落ちてくる破裂音
北里有李
前編 落下し、邂逅する
私は家から少し遠くの男子高校に通っており、毎日電車で通学していました。その辺りは地方の街といった感じで、静か過ぎず、うるさ過ぎない良いところでした。
学校終わりで帰宅している道中のことです。無心で歩いていると、後ろから唐突に、パン!という破裂音がしました。私は突然の爆音に、心臓が跳ねて息が一瞬止まってしまいました。
なにが爆発したのかと思い、振り返ると、歩道が様々な色で汚れていました。赤、白、ピンク、濁った黄色で彩られた何かが飛び散っています。私ははじめは何か分かりませんでした。美術用の絵の具でもまき散らされているのかと思っていました。
しかしよく見ると、てらてらとした輝きを持つ黒い毛が見えました。血で濡れた髪の毛でした。
理解することを脳が拒絶していたようで、しばらくそれが何か分かりませんでした。それが人の頭皮であることを理解したとき、私はやっと何が起きたのか理解しました。
誰かがビルから飛び降りたのです。
無意識的に私の喉から「ひっ」という小さな音が鳴りました。本当に恐ろしいと声は出ないものなのだと、このときはじめて知ることになったのです。
私がこの事態を理解したのと同じころ、周りの人々も理解が追いついてきたようでした。あちこちから小さな悲鳴が聞こえ、足早に去っていくサラリーマンや、携帯を構える大学生がいたのがよく記憶に残っています。
私は通報はせず、車道にまではみ出しながら死体を見ないように通り過ぎ、そのまま帰りました。その日のニュースで少し話題になっており、家族も「怖いね」などと話していたのですが、私は極力知らないふりをしました。
私はまだ高校生で、精神的に子供だったのです。あの事件を受け止めてマトモでいられるほど、強くありませんでした。
次の日、私はいつもより遠回りして登校しました。あの事件の現場が、まだ片付いていなかったら嫌だからです。いつもは人通りの少ない道の、人通りがいつもより多かったのは気のせいではないと思います。
教室ではあの現場を見に行ったのであろう野次馬野郎が、教室中のみんなに自慢していました。
「大したことなかったわw」とか「フィクションのほうがグロイw」などと笑っている野次馬野郎とは、絶対に目が合わないように気を付けました。
もし話を振られでもしたら、あの光景がフラッシュバックするかもしれないからです。私は気構えなくあの光景を見てしまったので、あの光景がよりビビッドに記憶に残っています。
思い出したいものではないし、思い出せば吐き気がします。
その日の下校時、友達に「一緒に帰ろう」と言われ、私は何も考えずに了承してしまいました。友達も駅に寄って帰るのですが、あれを見ていない友達は何も気にせずあの現場を通るでしょう。
正直気が進まなかったのですが、私も男なので「あいつはビビりだ」という噂がたつのは嫌でした。渋々ですが、あの現場を通ることにしました。
実際に現場に行ってみると、もうかなり綺麗になっていました。探せば肉片などがあったのかもしれませんが、友達も私も、わざわざ探しに行くほど不謹慎ではありません。私はすっかり安心して、談笑しながら歩いていました。
唐突に、パン!という破裂音がしました。
あのときと同じ音です。じっとりとした嫌な汗が、一瞬で全身から吹き出したのが分かります。私は硬直してしまい、振り返ることができませんでした。
「どした?」
友達はいつもと変わらない調子で聞いてきます。後ろを振り向けば、またぐちゃぐちゃになった人だったものが散乱しているはずです。
「振り向いちゃダメだぞ」
私は善意からそう言いました。しかし、禁止されればやりたくなるもの。友達は迷いなく振り向きます。
「何も無いけど?」
素っ頓狂な声が帰ってきました。でも、そんなはずはありません。あの破裂音が聞こえたのに。
「ほんとに?」
「なんだよ。何もねぇよ」
そういう友達の言葉には、死体を見た時のような動揺はありません。私は意を決して振り返ることにします。
「……あれ?」
そこには本当に何もありませんでした。いつもの歩道があるだけです。街の喧騒はいつも通り他人のフリをしていました。
「どうしたんだよ。お前」
友達は呆れ半分心配半分といった様子で聞いてきます。その答えは私にもわかりません。
「どうしちゃったんだろうな」
私も自分がどうかしてしまったのではないかと思いました。誰も「自分は狂っていない」なんて言いきれないでしょう。私は言いしれない不安に襲われました。
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