第10話 騎士と、魔法
放り投げられたルークが、地面に向かって落ちていく。
どうしようもないとわかりながらも、もがくように手を伸ばした。
そのルークの手を、掴む者がいた。
「なに、その間抜け面」
「グレイ!」
空中に突然現れたグレイが、ルークの手を掴んで落下を止めたのだ。
「こんなちっちゃいお菓子で僕を呼び付けるなんて、本当いい度胸してるね」
グレイが見せてきたのは、出立前に置いてきた金平糖の詰まった瓶だった。
「いやそれは、お前が早く目を覚ますようにって願いを込めてだな……」
「はっ、願い?」
グレイは、鼻で笑う。
「願ったって、誰も何も叶えてくれないよ」
「でも現にお前は目を覚ましてくれたし、おまけにここまで来てくれた」
「……精霊たちがうるさくて眠れなかったんだよ」
二人はゆっくりと、地面に下りる。
「馬鹿なお前に教えてあげるから、ケーキ5つ。覚えといてよね」
「何を教えてくれるんだ?」
「願う相手は星じゃない」
グレイは金平糖を全て口に流し込むと、がりがりと噛み砕いて飲み下す。
「自分自身だってこと」
グレイが巨大メルムに向かって、手を翳した。
「フォルレモーラ」
巨大メルムの上に、大量の岩が降り注ぐ。
岩同士が打ち合って、巨大メルムの堅い表皮が形を変えていく。
「グォアッ!」
巨大メルムが、地中に太い両腕を突っ込む。
そうして地面をひっくり返した。
「うわっ!」
「ちっ」
地面が板状に飛んでくるのを、グレイが風で粉々にする。
砂埃が舞って、視界が悪くなった。
「フォルレモーラ!」
その砂埃を竜巻にして、巨大メルムへと叩きつける。
しかし巨大メルムは腕の一振りでそれを払う。
そして反対の腕を、こちらに叩きつけてきた。
ゴンッと堅いものが殴られた音がする。
グレイが魔法で腕を受け止めたのだ。
そこから、ゴリゴリと岩を削る音が聞こえた。
「騎士様!」
グレイが、ルークの足へ魔法をかける。
ふわりとルークの体が浮いた。
ルークは、宙を蹴って巨大メルムの頭上へと飛び上がる。
「はあああっ!」
そうして、渾身の剣を叩き下ろした。
「グォ……」
巨大メルムの体が傾く。
しかし、巨大メルムの手がルークの体を掴む。
そしてルークをグレイに向かって投げつけた。
「くっ!」
グレイが巨大メルムの腕を削っていた魔法を解く。
急いで、ルークの落下するであろう地点へと向かう。
そして寸でのところで別の魔法を使い、衝撃を和らげる。
しかしそれが精一杯で、二人まとめて吹き飛ばされた。
「騎士様っ!」
グレイが、慌てて起き上がる。
すぐ近くにルークは倒れていた。
息があるようで安堵するが、それも束の間。
ルークが、起き上がらない。
「う……」
「おい、返事しろ!」
二度、巨大メルムに捕まれたルークの体は悲鳴をあげていた。
岩に磨り潰されているようなものだ。
服は擦り切れて、血が滲んでいる。
「僕に手伝わせておいて、死ぬとかふざけるなよ!」
ルークの目が開かない。
「まだ国中のスイーツ、食べさせてもらってない!」
ルークの呼吸が浅く小さい。
「約束くらい、守れよ!」
グレイの泣いているような怒りが、響く。
「守るのが、騎士なんだろ!」
グレイが、ルークにしがみつくように触れた。
「お前は騎士様なんだろ!」
「ねえ、ルーク!」
体中が痛い。
全身が悲鳴を上げている。
もうこれ以上、動けそうにない。
そう、思うのに。
でも、それよりも。
もっと、痛そうな声が聞こえる。
ルークが、ゆっくりと手を持ち上げた。
泣くなよ。
泣かないでくれ。
誰も泣かせたくない。
だから俺は、騎士になったのだ。
泣いてる誰かを守るために、騎士になったのだ。
ルークの手が、乾いたグレイの頬に触れた。
そしてふっと、ルークが目を開ける。
「……あのな、グレイ」
「……なに」
「これは、誰にも言っていないことなんだが」
ルークが、よろりと立ち上がる。
「実は俺、一度だけ奇跡の力を使ったことがあるんだ」
「……え?」
「お前に会って気付いた。あれは、魔法だったんだな」
ルークが、グレイへと歯を見せて笑う。
「そこで、見ててくれ。俺の、たった一つの魔法」
それは、1年前。
巨大なメルムとの戦いで、騎士団員が地に伏した時。
ルークの頭の中に、とある言葉が流れ込んできたのだ。
流れ込んできた言葉を紡ぎ、剣を振りかざした。
そうしてメルムを倒して、ルークは『救国の騎士』となったのだ。
あれ以来、何度試してみても成功しなかった。
でも、今ならば。
あの時の奇跡を、いや、魔法をもう一度。
ルークは、聞こえる言葉に身を委ねる。
「集え、世界に煌めく光よ」
ルークが剣を空に掲げ、あの日と同じ言葉を紡いでいく。
守りたい。
この国を、そこに住む人々を。
「集え、夜明けを告げる黄金よ」
その声に答えるように、掲げた剣が光を帯びていく。
守りたい。
皆が笑って暮らせる、そんな世界を。
「数多の闇を切り裂き、ここに安寧を示せ」
数多のおとぎ話に出てくる、騎士のように。
それは、ルークの憧れ。
誰に委ねた願いでもない。
己に課した、誓い。
『救国の騎士』と呼ばれるに至った、気高き誇り。
――……あいつら、絶対に僕のことは手伝わないくせに。
グレイは、ルークに集まっていく光の精霊たちを見つめた。
次々と精霊が集まっていく様を、面白くなさそうに見ている。
ああ、でも、そうだね。
こいつになら、――……
「アウレアル・アウローラス!」
ルークが剣を振り下ろす。
剣から放たれた光は、波となってメルムをのみ込んでいく。
グレイは、眩しそうに目を細めた。
*
「あーん」
ぱくり、とケーキを口いっぱいに頬張る。
ルークは、目の前の光景を見てげんなりとしていた。
6人で使うはずのテーブルに並べられる甘いものの数々。
グレイは手を休める気配なく、口に放り込んでいく。
「ん、ひひはま」
「口に物を入れたまま話すな……」
ごくん、と頬張っていた甘いものを飲み下す。
「あっち、メルムの気配がする」
「わかった。すぐに向かおう」
「は? やだよ、一人で行け」
グレイが、また甘いものを口に放り込む。
「すみません、これテイクアウトで!」
「おい、勝手に決めるな!」
「あと桃のタルト追加で!」
ルークの一言に、ぐぐっとグレイが黙る。
「ちっ、行けばいいんだろ、行けば」
「助かるよ」
「フォルレモーラ」
ルークが瞬きをする間に、景色が変わる。
そして「ばしゃんっ」と水に落ちる音がして、ルークの全身が濡れた。
「グレイ!」
「あははっ!」
グレイが、宙で腹を抱えて笑っている。
今日も騎士は、意地悪でお菓子好きな魔法使いに、振り回されている。
救国の騎士と衰亡の魔法使い~意地悪でお菓子好きな魔法使いに今日も騎士は振り回されています~ 森ノ宮はくと @morinomiya_hakuto
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます