私のママ

クロノヒョウ

第1話



「ママ、もうすぐハロウィンだね」


 年に一度の人間界のお祭りであるハロウィンを私は楽しみにしていた。


「もうそんな季節なのね。ママはもう飽きちゃったけど」


「あ、ママ、今年は仮装大会やるんだって! ママ出てみたら?」


 私はさっきご近所で配られていたチラシを見ながらママに言った。


「仮装大会? そんなことして楽しいのかしら」


「ほらママ! 優勝したら賞品が貰えるんだってよ! これ美味しそう!」


「賞品?」


 私はそのチラシをママに見せた。


 優勝者への賞品として秋の味覚であるパンプキンパイやマロンケーキを持っている可愛い女性が写っていた。


「あら、美味しそうね」


「でしょう? ママなら絶対優勝出来るって!」


 ママはそのチラシをじっと眺めていた。


「仕方ないわね。出るからには優勝目指さないとね」


「さすがママ! 大好き!」


 私は大好きなママに抱きついた。


 私のママは世界一の魔女だ。


 ママが人間界で人間の姿で暮らし始めてからはもう百年以上経つと言っていた。


 私たち魔女は年を取るのが遅い。


 何年経っても見た目が変わらないのは不自然だからと同じ場所に長くは住めなかった。


 まだ子どもの姿の私は特にそうだった。


 子どもが二年も三年も変わらぬ姿だとすぐに怪しまれる。


 私たちはその都度引っ越しを繰り返していた。


 この土地もそろそろお引っ越しかなとママは言っていた。


「ねえママ、どんな仮装するの? ゾンビ? ドラキュラ?」


「そうねえ。優勝目指すならやっぱり魔女の姿に戻るしかないわね」


「えっ! 魔女のママが見れるの? やった!」


「ふふ、あなたは魔女のママの姿が好きだものね」


「うん! だって魔女のママ、カッコいいんだもん」


「ママはあんな醜い姿になるのは二度とごめんだけどね」


「えぇ~、私はどっちのママも好き」


「そう? ありがと」


 そう言って笑う美しいママ。


 ママはとっても美しいのに、さらに美しくなろうといつも自分で調合したお薬を飲んでいた。


 美容にいい、不老のお薬だそうだ。


 このお薬の材料を手に入れるのが大変で、それも私たちが長く同じ土地に居られない理由のひとつだった。


「さあ、頑張って優勝するわよ」


「うん!」



 そしてハロウィン当日。


 近所の広場では仮装大会が行われていた。


 みんなとっても上手に仮装していた。


 定番のゾンビやドラキュラ、ミイラ男がたくさんいた。


 見ている皆もそれぞれお化けや狼男なんかの仮装をしていて楽しそうだった。


「さあ、いよいよ最後になりました。エントリーナンバー十三番! 魔女です!」


 大勢の拍手の中、ステージの橫からママが歩いて出てきた。


 ママ頑張れ!


「おや、これはまたお美しいお嬢さんですね。えっと、魔女と聞いていたのですが、仮装は……」


「これから一瞬で魔女の姿になります。皆さん見逃さないでよくご覧くださいね」


 ママはそう言って後ろを向いた。


「これは楽しみですね。美しいお嬢さんがいったいどうなるのか……」


 司会者が話しているとママがパッと振り向いた。


 そしてしわがれた恐ろしい声で叫んだ。


「これが魔女だ!」


「……ひ、ひ、わあっ!」

「キャア~」

「逃げろ!」


 その恐ろしい姿に司会者も見ていた人たちも皆、一斉に逃げ出してしまった。


 ステージのまわりが静かになった。


「ママ! スゴい!」


「ちょっとやり過ぎたかしら」


 ママは人間の姿に戻り肩をすくめてペロッと舌を出していた。


 その橫で、ガタガタと震えている女性がいた。


「あら、あなたは確か」


 ママがその女性に近づいていった。


 どこかで見たことがあると思ったら、あのチラシに載っていた可愛い女性だった。


 手に優勝賞品のパンプキンパイを持っていた。


「ヒ、ヒィ……」


 女性はよほど怖いのか、一歩も動けずにいた。


「誰もいなくなっちゃったから、優勝は私よね? これはいただいて行くわね」



 家に帰るとママがパンプキンパイを切ってくれた。


「ママお疲れ様。みんな驚いてて面白かったね。ママカッコ良かったよ」


「みんな本当に失礼しちゃうわよね。あんなに怖がらなくてもいいじゃない。確かに醜いけどさ」


「私は好きだけどな。そのしわしわのお顔も大きく裂けたお口も、とんがった長いお鼻もギョロッと見開いた目も全部」


「ふふふ。ありがとう。さあ召し上がれ」


「うん。頂きます」


「私も頂こうかしらね」


 ママはそう言うと一緒に連れてきた可愛い女性にキスをした。


「ああ、やっぱり若くて可愛い女の精気は特別美味しいわね」


「もう、ママがそうやって若い子の精気を吸っちゃうからすぐにお引っ越ししなきゃいけないんじゃない」


「仕方ないでしょ。ママの美しさのために必要なんだから。精気を吸って、血はお薬に調合するのよ」


「だいたいその子は賞品じゃないんだからね。賞品はこのパンプキンパイなの」


「あら、ママはてっきりこの子が賞品かと思ったから頑張ったのに」


「……まあ……いいけどさ」


「さあ、それを食べたらすぐにお引っ越しよ」


「はぁい」


 私の大好きなママ。


 私のママは世界一美しい最強の魔女だ。



          完



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