第3話

頭の中が真っ白になった。

頬に涙が伝い、落ちる。

腹を包丁で刺された咲が自分の腕の中で苦しんでいる。

とにかくこの苦しみから解放してやりたい。

その思い一心で救急車を呼ぶという考えは今の慎吾にはなっかった。

「あぁ」

助けてと言わんばかりに見つめてくる。

そうだよな苦しいよな。今すぐ助けてあげるからな。

慎吾は包丁の柄を握った。

ゆっくりと引いて腹から包丁を引き抜こうとする。

「痛っ!!」

咲の悲鳴に思わず顔が引きつる。

「ごめんな咲。少しの間我慢してな」

「うぅ」

あまりの痛さにろくに話せないんだろう。

引き続き抜こうと引いていく。

血がどんどん垂れていく。

「っつ~」

声にならない声を出している。

これでも十分に頑張っているほうだろう。

刺さった包丁を引き抜かれるなんてものすごい激痛が走るだろう。

慎吾自身刺されたことなんてもちろんないがどれほど辛いか想像に難くない。

順調に引っ張ていき、ついに抜き切った。

「はぁはぁ」

咲は弱った様子で荒く息をついていた。

汗の量も尋常じゃない。

「咲、待ってろよ。必ず助けるからな」

そう言い、持っていた包丁を後ろに放り投げ、ポケットに入っているスマホを取り出して119番通報した。


***


「慎ちゃんありがと。ちゃんと救急車呼べるなんて凄いじゃない!」

あれから咲は救急車に運ばれて、職場から母親が駆けつけてくれた。

「いやいや、普通だよ。もう高2だし。」

「そっか、ごめんね。」

「それより家のほうは大丈夫なの?血とかさ。」

「ああ、それなら業者の人に頼んで掃除してもらってるわよ。」

「ならよかった。咲大丈夫かな...」

「とりあえず搬送先の病院に向かいましょうか。」


***


時刻は19時半。

周りはすっかり暗くなって病院にいるということもあり少し不気味だ。

咲は現在緊急手術を行われている。

「...」

「...」

母と待合室で座っているが、長い沈黙続いておりほとんど口を交わしていない。

そこへ白衣を着たくたびれた様子の医者が来た。

「お母さま。別室で少し話しましょう。」

「はい。」

とても弱弱しい返答とともに母は部屋を出て行った。


15分後。

母が暗い顔で待合室に戻ってきた。

腰を下ろしたタイミングで思い切って聞いてみる。

「なんて言われたの?」

「......」

何も答えないままただ自分の手を見つめている。

「咲のこと?」

「うん...」

「助かりそ...」

「上手くいかない可能性のほうが高いって。」

聞き終わる前に答えてくる。

「そんな...」

「多量出血が原因みたいよ。」

「やっぱりそうなんだね」

事実を突き詰められた瞬間視界がぼやけた。

気づいたら眼球は涙で満たされていた。

人がなくなるのはあっという間とはよく聞くけどこういうことなんだなって。

「でも助かる可能性はあるんだから。」

そういって僕の背中を優しくさすってくれた。

「ありがとう。」

「手術遅くなるみたいだから今日はのりちゃん家に泊めてもらいなさい。」

のりちゃんとは慎吾の幼馴染だ。

昔から家族ぐるみの付き合いでいろいろ仲良くさせてもらってる。

「母さんは?」

「もう少しここにいるから先に行ってて。」

「いや...でも...」

咲が苦しんでいる中ここを離れてしまっていいのだろうか。

咲に直接関係ないが、そんなことを考えてしまう。

「いいから先に行って。きっと咲は助かるから」

優し気な笑顔を作って呼びかけてくる。

「分かったよ......」

そう言い、出口へと向かう。

後ろ髪を引かれる思いで病院を出る。

そして出て三歩目を踏み出したときに赤崎慎吾は思ったのだ。


咲が死んだのは自分が包丁を抜いたせいなのではないかと。

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