第2話 魔王軍の陣地

 魔王デスディア軍が陣を構えているという地域に到達した。


 荒涼とした地域に、デスディア軍旗がはためいている。


「さあ、おじいさん。いよいよデスディア軍との戦いですね。お互い、老骨にむち打ちながら頑張りましょう。私もヒーラーとして全力で援護しますよ」

「うむ……」


 わしは眼下に広がるデスディア軍勢を見る。屈強なスケルトンウォリアー、ゾンビオーク精鋭兵、その他諸々……その威容は六十年前と少しも変わっていない。


「……やっぱやめとこう」

「はあ?」


 イリアは、コイツ何言ってるんだ、という顔でわしを見てくる。


「おじいさん、ここまで来てそれはないでしょう?このままだと、世界は再び暗黒の時代に逆戻りよ」

「いや、ちょっと待ってくれ。わしは何もデスディアを倒すことをやめよう、と言っているのではない。このデスディア軍と正面きって戦うことをやめようといっているのだ」

「というと?」

「魔王デスディアさえ倒せば、配下のこやつらもおとなしくなるだろう。ならば、最初から敵の大将だけを狙えば良いじゃろ?」

「そんな弱腰な……」


 イリアは少々呆れた口調だが、わしは譲らない。


「まあまあ、冷静に考えてみたまえ。確かに六十年前だったら、わしもあの程度の雑兵どもなど、なぎ倒していただろう。だが、わしらはもう老人じゃ。おまけに、あの頃には凄まじい力を発揮していた聖剣もこの通りじゃ」

 わしは腰につけた錆びてボロボロの聖剣を指し示す。


「イリアだって、あの連中と戦えると本気で思うか?無理じゃろう。だから、こそこそと隠れて、見つけられないようにしながら魔王デスディアの所へと向かう。それから、わしらの最期の戦いがはじまる。この戦いまでは力を温存しておき、全身全霊でデスディアを倒す。それが一番得策じゃろう?」

「うん……それもそうね」

 イリアは納得してくれた。良かった。頭を冷やしてくれたようじゃ。



「それじゃいくわよ、【透明化】」

 イリアの魔法によって、わしらは透明化する。


 透明化しているとはいえ、やはり出来るだけ敵の少ない場所を通る。うっかり敵にぶつかって発見されでもしたら、すべておしまいじゃからな。


 こそこそとわしらは移動する。流石、一流のヒーラーであり、わしの人生最大のサポートメンバー。歳をとってもその力量は少しも衰えておらんわい。


 だが、敵地に潜入して十分ほど経ったとき、わしはイリアの姿が半透明になっていることに気付いた。


「ばあさん、姿が見え始めておる」

「え?あら、大変!このままじゃ見つかってしまう」

「しーっ!まずい。半透明のわしらの姿を不審に思った敵兵がこちらに来たぞ!」

「どうしましょどうしましょ。すぐ、どこかに隠れないと……」

「だが、茂みなどはないぞ……おっ!」

 わしらの近くに、空っぽの巨大な酒樽が転がっていた。


「ひとまず、これに隠れよう。早く早く!」


 そうしてわしら老夫婦は酒樽を頭からすっぽりと被り、じっと息を潜める。


 敵のスケルトンウォリアーが来た。警戒心マックスで、そやつは周囲を探索していたが、やがて何も見つけられずに去って行った。


「ふぅ……。一時はどうなることかと思いましたよ」

「まったくじゃ。ありゃ、イリア。姿が半透明どころか全部見えておるぞ」

「えー、どうしてかしら」

「おい見ろ。お前さんの魔力がもうゼロじゃ」

「そんなあ。こんな短時間で尽きるなんて、おかしいですわよ」

「いや、恐らく高齢のせいで魔力の消費が早いのじゃろう。この調子だと、回復も時間がかかるじゃろうな」

「……どうしましょうか?引き返しますか?」

「いや」

 わしは首を振る。


「このまま酒樽を被ったまま、行けるところまで行こう。魔力が枯渇して、魔法には頼れないなら物理的に隠れるのみじゃ」

 

 そういうわけで、わしらは基本的に敵兵どもと戦わずに進んだ。


 酒樽に隠れて移動するだけではなく、小さな茂みやゴミ箱の中など、いろいろなところに隠れて敵をやりすごした。


 だが、わしらは立ち往生してしまう。


 丁度、広場みたいな場所に出てしまったのじゃ。隠れられそうな遮蔽物など皆無。おまけに広場のあちらこちらに、敵兵がうようよいる。


「どうしましょうかねえ」

「うーむ。あ、そうだ!」

 わしはポーチから薬を取り出す。


「それはなに?」 

「俊足の薬じゃ。これさえあれば、たとえ敵に発見されても、振り切れることができる、多分」

「えー。敵に見つかるんですか」


 わしは胸を張る。

「大丈夫。昔使ったときも、魔王軍は誰もわしに追いつけなかった。だから、今度もきっと……」

「でもそれって六十年前の話じゃないですか……」


 ぶつくさ文句を言いながらも、イリアはわしの案を承諾してくれる。わしはイリアを背負い、俊足の薬を飲む。

「では、いくぞ。三、二、一……うぉぉぉぉぉぉ!」

 わしの全身から灼熱のパワーがほとばしりはじめた。


「うぉぉぉぉぉぉ!」

 わしは一目散に広場を駆ける。で、気付いたときには広場を駆け抜けていた。


「……なんか、昔より早くありませんでした?」

 イリアは当然の疑問を口にする。


「うむ。どうも、薬が六十年の間に変質してしまって、規格外の効果が出てしまったようじゃ。ほら、見ろ。魔王兵ども、わしのあまりの速さに、わしが駆け抜けたことすら気付いておらん」

 広場では、魔王兵たちが、先ほどと同じようにうろついている。


「さ、先に行きましょう」

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