窓の向こうに
高黄森哉
あれは夏の夜だったかな
外は暗かった。それに、雨が降っていた。窓に、室内の映り込みがあって、その向こうには庭があって、庭に植木が並んでいた。植木のところまで、照明が届いていて、植木の葉っぱが雨に揺れる。
雨の、小豆を洗うような細かさは、硝子を隔てて、くぐもっていた。より透明に聞きたくて、窓を開放する。窓はキュッと鳴いて、するするとサッシを滑って、それで開くと、外からペトリコールがした。
庭にあふれ出した光は、植木まで届いている。その範囲にだけ、雨がある。他は、闇に消えた。四角い空間にだけ、間断ない雨粒の落下がある。雨粒が、黒く丸い石の敷き詰められた地面に落下し、弾ける。弾けた欠片が、しとしと室内に入って来る。
だから、閉めた。これ以上、窓の木枠を濡らしたくはなかった。畳にも悪いに違いない。そして、閉め切って、正面を向くと驚いた。それはそれは、驚いた。人が庭で、雨に打たれていたのだった。
そいつは、女だった。一重瞼に見覚えがあった。きっとアイツだ。中学の時、いじめられいたアイツ。大人になっていやがる。中学を引っ越してからは、彼女には会っていないから、その幻覚は、造り物であるはず。いや、違う。
コイツはアイツじゃないぞ、夢の中で会ったアイツだ。ソイツは夢の中でシャワーを浴びていた。その時、彼女は自分だった。時同じくして、別の角度から彼女を見下ろしていた。すなわち、夢は、二つの視点から進んだ。
さらに、水蜜桃色の多幸感。夢の中で、将来に対する不安がないようで、心地よかった。精神的に不潔だった当時の心を、融かしていった。しかしなぜ、当時の精神的防衛機構は、彼女の形をとったのだろう。
教えては、くれまいか。外で、滝行のように、じっと耐え忍ぶ彼女を睨む。どうして、俺は、お前だったんだ。どうして夢で、俺を救った。罰か。君を、いじめから救ってやらなかった、当てつけか。皮肉か。
答えは出ない。牡蠣のように口を閉ざしてやがる。現実のアイツもそうだったよな。だがしかし、そういえば、お前は、厳密にはアイツじゃ、ないんだよな。こちらから、行ってやる。待っておれ。
勢いよく窓を滑らすと、彼女は既に居なかった。けれど、驚くことはしなかった。そんな、予感がしていたのだ。ぴたり動きを止める。もしかしたら、彼女はずっと、窓に反射していたのではあるまいか。と後ろを振り返る。
しかし、和室は俺だけで、和室の奥には、誰もいない居間が広がっている。となると、アイツは、俺自身だったか。俺自身の映り込みを、誤解したのだ。錯覚か、そう錯覚。当たり前だ。ここは、夢じゃない。彼女は出てこれない。
ぴしゃり、閉じる。庭には誰の姿もなかった。自身の姿が、硝子に写らなかった。無人の和室が、オレンジの光で、はっきりしている、反射の様子を、ぼんやりと見ていた。なんだか、自分が、最初から存在しないもののような、気分だ。
目を瞑ると、雨音がひどくなった。凄い、凄い音だ。ぱっと見開くと自分が。ただし、俺自身は外にいる。外にいて、滝行を受けている。寒い、責め苦だ。その姿を、和室から、もう一人の俺が見つめている。
室内にいる、もう一人の俺は、俺を認めるなり、怯えた息遣いで、誰もいない居間へ逃げた。庭にいる俺に雨が打ち続ける。窓から和室へ、帰ることも可能であるが、そうする気は毫も起きなかった。しばらく打たれていると、気づいたら和室だ。
あれは幻覚ではなかった。
証拠に、体中、
窓の向こうに 高黄森哉 @kamikawa2001
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