第23話 橘の孝之、闇討ちの子供を拾い上げるのこと。


 自分に闇討ちを仕掛けてきた子供を引き連れて、市場から孝之が立ち去ると、見計らったかのように孝之の牛車が目の前に停車した。

 孝之が首を傾げると、牛車の簾を上げて雪月が顔を出した。


「おやこれは、丁度良かったじゃないかねい。色々と片付いたようで何よりだねい」


「雪月お前な……。確かに俺は逃げろとは言ったが、まさかそこまで本気で逃げるつもりだとは思わなかったぞ……」


 余りにも手際よく逃げる為の準備を整えた雪月に、孝之は思わずドン引きした姿を見せると、雪月は心外そうに胸を叩いた。


「失礼なことを言うねい。旦那が狙われたと言うことは、旦那付きの諸々も狙われると考えてもおかしくないだろう?牛車や随身の爺さんを狙われてもおかしくないと思って、先に見つけて避難させようとしてたんだねい」


 雪月がそう言うと、牛車を牽く牛の側に控えている随身の老爺も、雪月の言葉を肯定して、へえ、仰っるとおりで。と、如何にも無表情で気の抜けた顔で頷いた。

 そんな二人の様子を孝之は胡乱な目付きで睨んでいたが、気にしても仕方ないと思い直し、深々と溜め息を吐いた。


「まあ良い。とりあえず、俺も車の中に入れてくれ。色々と話したいこともあるしな」


「そりゃ勿論って話なんだがねい。ちょいと私が酒やら飯やらを買い込みすぎちゃってねい。少し、車ん中が手狭になっちゃってるんだがねい」


 構わないと言いつつ、牛車の中に入った孝之は、いつの間にか雪月が買い込んでいた酒と飯の量に思わず引いた。


「おま、これ、本当に一人で買い込んだんか……?」


「いやぁ、酒を買う手は中々止まらないし、それより旦那、私の方こそその肩に担いだものが気になるんだがねい。その子をどうするつもりだねい?」


 思わずドン引きする孝之に、雪月は不満そうに口を尖らせると、孝之の肩に乗っている子供を指差した。

 すると孝之は、雪月の買った酒の壺と食材の合間をかき分けるように空間を作ると、その合間に肩に担いだ子供を寝かせた。


 改めて眺めると、見れば見るほどに見窄らしい子供だ。

 年の頃は不明だが、貧相な体躯を見る限り、十かそこらの年に見える。

 手入れもされずに伸ばしっぱなしになったくすんだ灰色の髪に、垢のせいで黒ずんだ茶色のような色をした肌。

 手足はまるで地獄の餓鬼のように細く、骨の上に皮が張り付いている様にしか見えない。

 顔つきも伸ばしっぱなしにした髪に埋もれていて、男か女かも分からない。

 どこからどう見ても、


「ああ、ちょいと気になった。ガキの癖に剣筋は良いが、肝心の技量と力が無いのと、後、こいつがしている怪我なのか病気なのかもな。単なる怪我なら良いが、何か伝染うつったりする病気なら手を打たないといけないしな。……それに、裏で誰が糸を引いてるのか、一応は確認の為にな」


「物数寄なことをするねい……。まあ、旦那の好きにしたらとは思うがねい。……一応訊いておくが、旦那のやることに対した意味がないってのは理解しているんだろうねい?」

 

 雪月の指摘は孝之の図星だったのだろう。孝之は苦虫を噛み潰したような表情をすると、言ってくれるじゃねぇか。と呟いた。


「確かに、お前の言わんとする事は分かるぜ。こいつが雇い主の正体を吐いたところで、何の証拠にもなりはしないし、そもそも雇い主の正体を知っているかも怪しい。だから、助けて情報を吐かせたところで、何の意味も無いって言うんだろ?それどころか、こいつが余計なことを言う前に第二、第三の刺客が送られるかもしれない。……お前が言いたいのは、そう言うことだろ?」


「良く分かっているじゃないかねい……。その通りだよ、旦那。そのガキは、旦那に取って匿う害はあっても、利は何一つ無い。それを分かった上で、どうしてわざわざ匿おうとするんだねい?」


 雪月からの質問に孝之は苦笑すると、暫く腕を組んで考え込んだが、結局はやはり苦笑をしながら肩をすくめるだけだった。


「……考えて見たが、やっぱ特に理由がある訳じゃねぇな。まぁ、あえて言えば、剣筋が美しかったからだな」


「美しい?」


「ああ、お前は見てねぇから分からないだろうが、このガキの剣筋は美しい。剣才があるのか、誰かに剣の技を仕込まれたのか、いずれにしろ、あれを見殺しにするのは惜しいなと思ったんだよ」


 今だに目を覚ます気配の無い子供の寝顔に視線を落としてそう言う孝之に、雪月は呆気に取られたように目を丸くして孝之の顔を見つめていたが、やがてくすくすと笑い声を上げた。

 

「美しいとか、旦那らしくもないことを言うじゃないかねい」


「うるせえな。剣について何も知らんヤツにあーだこーだと言われる筋合いはねぇよ」


 雪月からのからかいに孝之は不貞腐れた様に拗ねると、雪月は孝之の反論に微笑みながら頷いた。


「確かに、この子の剣筋とやらを見た訳でもない私には判断のつかないことだねい。そう言う意味では謝った方が良いかねい」


 笑いながら雪月は頭を下げると、


「ただ、嫌いじゃないねい。そう言う理由は」


 孝之にそう言った。













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