第24話 八百比丘尼の雪月、闇討ちの子供に蜜葉と名付けるのこと。


 闇討ちを仕掛けた子供を拾い上げた孝之は、屋敷に子供を寝かせながら、これからどうするかを考えこむことになった。


「とりあえず、このガキをどうしたものか……。ひとまず、服は用意しねぇといけねえよな。このボロ衣をどうにかするか……」


 そう言いながら孝之が腕を組みながら首を捻ると、そんな孝之に対して、雪月は子供の服に手をかけながら呆れた様に溜め息を吐いた。


「そう悩むくらいなら、まずは確認してみるのが先だろうねい。と、おや?」


 そうして子供の服に手をかけていた雪月はそこでふと、手を止めた。

 思わず孝之がどうした?と訊くと、雪月は眉根を険しく寄せて孝之を見た。


「……どうやら、旦那が手を出さなくて正しかった様だねい。見た目じゃ分からなかったが、どうやらこの子は女だよ。それにこの包帯、どうやら眼帯代わりらしいねい。左目が潰れてしまっている様だねい」


 雪月の言葉に孝之は思わず額に手を当てて天井を仰いだ。

 葦和において、女の体に男が触れるというのは重い意味を持つ。おおよその場合、肉親でもなければ女に男が触れるというのは求婚を意味する事が多い。

 今回の場合、闇討ちを仕掛けられたという事実があることから、そういう観点で見るものはいないだろうが、それでもだいぶ外聞の悪い事実ではある。


「あー……そりゃ、大変だ。悪いが、その他諸々を頼んで良いか?」


 孝之は如何にもお手上げと言った様子で雪月を見ると、雪月も仕方なさそうに肩をすくめた。

 雪月は寝ている子供の服を軽く直すと、その場に立ち上がり、孝之を追い立てる様に手を振った。


「じゃあ旦那。早速で悪いんだが、まずは屋敷を出てってこの子の服を取り揃えてくれないかねい?後ついでに、薬と包帯、それと水も用意しといてくれ」


 とっとと行けと言わんばかりに孝之を追い立てる雪月に、孝之も急かされる様に家から出た。


 雪月に追い出された孝之は、暫くして言われた通りのものを市場で買い込んで来ると、闇討ちの少女が寝ている部屋へと入った。


 するとそこには、何処から見つけたのか巫女装束に身を包んだ見目麗しい少女が寝込んでおり、孝之が家を出る前に見た姿からは余りにもかけ離れた姿に、孝之は思わず感嘆の息を吐いた。


「ほう。随分と見違えたな。見た目だけなら何処ぞの姫と言われても騙されそうだ」


 そう言った貴之の感想に、雪月も「そうだねい」と薄く笑いながら同意した。

 手入れもされずに伸ばしっぱなしになったくすんだ灰色から、艶のある煌めく様な綺麗な銀髪になっており、その髪を雪月が頭の後ろで取りまとめていた。

 あれほど煤けた肌をどうやって汚れを落としたのだろう。孝之が屋敷を出る前とは打って変わって、抜ける様に白く、いっそ病気を疑いたくなるほどだったが、これは手足の骨が細く、やせ細っていることもあるのだろう。

 総じて言うと、こうして寝息を立てている姿は、体の弱い儚げな姫君と言っても通じるだけの美貌ではある。

 そうして、寝息を立てている少女の姿を見下ろしながら、孝之はふむと言いながら顎を撫でた。


「こうして見ていると、俺を殺しにきた刺客には見えんな。大方どこかの誰かにやっつけで金を握らされたチンピラ、ってとこか」


 そんな孝之の言葉に、雪月は苦笑しながらも頷いた。


「そうだねい。とは言え、どこの誰に雇われたのかがわからないから、未だ確かなことは言えないけどねい。そもそも、この娘さんが雇われ者ではなくて、旦那に恨みを持ってるって線もまだありえるからねい」


「恨みだったら買いすぎてるから、尚更見当が付かねえな。まあ分からないことをとやかく言うことほどアホなこともねぇだろ。とりあえず、これ。眼帯代わりに今さっき拵えたもんだ。目が覚めたらこいつにくれてやれ」


 そう言って孝之が雪月に放り投げたのは、刀の鍔に紐を通して眼帯の形にあしらえたものだった。

 そんな孝之からの差し入れに、雪月はクスクスと笑いながら孝之を揶揄った。


「随分とこの娘を高く買ってるんだねい?そんなにこの娘に惚れ込んだのかい?あんまり歳に似合わないことするのはお勧めしないねい」


「……お前なあ、そんなんじゃねえって分かってるだろ?」


 孝之は雪月のからかいに呆れたようにため息をついた。すると、二人がそんなやりとりをしているうちに、うめき声を上げながら少女が目を覚ました。


「……んだ、ここ……?」


「目え覚めたか、小娘。丁度良かった色々と吐いてもらうぞ」


 孝之は少女が目を覚ますなり、不躾にそう切り出した。

 だが、目を覚ましたばかりの少女は、何も言わずにただ黙りこくって孝之から目を逸らすだけだった。

 そんな孝之を尻目に、雪月は「それじゃあ、ダメだろうねい」と苦笑すると、少女の頭を撫でながら話しかけた。


「とりあえずは、貴方の名前を教えてもらえないかねい。お嬢ちゃんも名前も呼ばれないのは不便だろうがねい?」


「……………ねぇよ」


 すると少女は、暫く逡巡した様子を見せた末に、そう吐き捨てるように言った。

 小さく呟いた声に、雪月は不思議そうに首を傾げると、少女は少しずつ苦しそうな声を上げながら言った。


「……私に、名前は、………ない………」


 そう言い切る少女に、雪月は少女の髪を撫でる手を止めた。

 そうして、暫く何事かを考えこむと、ゆっくりと口を開いた。


「そうかい、それじゃあ私が名前を付けさせてもらうかねい。旦那、笛と琴ではどちらが好きだねい?」


「ん?まぁ、笛じゃねえかな」


 雪月からの質問に孝之が何気なく返し、雪月はそうかねいと笑った。


「そうかい、それじゃあこの子の名前は蜜葉って事でどうだい?」


「俺は別に構わないが。そっちのガキの方はどうなんだよ?」


 孝之にそう尋ねられた少女は、好きにしろよ。と吐き捨ててとそのまま再び寝込んだ。

 しかし、そんな少女の様子に気を止めることもなく、雪月は笑い声を上げた。


「なら、決まりだねい。これからこの娘の名前は蜜葉だ。これからよろしく頼むねい」


















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