第二章 波乱の舞踏会③

 前回の記憶では、舞踏会で元義母が問題を起こしても……ユリウスはだまって容認していたように思う。しかし、今の彼は──本来であればまだナタリーと出会う前だからなのだろうか。それとも、死ぬ前とは違う行動をしているからなのだろうか。──ユリウスに対してのかん

 扉から出ると、ろうは無人だった。もうこうしやく家の馬車に乗ってしまったのだろうか。そう思ったところで、ふと床に赤い色がついていることに気が付く。それは液状で、ポツポツと馬車がある方とは別の場所へ続いているようだ。

(いったい……どこに向かったの?)

 赤い点を辿たどるように、足早に進んでいくと外に出た。そこは、王家直属の庭師によって手入れされたはなぞのだった。季節の花が、あざやかにほこる庭園の中央、赤いバラが咲くエリアに彼はいた。目を閉じて、設置されているベンチに座っている。

 衝動的に来てみたものの、いざ彼を目の前にすると不安が頭をよぎる。しかし、やはり血が点々と続いていた場所を思い出し……気合いを入れるように、深呼吸をした。

 しっかりとした足取りで、ユリウスの方へ歩いていくと──。

だれだ」

 わずかな足音に反応したのか、閉じられていた目がぱっと開く。そして、赤いルビーのひとみとナタリーは目が合った。そのしゆんかん、ユリウスが息をんだのがわかる。

「お会いするのは三度目でしょうか。ナタリー・ペティグリューと申します」

 とうぞくしゆうげきの時と王都の時、そして今回の三度目。ユリウスにあいさつをして、れいのつとったカーテシーを行う。それを見たユリウスがあわてて立ち上がり──。

「ユ、ユリウス・ファングレーだ……その」

「挨拶をありがとうございます。怪我をされていますから、立ち上がらなくとも構いませんわ」

「そ、そうか。では、失礼する」

 なんだか、ギクシャクしているような気がしなくもないが……。ユリウスはナタリーの言葉通りに、ベンチにまたこしかけた。加えて、怪我をしているであろう手も隠しながら。

「まだ、お帰りではなかったのですね」

「あ、ああ。家の馬車が先に出発してしまって。副団長が乗ってきた馬で帰る予定だ」

 そのあとは言いづらそうに、「ただ、馬のきゆうかくげきするとよくないもので」と答えた。きっと舞踏会でついた食事や酒のにおい、そして彼の手を染める血のことだろう。ユリウスは一通り言い終わると、気まずそうに視線をナタリーに投げかける。どうしてここにと言わんばかりだ。

「私は、助けてくださった方の怪我を治しに来ましたの」

「そ、それは……」

「たまたま運よく、あとがございまして。ちゃんと見つけられてよかったですわ」

 ナタリーが下を向けば、ユリウスも合わせてそちらを見る。そして、「ああ、それか。後で掃除しなければならないな……」と暗い声を出した。庭園のしばに赤い色が、いくつも落ちている。よく見ると、ユリウスの座るベンチ付近にも小さな血だまりができていた。

「怪我した手を、見せてくださいませんか」

「……その」

 見せるのが大変嫌そうである。しかし見せてくれなければ、治せないのだ。なぜ嫌がっているのかはわからないが、ナタリーを助けて重傷だなんてめが悪い。いつかのきようなどどこかに忘れて、ナタリーはユリウスに近づく。

「ペティグリュー家のご、ごれいじよう。な、なにを」

「無礼を承知で、失礼しますわね」

 あせった態度のユリウスを制止して、怪我をした手をそっと掴んで持ち上げた。ナタリーの行動に思考が追い付かないのか、「あ」や「う」など短い声を発するだけでユリウスはされるがままだ。

「……痛い、でしょうに……」

 ユリウスの手のひらは、ひどい状態だった。いまだに血が止まらない状況から予想はしていたが、思っていた以上にガラスによって深く傷がついていて、じくじくと痛みを発していそうだ。これほどの傷だ、掴んだ時はいったいどれほどの痛みだっただろう。そう思ったことがナタリーの表情に出ていたのか、ユリウスは「俺は君をおびえさせてばかり、だな」と言った。

「え?」

「ご令嬢に、見せるものではなかった。すまない、だから放し」

「今から、ほうをかけますので! じっとしててくださいね」

「そ、そうか……」

 今にもどこかに行ってしまいそうな様子のユリウスを引き留めるため、ナタリーはベンチの前にしゃがみ込み、未だに止血されていない手を自分の両手ではさむように持つ。動くのを防止する役割と魔法を効果的に発動できるようにするためだ。血が付くことをまったく気にした様子のないナタリーにおどろいているのか、ユリウスが時折謝罪を口にする。血を付着させてだとか、ご令嬢に無理な姿勢をさせてだとか、あれこれ気をつかう姿は本当に以前とは別人のようだ。

「処置しやすいから、この姿勢でいますので。お気になさらず」

「それなら、いい、のか……?」

 まだこんわくかくせないユリウスに、着々と自分の魔法をかけていく。集中して──傷をふさぐように、ほうごうするように。そうすれば、彼の傷が段々とえていくのがわかる。

「ふう……これで、だいじようです。ですが、今かけたばかりなので……無理はしないでくださいね」

「ああ、傷がれいになっているな。本当に感謝する」

「いえ、もしいやしの魔法が使える方がいたら、また日を改めてかけてもらってくださいね。そうすれば、きっとかいしますから」

「承知した。……ご令嬢は、やさしいのだな。その気持ちはまっすぐで、輝いていると思う──そして、俺が胸を焦がすほどにも……」

「え?」

 ユリウスにめられるとは思っておらず、裏返った声を出してしまう。しかも最後にかけては、声が小さくなって聞こえづらく──彼の胸がいったいどうしたのかとナタリーが疑問を口にしようとした時、ユリウスがおもむろに立ち上がった。

「ご令嬢、立ち上がれるか?」

「あ……ごめんなさい。足がしびれてしまって……。時間がてば立てますわ」

 なぜそんなことを気にするのだろうと不思議に思っていると。

「少しだけまんを。申し訳ない」

「……へ?」

 ユリウスの言葉を理解するのと同時に、身体からだがふわりといた。しっかりとき上げられ、ユリウスが座っていた場所のとなりに下ろされる。ユリウスのとつな行動に、ナタリーの頭は混乱の二文字でくされていた。

「ど、どうして」

「ああ、説明不足ですまない。手を……」

 ユリウスがナタリーの手を見る。つられて見てみれば、魔法をかける際に血に染まった手が、よごれをき取るようにサッと綺麗になった。

「わあ! 器用ですね。ありがとうございます」

「いえ、それと……」

 器用な魔法の使い方にかんせいを上げると、彼は急にひざまずく。とつぜんの行動に驚いていると、ふところからハンカチを取り出しているのが分かった。そしてナタリーの足──自分では気づいていなかったが、ヒールで走ったことで赤くなったところが目に入る。そしてその赤くなった足をヒールから外して……。

「ちょ、ちょっと!」

「無理をさせてしまい、まことに申し訳ない」

 彼の表情を見れば、まゆが八の字になっていた。たくましい手に足をさわられ、どうが速くなる。ナタリーの脳内処理が追い付かなかった。強制的に制止することも思いつかず見ていれば、手早くかつていねいにナタリーの足にハンカチを巻いてくれた。

「俺は、癒しの魔法が使えないから、これくらいしか君に返すことができないが」

「いえ! 足の痛みはもうひどくならなそうですから……お、おづかい、感謝しますわ」

 なんとも突然な気遣いだったが、ナタリーの返事に対してユリウスは「そうか」とほっとしたように小さなみを浮かべた。そんな彼の様子を見ていると、ずっと疑問に思っていたことがナタリーの口からポロリと出る。

「閣下はどうして私を助けてくれるのですか……?」

「っ! それは……」

 ナタリーの疑問に対して、ユリウスはいつしゆん──しゆんじゆんしたかと思うと。

「君が俺を救ってくれたから」

 そうきっぱりと、さも当然のような様子で彼は答えた。そんな様子にナタリーはきよかれてしまい、「え?」と口を開けていれば。

「では、そろそろ。時間を取らせて本当にすまない。失礼する」

「え、ええ」

 彼は、ナタリーが来た道を引き返すように歩いて行った。そして魔法をかけたのだろうか、庭園内にあったけつこんがすべて消えている。また下を見たひように、自分の足に巻かれているハンカチが目に入り──。

「あっ!」

(返さないといけないものが増えてしまったわ……!)

 自分がされるがままのせいで、なやみのへんきやく物が増えたことに今気づいたナタリーであった。



   ◇  ◇  ◇


 続きは本編でお楽しみください。

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「死んでみろ」と言われたので死にました。 江東しろ/角川ビーンズ文庫 @beans

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