第2話

 狐との殺し合いも、そろそろ佳境に入ってきた。味方の損耗が少ないのだけが、唯一の救いではある。

 自分の指示ひとつで、場合によっては味方がしぬ。緊張感と同時に、自分が先にしにたいという羨望もある。

 だから、前線には複雑な気分があった。どこか、夢の中のような。そんな感覚。それでいて、味方は生き残っていた。

 出せるだけの指示を出して、逃げるように屋上に出る。


「お。サボり魔がいる」


 彼女がいた。


「涼しいので」


 涼しい、か。しばらく何も感じていない気がする。というより、冷えている。


「水流れてるからな。真冬だけど」


「春の初めですよ」


 春の始め、か。時間の感覚も、ほとんど感じ取れていなかった。冬のまま。心も、身体も。


「サボりですか?」


 聞き返された。


「俺か?」


 サボりと言われれば、サボりかもしれない。命のやり取りからの、サボり。


「サボりじゃないよ」


 指示は出した。


「ほんとですか?」


 彼女の体温を感じる。


「疲れては、いる」


「疲れてるんだ」


 体勢を変える。それに合わせて、彼女も体勢を変える。


「暖かいな」


「私が?」


「そう」


「湯たんぽ扱いか」


「人肌のカイロ。というか人肌」


 しばらく、座って。ここにいる。


 ビルの、屋上。緑化とは名ばかりで、実際には敵を寄せ付けないための水を流している。この水が尽きない限り、このビルは指揮所として鉄壁の防御。

 それでも、心が。少しずつ冷えきっていくのが、わかる。彼女の体温だけが、わずかに暖かい。


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水際 (短文詩作) 春嵐 @aiot3110

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