第9話 騎士と、巨大メルムの進攻

 王都を囲む塀の外側。

 塀の外だが王都領部に分類される南西に広がる丘に、その巨大なメルムは現れた。


 発見したのは、その地区を巡回していた騎士三名。

 一人が対メルム特殊部隊へ報告に、残る二人は動向をみるためその場に残っている。


 「報告によると、1年前に出現した巨大メルムと同格とのことで……」


 1年前の巨大メルムとの戦闘。 

 それは、ルークが『救国の騎士』と呼ばれるようになったきっかけだ。


 「大至急、出られる部隊員を集めろ!」

 「は、はい!」

 「それから騎士団に応援要請!」

 「私が行きます!」

 「馬を用意してくれ、すぐに出立する!」


 ルークは簡潔に指示を出して、ふと足を止める。


 「そうだ、これ、お前にやろうと思って持ってきたんだ」


 眠るグレイの横に、コトリと瓶を置く。


 「それじゃあ、行ってくるな」


 ルークは、足早に部屋を後にした。





 用意された馬を駆け、ルークは巨大メルム発見地点へと到着する。


 「団長!」


 騎士団員二人が、ルークの元へ駆け寄ってくる。


 「状況は?」

 「今のところ、大きな動きはありません」

 「しかし進路は依然、王都方向のままです」


 ルークも、巨大メルムを確認する。


 それは、まるで大きな岩だ。

 丘の麓に大きな岩が転がっていると言われても、信じただろう。


 それが、底なしの闇のように黒くなければ。


 そこに落ちたら二度と這い上がって来れない、深い穴のような。

 だが、ゴツゴツと角ばった体躯が離れた場所からでもわかる。


 メルムはいつ見ても不思議だ。


 ルークは目を細めた。


 離れた場所から見てもかなりの大きさを感じる。

 接近すれば、どれほどの巨大さなのだろうか。


 メルムは、少しずつ移動している。

 進みはあまりにもゆっくりとしていて、目で確認できない。

 しかし、メルムの通った後は草花が枯れて、くすんだ茶色に変わっていた。


 その二本の道から推察するに、向かう先は王都だろう。


 こんなものが王都に近付けば……。


 「特殊部隊からも騎士団からも、応援を呼んだ」


 ルークは団員二人を見る。


 「あの速度なら、応援の到着の方が早いだろう」


 今、三人が居るのは丘で一番高さのある場所だ。

 後ろに丘を下っていけば、王都を囲む堀と塀がある。


 王都はすぐそこだ。

 ここを死守するしかないと、ルークは考える。


 「応援が到着次第、ここに陣を敷く。それまでは交代でメルムの見張りだ」


 ルークは、引き締めていた顔を少し和らげた。


 「二人とも疲れただろ。俺に任せて、少し休んでくれ」

 「しかし……」

 「あれとの戦いは、想像を絶するものになるだろう。今の内に休んでくれ」

 「……承知しました」


 ルークは、1年前の戦いを思い返す。

 騎士団のほとんどが地に伏して、メルムの進行を許しそうになった、戦いを。


 あの大きさは、確かに1年前に戦ったヤツと同格だ。

 二人もその戦いに参加していた。

 その辛さは身に染みている。


 グレイが目覚めていないのが、悔やまれるな。


 あの屈辱を、二度と味わわない。

 そのために戦力を欲した。


 いや、大丈夫だ。


 ルークは、自分に言い聞かせる。


 何も、用意した戦力は魔法使いだけではない。

 対メルム特殊部隊では、日々メルムを倒すための研究をしている。

 メルムを倒すためにと集めた戦闘員も、日々訓練を繰り返している。


 騎士団だって、頼れる仲間たちだ。


 あの日とは違う。


 頼れるものは、格段に増えている。


 それに、確かに一度は地に伏した。

 それでも騎士団はメルムを打ち取り、王都を守ったのだ。


 「やれるさ。俺たちなら」


 ルークは、全てを吸い込みそうな闇を見つめていた。





 戦闘員が到着し、丘の上に陣を敷いた。

 ゆっくりと動いているメルムは、その姿がはっきりと見えるところにまで迫っていた。


 まだ距離があるはずなのに、その頭の高さは丘の頂上と同じくらいに思えた。


 メルムの太い腕が草花を潰す。

 その瞬間、全ての水分を奪われたかのように草花は萎れ枯れていく。

 その後をなぞるよう足を引きずって、ゆっくりと移動している。

 そうやって、茶色の道が出来上がっていた。


 「構え」


 ルークが右腕をかざす。


 初撃を担うのは、対メルム特殊部隊の投石部隊だ。

 投石部隊と呼んでいるが、今回投げるものは石ではない。


 「投擲、開始!」


 投石器で投げるのは、対メルム用に開発された爆弾である。

 遠距離から確実にダメージを与えるために、特殊部隊の研究開発班が生み出したものだ。


 人の手で握り込んで投げることもできる程の大きさのそれを、簡易投石器を使って投げる。


 中程度の大きさのメルムならば、1個でも中々のダメージを与えられるだろう。

 しかし、今回はかなりの大きさのメルムだ。

 一斉に10個の爆弾を投げた。


 的が大きいことも幸いして、投げた爆弾全てがメルムの体に当たる。

 ぶつかった衝撃で、それは爆発した。


 「ギャオオオオオオオオッ」


 メルムの雄叫びが轟く。

 あまりの大きさに、体に重いものが圧し掛かる心地がした。


 もうもうと漂う煙の中から、メルムが出てくる。

 深い黒の体は、爆弾の衝撃でダメージが入っているのかわかりにくい。

 しかし岩のようにゴツゴツとした体が、一部欠けていることが見てとれた。


 「第二波、投擲!」


 再び、爆弾が投げられる。

 爆発音がして、メルムの雄たけびがビリビリと響く。


 「騎兵隊!」


 続いて、ルークは騎士団を見る。


 「俺たちは、この1年で強くなった」


 ルークが、剣を掲げる。


 「あの屈辱は、繰り返さない」


 これは、1年前の雪辱戦だ。

 民衆はメルムを打ち倒した騎士団に、称賛を与えた。

 しかし、地に伏し危うくメルムの進行を許しそうになった騎士団は、屈辱を受け取っていた。


 「我々は、王都守護の要である」


 王都に住む人々に、一抹の不安も与えてはならないのだ。


 「行くぞ、剣と誇りにかけて!」

 「剣と誇りにかけて!」


 ルークが馬の腹を蹴り、丘を下っていく。

 その後ろを、騎兵隊が続いた。


 「グォアアアアアアアッ!」


 メルムが叫びながら、膨らんだ。

 背中から、黒い塊がルークたち目掛けて飛ばされた。


 キンッと音を鳴らして、ルークがそれを払い落とす。


 「怯むな、突っ込め!」


 メルムの腕から、しゅうしゅうと煙が上がっている箇所があった。

 爆弾が当たった箇所だろう。

 ルークが、そこに狙いを付けて剣で切りつける。


 柔らかいものを刻む感覚が、手に伝わってきた。

 他の騎兵隊たちも、爆弾で鎧のような表皮が剥がれた箇所を狙って攻撃していく。

 手ごたえを感じている時だった。


 メルムが後ろ足だけで立ち上がる。

 そしてぶるぶると体を震わせると、ぼとりぼとりと黒い塊が落ちてきた。

 その塊は、次第に小さな二本足で動くものへと形を変えていく。


 「メルムがメルムを生み出したのか!?」


 初めて見る様子に、動揺が走る。


 巨大なメルムの咆哮を合図に、小型メルムたちが一斉に飛びかかってきた。

 剣で切り裂けば、小型メルムは簡単に塵となって消えていく。


 しかし、数があまりにも多い。

 群がってくる小型メルムだけでも厄介だ。

 更に巨大メルムが石を飛ばして来たり、足元の土を投げつけたりと攻撃をしてくる。

 血を流す者、落馬する者が出てきた。


 「くそっ」


 ルークは隠しナイフを、巨大メルムの頭部へ投げつける。


 「ギャァアアアアオオオォオオオオっ!!」


 それは弱い箇所に当たったらしく、巨大メルムがルークへと意識を集中させた。


 「こいつは俺が引き受ける! 後を頼んだ!」

 「団長!」


 巨大メルムがルークへと振り下ろした腕を避けて、ルークは馬を駆る。


 「こっちだ!」


 ルークは巨大メルムに攻撃を与えつつ、人の居ない方へと誘導していく。

 飛んでくるものや振り下ろされるものを避けつつ駆ける。

 ある程度の距離を取ったところで、再びルークは巨大メルムと対峙した。


 石が飛ばされる。

 どうにか避けようとするが、一粒が馬の弱い箇所に当たってしまった。


 「うおっ」


 ルークは受け身を取って、地面を転がる。

 馬は、逃げ出してしまった。


 屈んだ姿勢のルークを狙って、巨大メルムの腕が振り下ろされる。

 飛び退って避けたルークは、隣に位置した腕を切りつける。


 その勢いを殺すことなく、巨大メルムの懐へと接近する。


 胸や腹に相当する部分は、爆弾が当たっていない。

 しかし、どこかに弱点があるはずだと、切りつけていく。


 メルムが嫌がるように体を振った。

 そして、ルークに掴みかかろうとする。


 避けきれなかったルークは、メルムの巨大な手に捕まれる。


 「ぐっ……」


 握りつぶされる。

 そう思ったが、メルムは自分から引き剥がすようにルークを持ち上げると、空に放り投げた。


 「え、うわああっ!?」





 「ん……」


 王城にある対メルム特殊部隊本部室で、魔法使いが目を覚ました。

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