第26話 闇討ちの蜜葉、橘の孝之に道を示されるのこと


「……オレが美しいかどうかはよく分からないけど、それがそんなに困ることなのか……?」

 

 孝之から、唐突に自分が美しいと聞かされた少女は思わず困り果ててそう尋ねてみたが、孝之の方も如何にも困り果てながら応えた。


「それがなぁ、ちょっと洒落にならないくらい、困ってんだよ。俺が屋敷を出るだけでどこぞの色気づいたバカや、そこらの年食ったババアがゲスの勘ぐりして来やがる上に、お前を目当てに夜這いをかけよう、なんて輩が列を作るは、実際に屋敷の中に入る奴も出てくるはでなぁ……。追い出すのに必死なんだよ。竹取の翁ってのは、こんな気持ちだったのかと、初めて分かったぜ」


 孝之からすれば、滝面の武士だののあれこれに追われている中、予想外のことで更に厄介事を抱えることになった訳である。多少は悪態もつきたくなるだろう。

 だが、孝之が頭を抱えていたのは、そんなコメディ染みた状況以上に、深刻な実害を被っていたからだった。


「何よりも、だ。この気に乗じて俺を殺そうとする奴が何人か出て来ている。目的が前から俺を付け狙っているのか、宮廷の出世争いなのか、それを確認しようとしても、お前の噂の方が先に立って確認しきれねぇんだよ。そろそろ笑い事で済ますには一線超えそうなんだ」


 孝之は頭が痛そうに眉間に皺を寄せると、こちとらそんな事に構っていられないのによ。と、舌打ち混じりに愚痴った。

 少女からしてもそんな事を言われてどうした良いのかわからない。


 だが、美しい。と言われても、それではいどうにかしろ。と言われて、頷ける訳もない。

 そもそも、少女にとって、美しいと言われたこと自体が初めてのことだ。

 どうにするしない以前に、どう返せば良いのかも分からない。だから、孝之に対して思わず投げやりに答えた。


「……そんなんだったら、アンタが好きにすりゃあ良いだろう……。どっちみち、オレはアンタの厄介者だ……」


 すると孝之は、今までになく顔を険しくすると、いつになく真剣な顔で少女の顔を見た。


「……それがな、色々考えたんだが、俺がお前をどうするかは結局のところ、二つしか思い付かなかった。いっそのこと、お前に選ばせようかと思っていたんだよ……。とりあえず、今のうちに話しとくから、後でお前が腹を決めてくれ」


 そう言って孝之は腕組みを解くと、少女に向かって右手を突き出して、指を一本立てた。


「一つ目、このままこの屋敷を出て行く。正お前の知ってることはこっちで勝手に調べるし、検非違使については俺が適当に騙くらかすから、お前はさっさとこの屋敷から立ち去る。ただし。俺はその後のことを面倒見ない。お互いにこれでキッパリ縁切りだ」


 孝之の示したその選択肢は、言わば少女を見殺しにする。と言うものだった。

 孝之自身は検非違使について騙くらかすと言ったものの、実際に孝之が少女を庇えるのは孝之が少女を襲った事件についてまでだ。

 少女を孝之に襲わせる様に指示を出したものについては別だ。

 もしもこの状況で少女が孝之の屋敷から追い出されれば、証拠の隠滅の為に少女は殺されることになるだろう。

 覚悟はしていたとは言え、突然突きつけられた余りに重い選択肢に、少女は暫く黙り込んだ。

 やがて、ゆっくりと息を吐きながら、口を開いた。


「……もう一つは?」


「二つ目、検非違使にお前が出て行って、洗いざらいぶちまける。こっちとしては調べる手間が省けるし、自白するなら拷問にかける意味も無い。とりあえず命までは守られるだろう。それに、俺も適当な時に顔を出して便宜を図ってもらう様にする。……俺が思い立つのはこれくらいだな」


 それはある意味で、第一の選択肢よりもより酷いものだった。

 基本的に、貴族と庶民では同じ罪でもその罰の重さは違う。


 これは、元々は貴族の方が庶民よりも社会に対して負うべき責任や義務が重く、それ故に同じ罪でも軽くすべきだと言う慣習が守られるているからであった。

 具体的には、戦争で兵を率いたり、平時に治安を守るのが、貴族の責任とされた訳だ。

 それはつまり、言い換えれば、貴族が庶民を傷つけたり殺すのは、貴族の権利として認められると言うことであった。


 だが、逆に庶民が貴族を傷つければ、ましてや殺そうとすればどうなるのか。

 通常、その罪は一族にも及ぶとされ、親や子供と言った近しい身内も含めて処刑されると言われる。

 例え被害者本人が許してくれと頼んだところで、直接の法律以上に、前例や慣習の方が重視される都の司法において、重罰は避けられないだろう。


 恐らくは、どうあがいても死刑は避けられまい。あえて言えば、死に方が苦しいものから、楽なものになるだけだろう。

 それを悟った少女は、思わず口許に笑みを浮かべた。


「……どうした?何がおかしい?」


「……おかしい……?いや、おかしくないよ。ただ、なんとなく、…‥笑っちまうな……って」


 そう言うと、少女は眼帯に覆われた左目をそっとさすった。


「生まれた時から、オレは眼が悪くてさ、そのせいでお袋からも嫌われて、捨てられた……。それから後は、小汚いだの、臭えだの、そう言われながら、泥の中を這いつくばって生きてきた……。それが、オレが美しいと言われる様になったら、それが理由で殺されるか処刑されるかを選ぶ羽目になってる……。なんか、色々とおかしくってさ……。こういうのは、皮肉っていうのかな……」


 どこか憂いを帯びた様子で笑う少女に、孝之は何を言ったら良いか分からずに黙っていた。

 すると、少女は拙い様子で孝之に頭を下げた。


「……とりあえず、迷惑かけて悪かったな……。明日にでも、ここを出て行くよ……。世話をかけたな……」


 そう言って、少女はその場を立ち去ろうと立ち上がった。


 その時だった。


「そうそう急かせるもんじゃ無いよ。橘の旦那。そうやって結論を急ぐのはアンタの悪い癖だねい」


 そう言って、雪月が現れた。















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 ちなみに、この話もそうですが、これから語られるも諸々の設定についてはだいぶ自分の創作入っているので、あんまり本気にしないでくださいね。

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ソード・ヒストリア・ファースト・エイジ~ソードダンスは止まらない。~ 嶺上 三元 @heven-and-heart00

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