第2話 冒険者たちは自由人
翌朝、ダンジョン前。
「あの、先輩」
「うん? どうしたの、シアンさん」
「時間になりましたよね」
「なったね」
「なんで冒険者の方々はまだ来てないんですか?」
困ったようにシアンがメインを見上げる。
彼らはクランの安全管理士であり、何もダンジョン攻略をする仕事ではない。
ではなぜ彼らがダンジョン前にいるのかと言うと、シアンの研修を兼ねているからである。
というのも、安全管理士は『ギルド』の定める資格を取ることで出来る仕事が増えていく。そのためには、ダンジョンに潜ることも必要なのである。曰く、現場を知らねば本当の安全管理は行えない……とか、なんとか。
そういうわけで、集合時間の1時間前にダンジョンの入り口にやってきた2人だったが……一緒に潜るはずの冒険者4人の姿が見えなかった。
「なんで時間通りに来ないのかって……。そりゃ、冒険者さんたちが時間なんて守るわけないよ」
「はい?」
「冒険者って基本的に自由業だからさ。時間にルーズな人が多いんだよね」
「……時間を守るのは社会人の基本じゃないんですか?」
「彼らが自分たちのことを社会人だと思ってるかは怪しいところだね」
そういって肩をすくめるメイン。
心なしか、彼のクマは少しばかり薄くなっているような気がして……シアンは尋ねた。
「先輩。昨日はちゃんと寝たんですか?」
「うん。いつもの倍は寝たよ。ダンジョンに潜るからね。いつもみたいに寝不足だと危ないから」
そういって大きくあくびをするメイン。
本当に寝られているかは怪しいところである。
「あの、参考までに聞きたいんですけど」
「うん」
「メイン先輩っていつも何時間寝てるんですか?」
「2時間」
「はい?」
「2時間は寝てるよ」
「じゃあ倍って……4時間!? そんなの昼寝じゃないですか!」
「昼寝にしては寝過ぎじゃないかな」
「いやいや。そんな睡眠時間で大丈夫なんですか!?」
「なんとかするよ。仕事だからね」
「書類仕事じゃないんですよ!? 身体を動かすんですよ!!?」
シアンが騒いでいると、人混みの中から4人の男女がぬっと現れた。
「おー。いたいた。久しぶりだな、メイン」
「お久しぶりですね。グルドさん」
ただでさえ背の高いシアンよりも、さらに頭2つは大きい禿頭の厳つい体型をした冒険者に思わずシアンは後ずさった。しかも背中には大斧を背負っているのだ。これで怯まない方が無理があるというもので、
「こっちはシアンさんです。今年から入った新人の安全管理士です」
しかし、メインに紹介されたことで、ハッと正気を取り戻すと慌てて頭を下げた。
「あ、あの。新人のシアンです! よろしくお願いします!!」
それを見て、グルドは大きく笑った。
「これは元気そうな新人が入ってきたな。ウチのリーダーもたまにゃ仕事をするんだな」
「えぇ。本当にたまにですけど」
さらっと
「こっちは右からマフィン、ソマリ、シンラだ。別に名前なんて覚える必要はねぇが、一応な」
そう言ってグルドは笑う。
だが、シアンはそんなことよりも意外に思ったのが……。
「女性の冒険者さん……?」
「マフィンのことか? あァ、そいや女で冒険者は珍しいかもな」
グルドはそういうと、頭をかいた。
「よ、よろしくお願いします」
珍しく同性だったので、シアンは礼をしたのだが無視された。
思わず心に傷がつく。
「先輩。無視されましたぁ」
「まぁまぁ。新人いじめみたいなもんだから」
泣きついてきたシアンを、メインは慰める。
冒険者のあるあるで、入りたてのメインも食らったものである。
「そういうのは本人を前にして言うことじゃねェと思うぜ?」
グルドは笑いながらメインとシアンに突っ込むと、ダンジョンを指差した。
「んじゃ、さっさと攻略すっぞ。今日は魔鉱石50kgの回収だ。14階層まで降りなきゃいけねぇから時間も惜しい」
「50kg? そんなに重たいもの持ったら怪我しませんか!?」
「大丈夫だよ。そんなことがねぇように、俺たちは『マジックポーチ』って魔導具をもたせてもらってる。ちょうど50kgまで物を入れられるが
「そんなものまであるんですね……」
「神秘ってのはすげぇよな」
グルドはそれだけ言って、ダンジョンに入ろうとして……メインを見た。
「おう、そうだ。言い忘れてたけどよ、俺たちは俺たちだけで好きにすっから。お前らもはぐれるなよ」
「分かってますよ。いつものことじゃないですか」
「じゃあ、潜るぞ」
そして、グルドは再び足を進めた。
無論、その後ろにいた冒険者たちもグルドに続いてダンジョンに潜っていく。
「せ、先輩。いまのどういうことですか!?」
そんな彼らに遅れないように慌ててシアンは駆け出した。
当然、その横にはメインもいる。
「言った通りだよ。この人たち、安全管理士の言うこと聞かないから」
「き、聞かない? 何でですか?? ギルドの講習でちゃんと指示に従うように学ぶはずじゃ……」
「そこで学習できる冒険者は大手クランに行くから」
「お、大手に……。先輩、やっぱり大手に転職しませんか? それで私を養ってくださいよ」
「いやぁ、無理だろうね」
そんなことを言いながら、彼らはダンジョンの入り口で手続きを行った。
手続きを行うのは無論、メインとシアンである。
普段は冒険者たちがやっているのだが、こういう時は雑用と言わんばかりに顎で使われるのが安全管理士の駄目なところだ。
「あなたがこのパーティーの安全管理士ですか?」
「えぇ、まぁ」
ダンジョンの入り口にいるギルドの受付がメインを疑わしい目で見ると、後ろに控えている冒険者たちを見た。
「一緒に潜るんですから、ちゃんと冒険者さんの管理をお願いしますよ」
「善処します」
そうとしか答えられない質問にメインは苦笑しながら応えると、パーティーに先を促した。
初めてダンジョンの中に潜ったシアンは周囲を見て……思わず、息を呑んで――息を吐いた。
「なんかカビ臭くないですか?」
「地下だからね」
「……もっと楽しいところだと思ってました」
「そう言わないの」
そうメインがシアンをたしなめている横で、なんと冒険者たちが次々と頭防具を外し始めた。
「相変わらず邪魔だな」
「頭防具が無いと中に入れねぇってのは窮屈すぎるよな」
「ダンジョンに潜らない『ギルド』の連中が決めた取り組みだろ。守る必要なんてねーよ」
そういって彼らは腰にある『マジックポーチ』に頭防具を入れだした。
「あ、ちょっと! 頭の防具はちゃんと付けてください!」
「新人。細かいことは気にすんなや」
「そうそう。私たちはこれで何度もダンジョンに潜ってきてる。慣れてんのよ」
安全管理の観点から注意したシアンだったが、冒険者たちは逆に彼女に反論した。
「頭の防具をつけてると視界が狭くて、モンスターと戦闘になった時に反応が遅れちまうんだ」
「で、でも……。ギルドの安全管理要項には……ちゃんと、付けるように……」
トドメと言わんばかりにグルドからそう言われて、すっかり自信を無くして落ち込んでしまうシアン。
しょぼんと肩を落とすと、すがるような目つきでメインを何度かチラチラと見た。
フォローしてくれってことかな?
メインはそう判断したが……残念ながら、冒険者たちは自分の話も聞かないのである。
仕方がないのでふっと笑うと、
「シアンさん」
「はい?」
「ダンジョンって死んでも生き返るでしょ?」
「はい」
「だから、このままで良いよ」
「えぇ……」
ここに来てメインからのOKが出たことにシアンは驚きながらも、先輩の言うことなので仕方なくそれに従った。
冒険者たちは慣れているということで、足手まといである安全管理士を2人連れていても余裕で深くに潜っていく。それをおっかなびっくり眺めているシアンと、いつもと同じように死んだような目で眺めているメイン。
「お、ギミック部屋か」
それは10階層にたどり着いた時だった。
とある部屋の中に入るなり冒険者の1人がそう言うと、大きなレバーを見た。
どうやら上下に動くらしいそのレバーだが……部屋に入った彼らが見たのは、降りてしまっているレバーである。
「ギミック部屋?」
「そこの先輩に聞け」
ということで指名されたメインがシアンに応える。
「部屋の中にあるギミックを動かせば、特定の通路が動くんだ。この部屋は
「通れるようになるって……通れないんですか? 廊下が」
「うん。天井が地面とくっついててね。ここのレバーを上げることで、一定時間の間だけ天井と床が開いて道が生まれるんだ。でも、戻っている間に誰かがこれを触ったら天井がまた落ちてくるから木の板を立てかけておく。それが、『ギミックに触るな』って合図になるんだ」
「え、立てかけておくだけで良いんですか?」
流石に雑すぎるような気がするのでシアンはそう尋ねたのだが、メインは首を縦に振った。
「うん。戻るときの振動で木の板が倒れるからね。それで判断するんだよ。今は木の板が倒れてるだろ? これで先にいったパーティーはもう廊下を通ってるってことになる」
「でもこれ、モンスターが来たりしたら……」
「ギミック部屋にモンスターは入ってこないよ」
「そうなんですか?」
「試験問題に出たと思うけど」
メインにそう言われて、記憶の片隅を探るシアン。
すると、該当する記憶が出てきたので思わず手をぽんと叩いた。
「あっ! そういえば、資格試験の時に出てきたような気がします」
「勉強は大事だけど、現地で学べることもたくさんある。今日はそれを学んで欲しいな」
「了解です!」
ぴしっ、と敬礼をするシアン。
「おい、お前ら。いつまで喋ってんだ。さっさと行くぞ」
「シアンさん。板はちゃんと立てかかってる?」
メインに言われて指差し確認をするシアン。
そこには、持ち上げられたレバーの横にちゃんと立てかかっている木の板があった。
だが、
「はい。大丈夫です!」
「急ごっか」
そうして歩くこと10分。
彼らは目的の通路にたどり着いた。
「シアンさん。ここから向こう側の天井の模様が違うの分かる?」
「は、はい。確かに全然違う……」
メインが指差している天井は言われてみれば気がつくほどの差異があったが……言われなければ天井なんて見もしなかった。
「落ちてくる天井だね。こうした境目に注意しておくとダンジョンでの死亡率を下げられるんだ」
「なるほど」
「それに、これを見分けられるようになるとダンジョントラップ判定士の資格も取れるから慣れてきたらそっちを取っておくと将来の選択肢が増えるよ」
「先輩は持ってるんですか?」
「うん」
「流石です!」
「ちゃんと覚えて帰ってね」
と、メインがシアンにつなぎ目の部分を指さして教えていると、ぶるぶるとダンジョンの床が振動しはじめた。
「お、おい!?」
先を歩いていた
「……っ! 下がってください!!」
メインが叫んだ次の瞬間、
ドンッッッツツツツツツ!!!!!!!
天井が一瞬にして落下して……目の前を先行していた
「……おい、まじかよ」
まさかの出来事にグルドが思わず、そう漏らした。
だが、冒険者もこういった事態には慣れている。
素早く冷静さを取り戻した
「おい、メイン! どういうことだよ! 板は立ってただろ!?」
「……多分、どっかの新人です。おそらく、立て板のことを知らずにギミックを動かしたんでしょう」
「んなことあんのかよ!」
メインは苦々しい顔を浮かべて頷いた。
「……あります。そもそも、ウチのクランだってろくに危機管理講習をやってないじゃないですか。新人に受けさせるほどの資金余裕がない零細クランなら、可能性は高いかと」
まず前提として、冒険者は成り手が多い。
だが、ダンジョンを管理している『ギルド』はクランに所属していない冒険者がダンジョンに潜ることを禁止している。
そのため、全ての冒険者はクランに所属しなければ行けないのだが……ここで、1つの問題が生じてくる。
それは、弱小クランの存在だ。
研修などの冒険者を育成する経費をかけられるほど金のないクランでも冒険者をダンジョンに放り込めば、ある程度の稼ぎは見込める。
モンスターを倒し、その素材を持って帰るだけで利益になるからだ。
さらに運よく宝やレアドロップなど手に入れようものなら丸々利益となる上に、たとえ冒険者が死んだとしても『女神の泉』で生き返るのだ。
なら、冒険者を育てる手間を惜しんでダンジョンに投入しようと考えるものがいてもおかしくない。
「チッ。それに巻き込まれたってわけか」
「まあ、運が悪かったということで」
今度は天井がゆっくりと上がっていく。
もしかして、ギミックを知らずに適当に触っているんだろうか?
メインは思考の裏でそんなことを考えた。
普通はクランに所属している安全管理士が説明するものである。
メインたちのクランですら新人をダンジョンに入れる時は最低限のレクチャーを行うか、先輩冒険者と一緒に潜るOJTを行うのが普通だ。
天井が上がると、先行していた
向かう先は『女神の泉』。
今ごろ彼は素っ裸で生き返っている頃だろう。
「あーもう、防具代どーすんだよ」
「このギミック動かしたやつらに請求できないのかい? メイン」
マフィンから尋ねられたメインは首をすくめた。
「証拠があれば行けると思いますけど……問題は証拠をどうやって手に入れるかですね。多分もうこれを動かした冒険者たちはギミック部屋から出てるでしょうし」
「……そうだろうね」
「“記録魔法”を使えば見つけられるでしょうけど、魔法使いなんてそう簡単には見つかりませんよ」
魔法とは
神秘を使えるようになるには神々の《試練》を乗り越えなければならない。
そして、それを乗り越えられるような冒険者は大手にひっぱりだこだ。
つまるところ、メインたちの知り合いにはいないということで。
どうしたものか……と、考えているとグルドが大きくため息をついた。
「シンラが死んじまった。これじゃあ探索になんねぇよ」
「なら帰りますか?」
そうメインが聞いたのだが、
「いや、戻れねぇ。今日中に魔鉱石を持ち帰る必要があるからな」
「仕事優先ですか」
「当たり前だろ? あと4階層だ。さっさと潜っぞ」
そういって大きく肩を振り回して、深部に向かっていくグルド。
それを見ていたシアンは不思議に思って先輩に聞いた。
「あの、先輩」
「どうした?」
「その……ダンジョンだと死ぬのが当たり前だから、皆さん動じてないってのは分かるんですけど」
「うん」
「なんか……皆さん、やる気になってません?」
「それが冒険者たちの良いところもあるし、悪いところでもあるわけだ」
そう言いながらメインは前を向いた。
つられてシアンも前を向く。
そこには大斧を振り下ろすグルドの姿があった。
居なくなったシンラの動きを補うように、
「彼らは誰かが死んだ時に『人数が減ったから探索は無理だ』とは思わない。むしろ逆なんだ。『死んだやつがいる以上、探索はなんとしてでも成功させよう』となる」
「……ド根性ですね」
「意外とそうでもないよ。だって死んだら防具も武器も失うんだ。ってことは新調しないといけない。なら、そのお金は誰が払うと思う?」
「クラン……ですか?」
「大手はね。ちゃんと労災が降りるから。でも、ウチみたいな中小クランは違う。彼らの武器は彼らの自費だ」
「え?」
「そして、彼らはパーティーで攻略している。寝ても覚めても一緒にいて、同じ釜の飯を食って、そして死線をともにする。そんな彼らが失った仲間の防具や武器を買わずに見捨てるようなことをすると思うかい?」
「……いえ。思いません」
「そういうこと。彼らは死んじゃったシンラさんの武器防具代を稼ぐために今回の探索を絶対に成功させようと意気込んでいるわけだ」
そんなことを話あっている間にグルドの活躍によって、ダンジョンの通路は血の海になっていた。
「おい、安全管理士ども! さっさとこねぇと置いていくぞ!」
「行きますよー!」
メインはそう返すとシアンの手を引いて――ダンジョン下層に向かっていった。
「見つけた。これだ」
潜ること1時間。
メインたちはようやく14階層にたどり着くと、魔鉱石の鉱床にたどり着いた。
「メイン。手伝ってくれ」
「僕もですか? 非力ですよ」
「ポーチの口を開けてくれりゃいい」
「はいはい」
「新人もだ。手伝ってくれ」
グルドはそういうと、メインたちに『マジックポーチ』の口を開かせると、その中に魔鉱石を詰めていく。
魔鉱石はあらゆる魔導具の燃料になる最も需要のある鉱石であり、メインたちのクランの主な稼ぎ柱でもある。もう少し深く潜れば、まだ稼げるチャンスもあるのだが……残念ながら、彼らのクランにはそこまで向かうほどの余力がないのだ。
「よし。60kgくらい集めただろ。戻るか」
「え、歩いて戻るんですか?」
額に汗をかいたグルドに、メインは短く尋ねる。
普通、ダンジョンでの攻略は目的を達成すると『アリアドネ』と呼ばれる神秘を用いて帰還する。これは今いる場所とダンジョンの入り口との空間を歪曲することで接続し、一瞬でダンジョンから出ることのできる
ダンジョン攻略には不可欠の代物だ。
不可欠なのだが、
「んぁ? アリアドネは個人用のやつが1個しか買うようになってなかったんだから1人しか帰れねえよ」
「はい?」
メインは思わず首を傾げた。
探索に持ち込むアイテムを選ぶのは安全管理士の業務内容だ。
必要最低限のアイテムをダンジョンに持ち込み、より多くの戦果を持ち帰る。
そして、そのためにアイテム量は切り詰める必要があるのだ。
だから普通は安全管理士が『ダンジョン攻略計画表』に持ち込むアイテムとその数を記すのだが、
「……パーティー帰還用の『大アリアドネ』が1個じゃなくて、『小アリアドネ』が1個になってましたか?」
「って、リーダーは言ってたぜ」
「……………おかしいと思わなかったんですか?」
「あ? 新人とお前がチェックしてんだろ? 大丈夫だって言ってたぞ。リーダーは」
「………………」
メインは閉口。
普通はパーティー帰還用のポ―タルを買うのがダンジョン攻略では常識である。
そのためこんなミス、普通はあり得ない。
「すみません。先輩! 私のミスです!!」
一方でダンジョン計画表を作成したシアンは真っ青になって、頭を下げた。
そう。この『攻略計画表』を作成したのは間違いなくシアンである。
故に彼女がその責任を感じるのも当然のことで、
「いや、シアンさんは何も悪くないよ。僕とリーダーのチェックミスが原因だ」
しかし、メインはそう言ってシアンを慰めた。
いや、彼に慰めるつもりなど毛頭ない。
彼女は新人であり、このようなあるあるのミスを修正するためにダブルチェックを行っていたのだ。それを見過ごしたのは間違いなく自分の責任である。
……トリプルチェックだと思って油断したな。
思わず頭をかく。困った。
「こうなっちまった以上はしょうがねぇから歩いて戻ろう。返ってる途中に宝物庫が見つかるかも知れねぇからな」
「宝物庫、ですか?」
グルドがそう言うと、シアンが首をかしげた。
「潜る時には無ぇけど、何故か冒険者がダンジョンから帰還するときだけに見つかる部屋があんだよ。そういうのは大抵、宝物庫だ」
「そ、そうなんですね。でも、そんなものがあるなら『アリアドネ』を使わずに歩いて帰った方が良いんじゃないですか?」
「いや、そうは行かねぇ。そういう部屋は普通出てこねぇんだよ。100回潜って1回か、2回出たら御の字ってところか。だから『アリアドネ』で戻ったほうが良いんだよ」
「なるほど……! 物知りですね!」
「こう見えても冒険者なげぇからな」
それを冷めた目で見ていたのは後ろに控えていた冒険者たちである。
「よし、戻るぞ。お前ら、戻るときの方が危ねぇから気をつけろよ!」
そして、彼らは来た道を戻り始めたのだが……。
ふと、足を止めて――目の前の
「……おい。嘘だろ」
「こんなところに部屋なんてあったか?」
「いえ、ありませんでした」
……
「間違いねぇ。宝物庫だ」
来る時にはなかったはずの1つの部屋が、そこにあった。
目の前にあるのは高さ1mほどの小さな入り口。
中を覗き込むと、そこには小さなはしごが闇の底へと通じていた。
「俺が行ってくるから、お前らはここで待ってろよ」
「潜るならロープを身体に巻き付けて行ってください。危険です」
「あ? 要らねえだろ。ハシゴがあんだぞ!」
「いや、要りますって」
「要らねえっつってんだろ!」
と、ソマリはメインの指示を無視して小部屋に入るとハシゴを降りていく。
……何も無いと良いんだけどなぁ。
と、思いながらメインは死んだような目でソマリを見送った。
「……ぅゎぁぁぁぁあああ」
しばらくして、どこかに落ちていくような声が遅れてメインたちのところに届く。
そして、何か重たいものが地面に叩きつけられる音が、べしゃ、と響いた。
部屋が狭いのでやけに反響して聞こえてきたのが気持ち悪い。
「ほら言わんこっちゃない……」
メインは死んだような目を手で覆った。
「え? ちょっと先輩。何が起きたんですか?」
「こういう入り口が小さくて、中が暗いだろう?」
メインが入り口の中を指さすと、シアンが屈んで入り口の中を見た。
「はい。暗いです」
「で、こういうところは降りた先の床が抜けてて、奈落に落とされることがある」
「え? じゃあ、今のって」
「穴に落ちたんだと思うよ。だからロープをつけた方が良いって言ったのに……」
シアンが深くため息をついた。
「しょうがねぇ、俺が行く」
「グルドさん?」
「2人が死んだんだ。装備のことを思えば、ここで引けねぇよ」
「……なら、ロープを」
グルドの言っていることは分かる。
ダンジョン攻略に耐えられる装備はとても高価だ。
2人がダンジョンの中で死んで犠牲になった以上、彼らの装備を新調することを考えれば宝物庫から宝を見つけて持ってくるのが一番なのだろう。
「メイン、お前じゃ俺を支えられねぇ。マフィン。しっかり頼むぞ」
「あいよ」
グルドはそういうと『マジックポーチ』から取り出したロープを自分にくくりつけて、唯一の女冒険者に手渡した。
「灯りとかも持ってった方が良いんじゃないですか?」
「いや、持ってきてねぇ」
「持ってきてないって……。それはちゃんと必要事項に入れてましたよ」
「昨日壊れた」
「はぁ……」
どうしてウチのクランはこうなのだろうと思ってメインがため息をついている間に、グルドはハシゴを降りていった。
「……グルドさん。大丈夫なんでしょうか」
「大丈夫だよ! あたしがちゃんとロープを持ってんだから」
「あ、初めて口聞いてくれた」
なんて、ほのぼのしているのか、していないのかさっぱり分からない会話をシアンとマフィンがやっていると……マフィンの顔色が変わった。
「……どうしました?」
「ロープが軽くなった」
メインが尋ねると、マフィンは短く答える。
そして彼女がロープを大きく引くと……その先には、何も捕まっていなかった。
「ろ、ロープが抜けたんですか?」
「いいや、抜けた感触はなかったよ」
シアンとマフィンが原因を考えている横で、メインが素早く答えた。
「原因は毒だね」
「……毒、ですか」
「このハシゴの下にある小部屋……。多分、そこに毒ガスが溜まってるんだ。それを吸って、グルドさんは死んだんだと思う」
「え、で、でもだとしたら何で死体は無いんですか?」
シアンの問いかけに、メインは笑った。
「ダンジョンの中で死んだら、死因は問わず白い光になって『女神の泉』行きだよ」
「メイン! 次はあたしが行く。ロープをくくりな!」
まっすぐ上を指したメインに、マフィンが吠えた。
それに思わず困惑した表情を抑えられないメインは、眉をひそめて……言った。
「……マジですか? もう帰った方が良いと思いますよ」
「みんな死んじまったんだ。何も持たずに帰れないよ。それに、魔鉱石が半分入ってるポーチも下にある。拾ってこないと」
「それはそうですが」
「頼むよ、メイン」
「……分かりました」
メインは渋々それに頷いて、女の冒険者にロープを括った。
「その代わり、マフィンさんのポーチは置いていってください。リスクの分散です」
「分かってるよ」
そう言ってマフィンは『マジックポーチ』をメインに手渡した。
そのポーチの中には残り半分の魔鉱石が入っている。
これでもし彼女が死んだとしても、最低限必要な鉱石の半分は確保できたままだ。
何も持ち帰れなかったという最悪のケースは回避できる。
「ちゃんと『オキシの花』は持ってますよね?」
「大丈夫だよ。ちゃんと持ってるから」
マフィンはそういうと、胸ポケットを叩いた。
『オキシの花』はダンジョンで手に入る神秘の花である。
あらゆる毒を無効化して、人間にとって最も適した空気を生み出してくれるという探索には欠かせないアイテムだ。
『攻略計画表』に書く時に最初に書くと言っても過言ではない。
そして、それはしっかりと書いてあったことをメインは記憶している。
マフィンはメインにロープを手渡すとハシゴを下っていった。
「あの……先輩」
「どしたの?」
「『オキシの花』って、手に入れてから半年くらいしか使えないですよね?」
「そうだね」
「あれって週1で鮮度を保ってるかどうかチェックしますよね?」
「するね。でも先週チェックしたんでしょ? 僕がギルドに研修に行ってる時に」
「いえ、あの。やってません」
「はい?」
メインは思わずロープを手放しそうになった。
「あの……クランリーダーが、先々週まで大丈夫だったからチェック入れるだけで良いって。ちゃんと鮮度を確認しなくても良いって」
「本当に言ってる?」
「……は、はい。もし古かったら新しいのにしないとダンジョンに潜れなくなるから、メイン先輩もいつもそうやって誤魔化してるって」
「いや、僕は毎週ちゃんと確認してるぞ!!」
メインは慌てて縄を引っ張った。
もしマフィンの持っている『オキシの花』が古いもので、その効力を失っている場合……彼女は毒を吸い込んで死んでいる可能性がある。
なので慌ててメインはロープを引っ張り上げたのだが、そこには何の手応えも返ってこない。
デスクワークが主な仕事のメインが女性とはいえそんな簡単に持ち上げられるはずもなく、
「……先輩、これって」
「死んで、上に戻ったね」
メインは先っぽが空になった縄を見ながら、そう言った。
「ど、どうするんですか!? このままじゃ全滅しちゃいますよ」
「いや、その言い方は正しくない」
非戦闘職2人でダンジョン内に残されたシアンの言葉にメインが冷静にツッコミを入れた。
「全滅ってのは戦闘職が3割減った状態を指す。今は5割以上減っているから全滅とは言わない」
「な、何て言うんですか?」
「壊滅だ」
「もっとヤバいじゃないですか!」
シアンの抗議の声にメインは笑った。
「大丈夫だ。シアンさんは『小アリアドネ』で帰ればいい。こういう時のためにリスク分散をしておいたんだ。……まさか、こうなるとは思わなかったけど」
そういってメインは『小アリアドネ』を『マジックポーチ』から取り出すと、シアンに持たせた。
小アリアドネが生成する空間の歪みは不安定で1人通るだけで崩壊してしまう。
……つまり、帰れるのは1人だけだ。
「ちょっと!? 先輩はどうするんですか!!?」
「ここから帰れる」
メインは死んだような目で先ほど2人の冒険者が死んだ入り口を指さした。
「マジで言ってるんです?」
「全裸になりたい?」
「い、いやです!」
「じゃ、また後で会おう。アリアドネの使い方は知ってるでしょ?」
「そ、それは……知ってますけど」
「なら、先に帰ってて」
「で、でも。私だけアリアドネを使って帰るというのは……」
「僕のことは良いから。ほら、君の裸と僕の全裸だったら僕の全裸の方が価値は低いでしょ」
「そ、そんなことはないです! 私は先輩に養ってもらうんですから、私以外の人に先輩の裸を見られるのは嫌です」
「冗談言ってないで帰ろうか」
「……はい」
普段からは考えられないほどの圧をシアンは感じて、慌ててアリアドネを起動。
彼女がちゃんと帰還するのを見届けると、メインは深くため息をついて……ハシゴを下っていった。
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