかし、ルビーは人間。人である以上どんな天才でも上限が存在する。全魔力を使う前に体に限界が来てそのまま崩壊するのだろう。
「これ、被害大きいから使いたくないけど……ここまで来たらどうなろうと一緒よね」
「好きだぜ? その性格。仲間がやられてる時から準備してるとことか」
「黙ってよ……『
胸の前で作ったハートから、可愛げのない獄炎が放たれる。柄にもなくまた冷や汗を垂らしてしまう。
「『
全てを無に帰す極寒の嵐が、燃え盛る獄炎と衝突する。凄まじい魔力同士の接触で衝撃波が起こり、当たりを軽々しく吹き飛ばした。
「……強すぎるだろ。半分魔王化したのに相殺とか、馬鹿げてるぜ」
「……そっちこそ、何よそれ。ズルいじゃない」
ルビーはその場に力なく倒れた。全魔力を使ったわけではないだろうが、体の限界を超えた量であることは確かだ。俺が止めを刺すまでもなく、このまま衰弱していくだろう。
俺は倒れている三人を見て勇者パーティーの崩壊を再確認する。
「これで、勇者というものは消えた。……お前が生きてる内にこなしたかったよ、ローグ」
ポツリと呟いた俺の言葉は、悪天候に掻き消され、誰の耳にも入ることは……
「呼んだか、グラシア」
背後から聞き慣れた声がした。
「……よく生きてたな、ローグ。それで、その力はなんだよ。さっきとは別人じゃねえか」
「龍脈の力だ。お前が見つけてくれた……な。あったんだよ、龍脈は。この城の地下に!」
「ぐっ……なんだあの力は……。あれが、魔王の力というのか……!」
俺は拳に力を入れるが、ピクリと反応するだけだった。全身の痛みがまだこの世にいることを気づかせてくれる。だが、動こうにも四肢はまともに動かない。視界だって不鮮明だ。周囲に溜まっている血の量を考えると、生きていることが不思議なくらいに思えてくる。
「ここは……どこだ?」
朦朧とする意識の中、現状を整理しようと精一杯情報を集めようとするが、視界が不鮮明な上全体的に暗いため大いに難航する。
冷たい地面に体温を奪われていく。一定間隔で落ちる水滴だけが音として聞こえてくる。だんだんと死が近づいてくる感覚が、俺の不安を駆り立てる。そして俺の脳裏に、考えてはいけないことが横切ってしまった。
《諦めてもいいんじゃないか?》
俺は今まで魔王を倒そうと頑張ってきた。その過程でいくつもの国を救った。たかだか十余歳の功績じゃない。それに俺が倒そうとしていた魔王はもういなくなったんだ。戦う理由もない。無理して闘って苦しむより、このまま死んだ方が……。
「があっ………!!」
そのへんの岩に頭を叩きつける。
「なにを考えてるんだ……! 俺には、そんなことを考えている余裕はない……仲間がいるんだ、勝ちたい相手もいる……こんなところで、死ねない……!!」
俺は自分の想いを口に出して激励する。
四肢が動かないからなんだ。殺されるからなんだ。
……俺はローグ・バラティエ。弱気になるな!
瞬間、白い光が俺の周りに集まり出した。自分の意志とは別に、体に力が入り始める。
「これは……龍脈の力……?」
俺は、白い光に導かれるような形で、光の奥へと吸い寄せられた。
奥へ進むと、ある一箇所だけ、靄ついた視界でもはっきりと視認出来る場所に、白い光が集まっていた。それがなんの像なのか、何故か疑問を持たずに俺はどんどん近づいていく。近づくほどに痛みが和らいでいく。そして俺は手を伸ばし、その像に触れた。
「これは……!」
像に触れた瞬間、体の奥底から力が湧き上がり、同時に何かが注ぎ込まれる。
全身の痛みが引いた代わりに、今度は頭が割れそうな頭痛に襲われた。
「ぐうッ……!!」
頭の中に俺じゃない誰かの声が響き渡る。
《お前が新しい勇者か……。酷いな》
「……うるせぇ、お前は誰だよ」
《俺は龍脈そのもの。力を与えるも与えないも、全て俺の自由だ》
「……じゃあわかってるな?」
《ああ、お前には絶対に力を渡さない》
瞬間、全身の痛みがフラッシュバックする。
「があっ……!」
俺は呻き声を上げ、その場に倒れ込む。
《なんでそんなに像を睨みつけてるんだ。そこに俺はいない》
「……なんで力を寄越さない……!」
《勘違いしてるようだが、龍脈の力ってのはお前自身に眠ってるものだ。俺はそれを引き出すだけ》
「じゃあなんだ、俺はもう絞りカスってことか?」
《なんでそうなるんだ……。冷静に考えてみろ。その体で力を引き出しても長くは戦えない。死期を早めるだけだ》
「……関係無いね」
《はぁ……これだから若者は。お前は自分をなんだと思ってるんだ。お前だって一人の人間。勇者に固執する必要は……》
「だから、関係無いって言ってるだろ?」
《……わかってくれよ。俺はお前に死んでほしくないんだ。元はと言えば、お前が勇者になったのも俺のせいだからな。情があるんだよ。無駄死にするやつに力なんて貸せない。このまま上でのいざこざが収まるまでじっくり回復してもらう》
俺は脳を反芻する言葉を無視して立ち上がる。勿論まだ手足の感覚はないし、視界もはっきりしない。力が貰えないとわかった以上、こんな所でゆっくりしている暇はない。
《いくな、無駄死にだ。そもそも上へなんて上がれないだろ》
「……世の中、やってみれば案外なんとかなるもんさ」
俺は壁伝いに像から遠ざかる。忠告を一切聞き入れない俺に我慢の限界が来たのか、龍脈はとうとう折れた。
|(あー……くそ。俺がなにをしようがお前の行動は変えられないのか……。ならもうしょうがない。
……死んでも知らねぇぞ)
「もう死んでるようなもんだ。恐れる理由はない」
像に集まっていた光が、今度は俺に集まり出した。
体の底から力が溢れ出てくる。全身の痛みも、体温も、徐々に回復していく。
《てめーなんか死んしまえ》
「悪いな。……俺は勝つよ、絶対に」
「死ねぇ!」
「お前が死ね!」
鈍い金属音が当たりに響き渡る。障害物の殆どないこの状況でこれだけの音が響くとは、一体どれだけの衝撃が発生しているのだろう。
「……城の地下にあっただなんて、悪運が強いじゃねえか」
「悪運? ……何言ってんだよ、どう考えても幸運だ」
俺は周りに倒れている三人を見る。……大丈夫だ。全員生きてる。
俺はグラシアを蹴り飛ばし、追撃に斬撃を飛ばす。
「チッ……」
衝撃波はいとも容易く弾かれる。あの短い剣でよく弾けるものだ。魔力だけでなく、技術も相当のレベルだろう。
「何か変わったか?」
「まだ、何も。お前が魔王である以上、俺は勇者として戦う」
「……『
黒い光線が地面を抉る。溜めも構えも必要ないとは思えない一撃だ。これを見るに、恐らくグラシアの全ての攻撃は、俺にとって致命傷となるだろう。だとしても俺が引く理由にはならない。
俺は光線を避けて『雷撃』を放つ。どうやら直撃はしていないようで、右手から煙が立っている。自分の一番得意な魔法でこれとは、こちら側が応えてしまう。
グラシアはふりかえって俺を見る。そして少し黙ったあと、重たそうに口を開いた。
「……流石。いくら雷魔法が最速とはいえ、視認出来ないスピードのものを放つとは」
「皮肉か?」
「とんでもない。俺は馬鹿に気づかれるような皮肉は言わないぜ」
グラシアの斬撃を剣で受け止め、鍔迫り合いをする。短剣とは思えない一撃の重さに俺は苦笑する。
「余裕そうだな」
「これっぽっちもねぇよ。俺が勇者で良かったと心から思うよ。他のやつだったら向き合うことなく逃げ出してるだろうからな」
「だからなんでお前はそうなんだ!」
俺の何かが癪に障ったのか、グラシアは感情的になって怒鳴る。……一体なにが原因なのか、皆目見当もつかない。
「……急になんだよ」
「急じゃねえ……ずっと昔からだ。捨てられた原因が自分にあると本気で思ったり、勇者だからって自分の人生を犠牲にしたり、何処までも受け身なお前の態度に、俺はキレてるんだよ!」
「ぐっ……!」
俺は剣ごと押し込まれ、勢いよく吹き飛ばされる。
「わかってんだろ? 勇者は国に利用されてるだけだって。アイツラはお前のことを便利な道具かなんかだと勘違いしてるんだ。別に勇者じゃなくても魔王は倒せるのに、勇者という名前を利用してるんだ」
「……だからなんだよ」
「俺は親友がそんな扱いを受けているのに、気付かず笑っていられる程純粋じゃない」
グラシアの表情は、これまで旅をしていた中で一度も見たことがない悲しい表情だった。
「……なるほど。……それが、お前の考えていたことなんだな」
「……ああ、俺は勇者というシステム自体を破壊する」
「……悪いが、それを叶えてやれそうにない」
俺は龍脈の力を限界まで引き出す。俺の奥底に眠るものだけでなく、龍脈そのものから。
「……俺は勇者だ。誰に何を言われようが、それは変わらない」
「だったら俺も、全力でお前を殺そう」
角がもう一本生え、それと同時に左目が黒く染まり紫色の眼光を放つ。背中からは禍々しい翼が顕現し、体表に黒い紋様が現れ始める。
「凄いな。どんなファッションだよそれ」
「魔王化だ……。そしてこれが、『
遥か上空から、身の毛の弥立つような魔力が近づいていくる。
「……オーバーキルが過ぎるだろ」
「世界を滅ぼすんだ。こんくらいはやんないと駄目だろ」
黒い斬撃が意思を持つかのように俺に襲いかかる。
俺は煽るように素手で斬撃を弾いて見せる。
「……」
グラシアは無言で俺に右手を向ける。どうやらお気に召さなかったらしい。
「『
グラシアの右手に魔力が集まる。……この感じ、先程俺を瀕死にした技がくる。勿論威力は先程の比ではないだろう。当たったら今度こそ間違いなく死ぬ。
俺は、剣を強く握り、グラシアの一撃に立ち向かう。
「『百龍激』!」
刀身が白く光り、斬撃と共に白龍が放たれる。防御なんて一切考えない一撃は黒い閃光と衝突し、激しい光を生み出した。
「『雷撃』」
光に隠れてもう一度『雷撃』を放つ。光を切り裂くように、『雷撃』はグラシアの元に辿り着いた。
「チッ……」
直撃。この攻撃は予想以上にダメージが入ったようだ。
俺は怯んだ隙に剣を振り下ろす。
「『龍火墜』!」
「『
朱い龍が烈火の勢いで禍々しい斬撃とぶつかる。防がれた瞬間、俺は剣を手放し次の攻撃に移る。
「『龍尖渦』!」
魔力の渦がグラシアの体を捉える。反動で口から血が垂れた。どうやらもう体は限界のようだ。まあ体の限界なんてあってないようなもの。俺は厭わず、動きの止まったグラシアに追撃を繰り出した。
「龍!神!掌!」
無防備な胴体に掌底が直撃する。同時に、俺の右手もミシミシと悲鳴を上げる。込めた魔力に耐えきれず、内部からズタズタに引き裂かれる感覚がする。命を削って得た魔力は、瞬間的にグラシアの魔力を大きく凌駕する!
衝撃は渦を切り裂き、無抵抗な大地まで引き裂いた。
「……魔力の使い過ぎだな。あんな大技を使うから、俺に殴り負けるんだ」
「……負けてはない」
グラシアは血を吐きながら俺を睨みつけた。
いくら魔力が多くても、大技を使いまくればすぐに枯渇する。これだけ大量の魔力ならさらに管理は難しくなるだろう。本来の魔力量が少ないグラシアなら尚の事だ。こうなると、あとは経験の差が勝負を分ける。
「お前だってその腕、もう使えないだろ」
「構わないさ。お前が魔王じゃなければ、ぶん殴るくらいはまだ出来る」
雨音が激しくなる。倒れている三人はもう限界に近いだろう。俺の力はもってあと5分。それまでにこいつを倒し、『
「……!」
俺の思考は間近まで来た死の塊に遮られる。恐らくもう猶予はない。グラシアを倒すために魔力を使えばこれは止められない。止めたとしてもグラシアを倒せない。……考えろ。今の俺に何が出来る?
俺は全身がひりつく魔力に打ちひしがれそうになりながら、覚悟を決めて深呼吸をする。
分の悪い賭けだが……勝つにはこれしかない。
俺は残りの魔力を全て開放し、グラシアの体を掴む。
「何を……する気だ!」
「ほんとに……何をするのが正解だったんだろ。俺にはもうわからない」
グラシアを捕まえた俺は、そのまま上昇し、『
「俺とお前、どっちの意地が勝つか、試してみようぜ」
「……離せッ! 『
至近距離で圧縮された魔力が爆発する。だが、ここからは魔力なんて関係無い。気力の問題だ。俺が怯まなければ良いだけの話。それまでサンドバッグにでもなんでもなってやる。
「最高出力……」
体が悲鳴なんて比にならない声を上げる。一瞬だけでも腕がズタズタになるのに、それを永続的に、全身に使う。形を保てているだけで十分だ。
不思議と、顔に笑顔が浮かんだ。妙に清々しい気分だ。グラシアはというと、悔しそうな、必死な表情をしている。これから死ぬっていうのに、なんでそんな顔をするんだ。全く、勿体ない。
「さあ、一緒に世界を救おうぜ?」
「……クソがぁ! 恨むぞ、世界ー!!!」
俺は目の前の魔力の塊、隕石のような物体を視界に捉えた。
「消し飛べ……『
黒い雲ではなく、眩しい光が世界を包み込んだ。
拝啓、ローグへ。
一ヶ月前の魔王侵攻によって絶望的な被害を受けた王都は、もう復興が始まっています。王都の人たちは逞しい人ばかりで、元のように栄えるのは難しくてもすぐに王都として機能するだろうってソフィが言ってました。
そちらはどうなっていますか?元気だったら返事を下さい。あと、居場所も。
PS
グラシアと一緒にいるなら、「気づけなくてごめんなさい」と、伝えて下さい。
もう、追放した本当の理由、知ってるんだから。
私は手紙を封筒に入れ、魔力郵便に持っていく。これは、届けたい相手の魔力を辿って届けてくれるサービスだ。ローグはちゃんとこのサービスに登録しているため、魔力が全部なくなったり、死んでたりすることがなければ確実に届く。当然、ローグに限ってこんなことはないだろうから、あとは返事を待つだけだ。
手紙をポストに入れて、部屋へ戻る。
あのとき、何があったのかは意識がなくてわからない。それでも、ローグに救われたことだけはわかる。
「……会いたいよ、ローグ」
ポツリと呟いたその言葉は、誰の耳に届くことなく空へと吸い込まれていった。
魔王を追放する勇者 @stll
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