第25話 闇討ちの蜜葉、病み上がりにて話すのこと。
雪月によって少女に蜜葉と名付けられてから、数日が過ぎた。
蜜葉と名付けられた少女が眼病を患っていたのは、分かっていたが、その病は思いの
闇討ちの少女は目を覚ましたは良いものの、この数日間の療養の末にようやく庭先を歩けるようになったほどで、今にして思えば、しくじったとは言えよくも孝之を襲撃できたものである。
しかし、療養の間に少女の方は殆ど口を開くような素振りも見せず、孝之の方もそろそろ少女の身柄を持て余し始めていた。
そんなある日、孝之が金を借りた相手から借金返済の取り立てがあったので、代わりに雪月がその取り立ての相手をする為に屋敷を留守にすることになった。
当初は孝之もついていこうとしたのだが、「橘の旦那が顔を出しても、どうせ碌なことにならないねい」と雪月が鼻で笑ったので、孝之も不貞腐れながら雪月に取り立ての交渉を一任した。
そうして、雪月が屋敷を留守にすると、いつになく邸内は静かになった。
孝之はそんな屋敷で適当に細かな事務や家事仕事に勤しみ、やがてその日は夕方になった。
ふと屋敷の外を見ると、とても美しい夕日が西に傾いていた。
孝之はその景色を眺めて、なんとなく笛を吹きたい気分になったので、蔵から三名器の一つである竜笛の蜜葉を持ち出して吹き始めた。
これでも、橘流雅楽を修めただけはある腕前である。
孝之の吹く笛の音は高く澄んだ音を響かせながら、夕暮れの空に登っていった。
そうして暫くした頃、不意に背後に誰かの気配を感じて、笛の音を止めた。
孝之には背後を見なくても分かった。そもそもこの屋敷には、孝之以外に棲んでいるのは二人しかいない。
雪月か、そうでなければもう一人。
「……へぇ。立てるようになったのか。だけど、声もかけずに背後に立つのは、あんまり行儀の良い行動じゃねぇぞ?」
そう言いながら、孝之は袖口に仕込んでいた扇子をそれとなく握りしめた。
変な情が湧いたとは言え、仮にも命を狙って来た敵の一人だ。用心するに越したことはない。
全神経を集中させながら、孝之はそろりと背後を窺った。
そこには、雪月が蜜葉と名付けた眼帯の少女が、何も言わずに孝之を見下ろしている姿があった。
少女に敵意も悪意も無いようだったが、同時に何をしたいのかの意思も見えなかった。
孝之は怪訝に思い、少女に話しかけるために座ったまま背後を振り向いた。
そうして、孝之が少女と顔を合わせると、少女は暫く黙りこんだ後にようやく口を開いた。
「なあ……。なんで、お貴族様がオレを助けようとするんだ?しかも、オレはお前のことを殺そうとしたはずだ。それなのに、それなのに何でオレを助けたんだ?!」
「……理由、ねえ」
改めて問われると、孝之も答えづらかった。特にこれと言った理由があってのことではないからだ。
だから、取ってつけたように、それらしいことを口にした。
「まあ、お前には誰が俺を殺そうとしたのか吐いてもらう必要があったからな。それを聞くまでは牢屋にぶち込む訳にはいかねぇと思ったからな。まあ、それだけだ」
だが、孝之のその適当な言い訳は、あっという間に見破られた。
「そんなの、検非違使に突き出したら良かったじゃねえか。そうしたら、オレは検非違使の奴らに拷問かけられて、無理矢理になんでもかんでもアンタらが知りたいことを話してたぜ?」
「そうだな。そうして、お前は多分殺されただろうな。正直言って、それだけは嫌だったな」
「な、んで……?」
少女の素朴な質問に、さあ?と、孝之も首を傾げた。
「なんで、と聞かれてもな。ただ、お前が俺を相手にした時の剣の使い方は、とても美しいものだった。美しいものは残すべきだ。だから、殺したくなかったし、むざむざと死なせるような真似はしたくなかった」
「だから、オレを、助けたのか……?」
「そうなるな」
孝之は至極あっさりと少女の言葉を首肯した。
孝之からすれば、本当にそれ以上でそれ以下でもない理由だったが、どうやら闇討ちの少女にとってはそれが信じられないものであったらしい。
「……そんなの……!!そんなの、おかしいじゃねえかよ……」
思い詰めた表情で、孝之に食ってかかるようにそう吐き出し、そしてそれきり、再び黙り込んでしまった。
そんな少女に対して孝之は肩をすくめると、孝之は手にした扇子と笛を袖口の中に隠し込み、腕組みをした。
「お前の言うおかしいってのが、一体なんのことなのか俺にはわからない。ただ、正直言って、今となっては後悔している。俺には、お前の存在は手に余る」
「そう、か……よ」
「……なんだ?何で後悔しているのか聞かないのか?」
淡白な少女の様子に孝之が首を傾げると、少女は伏し目がちになって呟いた。
「どうせ……、オレが何も言わないから手に余るとか、そんなんだろ……」
だが、意外にも孝之は少女の言葉に首を横に振った。
そうして孝之が口にしたその理由は、少女にも思いもよらないものだった。
「俺はお前を先ほど、剣の使い方が美しいと言ったが、それを抜きにしても、お前は世辞抜きに美しいようだ。最近お前、ちょくちょく庭先に出てただろ?それを見かけた奴らの間で話題になっている。『落ち目の貴族が、どこぞの美しい姫様を抱え込んでる』ってな」
そう言うと孝之は、思わず深々とした溜息を吐いた。
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