第9話 騎士と、巨大メルムの進攻
王都を囲む塀の外側。
塀の外だが王都領部に分類される南西に広がる丘に、その巨大なメルムは現れた。
発見したのは、その地区を巡回していた騎士三名。
一人が対メルム特殊部隊へ報告に、残る二人は動向をみるためその場に残っている。
「報告によると、1年前に出現した巨大メルムと同格とのことで……」
1年前の巨大メルムとの戦闘。
それは、ルークが『救国の騎士』と呼ばれるようになったきっかけだ。
「大至急、出られる部隊員を集めろ!」
「は、はい!」
「それから騎士団に応援要請!」
「私が行きます!」
「馬を用意してくれ、すぐに出立する!」
ルークは簡潔に指示を出して、ふと足を止める。
「そうだ、これ、お前にやろうと思って持ってきたんだ」
眠るグレイの横に、コトリと瓶を置く。
「それじゃあ、行ってくるな」
ルークは、足早に部屋を後にした。
*
用意された馬を駆け、ルークは巨大メルム発見地点へと到着する。
「団長!」
騎士団員二人が、ルークの元へ駆け寄ってくる。
「状況は?」
「今のところ、大きな動きはありません」
「しかし進路は依然、王都方向のままです」
ルークも、巨大メルムを確認する。
それは、まるで大きな岩だ。
丘の麓に大きな岩が転がっていると言われても、信じただろう。
それが、底なしの闇のように黒くなければ。
そこに落ちたら二度と這い上がって来れない、深い穴のような。
だが、ゴツゴツと角ばった体躯が離れた場所からでもわかる。
メルムはいつ見ても不思議だ。
ルークは目を細めた。
離れた場所から見てもかなりの大きさを感じる。
接近すれば、どれほどの巨大さなのだろうか。
メルムは、少しずつ移動している。
進みはあまりにもゆっくりとしていて、目で確認できない。
しかし、メルムの通った後は草花が枯れて、くすんだ茶色に変わっていた。
その二本の道から推察するに、向かう先は王都だろう。
こんなものが王都に近付けば……。
「特殊部隊からも騎士団からも、応援を呼んだ」
ルークは団員二人を見る。
「あの速度なら、応援の到着の方が早いだろう」
今、三人が居るのは丘で一番高さのある場所だ。
後ろに丘を下っていけば、王都を囲む堀と塀がある。
王都はすぐそこだ。
ここを死守するしかないと、ルークは考える。
「応援が到着次第、ここに陣を敷く。それまでは交代でメルムの見張りだ」
ルークは、引き締めていた顔を少し和らげた。
「二人とも疲れただろ。俺に任せて、少し休んでくれ」
「しかし……」
「あれとの戦いは、想像を絶するものになるだろう。今の内に休んでくれ」
「……承知しました」
ルークは、1年前の戦いを思い返す。
騎士団のほとんどが地に伏して、メルムの進行を許しそうになった、戦いを。
あの大きさは、確かに1年前に戦ったヤツと同格だ。
二人もその戦いに参加していた。
その辛さは身に染みている。
グレイが目覚めていないのが、悔やまれるな。
あの屈辱を、二度と味わわない。
そのために戦力を欲した。
いや、大丈夫だ。
ルークは、自分に言い聞かせる。
何も、用意した戦力は魔法使いだけではない。
対メルム特殊部隊では、日々メルムを倒すための研究をしている。
メルムを倒すためにと集めた戦闘員も、日々訓練を繰り返している。
騎士団だって、頼れる仲間たちだ。
あの日とは違う。
頼れるものは、格段に増えている。
それに、確かに一度は地に伏した。
それでも騎士団はメルムを打ち取り、王都を守ったのだ。
「やれるさ。俺たちなら」
ルークは、全てを吸い込みそうな闇を見つめていた。
*
戦闘員が到着し、丘の上に陣を敷いた。
ゆっくりと動いているメルムは、その姿がはっきりと見えるところにまで迫っていた。
まだ距離があるはずなのに、その頭の高さは丘の頂上と同じくらいに思えた。
メルムの太い腕が草花を潰す。
その瞬間、全ての水分を奪われたかのように草花は萎れ枯れていく。
その後をなぞるよう足を引きずって、ゆっくりと移動している。
そうやって、茶色の道が出来上がっていた。
「構え」
ルークが右腕をかざす。
初撃を担うのは、対メルム特殊部隊の投石部隊だ。
投石部隊と呼んでいるが、今回投げるものは石ではない。
「投擲、開始!」
投石器で投げるのは、対メルム用に開発された爆弾である。
遠距離から確実にダメージを与えるために、特殊部隊の研究開発班が生み出したものだ。
人の手で握り込んで投げることもできる程の大きさのそれを、簡易投石器を使って投げる。
中程度の大きさのメルムならば、1個でも中々のダメージを与えられるだろう。
しかし、今回はかなりの大きさのメルムだ。
一斉に10個の爆弾を投げた。
的が大きいことも幸いして、投げた爆弾全てがメルムの体に当たる。
ぶつかった衝撃で、それは爆発した。
「ギャオオオオオオオオッ」
メルムの雄叫びが轟く。
あまりの大きさに、体に重いものが圧し掛かる心地がした。
もうもうと漂う煙の中から、メルムが出てくる。
深い黒の体は、爆弾の衝撃でダメージが入っているのかわかりにくい。
しかし岩のようにゴツゴツとした体が、一部欠けていることが見てとれた。
「第二波、投擲!」
再び、爆弾が投げられる。
爆発音がして、メルムの雄たけびがビリビリと響く。
「騎兵隊!」
続いて、ルークは騎士団を見る。
「俺たちは、この1年で強くなった」
ルークが、剣を掲げる。
「あの屈辱は、繰り返さない」
これは、1年前の雪辱戦だ。
民衆はメルムを打ち倒した騎士団に、称賛を与えた。
しかし、地に伏し危うくメルムの進行を許しそうになった騎士団は、屈辱を受け取っていた。
「我々は、王都守護の要である」
王都に住む人々に、一抹の不安も与えてはならないのだ。
「行くぞ、剣と誇りにかけて!」
「剣と誇りにかけて!」
ルークが馬の腹を蹴り、丘を下っていく。
その後ろを、騎兵隊が続いた。
「グォアアアアアアアッ!」
メルムが叫びながら、膨らんだ。
背中から、黒い塊がルークたち目掛けて飛ばされた。
キンッと音を鳴らして、ルークがそれを払い落とす。
「怯むな、突っ込め!」
メルムの腕から、しゅうしゅうと煙が上がっている箇所があった。
爆弾が当たった箇所だろう。
ルークが、そこに狙いを付けて剣で切りつける。
柔らかいものを刻む感覚が、手に伝わってきた。
他の騎兵隊たちも、爆弾で鎧のような表皮が剥がれた箇所を狙って攻撃していく。
手ごたえを感じている時だった。
メルムが後ろ足だけで立ち上がる。
そしてぶるぶると体を震わせると、ぼとりぼとりと黒い塊が落ちてきた。
その塊は、次第に小さな二本足で動くものへと形を変えていく。
「メルムがメルムを生み出したのか!?」
初めて見る様子に、動揺が走る。
巨大なメルムの咆哮を合図に、小型メルムたちが一斉に飛びかかってきた。
剣で切り裂けば、小型メルムは簡単に塵となって消えていく。
しかし、数があまりにも多い。
群がってくる小型メルムだけでも厄介だ。
更に巨大メルムが石を飛ばして来たり、足元の土を投げつけたりと攻撃をしてくる。
血を流す者、落馬する者が出てきた。
「くそっ」
ルークは隠しナイフを、巨大メルムの頭部へ投げつける。
「ギャァアアアアオオオォオオオオっ!!」
それは弱い箇所に当たったらしく、巨大メルムがルークへと意識を集中させた。
「こいつは俺が引き受ける! 後を頼んだ!」
「団長!」
巨大メルムがルークへと振り下ろした腕を避けて、ルークは馬を駆る。
「こっちだ!」
ルークは巨大メルムに攻撃を与えつつ、人の居ない方へと誘導していく。
飛んでくるものや振り下ろされるものを避けつつ駆ける。
ある程度の距離を取ったところで、再びルークは巨大メルムと対峙した。
石が飛ばされる。
どうにか避けようとするが、一粒が馬の弱い箇所に当たってしまった。
「うおっ」
ルークは受け身を取って、地面を転がる。
馬は、逃げ出してしまった。
屈んだ姿勢のルークを狙って、巨大メルムの腕が振り下ろされる。
飛び退って避けたルークは、隣に位置した腕を切りつける。
その勢いを殺すことなく、巨大メルムの懐へと接近する。
胸や腹に相当する部分は、爆弾が当たっていない。
しかし、どこかに弱点があるはずだと、切りつけていく。
メルムが嫌がるように体を振った。
そして、ルークに掴みかかろうとする。
避けきれなかったルークは、メルムの巨大な手に捕まれる。
「ぐっ……」
握りつぶされる。
そう思ったが、メルムは自分から引き剥がすようにルークを持ち上げると、空に放り投げた。
「え、うわああっ!?」
*
「ん……」
王城にある対メルム特殊部隊本部室で、魔法使いが目を覚ました。
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