第3話 60年ぶりの決戦


 そうして、やっと魔王デスディアのいる魔王城の前まで来た。


 しかし、ここからが実に厄介じゃった。頑丈そうな扉に、屈強な鎧に身をまとった門番。辺りの視界は開けていて、とてもじゃないが隠れられる場所などない。酒樽を被って移動などしたら、目立ってしょうがない。かといって、門扉は閉ざされているので、先ほどのような俊足の薬を使うわけにもいかない。 


「どうしようかの……」

 わしはしばし思案する。イリアが口を挟む。


「おじいさん。ちょっと待ってくださいな。わたしに考えがあります」

 イリアはそういうと、朽ちた魔法の杖を掲げる。マジックポイントが少しだけ回復していた。


「少量の魔法でも最大の効果を――【小石のつぶて】」

 門番たちの近くにからん、と小石が一つ落ちた。門番たちの視線は、小石の落ちた方へと向く。


 からん。二つ目の小石が、少し離れたところに落ちる。門番たちは、何事かと二つめの小石の落ちたところへと向かう。からん。からん。からん。こうして、少しずつ門から距離ほとって小石を落とし続けていったら、門番たちは段々とそちらの方向へと向かい、遂には門の前から姿を消した。

「今のうちよ」


 イリアに促され、わしは門の前へと行く。

「しかし、よく考えたものよの。小石を使った誘導とは。最小限の魔力で最大限の効果を出すのじゃな」

 わしは感心して言う。


 だが、固く閉ざされた門を見ていてふと気付く。

「あれ?イリア、この門はどうやって開けるのじゃ?鍵はさっきの門番が持っているんじゃないのか?」

「ああ、それなら大丈夫よ。真奥義“いたずら神の微笑み”」

 次の瞬間、イリアの手には鍵が握られていた。


「真……奥義?」

「そう。一生に一度しか使えないのだけれど、実はまだ結構残っているのよ。六十年前の冒険のときは、最後にあなたを助けるときぐらいにしか使わなかったのだけれどね」

「おお……!そうじゃったのか」

「ちなみに、今のは好きなものを何でも一つだけ無条件で盗めるという真奥義。使わないまま一生終わると思っていたのだけれど、まさかこんな所で使うとはね」


 イリアはいたずらっぽくウインクして言う。

「ま、六十年前はあなたの大活躍のおかげで、真奥義はほとんど使わないで済んだわけだしね。今回はわたしがちょっと頑張っちゃうかもよ?」


 魔王城に入ったわしらは、その後も身を隠しながらなんとかやっていく。


 気付いたのだが、機能の落ちたこの錆びた聖剣でも、不意打ちならば魔王兵を一撃で倒すことぐらいは出来る。さすが腐っても聖剣じゃ。ただし、真っ正面から挑めば、たとい雑兵といえどもかなり手こずる。


 そういうわけで、背後からいきなり急襲して敵を倒したり、相変わらず酒樽に隠れてこそこそと移動したりなどして、魔王デスディアの座する部屋にたどり着く。

 


「ふははははは、よく来たな若き勇者よ!」

 デスディアは高らかな哄笑と共にわしらを迎える。


「我が自慢の部下たちを退け、よくぞここまで来た。敵ながら褒めてつかわそう」


 だが、わしらの顔を見て、デスディアの顔が曇る。


「……あれ?よく見たら、あまり若くないようだな……ちょっと待て、お前らどこかで見たことがあるような……あ、思い出した!六十年前に我を倒した勇者とヒーラーだな!」


 デスディアは全身から黒い火炎を噴き上げ、憤怒の表情だ。


「おぬしら、性懲りもなくまた来たのだな……許せぬ、今度こそ粉砕してやる!」


 わしは錆びた聖剣を抜き、構える。こんなボロい剣で、本当に戦えるのか……?


「良かろう。今こそ、六十年前のときの決着を着けようではないか。いざ、覚悟!」

 デスディアとわし、双方が戦いの構えをとったとき、イリアがわしらの間に入る。


「はいはい、お二人さん。そこまでそこまで」

「何?」

「なんじゃと?」

 イリアの思いがけない行動に、驚くわしとデスディア。


 イリアはデスディアの方を向き、話し出す。

「デスディアさん。最初に言っとくけどね、あなた確実に負けるわよ」

「なんだと……それはどういう意味だ?」


 デスディアの顔が険しくなる。


「そもそも六十年前、あなたはわたしの夫であるユーマ戦い、相討ちになったわよね」

「ああ。それがどうかしたか」

「じゃあ、どうしてユーマは今こうして生きているのか分かるかしら?」

「ん……それもそうだな?」

 首をひねるデスディア。


「正解はね、一度はゼロになったライフを、わたしが真奥義で回復したの」

「真……奥義だと?」

「そうよ。わたしがヒーラーとして修行中に獲得した、特殊な奥義。一種類につき、一生に一度しか使えない。その代わりに、魔力をまったく消費しない」

「なんだと……?」

 デスディアは驚愕して、イリアの話に耳を傾ける。


「今回、あなたの魔王軍を直に目にしたとき、わたしはやっぱりやめようと内心思ったのよ。デスディア軍に、いまのおじいさんじゃまともに戦って勝ち目はない。真奥義を使えば、ある程度まではいけるかもしれないけれど、魔王城にたどり着く前にくたばるでしょう。そう考えたの」

 でもね、とイリアは続ける。


「わたしのおじいさんは、あたなの部下とは戦わずに、隠れながらあなたのところに行けばいいって言ってくれたの。そのとき、わたしはこの戦い、ひょっとしたら勝てるかも、て思ったの。そして、わたしの思惑は上手くいった。真奥義“絶対の勝利”をここまで温存することが出来た」

「絶対の……勝利?」

「そうよ。この真奥義を発動させると、対象は必ず勝利に勝つの。どんなことがあってもね」

「なんだと……?」

 デスディアは狼狽する。


「もし、今からあなたとユーマが戦ったら、必ずわたしはこの真奥義を発動させる。そうなったら、あなたは再び倒されて冥界に逆戻りよ。それでもいいの?」

「む……」

 デスディアは考えこんだ。


「それもこれも、ユーマのおかげよ。この真奥義だって、本当はもっと初期の戦闘で使っていたかもしれない。けれど、結果的にあまり真奥義を発動させなかったから、こうしていくつもの真奥義を温存させた状態のまま、魔王デスディアとの戦闘に入ることが出来た。ありがとね、おじいさん」

 イリアは言う。


 デスディアは意を決したように言う。

「……分かった。勇者ユーマに、ヒーラーのイリア。ここは戦わずして降参しよう」

 デスディアは頭を下げる。


 わしらは再び勝利した。それも、今度は実に平和的にだ。

「やったわね、おじいさん!」

「ああ、ばあさん……!」

 わしとイリアは二人して抱擁を交わす。



 それから後日談を少し。

 魔王デスディアが降伏した後、魔王軍はただちに武装解除となった。


 すったもんだの末、デスディアは王国の保護観察下に置かれることとなった。また、禁断の魔術でデスディアを復活させた魔術師は、逮捕とあいなった。


 世界に再び平和が訪れた。

 

 トントン、と戸を叩く音がする。でてみると、少年ヒックだった。

「なんじゃ、少年。どうかしたのか?」


 わしが聞くと、少年は満面の笑みで手にしたかごを掲げる。

「はい、おじいさん。これはうちの畑でとれた野菜です。魔王軍との戦いの話、聞かせてもらえませんか?」


 わしとイリアはうなずき合う。

「よかろう。さて、どこから話そうかの」

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ラスボス戦からはじまる異世界ファンタジー いおにあ @hantarei

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