第3話 責任の取り方

「ねえ、メイン君」


 そう呼びかけられたメインは、ぼんやりと思考を現実に戻した。


 彼がいるのはクランの事務所……その中でも、会議室である。

 しかし会議室と銘打たれているものの、あるのは長机と数個の椅子だけ。


 小さなクランだが、こういう部屋についている名前だけは立派なんだよなぁ……と、メインは自分の置かれている状況を他人事のように考えながら、前を向いた。


「なんですか?」


 会議室の中にいるのは、普段どおりラフな格好をしたリーダーと、メイン。

 そして、全滅……否、壊滅したグルドたちである。


 彼らはダンジョン内で全ての装備を失ったため……今は冒険者を引退するかどうかの瀬戸際なのだという。大変なことだなぁ、と思うが自分メインだって服を失っているのだ。睨むのは辞めてほしい。


「今回の件。再発防止案を出すとしたらどんな感じにする?」

「そうですね。まずは週1でやってる装備品の整備をチェックシートだけで済まないようにします」


 今回のミスは確かにメインの確認不足であったことは否めない。

 だが、ダンジョン攻略に欠かせない灯りや『オキシの花』などの整備が必要なアイテムの整備が正しく行われていなかったのも事実だ。


 それらがあれば、グルドたちのパーティーが壊滅することは避けられただろう。


「あとは冒険者たちの危機意識の徹底。それに、なによりも安全管理士の業務量を減らす事ですね。今回は『小アリアドネ』と『大アリアドネ』のミスでしたが……そもそも、『オキシの花』の確認を適当にやってるなどもっての他でしょう。これは人員が足りてないことによるミスだと思います」

「ふざけるな! お前が仕事をさぼりたいだけだろ!」


 冒険者ソマリが声を荒げる。

 だが、それを無視してメインは続けた。


「そもそも僕たちは安全管理士であって、事務でも経理でも無いはずです。なのに、僕たちが全ての仕事をしています。今回のミスは人手不足なのに業務分担が行われなかったことによる当然の帰路では?」

「そっかー。仕事量の調整か……。なるほどねぇ……」


 メインの言葉に、足をぷらぷらさせながら応えるクランリーダー。

 考えているようで考えていない態度だと分からないほどメインは彼と付き合いが浅くなかった。


「せめて、事務職がもう2人いれば変わると思うんですけど」

「そんなに入れたらウチのクラン潰れちゃうからなぁ」


 そう言うと、しばらく沈黙。

 ゆっくりと口を開いた。


「チェックリスト、増やそうか」

「…………」


 メインは沈黙。


「うん! そうだよ! そうすれば良いんだよ! だって、持ち込むアイテムのチェックリストがあれば『アリアドネ』の件は解決するし、冒険者たちに安全管理の危機意識シートを配れってそれを書かせればいいじゃん!」

「誰が文字を読むんですか?」

「え? メイン君たちだけど」


 当たり前でしょ? と、言わんばかりにリーダーは首をかしげる。

 余談だが、このクランの識字率は高くない。


 まともに文字を読めるのはメインとシアンの2人くらいなものだ。


「……それ、『ギルド』が配ってるものとは別のものですか?」

「うん。そうだよ」


 『ギルド』も定期的に冒険者の危機意識向上のため、危機管理講習のシートを配っている。もはや形骸化しており、ただのチェックシートとなってはいるが……それに適当にチェックを入れているのは、今でもメインたちである。


「……つまり、『ギルド』の配っているシートとは別に、ウチのクラン独自のシートを作ると?」

「うん。そう」

「それ、誰が作るんですか?」

「安全管理士。だから、メイン君たちだね」


 思わずメインの呼吸が止まった。


「…………それ、冒険者たちは読みますかね」

「『ギルド』のやつは駄目だよ! 冒険者の気持ちが分かってないからね。でも、ウチのクラン用のやつをメイン君が作ってくれるなら安心だね。だって、ウチのクランのことなら誰よりも分かってるんだから」


 クランリーダーは一息に言い切ると、にこっと笑った。

 

「よし、これで解決だ! 良かった良かった」

「………………あの、ちょっと、トイレに行ってきます」

「あ、もう会議終わりだから大丈夫だよ。あとはこっちでちょちょっとやっておくから」

「そうですか…………」


 メインは立ち上がって会議室を後にした。

 外に出ると、シアンが扉の前で待っていた。


「メイン先輩」

「あ、ごめん。何か質問でもあった?」


 メインは彼女の用事を業務に関する質問だと思っていたのだが、シアンから返ってきたのは全く別の答えだった。


「先輩。お話があります」

「どしたの? ついに退職するの??」


 いつにも増して真面目なシアンの様子に、メインはそう尋ねた。

 だが、彼女は静かに首を振って……口を開いた。


「メイン先輩は、わざと私の『ダンジョン攻略計画表』を通しましたよね」

「……何。急にどうしたの?」

「私、初めて作った計画表だったんで、先輩のチェックを気にしてたんです。特に、持ち込むアイテム欄のところ。だって先輩が言ってたんですよ? アイテムのところでミスが多発するって」

「そうだね。でも、あれは仕方ないよ。シアンさんも徹夜してて集中力が切れてたから……」

「それで、先輩。止まったんです。アイテム欄のところで。そして、アイテム欄を視線が二往復してました」


 メインの言葉を遮って、シアンは続けた。

 だから、彼はその理由を説明した。


「眠かったからね。文字がよく見えなかったんだ」

「あの、先輩。本当に気が付いてないと思ってるんですか?」

「……何が?」

「メイン先輩、いっつも目が死んでますけど何か面白いことを考えてるときだけ目が生き生きしてるんですよ?」

「うっそだぁ」

「教えて下さい。先輩は考えてたんですか」

「……場所を変えようか」


 後輩に詰められたメインはすっかり観念した。

 それはある意味で降参のサインだったのかも知れない。


 彼らは自分の持ち場である『安全管理室』に戻ると、メインが先に口を開いた。


「どこから話そうか」

「最初からです」

「うん。シアンさんの言う通り、僕は君のミスを見過ごした。最初は訂正しようと思ったんだけど……良いことを思いついたから」

「良いこと……ですか?」

「持ち込むアイテムで失敗する。そうすれば、冒険者に損失がでる。事故が起きれば、このクランも人を雇うかなって」

「……それだけ、ですか?」

「最初はね。でも、シンラさんが死んでから状況が変わった。僕は賭けることにしたんだ。ウチのリーダーにね」

「…………?」

「今回の探索は。そして、1人を失ったパーティーで、帰りは歩き。事故が起きるのは。そして、ダンジョンでの死亡事故は基本的に壊滅状態だ。そこまで大きな事故がおきれば、リーダーも考えを改めると思ったんだ」


 淡々と言葉をつむぐメインに、シアンはわずかに圧倒されて……尋ねた。


「……だったら、グルドさんたちは巻き込まれたってことですか?」

「それはある意味で正しくて、ある意味で間違いだね。僕らはあくまでも持ち込むアイテムを計画立てるが……冒険者はそれを鵜呑みにしてはならない。そういう風に、冒険者は危機管理講習を受けているはずだ」

「で、でも冒険者さんたちはその講習を……受けてません」

「そうだね。それは誰が悪いと思う」

「リーダー、ですか?」

「彼にも責任はあるが、それをよしとしているのは他ならない冒険者かれら自身だよ」」


 そう、彼らは自らの怠慢を言い訳に……それを受けていない。

 

 そこまで、言ってメインは初めて笑った。

 その瞳には、


「無論、僕が悪いことにして貰っても構わない」

「い、いさぎよいですね……」

「このクランを辞めることにしたからね。今回の件は、ウチにしっかりと見切りを付けられる良い機会になったよ」

「うェッ!? お、大手に転職するんですか?」


 それはあまりに予想外で、思わずシアンは驚いた。


「いや、クランを立ち上げる。今のクランには色々と言いたいところはあったけど、の事務仕事ができたのは良い経験になった。これで自分のクランを持つときの感覚掴めたしね」

「……先輩って、思ったよりも野心家だったんですね」

「シアンさんには悪いと思うけど、もし良かったら君には……」


 そこまで言いかけて、メインは口をつぐんだ。

 

 ……これ、僕の立場から言ったらハラスメントになりそうだなぁ。


 『ギルド』が口うるさい昨今、余計なリスクを背負うべきではないとメインは判断して、言葉を変えた。


「いや、やめよう。君もこんなクランは辞めた方が良いよ」

「いまなんて言いかけたんですか?」


 シアンは隙を見つけると、猫のように笑った。


「ん? いや、僕は……」

「ほらほらぁ。言ってくださいよ」

「いや、でも……。パワハラになっちゃうから」

「もう仕事辞めるのにハラスメントも何もないでしょ」


 本日2度目の観念をそうそう決めたメインは、意を決すると……口を開いた。


「君には着いてきて、欲しい」


 そういって、下を向いた。

 

 彼女は優秀だ。

 素直だし、言われたことを理解する力にも長けている。

 ぜひとも、自分がクランを立ち上げるなら……彼女が欲しいと思った。

 

 だから、メインは意を決していったのだが……。


「良いですよん。さしずめ私はクランリーダー夫人ですか?」


 返ってきたのは、メインの想定していないほどの快諾で。


「もー! 先輩。顔真っ赤ですよ! 冗談に決まってるじゃないですか」

「シアンさんも顔赤いよ」

「……へ?」


 シアンは自分の顔に手を当てて、それが熱いことに気が付いた瞬間にメインから視線を外した。


「じゃ、じゃあ先輩! 2人で退職願でも書きますか!」

「退職願だと却下されるかも知れないから書くなら退職届だね」

「流石先輩です。頼りになります!」


 彼らは、その日のうちにクランを辞めると――しばらくして、新しいクランを立ち上げた。


 そのクランがわずか数年のうちにトップクランに上り詰めたこと。

 業界随一のホワイトクランとして冒険者と安全管理士たちの憧れとなったこと。

 そして何より、メインという人材を失った中小クラン――《キャット・サイト》の行く末は、この物語とは別の話である。

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僕らはクランの安全管理士! シクラメン @cyclamen048

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