後編 どうしようもない理不尽
翌朝の登校時は、あの場所は避けました。あそこさえ通らなければ、あの音はならないはずです。
学校が見えてきました。私は何事もなく学校まで来ることができ、一安心しました。今後もあの場所は通らないように気を付けるようにしようと固く誓います。
唐突に、パン!という破裂音がしました。
私は本当に自分が狂ってしまったのかと思いました。なぜなら学校の近くには高いビルなんてないからです。低いところから落ちても破裂音はしません。
私の周りには他にも登校中の学生がいました。自転車に乗って私を追い抜かしていきます。彼らはいつも通り、他人に興味のなさそうな顔をしていました。
私は意を決して振り向きました。やはり、何もありません。しかし安心はできませんでした。
それから私は、いつあの破裂音が鳴るか分からない恐怖に怯えるようになりました。眠れなくなり、隈が酷くなりすぎて笑ってしまったほどです。
あの破裂音は、主に外にいるときに鳴りました。私は外に出なくなり、親はかなり心配していました。ですが、「破裂音がする」なんて相談しても精神科に連れていかれるだけです。精神科に行くのが正しかったのかもしれませんが、私はそこに行くために外に出ることすら嫌でした。
ある夜、私はリビングでテレビを見ていました。眠れないのですから、夜は一人です。せめてネットショッピングでもいいから、誰かの声を聞いていたかったのです。
録画していたバラエティ番組を見ていたときでした。まだ痛い目にあうバラエティがあり、私は久しぶりに笑っていました。夜中なので、抑え目な声でです。
唐突に、パン!という破裂音がしました。
私は、一番初めにこの音を聞いた時と同じくらい驚きました。椅子から転げ落ち、そして冷たい濡れタオルで全身を撫でられたような感触がしました。
ついに屋内であの音が鳴ったのです。それも一番安心できるはずの、家の中でです。
私はもう嫌になりました。
無意識に、あの現場に行きました。ビルの階段を登り、屋上に出ようとします。しかし、そこの扉には南京錠が掛かっていました。鎖まで使って、かなり厳重でした。あの事件の影響でしょうか。
無理やり開けようとしますが、ビクともしません。どうしようもなくイライラして、扉をガンガン蹴りました。
蹴り続けていると、ビルの警備員がやってきて、私は取り押さえられました。その後は気絶してしまったようで、よく覚えていません。
目を覚ますと、病院のベッドで拘束されていました。ですがそのときにはもうマトモに喋れていたので、すぐに拘束は解かれました。
私はついに、あの破裂音が鳴り止まないことを親や医者に相談しました。多分医者は妄想だと処理したのでしょうが、親はそうではありませんでした。
それから一ヶ月ほど経ったある日、何とか入院を避けた私でしたが、やはりあの音が鳴り止むことはありませんでした。このときにはもう30分に1回は聞こえていました。私はうんざりしていましたが、慣れることはなく、いつまでも恐ろしいままでした。
突然、引きこもっていた私に客がやってきました。親が呼んだらしく、私には全く心辺りがありません。
客は霊能者でした。私はそういう類のものは信じていなかったのですが、破裂音が聞こえるようになってからは少し信じ始めていました。
「どうも、お祓いをやっております。〇〇と申します。で、何があったんですか?」
やけに馴れ馴れしいなと思いましたが、この音を無くしてくれるかもしれない人です。無下にはできず、ちゃんと答えることにしました。
「飛び降り自殺を見た日から、人が破裂する時の音が鳴り止まないんです」
「あー。なるほど。そういうことですか」何かに合点がいったようで、目を閉じて深くうなずき始めました。私には何が分かったのかさっぱり分かりませんでした。
「え? どういうことですか?」
「いやね。上から人が落ちてくるのが見えるんですよ。空の上からね。ひゅーんって落ちてきて、あなたのすぐ後ろに落ちるんです。ほら今も!」霊能者がそう言うと、すぐ後ろで破裂音がしました。
「……何とかできるんですか?」
「お。彼、何か言ってますよ。——“お前を狙ったのに”だそうですよ」
「は?」
「多分この人、自殺する時にあなたの真上に落ちて道連れにしようとしてたんですよ。でも狙いを外しちゃって、死にきれなくて取り憑いてるんです」
私には狙われる心当たりなんてありませんでした。至って普通に暮らしていただけです。
「なんで……俺……?」
「誰でもいいから道連れにしたい人って、たまにいるんですよ。連れていかれなくて良かったです。何とか間に合った感じですかね?」
私はそのあと、その霊能者のお祓いを受けました。霊能者は何かよく分からないお経のようなものを唱えながら、見たことの無い葉っぱで叩いてきたりしました。
私はそれから、あの音を聞くことはありません。しかし高いビルなどの横の道は、今でも歩かないようにしています。
みなさんも、どうしようもない理不尽から身を守るための対策を、欠かさないようにしてください。
落ちてくる破裂音 北里有李 @Kitasato_Yuri
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