報酬
早春。
宅配便を四箱受け取ってドアを閉めてから、玄関先から順に部屋の方へ押し込んでいると、従弟が駆け寄ってきた。
「ごめん。やり、ます」
冷蔵庫、洗濯機、電子レンジにテレビ。
しっかりと掃除をしたそれらは引き継がれることになった。
「午後はベッドとか届くんだよね。それで一式終了か」
「色々譲ってもらって、ありがとう」
「いいのいいの。俺も処分の手間が省けたから」
男二人して黙り込み、それぞれにそっと視線を外す。
「ここに住んでたら、強制イベントが始まるって本当に…?」
沈黙に耐えられなくなったのはお互い様で、従弟が呟いた。
「うん。強制って嫌なことだと思ってたけど、助かるときもあるってことで、ね」
「全部信じたわけじゃないけど、あの、俺でも、できる、かなって。その、あれ」
ものすごく言い辛そうにしていたが、その真っ赤な顔色に気づかないふりをする。
「この部屋から一歩も出なくてもできる、イベントな。うん。最初からうまくはいかない」
俺が断言すると、従弟は更に下を向いた。
「攻略法はいくつもあるんだと思う。クリアできるようになったら、生きていくのがちょっとずつ楽になる。大げさだけど」
「そうしたら、たっくんみたいに、就職できる、かな」
「できるよ」
「どんなクエストがあったの?」
「自分でトイレットペーパーを替えるとか」
「あ、替えるくらいなら」
「そうか。じゃあ、その前に買ってくるとこからだな」
風呂場やトイレも汚れたら嫌だし、何しろ飯を食わなきゃ。料理はしてもしなくてもいいけど、栄養バランスってのは甘く見ちゃいけない。それから、忘れがちだけどシーツや枕カバーも洗った方がいい。
言いたいことはたくさんあったけど、言わずにおいた。
従弟がどんな風に考え、どんなクエストを与えられるのか、俺には知ることができないから。
ただ、両親と暮らしていた家を出て専門学校に行きたいという話を聞いて、学校がある場所が俺が去ろうとしていた街だというだけ。
「それで、あの、いいかな」
従弟が遠慮がちに、でも興味をあらわにして聞いてきた。
「就職が決まってからは、あれは発生しなかったの?」
「そんなわけないだろ」
俺はわざとらしく、にやりとして見せた。
「あれ系の醍醐味は、ストーリークリア後だろ」
「えっ、じゃあ?」
「今朝までしっかり楽しませてもらったさ。強制じゃなくて、こっちに選択権があるんだぞ」
「楽し…いんだ」
従弟の微妙な笑いで、不安な気持ちを向けられた気がした。本当のところはわからないけれど。
「だからって焦るんじゃないぞ。本編をじっくりやり込んでこそ、能力値や体力が上がるんだから」
「うん、わかった」
「じゃ、新幹線の指定取ってるから、行くわ」
見送るべきかどうか迷って挙動不審になっている従弟を部屋に押し戻して、俺は4年間過ごしたワンルームのドアを閉めた。
春だ。あっちでもきっと、もうすぐ桜が咲くだろう。
ワンルームダンジョン 杜村 @koe-da
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